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映画バカ青春記 第56章 (おおざっぱな)シネ研式自主映画撮影法

 入学当初はまだそれなりに授業にも出席していたが、5月6月頃ともなると、出席を取る授業だけ出て、あとは部室で映画について話したり、雑談したり、遊んだり、寝てたり、まあそんな生活だった。
 そして、自主映画製作にも携わった。

 大学の映画研究会の映画製作というとどのようなイメージをお持ちだろうか。
 入学前のオレは、サークルが一体になって、監督や脚本、カメラなどを分担して、みんなで一本の映画を作るんだと思っていた。
 しかし、他の大学がどうやっていたのかは知らないが、とりあえず名城大学のシネマ研究会(以後シネ研)では違っていた。

 ある部員がいたとする。その部員が脚本を書く。うむ、これを実際に映画にしたいなと思ったら、部室に行って出演者となる部員の頼む。外部の人に出演してもらうことも多少はあったが、色々とトラブルの元(これはまたいずれ)なので出演者は部員中心だった。
 そしてカメラ屋に行って8ミリフィルムを買う。人によってはスーパー8だったり、あるいはシングル8だったりするが、ともあれ確か1本で2000円ぐらいだったろうか。金の出所は本人の財布からである。部からは一銭も出ない。
 金は出ないが、カメラや照明、編集機材や映写機は部にあるので、それは自由に使える。
 出演者を連れて、その日の撮影場所に移動。休みの日に人を集めるのはなかなか難しいので、撮影は平日中心。みんなそれぞれ授業もあるので、撮影時間は限られている。特に、夏休みまでの前期は日が長いので遅くまで撮影できるが、後期だと4時5時にはもう暗くなってしまう。そのため、撮影現場は学校内やその近場が多かった。

 現場に着くと、三脚を立てそこにカメラを据える。やはり基本は三脚だ。
 そして出演者を立ち位置に立たせると、「じゃあお前は「これこれこう」ってセリフを言って、そしたらお前は「なんたらかんたら」って返せな」と指示すると、カメラリハーサルを始める。うまくいったらそのまま本番。
 台本をあらかじめ役者に渡して読ませておくとかはごく一部の作品を覗いてほとんどなかった。それでは役作りも何もあったもんじゃないが、考えてみれば部員は演技に関してはまったくの素人。役作り以前の問題だ。
 そして脚本を書いた部員=監督が満足いくカットが撮れたらOK。そして次のカットへ。
 映画は上映される順番に撮影していくわけではない。ファーストショットとラストショットが同じ場所だったら、同時に撮影することだってよくあることだ。
 全部のシーンに自分が登場しているわけではないので、映画の全体像は作品が出来るまで分からない。
 映画が上映されて、主人公を演じた部員が、始めてこういうストーリーなのかと知ったケースもある。

 撮影されたフィルムの現像に1本1000円ぐらいかかった。もうちょっと安かったかな。
 フィルム1本が約3分なので、3分撮るのに3000円かかる。
 となると、30分の映画撮るのに3万円か~、などと甘く考えてもらっては困る。
 撮影されたフィルムは確かに3分だが、NGショットや、カットの頭や尻を削ったりすると、これがあっという間に2分、1分半になる。個人的経験によると3分撮って1分使えるかどうかぐらいだ。
 1分撮るのに3000円。30分の映画を撮るとなったら、少なくとも9万。学生にとって、特に貧乏が癖の多かったシネ研部員にとって9万は大きい。
 しかも、これはフィルム代だけ。編集に使うのはセロテープに似たスプライジングテープぐらいで、これはたいした金額でもないが、撮影には多少なりとも小道具が必要だ。オレの場合は脚本を書く段階で、自分が持っている物や誰かが持っている物を利用するように工夫していたが、それでも「ここで銃で武装した警官隊を登場させたい」とかなると、自分や他の部員が持っている銃だけでは足りず、発砲シーンではないからと東京マルイの1900円ぐらいのエアガンを4、5丁買ってくる。これでもう1万だ。
 他には、撮影時に出演者にジュースや学食で飯を奢るぐらいのことはする。
 これらの金は全部監督が出す。

 撮影したフィルムを編集したら、次は音入れの作業。アフレコの場合は、ここで声を入れるし、他には効果音や音楽を入れる。
 そのほか、まぁ細かい作業もあるんだがそれはまた今度にして、これでとりあえず映画は完成。
 ちなみに、30分の映画と何度か言っているが、30分だと自主映画としては長編の部類に入る。短編で10分以内。普通の作品は10分から20分の間だった。
 これは、予算の関係もあるが、時間が長くなればなるほど作品を持続させる力が必要となるからで、30分超えの作品を作ろうと思ったらかなりの力量、体力、資金が必要になる。
 サークル全体で1本の作品を撮るのならば、負担をそれぞれで分担できるのだが、シネ研スタイルだと監督一人が背負う形だ。
 なんといってもほとんどの場合が、監督=脚本家+カメラ+照明+衣装+美術+編集+音声+音楽+タイトル・クレジット作成などなど一切合切だ。精神的にも肉体的にもなかなかヘビーだ。
 全ての責任は監督一人で受け止めねばならない。独裁者がそうなように、監督というのも孤独な仕事だ。
 自主映画というより個人映画だ。

 だがそれらの苦労も、上映会でスクリーンに作品が上映されると・・・・・・
・・・・・・
 ああっ、なにこのカット。構図めっちゃ悪いじゃんか。それに照明の影が背景の壁にくっきりでちゃってるよ。って、ダサダサなセリフ。あー、今のシーンの変わり目の編集下手だなー。うわっ、手持ちカメラで撮ったカットが思いっきり手ぶれしてるよ。同時録音で撮ったんで最初の数コマは音声が途切れてるよ。手抜きするんじゃなかった。あー、映像と音楽が全然合ってない。いらないだろこのシーンは、カットしろよカット。そもそも刑事と探偵といいながらどうみたってスーツ着ただけの学生だろ。てか、スーツじゃなくて単なるジャケットじゃんか。でも衣装を揃える金までないしよ~

 と頭を抱え、恥ずかしくってまともにスクリーンなど観ていられないのであった。
 いやほんと、自分が撮った映画を観るってのは人にもよるだろうが、オレの場合はやたら恥ずかしい。撮った作品は8ミリフィルムからビデオテープに落として、現在ではDVDにしてあるが、再生するたびに思わずテレビの前で死んだふりしてる。

 この様に、シネ研は各自一人一人が監督という独立採算制・・・はちょっと違うか。それぞれが一国一城の主方式だった。
 この方式だとお金がかかった大作や長編は作るのが難しいが、代わりに前期・後期と年に2回行われる上映会には、毎回10本程度の個性豊かな作品が揃う。これはシネ研の魅力だったと思う。
 中にはシネ研全体をほぼ巻き込んで自分の映画を撮ってしまった人もいるが、それはその人が監督として非常に有能でることを他の部員が認めていたからであり、またその人がやたら押しが強く強引だったからである。

 今では学生の自主映画はビデオ撮影が主だろう。
 デジタルビデオで撮影して、パソコンに取り込めば、昔みたいにフィルムの山に埋まることも、フィルムを汚すこともなく編集が出来る。
 ビデオプロジェクターも性能が上がったので、大画面で映しても8ミリ映写機と比べてさほど遜色がない。
 1年ほど前に、人から頼まれて結婚式の披露宴を撮影したビデオを編集して、クレジットなどを入れ、最終的にはDVDビデオにしたが、実に楽だった。

 もっとも、当時のオレが今と同じ機材を持っていたとしても、結局は上映作品を観て頭を抱えてるんだろうけど。

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