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2007年02月 アーカイブ

2007年02月01日

『スターマン/愛・宇宙はるかに』 あなたのパパはね、宇宙へ帰ったの

B000IXYYBU.jpg『スターマン/愛・宇宙はるかに』(1984) STARMAN 114分 アメリカ

監督:ジョン・カーペンター 製作:ラリー・J・フランコ 製作総指揮:マイケル・ダグラス 脚本:ブルース・A・エヴァンス、レイノルド・ギデオン 撮影:ドナルド・M・モーガン 特撮:ILM 特殊効果:ディック・スミス、スタン・ウィンストン、リック・ベイカー 音楽:ジャック・ニッチェ
出演:ジェフ・ブリッジス、カレン・アレン、チャールズ・マーティン・スミス、リチャード・ジャッケル、ロバート・フェイレン、トニー・エドワーズ、ジョン・ウォルター・デイヴィス、テッド・ホワイト

 カレン・アレンのアップで終わるラストカット。あそこでカレン・アレンからあの表情を引き出せただけでもうOKだろう。

『愛・宇宙はるかに』という日本で勝手に付けたサブタイトルがまったくカーペンターには似合わないが、作品にとっては的はずれではない。確かにこれは愛の物語だ。
 カーペンター色が薄く、職人として監督に徹したという意見もあるようだがオレはそうは思わない。あの自分の趣味でしか映画を撮らないジョン・カーペンターだ。この作品だってジョンの趣味そのものだと思う。
 なぜなら、これはもう一つの『遊星からの物体X』だからだ。

「Watch the sky.」 空からは色んな者がやって来る。
 ジョン・カーペンターがSF少年として育ったのはまず間違いなさそうだ。オレもSF少年だったので個人的記憶から書くが、宇宙人とは人類を狙い地球を侵略誌にやってくる存在である。あるいは、人類よりはるかに進んだ文明を持ち平和で優れた存在である。そして時には何だかよく分からない連中でもある。
 カーペンターが読んだり映画で見た宇宙人の多くは前者だったが、もちろん後者だって数少ないわけではない。人類は宇宙人に侵略され、時には宇宙人に守られてきたのだ。
 悪意を持った宇宙人の一つの究極を『物体X』で描いたカーペンターが、平和的な宇宙人を描くというのは一種の必然である。
『スターマン』での宇宙人は地球にやってきたときは彼(?)の一人称視点なので姿は見えない。そもそも我々が考えるような肉体があるのかも不明だ。そこで行動するために必要だったのだろう、アルバムに貼られたある人物の毛髪からDNAをスキャンしてその人物の肉体をコピーして作り上げる。人類を細胞レベルで乗っ取って本人そっくりに化けるのが物体Xに似てはいないか。
 その毛髪の持ち主が数ヶ月前に事故で死亡した男性(ジェフ・ブリッジス)の物で、その妻(カレン・アレン)を最初は強制的に連れ去り、その道中で次第にカレン・アレンがジェフ・ブリッジスが宇宙人であること、そして平和的存在であることを理解していき、ジェフ・ブリッジスは地球人を理解していく。
 数千キロの旅の間に人びとが理解し合い変化していくロードムービーがこの作品の中心だろう。

 だが、それは平和な旅ではない。宇宙人(スターマン)はそもそもボイジャー2号に積まれていたレコードに吹き込まれた異星人向けの地球への招待状を聴いて地球へとやってきた。しかし、宇宙から飛来した謎の物体を米軍は戦闘機のミサイルで撃墜し、その物体が小型宇宙艇であったことが分かった後は、スターマンを捕獲すべく宇宙学の学者(チャールズ・マーティン・スミス)などを追跡に差し向ける。
 組織の局長が官僚的かつ傲慢な男で人物設定としてはありきたりだが、そのおかげでスターマン捕獲という任務に疑問を抱き始めていくチャールズ・マーティン・スミスに感情移入しやすい。

 スターマンの母船は3日後の正午にアリゾナの隕石クレーターへと迎えにやってくる。それを過ぎれば母船は宇宙に帰り、スターマンは死んでしまう。
 そんな彼らの旅を名もなき人びとが時に助けになってくれる。ヒッチハイクで乗せてくれたり、ちょっとした爆発で検問をしている軍隊を引きつけてくれたり色々だ。
 なかでもお気に入りが食堂のおばさんウェイトレスだ。スターマンと一緒に行くべきか迷いがあるカレン・アレンの背中をポンと押してくれる。その直前にスターマンが死んだ鹿を生き返らせるシーンがあり、おばさんもそれを見ていたはずだから、単なる痴話げんかではなくもっと特別な旅だと分かっていたはずだが、送り出す声は「元気でね」と明るい。

 地球を狙う邪悪な宇宙人はいるかもしれない。でも、平和的で人類と友達になれる宇宙人だっているはずだ。『物体X』では宇宙人に対する恐怖を描いたが、だからこそカーペンターは『スターマン』で宇宙人への友愛を描いたのだろう。
 我々人類と友達になるべくやってきた宇宙人には、武器など向けずにこちらも友情でもって迎えようと。
『遊星からの物体X』で極悪極まりない宇宙人を生み出した反省と反動で『スターマン』を撮ったのではなかろうかと、そんなことを思ったりする。

2007年02月02日

『ゴースト・ハンターズ』 チャイナタウンの大騒動

B000H1QRV8.jpg『ゴースト・ハンターズ』(1986) BIG TROUBLE IN LITTLE CHINA 100分 アメリカ

監督:ジョン・カーペンター 製作:ポール・モナシュ、キース・バリッシュ、ラリー・フランコ 脚本:ゲイリー・ゴールドマン、デヴィッド・Z・ワインスタイン 撮影:ディーン・カンディ SFX:リチャード・エドランド 音楽:ジョン・カーペンター
出演:カート・ラッセル、キム・キャトラル、デニス・ダン、ジェームズ・ホン、ヴィクター・ウォン、ケイト・バートン、スージー・パイ、カーター・ウォン、アル・レオン

 好き。大好き。ジョン・カーペンター作品の中で一番好きなバカ映画。
 やっぱジョンはバカだ。愛すべき大バカ。
 クンフー、中国魔術、モンスター、SFX、銃撃戦、そしてバカな主人公。
 伏線も何も無しで観客が付いてくるかなど気にせずラストまで突っ走るストーリー。
 本場香港映画ではクンフー映画スターのカーター・ウォンを連れてきたが、アメリカ人観客のどれだけが分かるというのだろうか。
 SFXの神様リチャード・エドランドの無駄に派手なSFXが画面を彩る。
 予算はカーペンター映画としては破格の2500万ドル。
 そして主演は朋友カート・ラッセル。
 ジョン・カーペンターが趣味に走って作り上げた一大娯楽リトルチャイナ(中華街)エンターテインメントランド。楽しまなきゃ損だ。

 ツイ・ハークの香港映画作品に『蜀山奇傅・天空の剣』(1984)があるが、その影響を大きく受けているのは間違いなし。ワイヤーワークアクションには本家にとてもかなわないが、その分はSFXでカバー。緑や青の光線や雷光が画面狭しと飛び交い、謎のクリーチャーも出現する。

 主人公のジャック・バートン(カート・ラッセル)は長距離トラックの運転手。中華街に荷物を運んできた彼は、友人のワン・チー(デニス・ダン)を空港まで送っていったばかりに中華街(リトル・チャイナ)での大騒動(ビッグトラブル)に巻き込まれることになる。
 このジャック・バートンはトラックのCB無線であまり意味のない放送をするのが趣味なプアホワイト。言うことはでかいが、銃を上に向けて撃ったら天井が壊れて落ちてきた岩で頭を打って気絶したりとあまり頼りにならない。それが次第に頼もしく見えてくるから不思議。反射神経のネタはちゃんと伏線が張ってあるし。なんだ、ちゃんと伏線あるじゃん。
「ジャック・バートン、ミー」のセリフは予告編時代からのお気に入り。予告編は地下迷宮でモンスターと戦いながら女性を助けに行くというイメージだった。映画も確かにそういう流れではあるんだが・・・あの予告編は観客に誤ったイメージを与えるよな。JAROってなんじゃろ。

『トレマーズ』で雑貨屋店主を演じていたビクター・ウォンや『地獄のヒーロー』のジェイムズ・ホンなど中国系俳優が脇を固めて中国物としてのリアリティを確立している。でも、中国人から見たら中華街のシーンなどを中心に色々と奇妙に見えるんだろうとは思う。ハリウッド映画で日本を扱った場合に日本人からは奇妙に見えるのと同じような物だ
 とはいえ、日系俳優の層の薄さに比べると中国系俳優はそれなりに地位を固めているようでうらやましい。

