クラスの顔ぶれを思い出すと、これも高校1年生の出来事だ。
社会科の時間で合計2回、討論をやったことがある。
1回目は「浮気は許されるか、許されないか」というテーマだった。
許すもなにもつきあっている彼女もいないのに浮気に興味があるはずもない。最初は浮気は可で議論を進めて、途中から浮気は不可に意見を変えてクラスを混乱させたりした。
議論といっても、ほとんどの生徒は自ら進んで意見を述べることはなく、指名されてようやく答えるといったところ。その中で、自らはいはいと挙手して意見をいいまくるオレはちょっと目立つ存在だった。話の中身はともかく、積極的に意見を言う。そして、基本的には素晴らしい意見を持っていてもそれを語らない人物よりも、とりあえず言ったモン勝ちだ。
そして、そのように自ら進んで意見を言う生徒がもう一人いた。帰国子女の女生徒Aさんだ。オレのようにのらりくらりとしている訳ではなく、ズバズバと問題の中心部に斬り込んでいく様子は、こういう言い方は一種の差別かもしれないが、さすが帰国子女と感心した。
この第一回の結論がどうなったかは覚えていない。ただ、教師が「浮気ならともかく本気になったらしょうがないよね」とありきたりな結論で閉めた覚えはある。
そして後日、今回のテーマは「自衛隊は是か非か」だった。
このテーマを今になって考えてみると、社会科教師、日教組、左翼崩れなどなどの単語が出てきそうだが、まぁそれはそれだ。
正直、自衛隊に興味はなく特に意見も持っていなかったオレだが、Aさんが自衛隊擁護派に回るのを見て「この人と戦いたい」と少年漫画的理由から「自衛隊否定派」を選んだ。
Aさんは「自国を守る軍隊を持っていない国などありません」といった意見だった。もっともである。
しかしそこに「いや、自衛隊は軍隊じゃないんでしょ。それに大金をかけて戦闘機などを揃えているけど、空母を持たない限り制空権においてあまり意味がないんじゃないか。それに仮想敵国であるソ連(まだソ連が存在していた時代だ)が攻めてくるとしたら、陸軍を送り込んだり艦隊を派遣する前に核ミサイルを撃ってくるでしょ。どれだけ陸上・海上・航空自衛隊に金をつぎ込んでも意味がないんじゃんか。それに、平和ぼけした日本人の一人である自衛官をそんなに信用できるか?いざ戦争になったらとっとと鉄砲を捨てて逃げ出す可能性もあるだろ。そして、もしも長期戦になったとしたら徴兵制が復活するかもしれない。Aさんは女性だからいいけど、実際に徴兵されるのは僕らですよ。雑魚兵士だから簡単な訓練だけ受けて鉄砲を持たされて最前線送りだ。冗談じゃないっすよ」
などなど適当にくっちゃべった。
自衛隊に興味はないので、別に擁護するのが目的ではなく、討論相手として面白いと見込んだAさんと討論するための擁護派だ。そういった意味では討論ではなくディベートと呼んだ方がふさわしいのかもしれない。
結論がどうなったのかは覚えていないが、というか、大半の討論と同じく最終的には平行線をたどるだけで結論などでるはずもない。
ただ、社会科教師が、「やはり自衛隊はよくないですね」と最後に言ったのには、日教組、左翼崩れ・中核革マルなどの単語が思い浮かんだが、言わずにすませた。
今となっては、その時点で社会科教師にディベートを吹っ掛けていた方が面白かったのかもしれん。というか、今のオレならやるな。
これでAさんと険悪な仲になったりはせずに、お互いゲームとしての議論というのを分かっていたので、友達関係は続き、彼女の結婚式の2次会にも出席し、今でも年賀状をやり取りする仲だ。
NECに入社した彼女とは、オレも山手線田町の近くの会社に勤めていたので、駅そばの立ち食いそば屋で飯を食っていてばったり出くわしたこともある。東京といえば広いだろうに、そう何人もいない知り合いと出くわすとは驚いたが、その後も何人か数少ない東京在中の知り合いと、映画館や渋谷のCD屋で出くわしたことがあった。それは社会人になってからのことなのでまた別の話だが、東京は広いようで狭い。単に、うちらの行動半径が狭かっただけかもしれんが。