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映画バカ青春記 第37章 300番台の男

 2年生も三学期になり、3年への進級も間近になっていた。
 半田高校の普通科は文系クラスと理系クラスに分かれている。
 ガキの頃から理科が好きだったオレは、理系出身の映画監督ってなんか格好よくね?といういい加減な理由から、2年生は理系クラスを選んだ。
 そして、さんざんな目にあった。

 あれだね。理科に近いのは生物や地学で、化学や物理はまた別物だ。特に物理なんてのは科学じゃない。あれは数学だ。
 そしてオレは数学が大の苦手ときたもんだ。数学が苦手で物理も苦手。現代国語や古典、社会科系は得意だが、そのどれも思いっきり理系ではない。
 いい加減に進路を考えて適当に進んだ結果がこれだ。

 さて、3年は理系クラスにしようか、それとも文系クラスに変更しようか?
 ここでオレの前に三つの選択が現れた。

1.理系の星となるべく努力する
2.あきらめて、理系の劣等生となる
3.その道ではかなわないのならば、別の道を進む

 というわけで、そんなに血のにじむ努力をする根性はないし、かといって開き直るのもなんだ。よって、素直に文系に移ることにした。
 2年で理系クラスになるが、そこでの勉強について行けずに3年になって文系クラスに移る者は、“文転(ぶんてん)”と呼ばれていた。あまり良い言葉ではなく、どちらかというとちょっと見下し気味に使われていた。
 そんな言葉に傷つくかというと、そんなことはほとんどなく文系に馴染んでいった。
 国語系も社会系も得意。漢文と世界史は苦手だが、数学や物理と比べればずっとましだ。
 これでこの世の春・・・とはいかなかった。
 数学はめっちゃ苦手だが、英語はそれに輪をかけて死ぬほど苦手だったのだ。

 どのくらい苦手だったかというと、いくら進学校でテストが難しとはいえ、英語は毎回赤点。追試が当たり前だった。
 なんでこんなに英語が苦手なんだろう。同じ語学・文学の国語は得意なのにと思っていたが、後輩の女の子の言葉で合点がいった。
 それはオレが2年生の時のことだったと思うが、生徒会役員だった1年生のその子は英語が得意で、「どうやって勉強してるの?」と尋ねたところ。
「英語は語学じゃなくて記憶の学問ですよ。文法がどうとかはあまり重要ではなくて、単語と言い回しをどれだけ知っているかですよ、結局」
 なるほど。記憶力の悪さでは他人に引けを取らないオレだ。英語が苦手なのは当たり前だ。苦手と言うより「英語が無理」な人種なのだ。(中島らもの『明るいなやみ相談室』でしたっけ、これは)

 ハリウッド映画をよく観ていたので、口語の言い回しなどはなんとなく頭に入っている。
 銃を持っているヤツに「Freeze!」と言われたら凍るんじゃなくて「動くな!」ってこと。これを逆手にとって、銀行の中にいた人々が全員凍ってしまうというギャグがあったのはどの作品だっけ。
 とりあえず、それらの俗語的なことは割と知っていたが、それはテストに出ないので役に立たないのであった。
 でも、テストでは役に立たなくても、アメリカに留学するぐらいに英語の出来る少年が「Freeze!」を知らなかったばかりにマグナムで撃ち殺されてしまうこともある。刑事映画やギャング映画の数本も観ておけば起きない悲劇だったのかもしれん。
 impressのPCwatchというサイトで山田祥平という人物が、サンフランシスコで開催されたアップルのワールド・ワイド・デベロッパー・カンファレンスの看板に“Hasta la vista, Vista.”という書かれていたことに、

