『007 カジノ・ロワイヤル』が公開することだし、一度シリーズを通して書いてみるかな、とふと思いついたのが運の尽きだった。
書き始めてすぐわかったことだが、ほとんど何も覚えていない。車が360度側転ジャンプするシーンとか、ボンドとジョーズがスカイダイビング中に戦うとか、断崖から飛び降りたボンドのパラシュートが英国国旗の模様だったとか、シーンは覚えているのだが、どの映画のどこで登場したかとなるとさっぱりだ。
ブロスナンボンド作品に関してはまだそれなりに記憶にあるが、コネリー・ムーアボンドの頃となるともう記憶の彼方。どれもこれも基本的には世界を狙う悪党がいて、ボンドがマティーニやドン・ペリニオンを飲みながら美女といちゃつき、そして敵をやっつける。それの繰り返しが20数本もあっては、別段007マニアでもなく、普通に好き程度なオレにとってはどれがどれやら区別が付かない。
一応、ビデオやDVDでカットされていないフルバーションは全作品とも観ているが、これで書く自信はない。というか書けない。
しょうがないので、1日1本のペースで『ドクター・ノオ』から観直していった。
そこまでは良いのだが、失敗したのは逐一メモを取っていったことだった。これまでそういう行為はしたことがなく、観終えた後に記憶に頼って「こうだったよな。ああだったよな」と書いていた。
今回はメモがあるので、当然それに沿って書いていく。このシーンから始まって、こうなって、そうなって・・・気がつくとただ単に粗筋を書いているだけだった。読み直してみるがつまらん。
だが、上映中にメモを取る映画評論家もいるそうだし、まだ慣れていないだけかもしれないからしばらくこのスタイルを続けてみよう。そのうち、自分なりのメモを使った文章の書き方が見つかるかもしれない。
そして『ダイ・アナザー・デイ』まで書いたが(『カジノ・ロワイヤル』は劇場だったのでメモを取る余裕などなかった)、延々と粗筋を書いただけで終わった。
結論:メモを取って、それから文章を組み立てるというやり方はオレには向いていない。記憶力の悪さには自信があるが、それでもなお覚えていることは本当に重要だったりすごかったり美しかったりすること。だからそれを頼りに勢いに任せてダダダダッと書く方が楽しいし、自分で読み返してみる分でもそちらの方が面白い。他人がどう読むかは知らんが。
メモも単なる材料の一つとして、書きたいことの補足として使う分にはいいのだろうが、オレはどうしてもメモに引きずられてしまった。
そもそもメモの取り方も悪いのだろう。これもメモしなきゃ、あれもメモしなきゃで、印象に残った点ではなくストーリーの概要に過ぎなかった。
大学受験の頃、参考書の重要と思える点にマーカーを引いたが、気がつくとほぼ全行がマーカーだらけ。こんなもん知るかいと参考書を投げ出し、ついでに受験勉強も投げ出した。だが、実際の入試ではマーカーとは関係なしに、授業で教わって印象に残っている事が出題されていて、浪人かもなぁと思っていたのに、受験した2校とも合格していた。
何か関係ありそうな気もするが、多分ない。
ちなみに007シリーズを一気に観た感想としては、面白かったかと聞かれれば「面白かった」。あなたの心には何が残りましたかと聞かれると「何も残らなかった」
でもその「何も残らない」ところが良い。観ている最中はハラハラしたり笑ったりアクションに驚いたりして、劇場を一歩出た時点で忘れている。007シリーズというのはオレにとってそういう存在だ。ある意味くだらない、だから楽しいの。
映画1本観る度に、上映後にまであれこれ問題意識や人生の意義などを真摯に考えさせられていたら死んじゃうよ、オレ。色々なややこしいことは現実の人生でもう充分すぎ。その手のはたまにでいいや。
ちなみに『父親たちの星条旗』も『硫黄島からの手紙』もオレにとってはまず娯楽映画。「その手の映画」のような映画としての程度が低い物ではなく、美しく、残酷で、燃える、娯楽映画。オレと映画との関わり方はそんな感じだ。