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映画バカ青春記 第20章 次第にマイコンを使わなくなった

 興味がすっかり映画に移ってしまったオレは、中学時代に熱中したマイコンをほとんど触らなくなっていた。
 持っていたFM-7を最後にまともに使ったのは高校1年の時である。

 学校では美術か音楽のどちらかを選択することになっていた。
 不器用では定評のあるオレは絵を書くのは大の苦手だったので音楽を選んだ。
 音痴でもあるのだが、歌うのは好きで、小学校の時には半年ほど合唱部に所属していたこともある。
 だが、音楽の授業では歌うだけではなく、楽器の演奏もやらなければならないというのが誤算だった。不器用で定評のあるオレは楽器もまるで駄目だったのだ。小学校の縦笛で挫折した。ハーモニカも駄目だった。演奏会ではシンバルかカスタネットが担当だった。
 それでも、一人で演奏する分には下手でもオレ個人の問題である。成績が悪くても、必死にやっているのだから赤点になるわけでもない。
 だが、二人一組になって、片方が演奏しもう一方が歌う、そして演奏を交代してもう一度という課題が出たときに悩んだ。楽器できねーってば、だから。

 二人一組となると自分だけの問題ではない。自分の成績が悪いのはオレの責任だが、他人の成績まで落としてはいけない。けじめだ。
 オレと組んだのは小学校の時から友人だったTという男。友人といってもクラスが変われば遊ばなくなる程度の友人。のんびりとしておだやかな好人物だった。無駄にセカセカして空回りにエネルギッシュなオレとは正反対で、それが逆によかったのか気は合った。
 オレが楽器を苦手なことで、Tの評価まで落とすわけにはいかない。そこで楽器の特訓を始めたが、ギター、ピアノ、アルトリコーダーはことごとく陥落した。
 やっぱ不器用はどうしたって不器用だ。いまさら付け焼き刃で練習してもすぐに上達するはずがない。

1.出来るようになるため努力する
2.あきらめる
3.他人と同じ道ではかなわないならば、別の道を進む

 そして、オレは当然のごとく3番を選んだ。
 ここで、自宅で最近電源を入れられず眠っていたFM-7の登場となる。
 FM-7はFM音源が搭載されていて、初期のマイコンがビープ音を鳴らすことぐらいしか出来なかったのと比べると、音楽の面では格段に進化していた。
 楽器屋で楽譜を買ってきて、その譜面をFM-7に入力して演奏させることにしたのだ。
 試験当日、大きめの鞄にFM-7を入れて登校した。
 音楽の授業が始まり、オレとTの番になった。
 鞄からFM-7を取り出すと、教台に置いた。本当はFM-7で生演奏をしたかったのだが、さすがにモニタを持ってくるのは無理だったので、FM-7は飾り。実際には演奏を録音したテープを使った。
 教師は最初、「マイコンなんて認めません」みたいなことを言ってきたが、
「YMOを見てくださいよ、シンセサイザーであんなに見事な音楽を作り出しているじゃないですか。これからの音楽の世界ではシンセサイザーやコンピュータが当たり前になっていくはずです。今は奇妙に思えても10年後を想像してみてください。音楽でもコンピュータは不可欠になっているはずです」
 とか適当に教師を言いくるめた。いや、言いくるめられたと言うよりは単に呆れただけかもしれん。
 ともあれ、もう試験当日だからしょうがない、今回だけということでOKが出た。
 そこで、カセットデッキの再選ボタンを押した。スピーカーからビートルズの『ヘイ・ジュード』が流れ始めた。

 あれから二十数年。実際に音楽においてシンセサイザーやコンピュータの存在は当たり前になっている、ようだ。
 高校時代のオレがやったことは、いわゆる打ち込み系音楽ということになるのだろうか。
 これで本人に才能があったら元電気グルーヴの石野卓球みたいになっていたのかもしれない。
 だが、音楽に興味はなかったし、マイコン熱も冷めていたので、マイコンで音楽をやったのはこれが最初で今のところ最後である。
 FM-7はもう手元にはない。捨てはしないだろうから、誰かに売るかあげるかしたのだろう。オレのことだから売ったに違いないとは思う。

 こうしてマイコンから遠ざかったオレは、大学に入ってすでにパソコンと呼ばれるようになっていたPC-9801系のマシンを購入し、主に脚本や評論文など文章を書くことに使うようになるのだが、それはまた後の話。

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