水泳部を退部し、科学部へと入部したオレは、サイエンスライフを満喫していた。
理科実験室の機材、薬品はそのほとんどを自由に使うことができた。顧問の教師もいたがほとんど顔を出すこともないのでかなり好きにやっていた。
中学の理科実験室だからそれなりに危険な薬品もあったので、今ならばもっと管理も厳しいのだろう。
黒色火薬や綿火薬まで作ったのだから、考えてみればずいぶん無茶をした。
放送準備室にある富士通のマイコンFM-8も自由に使うことができた。
オレもいくつかBASICでプログラムを組んだ。初期に作ったのはじゃんけんゲームだった。
1.グー 2.チョキ 3.パー のどれかを入力すると、マイコン側はランダムコマンドでグー、チョキ、パーのどれかを返してくる。そして勝ち負けが表示される。それだけ。
これではあまりに程度が低いので、改良してあっち向いてホイゲームを作成した。
1.グー 2.チョキ 3.パー のどれかを入力すると、マイコン側はランダムコマンドでグー、チョキ、パーのどれかを返してくる。
次に1.上 2.下 3.右 4.左を入力すると、またマイコン側がランダムコマンドで4つの内どれかを返してくる。じゃんけんで勝っていた場合は、その数値が一致すれば勝ち、負けていた場合は一致したら負け。それだけ。
改良というか、結局ランダムコマンドしか使っていない。基本的に進歩はないのであった。
次に作ったのはすごろくゲーム。またゲームである。
キーを押すとサイコロが振られ、ランダムコマンドで1~6の数字が出る。その数だけコマが進む。二番手でマイコン側がサイコロを振る。こうして、お互いのコマが進み、止まった場所の指示に従いながら、最初にゴールに着いた方が勝ち。
またもやランダムコマンド。そればっかかオレはといった具合で、これまた基本的に進歩がないのであった。
小学校時代にカトー無線のマイコンコーナーで知り合ったIと中学校で再会し、同じく科学部に所属していた。
このIはオレから見たら雲の上のようなマイコンの使い手だった。
まず、当時既にブラインド・タイプ、今で言うタッチタイプを習得していた。痩せ形だったIは身体と同じくすらりとした左右の指10本で、タタタタタタッとキーボードを打鍵していく。それだけでもマイコン好きが揃った部員の中でも群を抜いていた。
オレがタッチタイプを会得するのは大学に入ってからで、当時はキーボードを見ながらの人差し指打鍵だった。すげぇなぁとその入力ぶりに感心していた。
タッチタイプはIの才能のほんの一部でしかない。オレはプログラムを組む際に、まずはあれこれ悩みながら紙に書いていって、それを入力してエラーが出ては修正し、またエラーが出ては修正しながら簡単なプログラムをようやくと完成させていた。
だがIは、えーとじゃあこうでこうでこうだねとマイコンに向かったままどんどん画面上でプログラムを作っていく。ほとんど迷いもなく完成させると、そのプログラムがエラーもなく走る。これまた、すげぇなぁと感心するしかなかった。
そのプログラムはオレのような「とりあえずランダムコマンド」ではなく、ちゃんとルーチン、アルゴリズムが盛り込まれていた。これはかなわないなと、これまた感心するしかなかった。
自分よりも圧倒的に才能のある人間を前に、人はどうすればいいだろうか?
1.それに近づき、追い越すべく努力する
2.あきらめる
3.同じ道ではかなわないのならば、別の道を進む
オレが選んだのは3番だった。
ルーチンやアルゴリズムといったプログラムの技術でかなわないのならば、それらが重視されないプログラムを作ろう。
そして取りかかったのが、動く紙芝居だった。
ゲームにはオープニングが付いている物があったのでそれを参考に作業に取りかかった。作ったのはこんな作品だ。
文字やキャラクター、今で言うアスキーアートで画面は作られている。
ファーストシーンは美術館。中央の展示台にダイヤモンド(文字の◆をそのまま使用)が飾られている。
画面右端から怪人二十面相が登場。
「ダイヤモンドはこの二十面相がいただいた」
ダイヤを奪ってそのまま画面右へと逃走。
画面左端から私立探偵明智小五郎が登場。
「待てー、二十面相」
そして二十面相を追って画面右端から走り出る。
夜の街に画面が変わり、二十面相とそれを追う明智小五郎が走っている。
ゴミバケツの上に猫が寝ていて、驚いて飛び上がる。
ラストシーン、といってもシーンは三つしかないのだが、ある空き地に明智小五郎は二十面相を追い詰める。
「二十面相、あきらめてダイヤを返せ」
「フッフッフッ、こっちには奥の手があるのだよ」
上空にヘリコプターが登場し、ロープを下ろす。
二十面相はそのロープに掴まりそのまま上に引き上げられる。
「ハッハッハッ、わたしの勝ちだよ、明智君」
画面の外へ出て行くヘリコプターを明智小五郎は見上げる。
「これで勝ったと思うなよ、二十面相」
ヘリを追って明智小五郎は画面の外に走り去る。
そして、「続く」
こうして時間にして1分程度だっただろうか、動く紙芝居は完成した。
さっそく部員を集めて披露した。
「へー、凝ったオープニングじゃない。で、どんなゲームなの?」
「いや、オープニングというか、これで終わりなんだけど」
「何だ、ゲームじゃないのか」
・・・・・・
苦労して作り上げた作品だったのだが、あまり評判は良くなかった。
続くで終わっているように、続編を予定していたのだが取りやめた。
同じ頃にはかなり映画に関心を持つようになっていたので、興味はさらに映画へと移り、次第にマイコン熱は冷めていき、高校に進学した頃には自宅のFM-7もあまり使わなくなっていた。
だが、今になって思うと、あの動く紙芝居『二十面相対明智小五郎』はマイコンで作り上げた映画だった。大げさに言えばコンピューター・グラフィックス・ムービーだったのではないだろうか。
アスキーアートで構成された原始的な画面だったが、『二十面相対明智小五郎』はオレが初めて作り上げた映像作品だったのだ。志は『ファイナルファンタジー劇場版』にも負けていない、いやむしろ個人的には勝っていたと思う。
この文章を書きながらようやく気づいたのだが、オレが大学に入って撮った最初の自主映画『ダイヤモンドゲーム』は、世界一のダイヤモンド『スパローの涙』を狙うアルセーヌ・ルパンと私立探偵神宮寺照彦の戦いを描くギャグ映画だった。
ダイヤを狙う怪盗とそれに挑む私立探偵。基本ストーリーはまったく同じだ。なんというか、一つのテーマを追求していたと見るべきか。あるいはこれまた単に進歩がないだけかも知れない