 悪役ロー・パンには数多くの手下がいるが、そのトップは雷鳴・稲妻・雨の嵐三人組。そのうち、雷鳴を演ずるのが香港のクンフースターであるカーター・ウォン。さすがに動きの迫力が違う。死に様がまたすごいが。オレは「顔を見たことがあるな」程度だが、香港映画ファンには有名なのだろう。
 個人的にはロー・パンの下部組織構成員としてアル・レオンが出演しているのが嬉しい。相変わらず中途半端なハゲ、意味不明なひげだ。序盤の葬式での乱闘シーンからラストまで顔を見せ、結構大きく映っていてクンフー技も決まっている。

 音楽は例によってカーペンター本人だが、今回は主題歌まで歌っている。
「びーっぐとらぶる、いんりとるちゃいな」とちょっと脱力っぷり。DVDにはカーペンター出演のプロモーションビデオまで収録されている。
『BIG TROUBLE IN LITTLE CHINA』というイカすタイトルを『ゴースト・ハンターズ』などというパクリ映画のように変更してしまった配給会社の罪は大きい。どう売ったらいいか困ったんだろうけどさ。

 もはやハリウッド映画に香港映画の要素が含まれているなんて当たり前。このごった煮振りは今こそ評価されるべき。
 エドランドのSFXもノリノリで光学合成がひたすら派手。達人同士が放つ光線の中で中国の神が戦うシーンなんてもはや美しい。
 ラストのオチがまた無意味でいかにもB級。いいね。

2007年02月04日

『パラダイム』 悪魔対論理物理学

B00008453L.jpg『パラダイム』(1987) PRINCE OF DARKNESS 103分 アメリカ

監督:ジョン・カーペンター 製作:ラリー・フランコ 製作総指揮:シェップ・ゴードン、アンドレ・ブレイ 脚本:マーティン・クォータマス (ジョン・カーペンター) 撮影:ゲイリー・B・キッブ 音楽:ジョン・カーペンター、アラン・ハワース

出演:ドナルド・プレザンス、ジェームソン・パーカー、リサ・ブロント、ヴィクター・ウォン、デニス・ダン、スーザン・ブランチャード、アン・マリー・ハワード、アン・イェン、ケン・ライト、ダーク・ブロッカー、アリス・クーパー

 個人的に一番つまらないカーペンター作品だ。
 序盤はつまずき、中盤は盛り上がらず、終盤はぱっとしない。
 これまでに題材にしてきた殺人鬼や霊魂以上に邪悪で、神と相対する「PRINCE OF DARKNESS」という存在を描こうとしているのは分かるが、全体的に地味すぎ。今回DVDを観直したんだが、風邪引きで薬を飲んでいるという体調もあるのだが途中で何度か寝たよ。
 アリス・クーパー演ずるホームレスが自転車のフレームで登場人物を刺し殺す辺りから面白くなるかなと思ったら相変わらず地味なまま。うー、眠い。

 閉鎖された教会の地下で眠る緑色の液体が入った謎の容器。そこには悪魔が眠っていた。
 その物体と同時に保存されていた書物について、神父が大学の物理学と言語学の学者に解明を依頼するというストーリーは面白い。冒頭で物理学専攻の学生同士がシュレディンガーの猫について議論していたりする。劇場で観たときは「生きてたり死んでたりする猫ってなんだよ。哲学的な会話なのか?でも物理とか言ってるしな」と頭を捻った。
 教会に週末を利用して教授と学生が泊まり込んで研究を続ける様子は、現代的エクソシストとも言える。研究を進めていけば行くほど緑の物体の謎が深まり、悪魔的存在を認めなければ説明が付かなくなってくる。
 学生の一部が悪魔に乗っ取られてゾンビ的にうろつき始めたり、封じ込められた「PRINCE OF DARKNESS」が鏡を通じて現世に現れようとする面白さは理解できる。悪魔と物理学という組み合わせも面白い。
 だが、展開が非常にゆっくりとしていて、映画の前半だけで終わってしまった印象だ。あるいは三部作の第一部という感じ。

 カーペンターが新しい試みにチャレンジしたことは評価するが、この時点ではまだまとまっていなかった。
 1994年の『マウス・オブ・マッドネス』の前章と捉えることもできる。

2007年02月06日

『ゼイリブ』 きっと奴らも溶けたチーズのような顔だ

B00008453K.jpg『ゼイリブ』(1988) THEY LIVE 96分 アメリカ

監督:ジョン・カーペンター 製作:ラリー・フランコ 製作総指揮:シェップ・ゴードン、アンドレ・ブレイ 原作:レイ・ネルソン 脚本:フランク・アーミテイジ(ジョン・カーペンター) 撮影:ゲイリー・B・キッブ 音楽:ジョン・カーペンター、アラン・ハワース
出演:ロディ・パイパー、キース・デヴィッド、メグ・フォスター、ジョージ・“バック”・フラワー、ピーター・ジェイソン、レイモン・サン・ジャック、ジェイソン・ロバーズ3世、アル・レオン

 政治家は日本の年金制度に問題はないという。
 財界人は従業員に残業代など払わないという。
 テレビ局などのマスコミは嘘っぱちな情報を垂れ流す。
 もしもこの映画に登場するサングラスをかけてこいつらの姿を見たら、きっと溶けたチーズの様な顔をしているに違いない。

 1988年当時、アメリカは不況の真っ最中だった。
 政治家も財界人も自分たちのことしか考えておらず、街には失業者が溢れ、庶民は貧困にあえいでいた。
 これにはきっと何か裏があるに違いない。物事を悪い方へ悪い方へと進めている悪党がいるに違いない。そいつらは上流階級の裏に潜み、中流・下流階級から搾取して庶民を操っているのだ。
 それだけならばただの妄想。だが、あるサングラスをかけると、真実が見えるようになった。人びとを操っているのは骸骨の様な顔をした異星人で、広告や出版物には「従え」「消費しろ」「結婚して子供を産め」といったメッセージがサブリミナルで埋め込まれている。紙幣には「これが神だ」と書かれている。
 地球を食い物にする異星人もろくなもんじゃないが、地球人の上流階級も奴らに取り入って金を稼いでいて、人類愛も地球愛もあったもんじゃない。
 そんな搾取側の資本家階級に真実に気づいた一人の肉体労働者が戦いを挑む。
 これはもちろん作り話のSFだが、当時の人びとが内に秘めたフラストレーションを表しているのかも知れない。

 異星人の正体を見抜くサングラスはブルース・ブラザースがかけていたのとほぼ同型の物。夏になるとコンビニで1000円で売っているような安っぽい作りだ。
 この安っぽい道具立てがカーペンターしていて嬉しい。予算は節約節約。
 サングラス越しに見た風景はモノクロになっていて、街中に大きく「従え」などと広告が出ているシーンはマットペインティングによる物だろう。要するに絵だ。これがフルカラーによるマットペインティングだと金も手間もかかるが、モノクロならば比較的安い。節約節約。

 下級労働者のキャンプが警察に弾圧されたり、異星人への叛乱分子が集会を開いているところを襲撃されるなどのアクションシーンがあるが、それらを引っくるめたよりも中盤の男二人が拳で語り合うシーンが燃える。
 主人公ロディ・パイパーは工事現場で知り合ったキース・デヴィッド(物体Xで最後まで生き残った黒人)にサングラスをかけさせて現実に目覚めさせようとするが、キース・デヴィッドは妻も子もいて貧しいなりの生活を守ろうとサングラスを拒否する。

「このサングラスをかけろ!」

「絶対に嫌だ!」

 そこから始まる10分ほどの殴り合いが熱い。無駄に熱い。そして無駄に長い。
『ゴースト・ハンターズ』では香港流クンフーアクションを見せてくれたが、今回の殴り合いは基本的には古式ゆかしきハリウッド風殴り合い。パンチの一発一発が骨まで響きそうだ。
 アスファルトの上なのにバックドロップっぽい投げ技まで登場して、二人ともボコボコ。ロディ・パイパーの本業はプロレスラーというから本格的だ。そういえば、一番最初に警官と戦ったときはいきなりラリアットを喰らわせてたな。
 あさりよしとおのコミック『宇宙家族カールビンソン』ではこの殴り合いのシーンについて「予算がなかったんだ」と語られていたが、確かにこのシーンは1分当たりの単価は安そうだ。でもそれ以上に、この殴り合いのシーンが少々長すぎて全体的なバランスを崩しているとしても、カーペンターとしてはやらずにはいられなかったのだろう。
 この作品としての統合性よりもやりたいシーン撮りたいシーンを優先させるのがカーペンターの魅力だと思っている。

