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『アサシン』 アメリカ人は他国の映画を観ない

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『アサシン』(1993) THE ASSASSIN(POINT OF NO RETURN) 108分 アメリカ
監督:ジョン・バダム 製作:アート・リンソン 原作:リュック・ベッソン 脚本:ロバート・ゲッチェル、アルクサンドラ・セレス 撮影:マイケル・ワトキンス 音楽:ハンス・ジマー
出演:ブリジット・フォンダ、ガブリエル・バーン、ダーモット・マローニー、アン・バンクロフト、ハーヴェイ・カイテル、ミゲル・ファーラー、オリヴィア・ダボ、ジェフリー・ルイス

 アメリカ人というのは世界で一番他国の映画を観ない国民だという。
 それもそうだろう。喜劇から活劇、そして悲劇まで全て自国の映画だけで事足りる。
 わざわざ見知らぬ国の言葉や風俗の映画を観る必要もないのだろう。
 ニューヨークやロサンゼルスのような大都会ならば他国の映画も上映されるだろうが、とにかく広い国だ。大都市を除けば外国映画を観る機会自体がないだろう。
 だが、アメリカ映画以外にも映画はいくらでもあるし、そこには優れた作品もある。
 では、その優れた作品を輸入して、字幕なり吹替をして観ればいいじゃないかと我々日本人ならば考える。
 ところがアメリカ人はそうではないのだ。アメリカを舞台にアメリカ人の俳優を使って撮り直してくれと言うのだ。そして、ハリウッドは実際にそれをやってしまう。
 この『アサシン』はご存じの通りリック・ベッソンが撮ったフランス映画のリメイクだ。フランス語を英語に吹き替えればそれで良さそうな物だが、どういうわけだかリメイクしてしまう。
 アメリカ人はフランスに対して一種のコンプレックスがあるのか、フランス文化に憧れるくせしてそのまま受け入れない。そのせいかフランス映画のハリウッドリメイクは多い。
『スリーメン&ベビー』(1987)は『赤ちゃんに乾杯!』(1985)のリメイクだし、『3人の逃亡者』(1988)は同タイトルの1986年のフランス映画のリメイク。
 これら娯楽映画のリメイクだけならまだしもジャン=リュック・ゴダールの『勝手にしやがれ』(1959)まで『ブレスレス』(1983)として撮り直してしまうのだから、ここまでくるとちょっと理解できないというか、オリジナルを観るのがそれほどまでに耐え難いのかと考えてしまう。
 日本映画だって『七人の侍』が『荒野の七人』に、『Shall we ダンス?』(1996)が『Shall we Dance?』(2004)として撮り直されている。
 『Shall we ダンス?』、つまり日本版だが、これはアメリカで公開されているが、日本映画であることを前面に押し出すと客が入らないので、ポスターはダンスを踊る男女の足だけだったと聞く。

 さてこの『アサシン』だが、『ニキータ』をすでに観た観客にとっては見劣りのする出来となっている。
 前半の山場であるキッチンでの銃撃戦といったアクションシーンはハリウッドの得意とするところだし、監督のジョン・バダムにしてもこれまでにいくつもアクション映画を撮っていて見せ方も分かっているだろうに、派手さや格好の良さで劣っている。
 さらに『ニキータ』では小柄な女性である主人公が超大型拳銃であるデザートイーグルを操っているのが実にさまになっていたのだが、『アサシン』では競技用ピストルのような精度こそ良さそうだが映画としてはあまり絵にならない拳銃に置き換わっている。
 ホテルのバスルームから狙撃を行うシーンも、部屋にいるまったく事情を知らない恋人から扉越しにプロポーズを受け、任務と恋人との会話を同時に行い、オープニングでは野獣のようだった主人公が必死にこらえながら涙を流す、その残酷で美しい部分が表現し切れていたとは思えない。
 個人的には、掃除人が「誤報だ」と言いながら警備の連中を撃ち殺すところがなくなっていたのが一番残念である。

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コメント (2)

ネスカフェ:

やはり、リメイク版のイマイチなところは上司のボブがやけに図々しい感じの男になっているとこでしたね。「二キータ」のチェッキー・カリョの場合、いかにもプロという感じで、個人的な感情をほとんど見せておらず、それゆえ、パーティーに招待されたときとかにもスリリングな感じがでてました。あと、ボブ=硬派、アングラード=優男というコントラストが出ていたこそ、ラストの二人の対話シーンが実に生き生きとしていたと思います。基本的にアメリカ人の観客は「行間を読む」というような語らずして、悟るというような雰囲気にもどかしさを感じてしまうんでしょうね。この映画と「レオン」のどちらがいいかを聞くと、見事にその人の映画の志向がよくわかりますね。

東森時音:

シュワルツェネッガー&ジェームズ・キャメロンの『トゥルーライズ』(1994)もフランス映画のハリウッドリメイクだそうで、オリジナルは日本ではビデオ化すらされていないので観たことがないのですが、どうやらスパイであることを家族にも隠している夫婦と子供のロマンスコメディで、さほどアクションはないそうで。
それをハリアーがビル街を飛び回るド派手なアクション映画としてリメイクする分には、これはもうまったく別の映画といっていいでしょうからまだ分かります。
『ニキータ』から『アサシン』へのハリウッドリメイクは、ストーリーに新しい解釈があるわけでもなく、アクションが強化されているわけでもないので、素直にオリジナル版を観てれば良さそうな物だと思うんですよ。
外国映画を観るのがそんなに嫌いなのか、あるいは食わず嫌いなんでしょう。
本文にも書きましたが、大都会ではなく南部の田舎町などで生まれ育ったらハリウッド映画以外と出会う機会そのものがなさそうです。
ケーブルテレビで千葉真一の映画や『影の軍団』を楽しみに観ていたタランティーノみたいな人もいるようですが、やはり少数派なんでしょう。
日本の場合、最近ちょっと日本映画も元気があるようですが、市場としてはハリウッド映画>日本映画というのもちょっと寂しい部分があります。

香港映画の『インファナル・アフェア』を『ディパーテッド』としてハリウッドリメイクするのは、まぁ東洋人の顔の区別なんかつかないだろうしなぁと思わないでもありません。
私の友人にも「洋画は俳優の顔が区別つかない」と言ってるヤツがいましたし。
お前はジイさんバアさんか。

全体的にキャラクターの力が落ちていましたね。
ネスカフェさんの言われるように男性陣が特に寂しい。
アン・バンクロフトは悪くなかったんですが、オリジナルのジャンヌ・モローの存在感が強すぎます。

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