“Hasta la vista, Vista.”というのは、スペイン語で「じゃあ、またね」といったニュアンスなのだそうだ。

とかピント外れ名ことを言って、ようやく

『ターミネーター2』のラストシーンでアーノルド・シュワルツェネッガーがいうセリフでもあり、「あばよ、冥土で会おうぜ」くらいの意味合いもあるようだ。

 との解説が出てくる。
 あのね、アクション映画ファンなら「Hasta la」ときた時点で、「地獄で会おうぜ、ベイビー」とつぶやきざま、液体窒素で凍り付いたT-1000にコルト45で鉛の弾丸をたたき込み、木っ端みじんに砕き散るシーンbんが頭に浮かぶの。みんなそうなの、多分。
 「Hasta la Vista,Baby」という台詞は、『ターミネーター』の『I'll be back』と並ぶ、シュワルツェネッガーの名台詞だし、アクション映画史にも残る物だ。
 アクション映画ファンは「Go ahead」と言われたら「make my day」と言い返すような奴らばかりなのだ、多分。
 ここら辺の実地での使い方は英語の教科書には載っていないが、というか「Hasta la Vista」はスペイン語なんだが、ともかく教科書よりも生きた英語に触れていたと思う。まぁ、字幕なしじゃ理解できなかったし、相変わらず英語の成績も悪く、英会話も駄目だ。でも、調べ物のためにDVDを英語字幕英語音声で観てみたところ、ヒアリングは案外出来ているような気がする。これまでに英語による会話を、それも様々な人種や階層の人々の会話を長時間にわたって聞いている。それなりに耳が慣れたのだろう。
 逆に、若手アイドル主演の日本映画を観ると台詞が聞き取れない。日本映画の場合だと、字幕が収録されていない物も多く、困る。お前ら、半田高校放送部に入って発声練習から始めろ。やり直せじゃない、お前らはスタートラインの手前だ。ここから始めろ。ってなぐらい。
 あー、それから山田祥平。ラストシーンじゃないからな、ラストシーンじゃ。終盤近くではあるけれど、これで倒したと思ったT-1000が復活し、ここから本当の終盤が始まるのだ。ラストはまだ先。

 それはともかく、入学時に250番台だった成績は見事な下降線を描き、2年生末期には300番台になっていた。
 テストの合計点は1番からラストの370番(卒業アルバムで確認してみたら、同学年の生徒数は373人だった)まで平均的に散らばっているわけではなく、まずは1番から10番ぐらいの超優等生グループ。そして50番ぐらいまでの優等生グループ。50番から100番ぐらいまでのそれなりに優等生グループ。100番から200番ぐらいの普通の生徒グループ。200番から250番までのちょっと出来が悪いグループ。250番から300番までの出来が悪いグループ。といった具合に、幾つかのグループの固まりがあった。
 そして300番以下の、「問題外グループ」。オレはその問題外の一人だった。

 言うなれば落ちこぼれだが、窓ガラスを割って回ったり、盗んだバイクで走り出すような頭の悪いヤツはいなかった。成績は悪くても、さすが半高生である。
 素行に関して問題のある生徒は少なかった。いや、オレが一番問題のある生徒だったかもしれん。
 落ちこぼれたことについて、学校や親のせいにして暴れた・・・なんてことはまるでない。
 半田高校は自由な高校なので、教師が生徒に「勉強するぞ勉強するぞ勉強するぞ」と洗脳のように口走ることもなかったし、課題の量も少なかった。あれこれ口やかましく言ったり、課題で縛り付けないでも、自主的に勉学に取り組む生徒がほとんどだったのだ。
 しかし、おれは取り組まなかった。これでもかっってぐらい取り組まなかった。勉強をしなくても教師も親も文句を言わない。本人もやる気がない。
 これで成績が良かったらむしろ以上だ。
 半田高校には大いなる自由があった。そして大いなる自由には、大いなる自己責任が伴う。
 オレが成績が悲惨だったのは本人がまったく勉強をしなかったからだし、そこから生じる不具合や問題は全てオレの責任で、誰になすりつけることもできない。
 なんてことは今になってようやく分かることで、当時は単に呑気でのほほんとしていた。
「ま、なるようになるだろ」

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