« 映画バカ青春記 序章 映画とオレについて考える | メイン | 映画バカ青春記 第2章 シャープのマイコンMZ-80Kとの出会い »

映画バカ青春記 第1章 学級文庫にあった星新一の『ようこそ地球さん』

 映画とオレについての文章がいきなり小説から始まるとは疑問に思う人も多いかも知れないが、根っこへ根っこへと遡っていくと、これは重要な出来事だったのだ。
 1981年、オレは愛知県は知多半島にある市立中学校に入学した。担任はまだ若い男性で、眼鏡をかけた数学教師だった。そのO先生が、クラスに学級文庫を開設してご自身の蔵書などを持ってきてくださった。
 母親が家庭文庫をやっていた関係で、オレは小さな頃から本に囲まれた生活をしていた。最近ではほとんど聞かなくなった家庭文庫という存在だが、1970年代あたりにちょっと流行った、個人が自宅で開く子供向け私設図書館である。
 家に本が山ほどあればやはり読んでしまう物で、保育園時代に小学校低学年向きの本を読み、小学校低学年には小学校高学年向けの本を読んでいた。小学3年生で『ナルニア物語』を読み、4~5年生あたりで『モモ』や『はてしなき物語』などを読み、6年生でなんとか『指輪物語』を読破した。
 このように、児童文学やファンタジーに関しては年齢の割に読んでいた方だと思うが、SFにそれほど深い関心はなかった。自宅にしろ小学校の図書館にしろ、SFというとジュール・ベルヌなどを子供向けに手直しされたものばかりで、「面白いけど、ちょっと子供向けだな」などと思っていた。自分だって子供のくせに。
 そして中学に入り、学級文庫からあまり何も考えずに選んで読んだのが星新一著『ようこそ地球さん』だった。

 簡潔な文章、S氏など記号化された登場人物、少ないページ数でアイディアを徹底的に活かした実にスマートな小説、ショートショートとの出会いに、オレはあっという間に星新一氏の大ファンになってしまった。
 続いて、横にあった『ボッコちゃん』を読み、その他学級文庫にあった数冊の星新一作品を読んでしまった。中学校の図書館には星新一の著作がなかったし(あったかも知れないがかなり少なかった)、地元の市立図書館は1981年4月に火災が発生して半焼してしまい、半年ちょっとの間休館中だったため利用できず、借りることができなかった。ならば買うしかないと、中学生の乏しい小遣いを星新一の著作購入に充てた。
 そして、星新一から筒井康隆や小松左京、ハインラインやアイザック・アシモフ、エドモント・ハミルトンの『キャプテン・フューチャー』シリーズや、E.E. スミスの『レンズマン』シリーズなどSF小説にのめり込んでいく。フレドリック・ブラウンにコバルト文庫の新井素子、平井和正の『ウルフガイ』も好きだったなぁ。
 もちろん『SFマガジン』と『SFアドベンチャー』は毎月購読していた。
 当時、愛知県では深夜に『宇宙大作戦(スタートレック)』の再放送がやっていた。まだウチにはビデオがなかったので、親にばれないようにこっそりとベッドから抜け出すと、イヤホンを使ってこそこそと観ていた。ちなみに何度か見つかって怒られた。

 時まさにSF映画、SFX映画の全盛期だった。
 1980年には『スター・ウォーズ帝国の逆襲』が公開され、1982年には『E.T.』、『レイダース 失われたアーク』が1981年。3G決戦といわれた『グレムリン』『ゴーストバスターズ』『ゴジラ(1984年版)』が同時期に公開になったのが1984年。
 そして賛否両論というか否否片論は多いだろうが、日本SF映画の枠を超えようとした『さよならジュピター』も1984年。
 『ターミネーター』も1984年だし、『死霊のはらわた』は1983年。
 この3,4年のSF映画の充実ぶりは今になって振り返ってみると驚くべき物だ。
 そして、SF映画に魅了されてきたオレは、SF映画専門誌の『スターログ』も買い始める。SF映画に関する様々な情報とともに、広告欄には『ブレードランナー』でデッカードが所持していたブラスターのガレージキットや、『ウルトラセブン』のウルトラアイ、そして『宇宙大作戦(スタートレック)』のワッペンなどがあり、実に心そそられた物だ。

 SF小説からSF映画。ここまではありがちな流れだろう。それが数を観ている内にSF映画から映画へと興味が広がっていった。これが中学3年から高校1,2年で起こったことである。

 それはまた次回に。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.jion-net.com/mt/mt-tb.cgi/4865

コメントを投稿 携帯電話からは投稿出来ません