 ラストはロディ・パイパーのファックサインで決まったかと思いきや、しょーもないオチが付く。まったく、ジョンったら。

2007年02月08日

『透明人間』(1992) 透明人間生活も苦労が多い

B000FQW0AW.jpg『透明人間』(1992) MEMOIRS OF AN INVISIBLE MAN 99分 アメリカ

監督:ジョン・カーペンター 製作:ブルース・ボドナー、ダン・コルスラッド 製作総指揮:アーノン・ミルチャン 原作:H・F・セイント 脚本:ロバート・コレクター、デーナー・オルセン、ウィリアム・ゴールドマン 撮影:ウィリアム・A・フレイカー 音楽:シャーリー・ウォーカー
出演:チェヴィー・チェイス、ダリル・ハンナ、サム・ニール、マイケル・マッキーン、スティーヴン・トボロウスキー、ジム・ノートン、パトリシア・ヒートン、バリー・キヴェル、リチャード・エプカー、ロザリンド・チャオ

 透明人間になってみたいと思ったことがある人は多いだろう。特に男性。
 あんなところに入り込んでみたり、そんなことをしてみたり。
 でも、透明人間の生活は苦労ばかりでいいことなんてないんだよ。

 原作はH・F・セイントの『透明人間の告白』という小説。ずいぶん昔に読んだきりだが、ある事故に巻き込まれて透明人間になってしまったビジネスマンの苦労をコミカルに描いていて面白かった。
 映画化の話を聞いたときにこの小説にカーペンターは向いてないだろと思っていた。
 ところが出来上がった作品を観てびっくり。原作のイメージをちゃんと残した娯楽作になっている。でも、カーペンターぽさがまるでない。ジョー・ダンテ監督作と言われれば信じてしまいそう。
 透明人間になったチェビー・チェイスが雨に打たれることで輪郭が現れ、ダリル・ハンナと見つめ合う所など感動的だ。カーペンターに感動?そんなのあり?
 そもそもロマンスが苦手、というか興味がないんじゃないかというカーペンターがちゃんとロマンスをやっている。

 これは憶測だが、ここ数作の興行収益が振るわなかったようだから、一本ぐらい数字を稼げる映画を撮っておかねばということだったんだろうか。ほぼ毎年のように新作を撮っていたのに、前作『ゼイリブ』から4年ほど空いているのも気になる。
 だからといって義務感で撮っている感じではなく楽しんでいるのが伝わってくる、考えようによってはちょっと不思議な作品。

2007年02月09日

『マウス・オブ・マッドネス』 狂気は本から始まった

B00005HYWP.jpg『マウス・オブ・マッドネス』(1994) IN THE MOUTH OF MADNESS 96分 アメリカ

監督:ジョン・カーペンター 製作:サンディ・キング 脚本:マイケル・デ・ルカ 撮影:ゲイリー・B・キッブ 特撮:ILM 特殊メイク:KNB EFX 音楽:ジョン・カーペンター、ジム・ラング
出演:サム・ニール、ジュリー・カーメン、ユルゲン・プロフノウ、ジョン・グローヴァー、チャールトン・ヘストン、デヴィッド・ワーナー、バーニー・ケイシー

 主人公ジョン・トレント(サム・ニール)は保険調査員である。
 最新作『イン・ザ・マウス・オブ・マッドネス』を書きかけのままで失踪してしまった作家サター・ケーンの消息を調べ上げ、原稿が書き上がっているならばそれを手に入れてくること、仮にケーンが死んで原稿が完成していない場合は保険金支払いの手続きをすることが今回の仕事だ。
 ホラー作家の所在を調べるだけの簡単な仕事だと思って取りかかったときには、まさかこれが過去から地の底で眠る悪魔と人類存亡に関わることだとは夢にも思っていなかった。

 サターン・ケーンの小説に登場する「ホブの街」にたどり着いたトレントと女性編集者は、平和そうな田舎町で常軌を逸した出来事に直面する。
 ホラー小説の内容が現実に影響してくる。いや、ホラー小説に書かれていることが現実である。自分という存在も人間として生まれ人間として育ったのではなく、小説のキャラクターとして書かれただけの存在だった。
 ちょっと手の込んだ保険金詐欺事件だと考えていたが、トレントにとって現実の意味合いが崩壊していく。
 ラストでは『イン・ザ・マウス・オブ・マッドネス』が出版され、世界は恐怖と悪夢に支配されていく。
 小説は映画化もされ、その映画(それはこの『マウス・オブ・マッドネス』に他ならない)を観るトレントという一種のメタ映画として映画は終わる。
 劇場を出るときに、その扉の外に何が待っているか、ちょっと怖ろしくもあった。いやまぁ、別に普段の街だったが。

 人気ホラー作家サター・ケーンのモデルはスティーヴン・キングだろう。とすればホブの街はキャッスルロックだ。
 グチャドロ系のモンスターや、地の底で太古から地上を覗っている邪悪な存在は『クトゥルフ神話』のH・P・ラヴクラフトから発想を得ていると言われているが、ラヴクラフトは数冊読んだのと、スチュアート・ゴードン作品で観ただけなので断定はしない。

 ジョン・カーペンター監督作品として一、二を争う出来だと個人的には思っている。モンスターの姿もはっきりとは映らないし、派手な流血シーンもない。だが、悪夢と狂気が次第に世界を満たしていくその様が怖ろしく、同時に美しくもある。精神病院の個室に閉じこめられたトレントが黒のクレヨンで部屋や自分自身の服や体にびっしりと十字を描き込んでいる、冒頭のあのシーンですでに引き込まれた。
 次第にズレ始めていく現実と、雰囲気を積み重ねることで描くというハッタリを抑えた演出なのだが、それでいてちゃんとカーペンターらしさがあふれている。

 現れた悪魔たちが人間を襲い、人びとが惨殺されるのを観たがっていた人には期待はずれだろう。この作品で描かれるのは邪悪な存在が地の底から這い出してくるまでだ。
 邪悪なる物が存在することが判明する『パラダイム』が第一章だとしたら、それが人類の世界に現れるまでの『マウス・オブ・マッドネス』が第二章。
 もしも人類対邪悪な存在が描かれるとしたら第三章だろうが、それはまだ作られていないし、今後も作られるかは不明だ。

2007年02月10日

『光る眼』(1995) 通常の3倍のスピードで育つ子供たち

B000FCUY4U.jpg『光る眼』(1995) VILLAGE OF THE DAMNED 98分 アメリカ

監督:ジョン・カーペンター 製作:マイケル・プレガー、サンディ・キング 原作:ジョン・ウィンダム 脚本:デヴィッド・ヒメルスタイン 撮影:ゲイリー・B・キッブ 音楽:ジョン・カーペンター、デイヴ・デイヴィス
出演:クリストファー・リーヴ、カースティ・アレイ、リンダ・コズラウスキー、マーク・ハミル、マイケル・パレ、メレディス・サレンジャー、トーマス・デッカー、リンジー・ホーン

 クリストファー・リーヴ、マーク・ハミル、マイケル・パレという、一気に人気者になったけどその後はパッとしない三人組の狙ったとしか思えないキャスティングが絶妙だ。マイケル・パレはほとんど出番のないまま死んでしまうし。ひでーな、カーペンター。

 SF小説『トリフィドの日』を書いたジョン・ウィンダムの作品を再映画化した物。一度目は1960年に作られ、カーペンターが観ていたことは間違いないだろう。
 『トリフィドの日』は『人類SOS』というタイトルで映画化されている。映画も怖いが、子供向けSF文庫にあった原作がこれまた怖かった。流星群なんて見るもんかと子供心に思った物だ。

