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映画バカ青春記 第29章 利口ぶり阿呆・釣合痴呆

 半田高校の文化祭である柊祭は9月に行われる。
 時期的に言って夏休み明けから動いていたのでは間に合わない。1学期から部活やクラスは準備を始めている。そして、それらを運営する柊祭実行委員というものがある。1年生の時に柊祭の楽しさにはまったオレは、2年生になってその柊祭実行委員に参加した。
 柊祭実行委員にはそのトップである実行委員長がいる。実行委員は1年と2年で構成されているので2年生がやるのが通例だ。その実行委員長にオレは立候補し、他に立候補者がいなかったので無投票当選した。これが大間違いだった。

 第一回柊祭実行会議が開催された。これには実行委員と1~3年の各クラスの担当者が主席する。
 そこで質問と追求にオレはすっかりうろたえてしまい、まともに返答が出来なかった。特に、前年の実行委員長だったN吉先輩の容赦ないつっこみにはただ呆然とすることしか出来なかった。
 無様に会議を終えたオレは、生徒会室と続き部屋になっている実行委員会室に戻ると、机の下に潜り込んで落ち込んだ。他の実行委員や生徒会役員は、心配するのが1/3、残りの2/3は「ほっとけば」という反応だった。皮肉ではなく、いい対処をしてくれたと思う。心配されてもそれにつけ込んで自己憐憫に浸るだけだし、オレのことだからしばらく落ち込めばいずれ勝手に回復する。
 そもそも、本気で落ち込むならどこか体育館裏にでも行って一人静かに落ち込めばいいんで、みんながいる実行委員会室でこれ見よがしに机の下に潜り込んでいる時点で、「みんなオレに同情してよ。かまってよ」ということだったろうから、変にかまうより放っておくのが良策である。

 つまるところ、オレは自分の能力を過信して、実行委員長の責務を果たせると思っていたのだが、それだけの力がなかったということだ。
 それを精神医学用語で「利口ぶり阿呆」とか釣合痴呆というそうだ。リンク先の説明を読むとまさにその通り。
 結局、実行委員長は友人でもあるM縞に代わってもらった。M縞はてきぱきと実務をこなし有能だった。オレとの力の違いと指揮官としての資質の差にちょっと落ち込んだが、指揮官ではなく、人手不足だったり煮詰まっているところに勝手に顔を突っ込んではあれこれアイディアを出して好転させるという自分の資質を見いだした。軍隊で言えば指揮官ではなく、前線の兵士でもない。あえていうなら『独立愚連隊』だ。愚連隊と言っても一人だが。
 実際の軍隊では指揮下にない独立愚連隊は必要がないどころか時に自軍にとって危険な存在だが、幸いなことに半田高校は戦時下の軍隊ではなく平時の普通高校だ。
 その独立愚連隊としてはオレはなかなか有能だったと思う。人にはそれぞれ向き不向きがあるというか、責任のある立場はオレには無理だが、責任のない役割で好き勝手にやると実力を発揮する。はた迷惑なヤツだ。

 釣合痴呆や利口ぶり阿呆(利口ぶり馬鹿)という言葉を知ったのはずいぶん後になってからだが、オレはこの時点で自分に責任感のある役職や立場は無理だと思った。
 利口ぶり馬鹿になって苦しむぐらいなら、利口ぶりは捨てて単にバカになろう。というか小学校や中学校時代を振り返ってもどう考えてもバカだ。
 バカはバカを貫いてこそ力となる。オレはいい加減かつ全力を持ってバカになっていった。そして未だにバカだ。

 釣合痴呆に類似した症例で「サロンの馬鹿」というのがあるそうだ。
 いろんな事を知っていて、みんなが集まるサロンでの会話では人気があったりするが、実際の生活や仕事面では無能なことを言う。
 これに関してもオレは当てはまっている感が強い気がする。釣合痴呆に関しては責任のある立場は極力避けて逃げ回るようになったので、直ったというか症状は出ていないが、サロンの馬鹿は現役ばりばり。そもそもこの映画バカ黙示録自体がサロンの馬鹿な気もする。
 でもスポーツが得意だったり歌が上手かったり、絵が得意だったりするのが特技ならば、無意味にいろんな事を知っているのも特技じゃないだろうか。実際、それがなかったら映画バカ黙示録はここまで続いてないわけで。

 まあともかく、バカはすげぇ。バカ一番。みんなバカになれ。こうも毎日暑いとほっといてもバカになるけどな。

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