『マイアミ・バイス』(2006) MIAMI VICE 132分 アメリカ
監督:マイケル・マン 製作:ピーター・ジャン・ブルージ、マイケル・マン 製作総指揮:アンソニー・ヤーコヴィック 脚本:マイケル・マン オリジナル脚本:アンソニー・ヤーコヴィック 撮影:ディオン・ビーブ プロダクションデザイン:ヴィクター・ケンプスター 編集:ウィリアム・ゴールデンバーグ、ポール・ルベル 音楽:ジョン・マーフィ
出演:コリン・ファレル、ジェイミー・フォックス、コン・リー、ナオミ・ハリス、エリザベス・ロドリゲス、ジョン・オーティス、ルイス・トサル、バリー・シャバカ・ヘンリー、ジャスティン・セロー、ドメニク・ランバルドッツィ、キアラン・ハインズ、ジョン・ホークス、エディ・マーサン
年末年始に実家に帰っていたわけだが、親が一日中テレビをつけている。
大晦日、みんなで揃って鍋なんかを食ってるときでもテレビはつけっぱなし。もちろん、そのまま紅白歌合戦へ。
オレはこの20年ほど紅白歌合戦など見たことがない。というか、見たくない。
そこで、もう自分の部屋はなくなっているので代わりに客間に引っ込むと、久しぶりに家族が揃った大晦日なんだから、みんなと一緒にいろという。
クソつまらん上に最低な演出で「はて、まだ昭和だっけか?」と思いたくなるような、よくこれで「受信料は義務だから払え」なんて言えるもんだと思いながら、テレビを消すと親が怒るので、隙を見ては他のチャンネルに変えたりしていた。
格闘技に興味はないが『K-1 Dynamite』がなかなか面白かった。曙がアンドレ・ザ・ジャイアントの出来損ない相手に十数秒で負けていたり、ボビーがチェ・ホンマンに軽くあしらわれていたり、、桜庭がボコスコにやられて明らかに負けているのに相手にしがみついて、相手の秋山も途中で殴るのにつかれたのか子供のケンカパンチでパコパコやっているし。と思ってたら、後日にクリームを全身に塗っていたことが判明して秋山は失格になるし。あー、試合中になんかレフリーに文句を言っていたが、そのことだったのか。ともあれ、文句を言われる度に紅白に戻してはまたK-1に切り替える。本気の戦いにそれなりに見入ってしまった。
しかしだ、アクション映画があったとして、その格闘シーンがK-1の中継そのままだったらつまんねぇだろうなぁ。
『マイアミ・バイス』(2006)劇場版を観ながらそんなことを思ったりしてな。
コリン・ファレルのソニーがオリジナルのドン・ジョンソンの格好良さのかけらもなく、むしろ情けない風貌で、『フォーン・ブース』(2002)のような作品ならともかく、凶悪な事件が蠢く犯罪都市マイアミで活躍する腕利き刑事には見えない。そもそも今さえあなんで『マイアミ・バイス』なんだか。
ジェイミー・フォックスのリカルドは多少ましだが、この人は臭い芝居やりたがりな人だ。そんな奴に、大切な人を生きるか死ぬかの大けがを負わせてしまった、なんてうっとおしい芝居をやらせるのは止めてほしい。
で、ラスト近くの銃撃戦では、主人公たちに使わせる銃器もシチュエーションに合わせて狙撃用ライフルやアサルトライフルにショットガンなど様々。
残弾数もきっちり描写し、その銃の装弾数だけ発射したらちゃんと弾切れになる。
敵の弾は当たらず、主人公側の弾だけ当たるなんてこともない。銃弾の嵐の中を駆け抜けたら普通に死ぬ。
射撃ポーズは本格的で、両手それぞれに銃を持って乱射とかはしない。
ハンドガン?屋外戦ではそんな頼りのならないもの最後までつかわねーよ。
現実のコンバットシューティングの作法に則って、それから外れないリアルな銃撃戦。
うーん。どうなんだろ、これ。