 ある日、アメリカの田舎町で数時間にわたる集団失神が発生した。そして後日、その場にいた妙齢の女性が全て妊娠していることが判明した。
 中絶の道もあったのに、何故だか全ての女性が子供を産むことを決意。産まれた子供たちは最初は普通の赤ん坊に見えたのだが、感情を持たず、眼を光らせることで人の心を読んだり、行動を支配することが出来た。
 通常の3倍のスピードで成長した子供たちは(DVDの日本語吹替版だと主役のクリストファー・リーヴが池田秀一氏だったりする。いや、意味はないけど)、自分たちを始末しにやってきた警察や軍人の精神を操って同士討ちさせてしまう。
 彼らの正体が人間の女性を代理母として生まれた異星人だと見当を付けたクリストファー・リーヴは、彼らと理解し合おうとするが感情のない彼らと共存の道はないことに気付き、ある計画を実行する。
 その計画の最中に、子供たちに考えを読まれないように他のことに意識を集中して心の中に壁を作るのだが、その心理描写として登場するのが本当に壁。レンガでしっかりと作られた丈夫そうな壁。ってかそのまんまだなカーペンター。
 子供たちが揃って意識を集中して攻撃してくると、レンガがパラパラと欠け始めるなんてのはこれまたそのまんまで嬉しい。

 一人だけ感情を持っているかもしれない子供がいて、その子だけ生き残る。
 だが、車の中のその子は無表情で、人間と分かり合えるだけの感情を持った存在なのかは分からない。果たして本当に人間と共存できるのかも。

 集団失神の時にバーベキューをやっている途中だった物だから、人びとの意識が戻ったときには鉄板の上でこんがり焼き上がっていた男性が美味しそうだっ・・・いや食えん食えん、焦げてるしな。
 クリストファー・リーヴの娘が子供たちのリーダー的存在になっていて、彼に自分たちを脱出する手はずをしろと命令するときに「お願い、パパ」と一瞬だけ普通の子供の口調になる。もちろん心理的効果を考えた一種の脅迫である。このシーンが一番怖ろしい。

2007年02月12日

『エスケープ・フロム・L.A.』 ファシスト対アナーキスト

B000E1KMFI.jpg『エスケープ・フロム・L.A.』(1996) ESCAPE FROM L.A. 101分 アメリカ

監督:ジョン・カーペンター 製作:デブラ・ヒル、カート・ラッセル 脚本:ジョン・カーペンター、デブラ・ヒル、カート・ラッセル 撮影:ゲイリー・B・キッブ 音楽:シャーリー・ウォーカー、ジョン・カーペンター
出演:カート・ラッセル、ステイシー・キーチ、スティーヴ・ブシェミ、ピーター・フォンダ、ジョージ・コラフェイス、ブルース・キャンベル、ヴァレリア・ゴリノ、パム・グリア、A・J・ランガー、クリフ・ロバートソン、ミシェル・フォーブス、アル・レオン、ロバート・キャラダイン

 近未来、大地震によってロサンゼルスは大陸から孤立し、一つの島となっていた。そして、大統領が退廃の都と呼んだロサンゼルスは刑務所として使われることとなった。
 ルールは一つ。「入ったら出られない」

『ニューヨーク1997』(原題『エスケープ・フロム・ニューヨーク』)から15年、アメリカ犯罪史上最悪の凶悪犯スネーク・プリスケンが帰ってきた。
「ここ2、3年は落ち目だな」だ?ふざけんなよ。しかし、いったいクリーブランドで何があったのやら。
 島一つが丸々刑務所になっているというのはサンフランシスコにあったアルカトラズ島刑務所からの発想だろう。作風的には前作以上にメッセージが強くなっていて、ロス刑務所に入れられるのはいわゆる強盗だとか誘拐などの一般的な犯罪者だけではなく、キリスト教信者以外の異教徒や有色人種、政治思想が現政権と異なる者など、大統領の言うところの清く正しいアメリカに必要ない人間が押し込められている。
 大統領(クリフ・ロバートソン)にとってアメリカのあるべき姿とは白人のキリスト教徒によって運営される国。スネークは白人だが、そんな大統領と合うはずがない。

 優秀な軍人として勲章をもらった過去もあるスネークは戦場で地獄を見てきた男だろう。元は英雄だが、その後何があったのか最悪の犯罪者になった。アメリカも他国もなにもかにもが気に入らないスネークは現代文明をためらわずに破壊する。ダークヒーローといった分かりやすい存在に治まりきらないスネークは極めつけのアナーキストだ。

 電子機器や内燃機関も使えなくなり、数世紀前の状態に戻ってしまった人類。
 政治もマスコミも機能せず、食物などの流通もストップする。
 鍬で畑を耕す自給自足、警察も解体し自分の身は自分で守る。
 その世界の人びとがそれを望むのかは知らないが、もはや世界の理そのものが気にくわないスネークにとっては、一度破壊して再び始めるのを選んだのだ。
「Welcome to the human race.」

 海底に沈んだユニバーサルスタジオ。悪党どもの騒ぎの場となっているディズニーランド。整形美容の繰り返しで異形の者となった連中が暮らしているビバリーヒルズ。
 ビジネス街だったマンハッタンと比べ、娯楽の都だったロサンゼルスの変わりぶりは大きく、映画の見せ場でもある。前作は再開発地区でのロケ中心だったが、今作では大規模なセットも作っている様子。それでも低予算で納めていそうなのがカーペンターだ。

 カート・ラッセルのタフガイ振りに、スティーヴ・ブシェミやパム・グリアなどクセ者揃いの脇役も嬉しい。ピーター・フォンダに至っては津波でサーフィンとクレージー。

2007年02月13日

『ヴァンパイア/最期の聖戦』 二日だけ待ってやる

B00009PN1N.jpg『ヴァンパイア/最期の聖戦』(1998) VAMPIRES 108分 アメリカ

監督:ジョン・カーペンター 製作:サンディ・キング 原作:ジョン・スティークリー 脚本:ドン・ジャコビー 撮影:ゲイリー・B・キッブ 音楽:ジョン・カーペンター
出演:ジェームズ・ウッズ、ダニエル・ボールドウィン、シェリル・リー、トーマス・イアン・グリフィス、ティム・ギニー、マクシミリアン・シェル、ケイリー=ヒロユキ・タガワ、フランク・ダラボン、マージーン・ホールデン、アニタ・ハート

 冒頭のヴァンパイア狩りのシーンは迫力あり。ヴァンパイアスレイヤーズチームが野獣のごとき下っ端ヴァンパイアを銃で撃ち、木の杭で心臓を貫き、そして日光で焼き殺していく。
 アクションもなかなかでこれは期待できるかなとワクワク。
 でも、そのすぐ後の打ち上げ宴会シーンでスレイヤーズチームは二人を残してほぼ全滅しちゃうんだよね。なんだそりゃ。

 このところ吸血鬼映画が流行っていたように思う。『ブレイド』とか『アンダーワールド』、『ヴァン・ヘルシング』なんかそうだな。
 それらでは割と吸血鬼が美化されていた。『アンダーワールド』では野蛮な狼男族に対して高貴な吸血鬼族みたいな感じで。
 ところが、この作品のヴァンパイアは違う。主役のジェームズ・ウッズいわく「仕立ての良いタキシードも着ていなけりゃ、あまりヨーロッパ訛りで話したりもしない。臭くて汚くて、油断してると首筋に食いついて血を吸われてついでにカマまで掘られるんだ」と野蛮なモンスターという扱いだ。
 十字架もニンニクも利かない。通用するのは木の杭と日光だけ。
 少数になってしまったスレイヤーズは、最初のヴァンパイアと戦うことになるが、そこにはある秘密を秘めた“黒い十字架”の存在があった。

 中盤から一気に地味になるのは、予算がなかったんだろうか。
 ラストになって600年前に誕生した最初のヴァンパイア・ヴァレックが、西部のゴーストタウンで配下と共に現れ、ジェームズ・ウッズたちの前に立ちふさがる。ヴァンパイアが横一列に並んで歩くシーンなどでようやく盛り返すんだが、戦い始めると雑魚はしょせん雑魚。ボスのヴァレックとのラストの戦いもいかにもあっけない。

「二日だけ待ってやる」というジェームズ・ウッズとダニエル・ボールドウィンによる別れのシーンはそれなりに泣けるけど、ダニエル・ボールドウィンじゃなかったらもっと泣けてたろうな。個人的にあまり好きじゃないな、この人。

 舞台はアメリカ西部。西部劇+吸血鬼映画がモチーフだそうだ。
 西部劇といっても、かなり下品なのでハリウッドウェスタンではなくマカロニウェスタンだろう。ジェームズ・ウッズなどの発言が「カマを掘られる」とか「ナニがおっ立ったか」などと一々下品すぎて、ちと趣味じゃないな。

 一般的なヴァンパイア映画ではないことは序盤からはっきりしているが、だったらアクション映画として魅せてくれるのを期待したのだが、正直残念。
 音楽は例によってカーペンター自らが担当しているが、雰囲気に合っていて良いぞ。

