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『マウス・オブ・マッドネス』 狂気は本から始まった

B00005HYWP.jpg『マウス・オブ・マッドネス』(1994) IN THE MOUTH OF MADNESS 96分 アメリカ

監督:ジョン・カーペンター 製作:サンディ・キング 脚本:マイケル・デ・ルカ 撮影:ゲイリー・B・キッブ 特撮:ILM 特殊メイク:KNB EFX 音楽:ジョン・カーペンター、ジム・ラング
出演:サム・ニール、ジュリー・カーメン、ユルゲン・プロフノウ、ジョン・グローヴァー、チャールトン・ヘストン、デヴィッド・ワーナー、バーニー・ケイシー

 主人公ジョン・トレント(サム・ニール)は保険調査員である。
 最新作『イン・ザ・マウス・オブ・マッドネス』を書きかけのままで失踪してしまった作家サター・ケーンの消息を調べ上げ、原稿が書き上がっているならばそれを手に入れてくること、仮にケーンが死んで原稿が完成していない場合は保険金支払いの手続きをすることが今回の仕事だ。
 ホラー作家の所在を調べるだけの簡単な仕事だと思って取りかかったときには、まさかこれが過去から地の底で眠る悪魔と人類存亡に関わることだとは夢にも思っていなかった。

 サターン・ケーンの小説に登場する「ホブの街」にたどり着いたトレントと女性編集者は、平和そうな田舎町で常軌を逸した出来事に直面する。
 ホラー小説の内容が現実に影響してくる。いや、ホラー小説に書かれていることが現実である。自分という存在も人間として生まれ人間として育ったのではなく、小説のキャラクターとして書かれただけの存在だった。
 ちょっと手の込んだ保険金詐欺事件だと考えていたが、トレントにとって現実の意味合いが崩壊していく。
 ラストでは『イン・ザ・マウス・オブ・マッドネス』が出版され、世界は恐怖と悪夢に支配されていく。
 小説は映画化もされ、その映画(それはこの『マウス・オブ・マッドネス』に他ならない)を観るトレントという一種のメタ映画として映画は終わる。
 劇場を出るときに、その扉の外に何が待っているか、ちょっと怖ろしくもあった。いやまぁ、別に普段の街だったが。

 人気ホラー作家サター・ケーンのモデルはスティーヴン・キングだろう。とすればホブの街はキャッスルロックだ。
 グチャドロ系のモンスターや、地の底で太古から地上を覗っている邪悪な存在は『クトゥルフ神話』のH・P・ラヴクラフトから発想を得ていると言われているが、ラヴクラフトは数冊読んだのと、スチュアート・ゴードン作品で観ただけなので断定はしない。

 ジョン・カーペンター監督作品として一、二を争う出来だと個人的には思っている。モンスターの姿もはっきりとは映らないし、派手な流血シーンもない。だが、悪夢と狂気が次第に世界を満たしていくその様が怖ろしく、同時に美しくもある。精神病院の個室に閉じこめられたトレントが黒のクレヨンで部屋や自分自身の服や体にびっしりと十字を描き込んでいる、冒頭のあのシーンですでに引き込まれた。
 次第にズレ始めていく現実と、雰囲気を積み重ねることで描くというハッタリを抑えた演出なのだが、それでいてちゃんとカーペンターらしさがあふれている。

 現れた悪魔たちが人間を襲い、人びとが惨殺されるのを観たがっていた人には期待はずれだろう。この作品で描かれるのは邪悪な存在が地の底から這い出してくるまでだ。
 邪悪なる物が存在することが判明する『パラダイム』が第一章だとしたら、それが人類の世界に現れるまでの『マウス・オブ・マッドネス』が第二章。
 もしも人類対邪悪な存在が描かれるとしたら第三章だろうが、それはまだ作られていないし、今後も作られるかは不明だ。

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