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映画バカ青春記 第34章 どんな祭りもいつかは終わり、日常が戻ってくる

 高校2年の文化祭『柊祭』が開催された。
 文化祭は2日間行われ、1日目は生徒のみだが2日目は一般の人が自由に参加できるモノだった。
 1985年当時の知多半島の県立高校で、文化祭を一般公開していたのはかなり少なかったはずだ。
 ちょっと小規模な大学祭といった感じで、主催者側のオレたちも盛り上がっていたが、来場してくださったお客様にも楽しんでいただけるモノになっていたと思う。多分。

 柊祭数日前から最終日までの記憶は、また記憶ネタだが本当にない。
 かろうじて覚えているのは、ひたすら忙しくて、ひたすら楽しかったことだけだ。

 オレのクラスは8ミリフィルムで自主映画を撮った。
 あまり参加できなかったが、出来る範囲でカメラを担当したが、監督と意見を衝突させたりもした。
「1シーンを1カットで撮らせるなっつーの」
「ロングショットだけじゃなくてアップも使えっつーの」
「なんでもかんでも台詞で説明するんじゃねえーっつーの」

 だが、俺が言っていることも、映画を観て薄々感じていただけの根拠が曖昧な物だったし、柊祭の準備が忙しいのでチャッチャと撮影を終わらせていた。
 これはもうちょっと後の話になるのだが、大学に入って初めて監督したスーパー8ミリフィルムの『ダイヤモンドゲーム』は、そこらのことをちゃんとやったつもりだったが、上映会で映し出すと、あまりのひどさに会場から逃げ出して、アフリカ大陸の果てまでコーラ瓶を捨てに行きたくなった。
 高校のちょっと人より映画を観て、いっぱしの映画通気取りのヤツなんてそんなもんだ。

 これから夏が終わり、秋になると文化祭のシーズンだ。
 現在高校生や大学生の人がもしもこの文章を読んでいてくれるとしたら、だまされたと思って本気で文化祭をやってみてほしい。
 本当にだまされてしまう可能性もあるが、「学園祭なんか、かったりーよ」で怒濤のごとき盛り上がりを体験しないのはもったいない。
 その学校で文化祭があまり盛り上がっていないなら自分で盛り上げろ。楽しみは待つんじゃなくて自分で探しに行く物だとはちょっと思う。

 柊祭実行委員の仕事と放送部の仕事で飛び回っていたオレは、これっぱかしも勉強をしなかった。
 高校2年時の担任は温厚な人だったのだが、2学期の通知票で、「文化祭や生徒会活動をやることはとてもいいことですが、学生の本分は勉強です。3年生も理系クラスを考えているのならばそろそろ本気で、それも人一倍の本気で勉強しないと無理でしょう。文系クラスへの移ることも考えた方が良いかもしれません」と書かれてしまった。
 まあ、無理もない。

 柊祭と、同時開催された体育祭も終わり、校内は日常を取り戻していった。
 祭りの準備で突っ走ってきたオレは、その目標が一気になくなった。
 さて、これからどうしたもんだろうか。
 ちょっとだけ真剣だが、基本的に無責任なまま悩んだりし始めた。
 でもまぁ、なんとかなるさ。そんな感じだった。

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