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映画バカ青春記 第46章 指令、志望校を決定せよ!

 体育祭のデコレーションを作ったり、彼女が出来たりしている間も時は一刻一刻と過ぎ、高校3年の残りも少なくなっていった。
 このままずっと高校生のままバカな生活を続けていたいが、そんなのが存在するのは『うる星やつら』などコミックかアニメの世界だけ。現実の世界では時は流れ、人は前に進まざるを得ない。

 いくら成績が悪いと言っても留年するほどじゃない。このままでは来年1987年の3月には卒業して世間にほっぽり出されてしまう。となると、今度のみの振り方を考えなければならない。
 就職というのは最初から頭になかった。オレが就職するのは映画業界なので、田舎の高校生がひょいっと入っていける世界ではない。
 かといって、映画の専門学校に進学する気もなかった。最初は少しあったのだが、調べてみるとどうも学費ばかり高い割にたいした授業をやらず、就職率も低く、そこ出身で活躍している映画人もあまりいない。(これは1986年後半時点でのことだ。現在どうなっているかは知らない)
 となると大学だ。
 大学は大きく分けて公立大学と私立大学がある。共通一次、二次試験があるヤツとないヤツだ。
 共通一次試験、共通二次試験とは今で言うセンター試験のこと。名称がセンター試験に変わったのは1990年度からなので、オレらの頃はまだ共通試験だったのだ。共通試験世代・・・うーん、おっさんくさい。

 公立大学、つまり共通試験を受けることになると、国語、数学、英語、社会、理科の5教科のテストを受けなければならない。国語、社会はなんとなかるが、数学、英語、理科がもうどうにもとまらない、じゃなかったどうにもならない。
 総合学力という面では、オレはまるで駄目な受験戦士だったのだ。
 だが、半田高校で300番台という成績ながら、それはトータルでの結果であって、国語と世界史においてはかなりの点を取っていた。
 今、手元にないので不確実な情報だが、1万数千人が受けた全国模試で、現国の成績が100位以内だったこともある。
 全ての軍事活動を器用にこなす万能兵士にはなれなかったが、「1shot、1kill」の狙撃兵や、小柄で忍耐強く、ベトコンが縦横無尽に張り巡らせたトンネルに潜っていって任務をこなす通称「トンネルネズミ」など、限定された局面で力を発揮する特化型受験兵士だったのだ。

 公立大学は受けずに私立大学に絞る時点で名古屋圏内からでることは諦めた。
 早稲田・慶応クラスならば親も学費以外に下宿代や生活費を出してくれるだろうが、2流大学や3流大学では無理だろう。
 もっとも、それはオレの勝手な思いこみで、どうやら底辺大学でもない限り東京だろうが大阪だろうが好きなところに行けという思いだったようだ。特に母親は、一度は東京に出て欲しいと思っていたそうで、それを先に行ってくれればなぁと後に話していて思った。

 1986年当時の名古屋の私立大学をランク付けしてみよう。
 オレは文系男子なので、理系および女子大は省いた。

Aクラス N山大学

Bクラス A知大学、名城大学、A学院大学

Cクラス C京大学、C部大学、N本福祉大学

Dクラス・Eクラス N古屋経済大学、N古屋学院大学、S城大学

 現時点での名古屋の私大のレベルは知らないが、当時はこんな感じだった。
 履歴書に書いて誇れるのは正直N山大学だけ。ここだけ何故か他の私大とちょっと雰囲気が違って、なんかハイソだった。まぁ気がするだけだろうが。

 Cランクはそこに行くぐらいなら浪人して来年受け直すなといった感じ。該当大学の人が読んでいたらすまん。でも、これがオレの素直な印象なんだよ。

 で、受験するのは個人的にBランクとしたA知大学、名城大学、A学院大学の3大学。
 3つ受ければ、どこか一つは受かるだろうという脳天気振り。

 で、ここでやっと担任の教師のところへ進路の相談に行った。
 ここまでは基本的に全部自分で情報を集めて、考え決めたこと。
 だが、半田高校ではこれが普通だった。
 どこを受験するとかいった受験校絞りは自分でやって、最後を教師と一緒に詰める。教師がするのは基本的に助言だけだ。
 担任の教師にもよるだろうが、どう考えたって東大は無理っ!というヤツが東大受験を希望しても、諭しはするだろうが最終的な判断は本人に任せただろう。仮に、その年の受験で失敗して浪人しても、2浪、3浪して東大に入るヤツだってたくさんいる。その可能性の芽をつぶすことはないのだ。
 でも、やっぱ受からんヤツはどーやっても受からんけどな。

 だから、オレの志望校も「ま、妥当だな」程度だった。
「東森はやれば出来るヤツだから、いっそのこと1年浪人して受験勉強だけに集中してみる気はないか。そして公立を受けてみろ」
 とも言われたが、「お前はやれば出来るヤツというセリフは小学校の頃から何度も言われてきました。そして悟ったのですが、出来るヤツというのは、結局ちゃんとやれるヤツなんですよ。オレはまったくやれないヤツなんで、今の身の丈で考えます」と答えた。

 オレが受験することにした3校とも、入試科目は国語、英語、社会の3科目だった。オレの場合、社会は世界史を選択した。
 国語については自信があった。模試においても数字で結果が表れていた。受験勉強も特にした記憶がない。というか、多分してない。
 世界史は正直波があった。ローマ時代や近代史は得意なのだが、中世が弱いのだ。だって、面白くないんだもん、あの時代。
 英語に関しては、もはやどこから手を付けて良いか分からないぐらい出来が悪かった。

 世界史と英語について、問題集をぼちぼちとやり始めた。
 だが、必死になってやったという記憶がない。苦労したことはしつこく覚えている性格だから、実際たいしてやっていないのだろう。
 落第したら浪人するか。でも、オレの場合は浪人しても絶対勉強しないだろうから、現役で入らないとズルズル行っちゃうよなぁなどと考えた覚えがある。

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