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映画バカ青春記 第50章 合格?浪人?さぁさぁどっちだどっちだ?

 名城大学の掲示板に合格者の受験番号が張り出されていた。
 オレの番号があった。当然だ。

 A知大学の号学者番号にもオレの番号があった。
 おおっ、合格したのか。

 A知学院大学には行っていない。
 これでオレの番号があったりする手違いがあったら大笑いなんだが。

 これで合格した大学が2つ。とりあえず浪人はなくなった。
 青春期となると「受験ネタ」でもっと引っ張れそうだが、実際のところ、受験勉強をほとんどした記憶がない。受験校も愛知県の私大というのがすでに狭い枠だったので選択に悩まなかった。なんか適当にテストを受けた。なので引っ張りようがないのだ。

 さて、合格はしたと。今度は2つの内、どちらかを選ばねばならない。
 う~ん、と一瞬迷ったふりをしてから名城大学に決めた。

 ここで、1987年当時の名古屋の大学事情を知っている人だと、「えっ?」と思うかもしれない。
 大学の難易度というか偏差値だとA知大学の方が若干高かったのだ。
 では、オレが何故名城を選んだかというと、理由は2つある。

 一つは、A知大学の経済学部はオレが入学した時点では名古屋に校舎があったが、豊橋に新校舎を建築中で、3年からは豊橋校舎に通わされる可能性があったからだ。
 豊橋といえば渥美半島の付け根。知多半島中央の半田市から名鉄電車に乗っているのがおよそ1時間半。家から学校だと2時間以上はかかる。
 名城ならば知多半田から名鉄に乗って金山で下車。当時はまだ金山総合駅が出来ていなかったので、5分ほど歩いて地下鉄金山駅へ。金山から上前津で名城線から鶴舞線に乗り換え塩釜口で下車。名城大学は駅から歩いて5分だから、1時間半あれば十分着く。通学は毎日のことだから楽な方が良い。と、これは親向けの理由。

 もう一つの理由が本当の理由である。
 当時、大学選びの中で映画研究会があるかどうかとその活動具合を調べていたオレは、名古屋の大学の映画研究会の中で、活動が盛んで面白い作品を作っている活気のあるサークルは名古屋大学の映画研究会と名城大学のシネマ研究会だ。という情報を得ていたのだ。
 名古屋大学は無理だが、名城ならば合格する可能性はある。そして合格した。そのオレが名城を選ばない理由があるだろうか。

 そしてオレは名城大学に入学手続きをした。
 公立組はまだ試験を残していたが、私立組は一足早い春休みだった。
 学校は登校日にだけ出てくれば良かったので、オレは合格祝いとしてせしめた金で連日映画を観ていた。

 ちなみに、卒業生がどの学校を何人受験し、何人合格し、その中から何人実際に入学したかという資料が学校にあった。
 過去数年分を調べてみたところ、毎年数人は名城大学を受験し、その全員が合格していた。
 なのに進学者は0。どういうことだろうか?

1.合格後、不慮の事故で死亡した。
2.宇宙人にさらわれて改造された。
3.受験生と見せかけて、実はCIAに潜り込んだKGBのダブルスパイだった。

 答えは4.の「滑り止めとしての受験で、他が受かったのでそっちに行ったと見せかけて、5.の」「母親が出生届の書き方を間違えて、本当は1歳年下で、受験は来年だった」ではないかと思う。
 うーむ、『とどろけ!一番』

 まぁ、名古屋は田舎なので公立志向が強く、半田高校は生徒の半分は公立大学に進学し、私立は軽視される傾向はあった。
 うーむ、『四菱ハイユニ』。って、コロコロコミックネタはもういいっつーの。

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