ストーリー自身がリアルな犯罪物だったらまだしも、麻薬密輸に関する潜入捜査と、主人公と敵側の女イザベラ(コン・リー)との愛、というエンターテインメント作品なんだから銃撃戦のところだけ急にマジになられても。
マイケル・マンは「リアルだからすごいだろ」と思っているのかもしれないが、そもそも映画は作り物。スクリーンで見るとリアルな物が逆に作り物めいて見える場合もある。作り物の方がリアルに見えることだってある。
仮に本物の銃と弾丸を使って実際の殺し合いを撮ったとして、それはリアルなんだろうか?面白いんだろうか?・・・これがテレビの生中継ならばそれなりに面白いのかもしれないが、これは映画だし・・・
『ヒート』での銃撃戦の焼き直しという感じで、そこからの進歩がないのがちょっと。さらなる一歩があれば個人的評価はまた変わったはず。丁寧に作っているのはよく分かるが、なんというかそれで満足せずにさらに先に進もうという意欲とアイディアが欠損していた。
リアリティつったって、実際の銃撃戦を見たことがある訳じゃないしね。本当にリアルなのかもオレには分からん。
ジョン・ウー的銃撃戦もさすがに流行は終わったので、今は次なる銃撃戦スタイルの登場を待つ時期なのだろう。
イザベラが銃撃戦の最中にソニーの胸に輝く警官バッジを見て、その正体に気づく。このシーンで、バッジをアップにせずに光を反射してきらきらと輝く小さな物までとしか見せないところなんかは好きだ。出陣前のシーンで武器の用意をしているときに胸元に警官バッジを吊していることはすでに観客に分かっていることである。あそこでアップを入れない方が粋である。
問題は「えっ、何でイザベラーは突然、「あなた何者なの?」とか言い出したの?」という観客もいるだろうってことだ。
コリン・ファレルやジェイミー・フォックスが渋く決めたつもりでも、美味しいところは全部コン・リーが持ってっちゃった。
コメント (2)
最近、スピルバーグの「ミュンヘン」を見ました。映画自体は褒められたものではないですが、口径の小さい銃を使ってパカパカ撃ち合うというのは中々新鮮でした。90年代に入ると、質より量という感じになりましたが、それまでは、「エイリアン・ネイション」や「レットブル」など、いかに凝った銃を出すかという点にエネルギーが注がれていたような気がします。映画自体はイマイチでも、かっちょいい銃が出てきたら満足という気分でしたし。まあ、最近は銃のデザイン自体も味気ないですからね。最近、ガンマニアの間ではジョニー・トーが人気ですが、東森さんはいかがですか。
Posted by: ネスカフェ | 2007年02月18日 23:45
日時: : 2007年02月18日 23:45
ネスカフェさん
最近は樹脂製の銃が増えて、直線的なデザインなやつばかりですが、グロックのファンなのであまり気にならなかったりもします。
ハリー・キャラハンのM29やジェームズ・ボンドのワルサーPPKの様なそのキャラクターを象徴する銃器が減ってきたのはやはり寂しいですね。
ちょっと調べ物があって『リーサル・ウェポン』(1987)を久しぶりに観ました。公開当時は全編撃ちまくっている印象でしたが、20年経ってみるとあんがい撃ってませんね。
ジョニー・トーは香港の映画監督のジョニー・トーでしょうか?だとするとほとんど観てないですね。数少ない作品も『マッスルモンク』のアンディ・ラウの着ぐるみで記憶が全て埋め尽くされています。
香港映画だとレスリー・チャンの『ダブル・タップ』(2000)が90年代の香港映画銃撃戦を塗り替えるリアルさで面白かったですね。全盛期?の香港映画は飛んでくる銃弾を銃弾で撃ち落としたりしてましたからなぁ。まぁそっちはそっちで大好きなんですが。
Posted by: 東森時音 | 2007年02月19日 00:41
日時: : 2007年02月19日 00:41