1988年後半のことだったと思うが、実家を出て名古屋にアパートを借りることになった。
オレには姉がいて、名古屋の会社に勤めていたのだが、配置替えで豊田市勤務になったのだ。
愛知県半田市から名古屋市までは、名鉄を使って片道1時間もあれば着く。しかし、豊田市まで行こうと思うと2度ほど乗り継ぎが必要で、列車の接続次第では2時間以上掛かる。ちと通勤にはつらい。
豊田市は愛知県の西三河と呼ばれる地域にあるが、この西三河は自動車王国トヨタのお膝元のせいか、自動車で行き来するには道路も整備されていて便利だが、鉄道はどうも東西に行く分には良いが、南北に行くには今一つ不便だ。
と、ここで一つのアイディアが出た。
名城大学は地下鉄鶴舞線の塩釜口という駅が最寄りで、この鶴舞線はそのまま名鉄に接続して豊田まで走っているのだ。つまり、鶴舞線の沿線に広めのアパートを借りて姉弟で住めば、オレも便利、姉も便利。家賃面でもメリットがある。
サークル活動にはまっていて、毎日片道1時間半かけて学校まで通っていた(ただし、部室と学食に顔を出すが、講義には出ていない)オレには嬉しい話だ。
さっそく不動産屋めぐりをはじめる。
条件は鶴舞線沿線で、駅から10分ほどの距離。
大学のある塩釜口の近くだとオレとしては一番便利なのだが、学生向けのワンルームアパートが中心で、こちらが探している2LDK程度の物件があまりなかったのと、生活に便利なスーパーマーケットなどがなかったので検討から外した。
荒畑、植田の物件を見た後で、塩釜口から東に二駅、原という駅から歩いて10分ほどの所に3LDKのアパートを見つけた。
まだ新築で空き部屋がある。駅から歩いてくる途中に松坂屋ストアというスーパーマーケットがあって買い物に便利だ。近くにはビデオレンタル屋が併設する本屋もある。今にして思えば、TSUTAYAだった。焼きたてパンを売るパン屋もあった。
家賃ははっきりと憶えていないが、6万から7万ぐらいだったか。もしも一人暮らしをするとして、3万で風呂付きの物件があるかというとさすがに厳しいので、条件としても悪くない。
若い男女が住むというので大家が「同棲じゃないのか」と少し渋ったようだが、「同棲じゃなくて同姓です。姉弟です」と戸籍謄本の写しを出すことで解決。
こうして実家を出て、アパート暮らしが始まった。
姉と一緒に住むというと、「食事とか家事とかやってもらえるじゃん」と言われたが、それは姉と二人で暮らしたことがない人が抱く幻想だ。
はっきりいって、部屋なんかオレの方がキレイに片付いていた。暇な大学生と、忙しい会社員では無理もない。
たまにオレの分の食事も作ってくれたが、“たまに”だ“たまに”
それでも、完全な一人暮らしよりも人が一緒にいるというのは良いもので、その頃はオレも酒を飲んだので、ビールで酒盛りをやったりした。
この二人暮らしは、オレが大学を卒業して上京することになるまで、3年ちょっとの間続いた。
大学までは自転車で15分程度。通学が非常に楽になったおかげで毎日学校に行っては、講義にも出ずに部室と学食で過ごした。
スパゲティに人気があり、カレーがかかったインディアンスパなどのメニューの第一学食、通称1食。竹輪の磯辺揚げなどおかず毎に細かく分かれていて、好きなのを選んでいっては合計金額を支払う方式の第二食堂、通称2食。日常の栄養をほとんどこの2つの学食と、裏門を出て右側にある定食屋『金鯱』(きんこ)に頼っていた。
2食できつねうどんを食っているときに、オレの食っている様子があまりに美味そうだというので、先輩に奢ってもらったことがある。美味く食い芸?
名城大学には他に、校舎裏にあるうどんが名物の第三食堂、3食や、正門を入って左側の名無しの学食など、学生数が多いだけあって学食も多かった。
2、3年前に前を通りかかったのでちょっと中を覗いてみたら、1食がなくなって代わりにマクドナルドとスガキヤが出来ていた。名古屋の隠れた名物スガキヤはともかく、マクドナルドはちょっと違うんじゃないかなと思わないでもない。
オレが学生だったころは、学内でハンバーガーといえば自動販売機で売っているヤツだけだった。電子レンジで解凍されて出てくるあの妙にシンナリとしたハンバーガーはそれなりに旨かった。