2007年02月14日

『ゴースト・オブ・マーズ』 オレは待ってるぜ、ジョン。

B000IXYYC4.jpg『ゴースト・オブ・マーズ』(2001) GHOSTS OF MARS 115分 アメリカ

監督:ジョン・カーペンター 製作:サンディ・キング 脚本:ラリー・サルキス、ジョン・カーペンター 撮影:ゲイリー・B・キッブ 音楽:ジョン・カーペンター、アンスラックス

出演:ナターシャ・ヘンストリッジ、アイス・キューブ、ジェイソン・ステイサム、クレア・デュヴァル、パム・グリア、ジョアンナ・キャシディ、デュアン・デイヴィス、ローズマリー・フォーサイス、リチャード・セトロン、リーアム・ウェイト、ロボ・セバスチャン、ロドニー・A・グラント、ピーター・ジェイソン、ワンダ・デ・ジーザス、アル・レオン

 未来、人類は火星を植民地とし地球改造計画(テラフォーミング)も進んで、資源を掘り出すための鉱山基地も各地に出来上がっていた。
 主人公のメラニーは火星警察の警官。上司のブラドッグ隊長(パム・グリア)を始めとするチームで、シャイニング渓谷という鉱山街で逮捕された凶悪犯を護送のため迎えに行くところだ。
 凶悪犯ウイリアムズ(アイス・キューブ)は火星では伝説的な犯罪者で、過去にも重犯罪をいくつも犯しながらも裁判で無実を勝ち取って自在に火星を飛び回っていたのだが、今回は数名を殺し金券を奪ったところを現行犯逮捕されている。これで首都に連れ戻され裁判となれば今度こそ重罪間違いないである。
 列車からシャイニング渓谷に降り立った警官たちは違和感を憶えた。
 今日は金曜日の週末、ドラッグや女目当てでみんな街へ出て派手に騒いでいるはずではないか。
 慎重に牢獄を目指す彼らを、丘の上から睨む人間とは思えないような眼差しがあった。
 これから彼らは、列車が迎えに戻ってくるまで、地獄の戦いを繰り広げることになる。

 一言で言ってしまえば、カーペンターの劇場デビュー作である『要塞警察』の拡大解釈的リメイクにあたる。
 建物に閉じこめられた主人公たち、そしてその回りを取り囲むのは言葉も通じぬ謎の集団。牢に閉じこめられていた囚人の力を借りて脱出を試みる。いやもうパターンはほぼ同じ。
 というよりも、西部劇の砦物の延長線上にある作品だ。カーペンターは熱狂的な西部劇ファンだそうで、それはいくつかの作品でも強烈なオマージュとして現れていたが、今回はその集大成だろう。

 守護隊が守る○○砦をインディアン(ネイティブ・アメリカン)が取り囲む。言葉もまともに通じず、ついには銃対弓矢の戦いになる。たまたま砦に立ち寄っていた犯罪者護送馬車に収容されていた人殺しのアウトローも味方に加わり、強い戦力になってくれる。もちろん、そのアウトローが人を殺したのは同情的なやむにやまれぬ訳があるのはいうまでもない。
 だが、倒しても倒しても次から次へと湧いてくるインディアンの大群についにくじけそうになったときに、遠くから音が聞こえてくる。
「パッパッパッパッパッパッ、パッパッ、パッパッラ~」
 応援の騎兵隊だ。そして騎兵隊の活躍でインディアンは退治され、砦に平和が訪れる。
 囚人護送官はアウトローに、「あいにくと足を挫いちまってな、治るまで二日ばかりかかる。歩けるようになったらすぐにでもお前を追い始めるからな」。(『ヴァンパイア/最期の聖戦』のラストでもやってたな)
 アウトローはニカッと笑うと馬に乗って地平線の向こうに去っていく。

 これを火星を舞台に、インディアンの代わりに地中に封じ込められていた火星人の意志、あるいは防衛装置に乗り移られた人間が変身した火星ゾンビでやっているのがこの作品。火星ゾンビはヘビメタ風な衣装を好むようで、こいつらがカーペンター・ロックに乗って襲ってくるのは怖いのやらちとおかしいのやら。
 こいつらはまともな知性は失っているようで、工具で作った刀や槍に弓矢などを使ってくるのだが、中でも威力があるのが丸ノコの刃。これをフリスビー状に投げてくるのだが、腕や首などスパスパと切り落とす。火薬を使わない武器ベスト投票があったら、オレは迷わずに丸ノコの刃に一票を投じるね。

 細かいことは気にしないで、立てこもっていた官舎から駅へと向かい、そこから始まる一大アクションを楽しめればそれで良し。楽しめない人には駄作だろうね、きっと。
 今時、CGも使わず射撃シーンにも大して工夫のない撃ちっぱなしの銃撃戦。ベンベン響くカーペンター・ロック。意味のない爆発と、その爆発で吹っ飛ぶ連中。わはは。
 キャニオン渓谷のオープンセットも作ってそれなりに制作費はかかってそう。列車はCGと模型を使い分けていて、節約主義は相変わらずなようだが。
 屋外ロケでは火星という設定なので土や岩が赤い。しかしロケ先は地球なので土も岩も当然土の色だ。そこで、撮影後のフィルムをCG加工して、赤い色に置き換えたのである。
 というのは大嘘で、地面に赤い食用染料をスプレーで噴射して赤い大地を作り出したんだそうだ。撮影後に洗い流せば元の土色に戻るし、環境への害も比較的少ないし費用も安い。なるほど。
 でも、スピルバーグやロバート・ゼメキスならばマジでCG加工を用いて火星の大地を作り出しそうだ。

 悪党側はアイス・キューブを始めとしてそれなりにキャラクターが確立しているのに、警官側が主人公とジェイソン・ステイサム以外はあまり役立っていないのが残念だ。せっかくのパム・グリアが演ずる隊長も中盤には消えてしまうし。特別出演だったのだろうか。消え去り方は笑わせてくれるが。

おっさん、もう21世紀やでと言ってみても仕方ない。カーペンター作品のほとんどは流行とは無縁で来た。ジョン・カーペンターにはジョン・カーペンターの映画しか撮れない。逆に言えばカーペンター映画はカーペンターにしか撮れない。
 この作品からすでに5年が過ぎたが、未だに劇場映画最新作だ。『遊星からの物体X』のリメイクないし続編の話や、『エスケープ・フロム・ニューヨーク』シリーズの続編の噂も聞く。個人的には全くの新作が良いがとやかくは言ってられない。
 そろそろ新作撮ってよ、ジョン。「結局、1980年代だけの人だったね」なんて言わせておかないでよ。待ってるよ、ジョン。

2007年02月16日

『キャリー』 みんな死んじゃえ!

B000HOJSL6.jpg『キャリー』(1976) CARRIE 98分 アメリカ

監督:ブライアン・デ・パルマ 製作:ポール・モナシュ 原作:スティーヴン・キング 脚本:ローレンス・D・コーエン 撮影:マリオ・トッシ 美術:ジャック・フィスク 音楽:ピノ・ドナッジオ

出演:シシー・スペイセク、パイパー・ローリー、ウィリアム・カット、ジョン・トラヴォルタ、エイミー・アーヴィング、ナンシー・アレン、ベティ・バックリー、P・J・ソールズ、シドニー・ラシック、プリシラ・ポインター

 スティーヴン・キング作家デビュー作の映画化。
 監督は当時売り出し中だったブライアン・デ・パルマで、これでもかぁとばかりに凝ったテクニックを使いまくっている。
 30年ほど前の作品だけあって出演者たちも若い若い。ジョン・トラヴォルタがチンピラアンちゃんだわね。でも、ナンシー・アレンはあまり変わっていない気も。

 地味で引っ込み思案な少女キャリーが主人公。高校卒業間近に女子ロッカー室でシャワーを浴びているときに初めて初潮になって、その意味に気づかずパニックになってしまうほど極端な育て方をされてきた少女。
 原作は大昔に読んだがすっかり忘れてしまった。新潮文庫から出ているのだが、表紙がやたらと怖い。夢見るぞ。
 そんなキャリーには感情が激しく高ぶる、特に怒った時に自分でも制御できないテレキネシス(念力)を発する能力があった。えっ?なんでそんな能力を持っているのかって?そんなことワシャ知らん。

 彼女にも数は少ないが友人や力になってくれる女性教師がいる。
 そして思いがけずプロム(高校卒業時に行うパーティー)にあこがれの男子生徒とペアで出席することになったことからキャリーは変わっていった。
 これまでは化粧などしたことがなかったが、お店で口紅を試してみたり、プロムのためにピンク色のドレスやコサージュを作り始めた。そして彼女は次第に明るく、自信を持った少女へとなっていく。

