オレは劇場公開時に『ブルース・ブラザース』(1980)を観ている。1981年3月公開となっているから、小学校を卒業し、中学に入学するまでの春休みに観たのだろう。
これまでに観てきた映画は何だったのだろうと思うほどに面白かった。もっとも、しょせん、小学生だから、それまでにさほどの作品数を観ていたわけではない。テレビの映画劇場を合わせてもせいぜい100本とか200本の話だ。
その程度の映画に関する感性で「こんな映画観たことがない。最高だ」と言っても大した説得力ではない。
だが、6000本を越える映画を観た今でも、オレにとって『ブルース・ブラザース』はベストテンに入る1本だ。その気分でベストワンが変わるが、もちろんそのベストワンの1本である。 出来や面白さだけではなく、オレにとって映画に目覚めさせてくれた作品だからだ。
ジェームズ・ブラウンやレイ・チャールズが出演していたりと、音楽的要素の強い作品だが、田舎のガキがそのどちらも知っているはずがない。監督のジョン・ランディスについても名前すら知らなかった。
観に行ったのは、前年の『1941』(1979)を劇場で観ていて、空軍パイロット役のジョン・ベルーシが大好きだったからだ。ひたすらにハチャメチャな行動と言動で笑わせてくれたジョン・ベルーシのファンだったオレは、また騒動をやらかしてくれるのかと期待して劇場に行った。
『ブルース・ブラザース』のジェイク(ジョン・ベルーシ)のハチャメチャぶりは『1941』の比ではなかった。弟のエルウッド(ダン・エイクロイド)と共に、黒のスーツに黒のソフト帽、そして黒のサングラスの黒ずくめに身を包み、ほとんどのシーンを無表情のままひたすらに騒動を引き起こす。それでいて、サングラスを外して、キャリー・フィッシャーにつぶらな瞳で笑いかけるシーンの面白かったこと。
なにより笑いそして燃えたのが終盤のカーチェイス。これまたひたすらメチャメチャで、パトカーがどんどんクラッシュしていく様に笑った。
映画が終わった後、オレは思った。
「こんな面白い映画を作ったのはどんな人だろう?」
これが映画監督という存在を初めて意識した瞬間だった。
それまでは、映画に出演している俳優に関心はあったが、製作関係者のことなどほとんど考えたことがなかった。
とりあえずパンフレットを買った。そこには監督・脚本としてジョン・ランディスの名前があった。ジョン・ランディス、いったいどんな人なのだろうか。どうやったらこんな面白い映画が撮れるのだろうか。
当時は、今のようにインターネットで簡単に情報が手に入る時代ではない。近くに映画に詳しい人もいなかったので、書籍に頼るしかないのだが、第1章で書いたように、地元の図書館が映画を観たすぐ後の4月に火災で閉館していたため、そちらで調べることも出来ない。
映画雑誌のロードショーを毎月買い始めたが、あれは映画スター中心であまり監督については書かれていなかった。立ち読みしていたキネマ旬報での知識もあって、ジョン・ランディスがジョン・ベルーシが出演した『アニマル・ハウス』という作品を撮っていることや、『1941』にはサイドカーの運転手役として出演していることを知った。もっとも、『1941』にそんなヤツ出てたっけな?とまるで記憶になく、確認できたのはTV放映かビデオ発売された後のこととなる。
『狼男アメリカン』(1981)を観に行き、コメディ以外の才能に驚き、『大逆転』(1983)に笑う。ジョン・ランディスにとって忘れられぬ悪夢となる『トワイライト・ゾーン』(1983)、そしてその悪夢における苦しみを描いたかのような『眠れぬ夜のために』(1984)。『眠れぬ夜のために』では殺し屋の一人をジョン・ランディス自身が演じ、ラストには見事に射殺されて死ぬ。ある意味では、そこで一度自分を殺したことで再出発への再生を試みたのかも知れない。
『スパイ・ライク・アス』(1985)で調子を取り戻したジョン・ランディスは、『サボテン・ブラザース』(1986)で完全復活を果たす。
大学時代から映画監督で作品を選ぶことが多かったオレだが、その最初の一人が『ブルース・ブラザース』以降、ずっと劇場で観続けているジョン・ランディスだ。
映画監督という存在、その魅力を教えてくれたのが彼だ。その出会いがなければ映画に深い関心を持っていくことにもならなかっただろう。
オレが大学に入って第一回監督作品の『ダイヤモンド・ゲーム』は、横田順彌に触発されて書き始めた小説を原作としているが、映画の脚本と演出はジョン・ランディスと『トップ・シークレット』のジム・エイブラハムズ、デヴィッド・ザッカー、ジェリー・ザッカー(ZAZ)から強い影響を受けた物だ。彼らは映画における師匠である。
そして、中学卒業の時点では将来の夢は映画監督となっていた。いや、夢ではない、当時はそれが決定事項だった。自分は将来映画監督になるんだと思い込んでいた。
『ブルース・ブラザース』を観ていなければ、まったく違った青春時代になっていたはずだ。その出会いで人生が変わったと言ってもいい。
今のところ、自主映画を5本撮った元自主映画監督だが、まだ人生に先はある。さすがに青春期・青年期ほどの思いはないが、今も夢は映画監督だ。一応可能性がないわけでもない。