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映画バカ青春記 第54章 映画を観るにもバイトをしなきゃ金がない

 大学生になったオレだが、昼食代などとして親からまだ1万円程度の小遣いをもらっていた。
 いくら2食(第二学食)が300円で腹がふくれる安さでも、金鯱(きんこ)のランチが450円(後に500円、だったかな)の値段でボリュームたっぷりでも、月の収入が一万では実際に飯を食ったら終わりだ。
 映画を観るためにはバイトをしなくちゃいけない。どうせバイトをやるなら、映画に関係あるバイトをやろうと思っていたオレに、バイト募集のチラシが目に入った。
 そこはオレが通学するときに使っていた地元の駅の近くにあるビデオレンタル屋だった。
 ちょっと値段が高めなのと、競合店と比べてタイトル数が少なかったのでオレは利用したことはなかった。

・・・ビデオ屋でバイトか。店員割引で安くレンタルできるのかな。それならやる価値はあるよな。
 チラシによると時給は500円と、当時の相場としてはちょっと安かったが、家に帰る通り道だから通勤が楽だ。
 とりあえず面接を受けに行った。
 数日後、採用の連絡が入った。こうしてオレのバイトが始まった。

 その店は、店頭にはパッケージだけを置き、テープそのものはレジ裏にあり、バックヤードの作り付けの本棚にずらっと並んでいる中から店員が取ってくるという方法だった。
 当時のビデオレンタル屋はその方式が多かったと思う。まだ性能が良くて便利な警報装置が出来ていなかったのだろう。
 後に、防犯タグなどが商品について、商品自体を展示するようになったが、ゲームショップなどはそのタグを剥がしたり、X線防止袋に入れるなどしての万引きが多発したため、展示しているのはパッケージをカラーコピーした見本で、商品はレジの裏側に置いてある店が増えている。

 このバックヤード方式だと万引きの心配はないのだが、レジから人が離れるわけにはいかないので、商品を取ってくる係として2人体制で運営しなければならない。人件費が二倍かかるわけで、経営者としては頭を悩ますところだろう。
 夕方から夜や土日はともかく、平日の昼間などめっぽう暇だ。その店は昼の12時から夜の12時までの営業で、オレは平日の4、5時頃からラストまで週に2、3日働いていたが、5時の時点での売り上げ0円なんてのはざらにあった。

 どうかな~と思っていた店員割引は存在した。新作は不可だが、それ以外なら半額で借りられる。これは嬉しかった。
 しかし、12時で店を閉めた後、清掃やレジ締めで30分はかかるのだが、時給が付くのは12時までだった。これには不満だったが、店長が軽いパンチパーマとちょっとやばめな雰囲気な人なので黙っていた。

 オレがバイトを始めた1987年時点でレンタル料が2泊3日で確か1000円だった。
 競合店が確か800円ぐらいと少し安く、タイトル数も少ない上に値段が高くてどうするんだと思った記憶がある。
 途中で、2泊3日で500円と大幅値下げされ、さらに、新作は2泊3日だが、旧作は6泊7日と現在のビデオレンタルに近いスタイルになった。

 時給の安さは店員割引でカバーできたが、休みがなかなか取れず困った。
 店長の他は、店員が2人、バイトが2人の5人体制で年中無休1日12時間営業を回していた。
 バイト先は自宅近くなので学校を出てから到着までに1時間半ほどかかる。3時頃には学校を出ていなければ間に合わない計算で、シネマ研究会での活動が盛んになり、映画製作に関わるようになってくると、時間や休みに融通が利かないと支障が出る。
 バイトとシネ研のどっちを取るかと言われると、そりゃもちろんシネ研を取る。

 そこで、1年から2年になる時の春休みに入ったときに、3月いっぱいで辞めると店長に伝えた。
 すると店長が顔を真っ赤にして怒った。
「こんな間際になってから言うとはどういうことだ。ウチが人数ギリギリで回しているのは知ってるだろ。お前が辞めたら他に人を雇わなきゃならん。そのためには求人広告を出すんだぞ。お前がその広告代を出せ。嫌なら代わりの人間を連れてこい。じゃないと辞めさせんぞ」

 店長のパンチパーマは伊達ではなかったと見える。

 しかし、間際っつったって大学の春休みは延々長い。言ったのは2月の頭なので辞めるまで2ヶ月近くある。充分な期間だと思う。
 人数がギリギリなのはオレのせいじゃない。経営者のあんたの責任だろ。
 はぁ?なんでオレが求人広告の広告費を出さなきゃらならんの。それに求人広告ったって店頭に張り紙するだけじゃん。
 代わりの人間を連れてこいって、そんな話聞いたこともありません。なんなら労働基準局に確認してみましょうか。

 そんなようなことを丁寧な口調で言った。
 頭に来た店長は、
「お前なんかもう来なくていい。今すぐ制服を脱いで帰れ。いや待て、制服はクリーニングに出して持ってこい」
 と追い出された。
 せっかく、人員募集と教育のために2ヶ月の猶予を含めて提案したのに、まったく。
 まぁ、後腐れなくすっきりきっぱりと切れて良かったのかもしれない。
 その後、人数不足などで苦労したとは思うがオレの知ったことではない。

 ちなみに数年後、前を通ったところ、ビデオレンタル屋ではなく他の店になっていた。

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