 ここで終われば単なる青春映画だが、プロムの女王に選ばれたキャリーの頭の上に天井のバケツから・・・がぶちまけられる。
 有頂天になっていた彼女は一転して皆からの笑いものになり、人びとの悪意に反応してぶち切れてしまい暴走状態になる。そんな彼女をもはや止めることの出来る者などいなかった。

 カメラが移動撮影で教室中全体を写したり、手前の人物と奥にいる人物の両方にピントがあった構図、ここぞとばかりのスローモーションや画面分割など、デ・パルマはこれでもかとばかりに思いつくテクニックをぶち込んでいる。
 面白いなと思える物もあるが、個人的には映像テクニックはそれによって何を描くのかが重要であって、テクニックを使うこと自体が目的になってしまうのは違うと思う。意味ないよなというテクニックがあったのは事実。

2007年02月17日

『死霊伝説』 吸血鬼に狙われた町

B000FQW0B6.jpg『死霊伝説』(1979) SALEM'S LOT 183分 アメリカ

監督:トビー・フーパー 製作:スターリング・シリファント、リチャード・コブリッツ 原作:スティーヴン・キング 脚本:ポール・モナシュ 撮影:ジュールス・ブレンナー 音楽:ハリー・サックマン
出演:デヴィッド・ソウル、ジェームズ・メイソン、レジー・ナルダー、ランス・カーウィン、ボニー・ベデリア、リュー・エアーズ、バーバラ・バブコック、マリー・ウィンザー、ジョージ・ズンザ、エリシャ・クック・Jr、エド・フランダース

 スティーヴン・キングの原作『呪われた町』を、『悪魔のいけにえ』のトビー・フーパーが映像化した作品。原題は『セーラムズ・ロット』。そんな名前のタバコがなかったっけ?
 劇場用映画ではなくてテレビ用映画だったが、出来が良かったため日本では劇場公開された。ただし、オリジナル版が183分と長尺でこのまま上映するのは無茶だろうとカットされて-70分の110分版での公開となった。しかし、10分程度ならまだしも70分ってのは無茶じゃねぇ?オレが初めて観たのはテレビで放映されたときなので、CMなどをさっ引くと正味90分ほどになるだろう。こうなるとオリジナル版のおよそ半分程度の長さで、ストーリーが辛うじて分かる程度で、登場人物の細かい設定や各所の伏線などあったもんじゃない。
 今、DVDで出ているのは『死霊伝説 完全版』の名の通り183分バージョン。レンタル版もあって、良い時代になった物だ。

 題材は黒のタキシードに上顎から伸びきった二本の犬歯、霧になったりもできるが、十字架に弱く、建物の中にいる人物から招き入れてもらわないとそこに入れない古典的吸血鬼である。初期の作品とはいえスティーヴン・キングがこういう題材を扱うのはちょっと珍しい。きっと、一度は書いてみたかったんだろう。
『悪魔のいけにえ』でレザーフェイスにチェーンソーを振り回させ大暴れさせたトビー・フーパーがけれん味の少ないじっくりとした演出で、メイン州の小さな町を吸血鬼の災厄が疫病のように広まり支配していく様子を描く。
 世間では勘違いされているように思うのだが、トビー・フーパーは奇をてらった演出をする監督ではない。古典的とも言える手法で真っ正面から映画を撮る人である。

 主人公が吸血鬼の存在を確信した頃には、2匹が4匹、4匹が8匹と加速度的に吸血鬼の数は増えていた。吸血鬼の狩り場となったこの町を救うにはその元凶たる親玉を倒すしかない。そして、その親玉が隠れ住むのは古くから様々な事件が起こった古い邸宅へと物語は収束していく。
 主人公の作家やホラーマニアの少年、教師や医師など登場人物の性格もちゃんと書き分けられており、ストーリー上の役割もちゃんと持たされている。
 吸血鬼の親玉の姿がどう見ても初の吸血鬼映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922)そっくり。

2007年02月18日

『シャイニング』 それっぽい映像だけ

B000BTCMSI.09.jpg『シャイニング』(1980) THE SHINING 119分or143分 イギリス

監督:スタンリー・キューブリック 製作:スタンリー・キューブリック 製作総指揮:ヤン・ハーラン 原作:スティーヴン・キング 脚本:スタンリー・キューブリック、 ダイアン・ジョンソン 撮影:ジョン・オルコット 編集:レイ・ラヴジョイ 音楽:ベラ・バートック、ウェンディ・カーロス
出演:ジャック・ニコルソン、シェリー・デュヴァル、ダニー・ロイド、スキャットマン・クローザース、バリー・ネルソン、フィリップ・ストーン、ジョー・ターケル、アン・ジャクソン

 緻密に組みたてられた映像で観客の歓心をひき、衝撃的なカットで怖がらせたつもりだろうが、さして面白い映画ではないと個人的には思う。
 原作は原作、映画は映画で別物であるというのが持論だが、原作では古いホテルに長年の宿泊客たちが残していった悪意が澱のように溜まって歪んだ存在になっている。そこへ精神的に若干不安定な作家が越冬中の管理人として家族だけと暮らすことになり、次第にその悪意に取り付かれていく。そして父親・夫としての自分と作家としての自分のフラストレーションが作家を精神的怪物へと変貌させ惨劇が起こる。
 しかし映画版の方は、ジャック・ニコルソンが登場した時点でこいつ普通じゃないだろ、どっかおかしいだろとしか見えない。ホテルで悪意に取り付かれたんじゃなくて、ニコルソン自身が最初から怪物だったとしか思えない。

 三輪車でホテルの中を走り回るダニーをステディカムで捉えたカットや、エレベーターから大量の血があふれ出すシーン、そして不気味な双子などそれっぽい映像はあるが、キャラクターの内面に入り込まず表面をなぞっただけで映画はあっけなく終わる。

 初めて観たのはガキの頃にテレビで。感想は「なんだ怖くないじゃんか、つまんねーの」だった。その時にはもちろんキューブリックなんて名前も知らなかった。
 その後、一通りキューブリック作品は観たがほとんどがつまらない。『シャイニング』以前に、キューブリック自身が単なる映像主義の凡庸な監督としか思えないのでオレの趣味じゃないんだろう。

2007年02月19日

『クリープショー』 キングとロメロのコミカルホラーショー

B00005G0LY.jpg『クリープショー』(1982) CREEPSHOW 120分 アメリカ

監督:ジョージ・A・ロメロ 製作:リチャード・P・ルビンスタイン 脚本:スティーヴン・キング 撮影:マイケル・ゴーニック 特殊メイク:トム・サヴィーニ 音楽:ジョン・ハリソン
出演:E・G・マーシャル、テッド・ダンソン、レスリー・ニールセン、フリッツ・ウィーヴァー、ハル・ホルブルック、エイドリアン・バーボー、スティーヴン・キング、トム・アトキンス、ヴィヴェカ・リンドフォース、ゲイラン・ロス、エド・ハリス、キャリー・ナイ

 スティーヴン・キングはホラー小説作家だと思い込まれている感があるが、実際には主にホラーを主題にして人間を描く作家だ。人間の持っている暗い欲望とか業について書くことが多いが、感動作だろうが恋愛物だろうがその気になればいくらでも書ける。
 今回は監督のジョージ・A・ロメロ、特殊メイクのトム・サビーニと一緒にキャッキャキャキャと存分に楽しみながらコメディホラーを撮っている。

 ホラーコミック好きの少年が父親に大好きなコミックを捨てられてしまう。そしてそのコミックに収録されている短編が実写映画になって登場する。実写の短編と短編がコミックブックをめくるアニメーションで繋がれている面白さ。脚本をキング本人が手がけており、あれこれ楽しんで書いて、それだけでは物足らなかったのか二つめのエピソードではほぼ単独主演でアホ面をさらしている。もともと類人猿っぽい顔のキングはちょっと崩すとホントアホ面。他の原作作品にも顔を出していることが多いが芝居はそれなりに出来ていて、いかにも素人という感じではない。
 キングがアホな役をやっている代わりにレスリー・ニールセンが妻と愛人への復讐に燃える夫役でシリアスな演技を見せてくれる。というか、この人の場合こちらが本来の芸風で晩年になっておかしくなった。晩年といってもまだ生きてるけど。
 まだ売れる前のエド・ハリスがほんの脇役で登場。このころはまだ毛があった。他にはハル・ホルブルックやテッド・ダンソン(『スリーメン&ベビー』の父親陣の一人)など意外にキャストも豪華。
 コミックの持ち主である少年を演ずるのはキングの実子。名前はジョーだとか。そして終盤には特殊メイク担当のトム・サヴィーニが顔を出してくる。この人は『ゾンビ』にしろ『フロム・ダスク・ティル・ドーン』などで分かるように出たがりだからな。

