オレがアニメから離れ始めたのは『機動戦士ガンダム』辺りからだった。
当時は小学生で、学校では爆発的人気だったが、オレはどうも辛気くさくて鬱陶しい作風が好きになれなかった。
ガンダムのプラモデル、いわゆるガンプラも大人気だったが、オレ自身は作ったことはない。ただ、あまりに品薄だったためおもちゃ屋では1人1個のみの予約販売となったので、友達に頼まれて一緒に買いに行ったことはある。
中学校に入る頃にはほとんどアニメは観なくなっていたのだが、科学部に移籍したことでまた観始める。部員にアニメ好きが多かったので影響されたのだ。
好きだったのは『超時空要塞マクロス』(1982年10月3日~1983年6月26日)、中学2年から3年にかけて放送されていた。
タカトクから発売されたバルキリーも買った。オレのはロイ・フォッカー機だった。他の部員も何人か買っていたので、部室である化学実験室に持ち寄って、誰が一番早くファイター体型からバトロイド体型に変形させられるか競争したりしていた。
次に観るようになったのは第17章でも書いたが、『銀河漂流バイファム』(1983年10月21日~1984年9月8日)だ。
15少年漂流記宇宙版といった感じの内容で、艦長のスコットと帽子がトレードマークのマキが好きだった。
そしてバイファムのスタッフが次に作った『超力ロボ ガラット』(1984年10月6日~1985年4月6日)の第一話を期待しながら観たが、面白くなかったので二話以降は観ていない。この頃、つまり高校1年の秋辺りでアニメから離れていったようだ。
一番好きだったアニメは、いやむしろ原作のファンでアニメはついでだったのだが、『うる星やつら』だった。サンデーでの原作の連載は1978年~1987年、アニメ版が1981年10月14日~1986年3月19日。
『うる星やつら』を目当てで週刊サンデーを買い始め、代わりにジャンプを止めた。アニメは第一話から観ており、劇場版も観に行った。月並みだが『うる星やつら2 ビューティフルドリーマー』では衝撃を受けた。
だが、監督が押井守からやまざきかずおに替わった『うる星やつら3 リメンバー・マイラブ』(1985)が実につまらない出来で、4作目以降は観ていない。おそらくTV版も1985年頃から観ていないはずだ。
オープニングは『Chance on Love』(第151話~172話)までしか記憶にない。
原作の方は最後まで読み、途中から『めぞん一刻』も読み始めたが、アニメは観ていない。黒記憶だが実写版映画は観た。伊武雅刀の四谷さんと藤田弓子の一の瀬さん以外は許していない。
こうして高校1年か2年頃にはアニメから遠ざかり、劇場用アニメの宮崎駿作品や『AKIRA』などを観るぐらいとなった。大学のシネマ研究会に所属していた頃は、うちのサークルではアニメは映画と認めないという人の方が多く、その中で『魔女の宅急便』やディズニー作品について評論文を書いたりしていた。
その後、もう社会人になっていた頃、あまりに話題になっているので『新世紀エヴァンゲリオン』劇場版を観に行って、それが見事なぐらいつまらなかったので、「TV版を観ないと駄目なのかな」とビデオレンタルした。
途中までは面白かったのだが、最終回が単によくある学生の自主映画レベル。それが妙に賛美されているのに腹を立て、「これがすごいすごいって、お前ら映画という物を知らないだろ」と怒りの余り2次小説のエヴァ時代劇『姫さま、お静かに』を書き始めるが、これは遠い先の話。