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映画バカ青春記 第30章 信濃への修学旅行、そして少年は失恋する

 2年生の7月になると信濃への修学旅行が実施された。
 まだまだ高校生活は半分以上残っているのだが、大学受験を考えると3年生になってから行くわけにもいかないのだろう。個人的にはせめて秋にしてもらえれば「修学旅行」という雰囲気も感じたろうが、単に学年全体での旅行にしか感じられなかった。でも、楽しかったけど。
 ちなみに現在の半田高校の修学旅行は6月に北海道へ行っているようだ。ということは中部国際空港から飛行機か?くそっ、なんか昔と比べて差があんぞ。ちぇっ、いいんだい。どうせ北海道には広大な未開の地と熊とキタキツネとバター飴と味噌ラーメンしかないんだいっ。(狐と葡萄状態)
 はっ、しまった。オレは味噌ラーメンもバター飴も熊カレーも好きじゃん。

 日程・日数ははっきりと覚えていないが、確か2泊3日だったはず。
 小学校の修学旅行は伊勢神宮、中学校では東京だった。横浜生まれで親戚の大半が東京や神奈川、埼玉に住んでいるオレにとって子供の頃からお盆の帰省いうと東京品川区は大崎にある母親の実家に行くことだったので、中学校の修学旅行はちょっとなんだかなぁだった。クラスの連中と旅行するのは楽しかったが、なんで東京タワーとか上らなきゃならんのだ。
 後に東京ディスニーランドになったそうだが、当時はまだ出来ていなかったので、後楽園ゆうえんちに行った。旅行全体で私服は一切許可されず、学生服とセーラー服、そして学校指定の緑のジャージでの旅だった。後楽園ゆうえんちは何故だか学生服ではなく緑の学校ジャージ。その情報をあらかじめ調査しておいたオレは、ちゃっかりジャージを忘れておいた。おかげで学生服で回ることが出来た。友人たちにこういうことを言うのはなんだが、ダサダサなデザインの緑ジャージを着て遊園地で遊び回る彼らはどう見ても田舎者。学生服姿のオレもあまり人のことは言えないが。

 高校の修学旅行は服装は自由。制服は持ってくる必要さえなかった。だからといって勘違いした格好で来る生徒はまずいなかった。ここら辺が半田高校が歴史ある進学校という裏付けでもあるのだろう。規則規則で縛らずに自主性に任せても特に問題なく行事は進む。だからといって詰まらないヤツばかりではなく、まぁ確かにそういう連中の方が多かったがオレのようなスチャラカ男や愉快なヤツも少数派ではあるが存在していて、好きなように遊んでいた。

 旅行はバスを使っての移動だった。半田を出発したバスは道路を走って、どこをどんなルートだったかは覚えていないが、崖から落ちそうになったりハイジャックに襲われることもなく、無事に信濃に到着。ちぇっ、つまんねぇの。
 観光名所巡り中心ではなく、みんなで一緒に旅行を楽しむのがメインだったのだろうか、あまりどこそこへ行ったという覚えはない。
 唯一覚えているのが浅間山の鬼押出し。粘着質の溶岩が地面から盛り上がってそのまま固まった奇妙な光景が印象的だった。地獄ってこんな感じかなぁという感じで鬼押出しの名前は伊達ではないのだ。
 今日現在、お盆休みで実家に帰省している。学生時代などの昔の写真や、大学のサークルで出していた映画評論の機関誌も実家に置いたままだったので、それらを引っ張り出して現在の住処へと持って帰る準備をしている。高校の修学旅行の写真も出てきた。
 学校側撮影の集合写真が何枚かあるが、鬼押出し以外では、「八島湿原」、「白根山」、「北八ヶ岳」、「白樺湖」。なんかどうも山ばっかり上っているのであった。
 とりあえず信濃と言うことで蕎麦を食った覚えはある。蕎麦を打つ様子も見たような?自分たちで蕎麦を打つ体験とかはなかった。

 当時、クラスの女の子に片思いをしていたオレは、これはお近づきになるチャンスだともくろんでいたが、信濃に向かう途中のバスでその子とある男子生徒がカラオケで「夏夏夏夏ココナッツ」のフレーズで知られる『二人のアイランド』をデュエットし、オレの様々な計画は砕け散った。
 悔しかったオレは、こうなったら毒を食らわば皿までとばかりに、『冬のリビエラ』を歌った。どこら辺が毒を食らわば皿までなのか、何で『冬のリビエラ』なのかは本人にも謎だ。失恋を確信した自分の心を『冬』に例えたのかもしれないが、何で五木ひろしなんぞを歌わなきゃいかんのだ。

 1泊目は白樺湖湖畔の宿、2日目はスキー場近くの宿だったと思う。スキー場近くといってもいくら信濃でも7月に雪はなく、ぼんやりと草の生えた斜面とそこを上っていくリフトがあるだけだった。スキーは出来なかったが、屋内スケート場でアイススケートはやった。

 1泊目の白樺湖には一つの伝説があった。それは泊まった翌日の朝に、好きあっている男女が一緒に手こぎボートに乗ると幸せになれるというものだった。誰が言い出したのかは知らないが、オレたちは先輩から聞き、先輩はまたその先輩から聞いた、出所も時期も不明の言い伝えだ。後に、伝説の木の下で告白すると幸せになるという某ゲームの設定を聞いたときには笑ってしまった。まぁ、どの学校にも似たような話があるんだろう。
 片思いをしていた女の子と男子生徒は朝食が終わると湖に向かっていった。
 もはや一緒に乗る相手がいないオレは、ただぼんやりとそれを眺めているしかなかった・・・
・・・なかったはずだが、落ち込んでいる自分にむかついて頭にきた。こうなったらもうやるしかないとばかりにオレは湖へと赴き、ボート屋でボートを借りると一人でボートに乗り全力で漕ぎまくった。
 「こうなったら」から「ボートに乗るしかない」への展開にまるで論理性を感じさせない。だが、オレの中ではよく分からんが筋は通っているのだ。
 カッとなったり頭に血が上るとオレは意味の分からない行動に走ることが多い。それは5%ほどの確率で良い方に繋がることもあるが、逆に言えば95%は悪い結果になっているということだ。
 頭に血が上っていなくても、その場の直感であまり細かいことを考えずにとりあえずやってみるタイプでもある。これの結果は良い悪いで半々ぐらいだろうか。
 普段は無駄にあれこれ考えるのが好きなのだが、世間ならば熟考すべき時にしない。これはその後のオレにとっての特性である、未だにそうだ。

 ボートに一人で乗るということについては、半分は「好きあっている相手と乗ることのなっているボートに一人で乗るヤツ」というギャグなのだが、残りの半分は「じっとなんかしれらんねえよ。とりあえず行動だ。おらおらおらおら、ボート漕げよ~」なのだ。
 この残り半分の部分にオレという人間を解き明かす鍵がある気もするが、まぁ解き明かしても特に意味はないだろうから、まだまだ謎のままだ。

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