 収録されたエピソードは『父の日のケーキ』『緑まみれのキング』『波打ち際に埋められる』『木箱』『ゴキブリ』の全5エピソード+オープニングとエンディング。
 ここぞという場面ではコミックの効果線や安っぽいカラーの照明、トム・サヴィーニの悪趣味特殊メイクなどが色を飾り、B級っぽさを演出している。
 一番有名なのはゴキブリのエピソードだろう。人工物ばかりに囲まれた真っ白い病室を思わせるペントハウスに暮らしている潔癖性の大富豪がいる。強引な乗っ取りで他人を苦しめた悪行から呪いにかけられる。その呪いとはゴキブリ。最初に部屋へ現れるゴキブリは1匹、2匹と少数だが、それがどんどん増えていき最終的には3万匹。研究所で無菌繁殖されたゴキブリだそうだが、そいつらが画面の端から端まで埋め尽くす。首が飛ぼうが腕が切り取られようが、もはや特殊メイクに馴れてしまったオレは笑って観てられるがこいつはダメだ。きっと大昔、人類とゴキブリは覇権をかけた争いをし、その時の恐怖がオレたちの深層心理に埋め込まれているに違いない。そうでなければ、なぜ単なる昆虫があんなに怖ろしいのだ。
『木箱』の主人公ハル・ホルブルックが妄想の中で口やかましい悪妻をショルダーホルスターから抜いた大型リボルバーで射殺するが、やはり『ダーティーハリー2』(1973)からの引用だろうか。

 日本公開は遅れに遅れて1986年の2月。同時上映はサム・ライミの『XYZマーダーズ』だった。ちなみにパンフレットは1冊にまとめられていて、右から読むと『クリープショー』、左から読むと『XYZマーダーズ』というお得仕様。
 120分という上映時間は多少長目でちょとダレる。『クリープショー2』では3エピソードで93分となっていたが、時間的にはそれぐらいの方が合っているだろう。

2007年02月22日

『クジョー』 飼い犬には狂犬病予防接種を忘れずに

B00005G0ON.jpg『クジョー』(1983) CUJO 93分 アメリカ

監督:ルイス・ティーグ 製作:ダニエル・H・ブラット、ロバート・B・シンガー 原作:スティーヴン・キング 脚本:ドン・カーロス・ダナウェイ、ローレンス・キュリア 撮影:ヤン・デ・ボン 音楽:チャールズ・バーンスタイン
出演:ディー・ウォーレス、ダニー・ピンタウロ、エド・ローター、ダニエル・ヒュー=ケリー、クリストファー・ストーン

 『デッドゾーン』『クリスティーン』はすでに書いているのでそちらを参照してもらうとして、製作年度順で行くと今回はこの『クジョー』(1983)となる。

 原作は新潮文庫から発刊されている『クージョ』。映画は『クジョー』だから「ー」の位置が違う。原題はCUJOで映画内の登場人物の発音だと「クゥジョー」って感じに聞こえる。『クージョ』と『クジョー』のどちらに聞こえるかと言われると、まぁ『クジョー』かなと。
 原作の翻訳版が出版された方が先で、原文には発音記号が付いているわけではないから、翻訳者などが『クージョ』と解釈したのだろう。映画の方は先ほど言ったとおり登場人物が『クジョー』っぽい発音なので『クジョー』としたのだろうか。
 でも実際の所は、『クージョ』よりも『クジョー』の方がホラーっぽいから変更したんじゃないかなと妄想したりする。
 原作版から映画では『クジョー』に変更になっていることで、「分かりにくいじゃないか」と映画会社に苦情(クジョー)の電話が何本もかかってきたという噂があるかないかは知らない。

 大雑把に言ってしまうと、主人公の母とまだ幼い息子を狂犬病に罹ったセントバーナードが襲い、故障で立ち往生した乗用車の中に立てこもるといった話。
 これまでにサメや熊、大蛇などが襲ってくる動物系ホラーがあったが、それが今回は犬になった。
 監督のルイス・ティーグは『アリゲーター』(1980)を撮った人だから適任者とも言える。今回も低予算かつ難しい題材を手堅くまとめ上げている。
 今回、スタッフ名を調べていて気がついたのだが撮影監督がヤン・デ・ボン。言われてみれば冒頭のクジョーがウサギを追うシーンや、狭い車の中を中心からぐるりと何度も360度回転するシーンなど興味をひく画面が印象に残る。さすが名撮影監督として鳴らした人だ。監督としては基本的にアレだが。

 母息子対セントバーナードが基本だが、母が浮気をしていたことが夫にばれたばかりだったり、息子が日にさらされて窓も少ししか開けられない車の中で脱水症状と熱中症になっていくなど、様々な要因からくる心理ドラマが原作の面白いところ。車に立てこもっている間にあれこれ考え、悩み苦しみ、時には勇気を奮い起こす。人間だけではなく、クジョー視点からの心理描写もあるぐらいだ。
 映画は小説やコミック、演劇などと比べると心理描写が難しいメディアなので、その辺りがばっさり切られている。さらに、救いようのないラストも映画向きに変更されていることもあってか原作ファンの評価は辛めなようだ。

 限られた場所と登場人物を使って一本の作品に仕上げた手腕は評価されていいだろう。これをさらに極端にしたのが『オープン・ウォーター』(2004)だろうか。
 クジョーの演技も上手い。犬とアニマルトレーナーに拍手を。最初はお人好しな顔つきをしていたクジョーが狂犬病が進行していくと共に泥や埃で汚れて怖ろしい顔つきになっていく。
 しかしセントバーナードはやはりデカい。体格の良い自動車修理工(エド・ローター)に襲いかかるシーンでもデカい。ここでクジョーの大きさが描かれることで、女性や小さな子がそのクジョーを相手にしなければならない怖ろしさが強調されている。

 狂犬病予防接種が行われる4月もそろそろ近くなってきた。犬を飼っている方は忘れずに予防接種を受けさせましょう。
 オレも一匹飼っているので4月になったら獣医に連れて行かねば。フィラリア予防薬の季節もなんだかんだであっという間に来るんだろうな。
 犬は注射が痛いだろうが、こっちは財布が痛い。でも好きで飼ってるんだからもちろん飼い主の義務だ。

2007年02月24日

『炎の少女チャーリー』 キング映画駄作伝説の始まり

4102193014.jpg『炎の少女チャーリー』(1984) FIRESTARTER 115分 アメリカ

監督:マーク・L・レスター 製作:フランク・キャプラ・Jr 製作総指揮:ディノ・デ・ラウレンティス 原作:スティーヴン・キング 脚本:スタンリー・マン 撮影:ジュゼッペ・ルッツォリーニ 音楽:タンジェリン・ドリーム
出演:ドリュー・バリモア、デヴィッド・キース、ジョージ・C・スコット、マーティン・シーン、アート・カーニー、ルイーズ・フレッチャー、ヘザー・ロックリア、アントニオ・ファーガス

 スティーヴン・キングの映画化作品には駄作が多いと言われる。『クジョー』も若干怪しいが、明らかな駄作としてはおそらく記念すべき第一作目。・・・記念する必要はないか。

 原作は新潮文庫から出ている『ファイアスターター』
 主人公のチャーリー(ドリュー・バリモア)と父親が夜の雑踏の中を何者かに追われて逃げている。
 その逃避行に過去のいきさつが回想シーンとして挿入されるが、その構成が明らかに下手で不自然。シーンが切り替わる度にギクシャクしている。
 何とかひとまず逃げ延びて、ヒッチハイクで小型トラックに乗せてくれた老農夫の家で昼食をごちそうになる。そして父親は自分たちが政府組織に追われていることを老農夫に話す。その内容は回想シーンで語られたことだから会話としてはばっさり切られているが、老農夫に打ち明けるならばそこまで回想を入れずに、観客にはある程度謎のまま引っ張っても良かったのではないか。
 ジャンカジャンカとやたらに鳴るBGMがうるさくて、そのせいで安っぽく感じる。

 政府組織の責任者であるマーティン・シーンは『デッドゾーン』(1983)に引き続いてまたもや悪人役で登場。
 そしてマーティン・シーンに雇われた工作員のジョージ・C・スコットが存在感を示す。掃除夫だと身分を詐って囚われたチャーリーの心を次第に解きほぐしていくのだが、さすがに説得力のある演技だ。
 だがそれもこれも緊張感を欠いた演出と、原作をダイジェストにしただけの工夫のない脚本のためほとんど無駄になっている。

 チャーリーは発火能力(パイロキネシス)を持つ超能力者だ。怒りで敵に火を付けたり車を爆発させる様子が描かれるが、ちょっとしょぼい。
 炎や爆発のSFX・スタントは難易度が一番高いとも言われるし、スタントマンやSFXマンはそれなりの仕事をしていると思うのだが、やはり演出に難あり。『コマンドー』や『処刑教室』の監督であるマーク・L・レスターではこんなもんか。いや『コマンドー』は好きなんだけどね。
 ディノ・デ・ラウレンティス製作作品には大味な物が多いが、この作品も例に漏れなかった。製作のフランク・キャプラ・Jrはその名の通り監督として有名なフランク・キャプラの息子だが、映画界においてあまり大した仕事はしていないので憶える必要なし。

 ドリュー・バリモアのファンだったらスター子役時代の彼女を存分に楽しめことは確か。

2007年02月25日

『チルドレン・オブ・ザ・コーン』 終盤はグダグダの法則

B00005TOP2.jpg『チルドレン・オブ・ザ・コーン』(1984) CHILDREN OF THE CORN 93分 アメリカ

監督:フリッツ・カーシュ 製作:ドナルド・P・ボーチャーズ、テレンス・カービー 製作総指揮:アール・グリック、チャールズ・J・ウェバー、原作:スティーヴン・キング 脚本:ジョージ・ゴールドスミス 撮影:ラウール・ローマス 音楽:ジョナサン・イライアス
出演:ピーター・ホートン、リンダ・ハミルトン、R・G・アームストロング、ジョン・フランクリン、コートニー・ゲインズ

 扶桑社文庫から出ているスティーヴン・キングの短編集『トウモロコシ畑の子供たち』に収録されている同名短編が原作の低予算映画。
 物語は3年前から始まる。その日、ある小さな町で子供たちは大人という大人を殺し始めた。
 そして現在、畑の中を延々と続いている田舎道。その路上で若い男女が首を切られて殺された子供の死体を見つける。
 慌てて近くの町に向かうが、そこが件の町でまるで誰もいないかのように寂れて荒れきっていた。大人の姿はまったくなく、時折見かける子供も逃げ隠れしてしまう。
 一体これはどういうことなのか。そして彼らはトウモロコシ畑に潜む反キリストの邪神に生け贄として狙われることとなる。

 導入部はいくつもの謎を散りばめて、観客に興味を持たせて引き込むことに成功している。
 しかし、人気のない町の中を、その謎を解き明かそうと主人公の男があちこちと首を突っ込み始める辺りからダレ始める。このパターンはホラー映画だと何者かに襲われるパターンそのまんまじゃないか。「どういうことだ」とかはいいからさっさと逃げろよ。
 そして終盤になってトウモロコシ畑の地下に潜み、地面をモコモコさせてモグラのように移動する化け物が登場する辺りですっかり映画はグダグダ。
 序盤はいいのだが、終盤でグダグダになるというのは、キング映画では割と見かけるパターンなのでキーワードとして憶えておくのもいいだろう。

 反キリストの化け物に騙されて、子供たちが独自の宗教を作り上げ、大人は全て生け贄として捧げて子供たちだけで暮らしているという設定は面白い。
 主人公に襲いかかってくる子供からは残忍さが感じられ確かに怖い。本来ならば可愛いとか守ってやらねばという存在が敵になるのは反則だぁ。

 男女の内、女性を演ずるのはリンダ・ハミルトン。製作年度は『ターミネーター』(1984)と同じだが、「演技学んでます」という感じなのでこちらが先に作られたかなと。『ターミネーター2』を観た後だと、連れの男などあてにせずに自分で化け物と直接対決しそうだ。しかも勝つ。

 なんか『死の収穫』だの『アーバン・ハーベスト』などと続編とかリメイクが数作作られていて、何本かは観たがどれがどれだかさっぱりわからない。今さら観直す気もないのでそれらについては書かない。

2007年02月28日

『死霊の牙』 狼男がやってくる

B000FCUY0Y.jpg『死霊の牙』(1985) SILVER BULLET 90分 アメリカ

監督:ダニエル・アティアス 製作:マーサ・シューマカー 原作:スティーヴン・キング 脚本:スティーヴン・キング 撮影:アルマンド・ナンヌッツィ 特殊効果:カルロ・ランバルディ 音楽:ジェイ・チャタウェイ
出演:コリー・ハイム、ゲイリー・ビューシイ、ミーガン・フォローズ、エヴェレット・マッギル、テリー・オクィン、ロビン・グローヴス、レオン・ラッサム、ビル・スミトロヴィッチ

 1980年代前半に狼男や狼に関する映画がちょっとしたブームになった。
 太古から生き延びてきた伝説の狼の恐怖を描いた『ウルフェン』(1981)、ロブ・ボッティンによる狼男へのリアルな変身シーンが話題になった『ハウリング』。そしてCGを使わない狼男への変身シーンでは未だにこいつを超える作品はなく、特殊メイクのリック・ベーカーにアカデミー賞をもたらした『狼男アメリカン』(1981)。
 こうしてみると、どれも1981年作品だったのか。
 ゾンビ映画にはフォロアーが多く出てきて、特にイタリアゾンビなど傑作駄作を含めてかなりな数が製作されたが、狼男物はこれといった大きなブームにもならずに消え去った。その原因としては、ゾンビの特殊メイクが比較的簡単で、端役のゾンビは単にマスクを被せておくだけでも良いのに対し、狼男物は見せ場の変身シーンで高度な特殊メイク・特殊撮影技術が要求されるため、簡単に二番煎じが出来なかっただろう。

 それから4年。『死霊の牙』が制作された。邦題が『死霊の牙』、原題が『SILVER BULLET(銀の弾丸)』。どこをどう考えても狼男物だ。
 主人公の車椅子に乗った少年マーティーはコリー・ハイム。いたなぁコリー・ハイム。この車椅子は電動ならぬ小型エンジン付きでその名も『シルバー・バレット』、それにあれこれ改造を施すのが叔父のレッドを演ずるのがゲイリー・ビューシイ。薬物やアルコール中毒から抜け出して復帰してきた頃の作品で、『ビッグ・ウェンズデー』の頃と比べるとボテッと太っているがクセのある芝居とセリフ回しでやはり格好いい。
 舞台は例によってアメリカの田舎町。そこで満月の夜になると獣に八つ裂きにされたような連続殺人が発生するようになる。人びとを襲っているのはもちろん狼男なのだが、その正体はちょっと意外だった。

 狼男から人間への逆変身シーンが特殊撮影で映し出される。それなりではあるが、せいぜい劣化版『狼男アメリカン』。低予算だからと言い訳するかも知れないが、『狼男アメリカン』もあまり金がかかった映画ではない。SFX担当である『E.T.』や『REX恐竜物語』のカルロ・ランバルディの力量がはっきり現れている。

 車椅子が電動ではなくエンジン搭載なのは当時のバッテリーでは実用的ではなかったからだろう。
 教会や自宅にも車椅子用のスロープがあり、二階に昇る階段にはリフトも着いていてバリヤフリー化はかなり万全だ。
 マーティーが車椅子に乗った障害者であることがあまり活かされていないのが残念。逃げるのにちょっとした段差をなかなか乗り越えられなくて、後ろからは狼男が迫ってくる、なんてのはありがちか?
 レッドは甥っ子たちの狼男話を信じてはいないが、とりあえず頼まれた銀の銃弾を用意して、寝ずの番を付き合う。女癖が悪くて酒好きだが良い伯父さんだ。

 ラストは「これで終わり?」なあっけなさ。まぁ子供のロケット花火で片目を失明してしまう程度の狼男だからな。満月の力で回復させろよ。
結論:人に向けてロケット花火を発射してはいけません。

 原作のマーティーはハードカバーなのだが、児童書並みの活字の大きさで、文章量は少ないのに高い。そのため買っておらず読んでいない。
 スティーヴン・キングはこれまでに『クリープショー』などオムニバス短編の脚本は書いてきたが、長編映画の脚本はこれが初めてなはず。