高校1年の時に、親がビデオデッキを買った。それまでは家にビデオデッキがなかったが、それも珍しくない時代だった。
何故高校1年だったと言い切れるかというと、『銀河漂流バイファム』(1983年10月21日~1984年9月8日)の終盤間近から録画した記憶があるからだ。
こっちに相談もせずに親が買ってきたのは東芝が出したビュースターというシリーズのβ(ベータマックス)方式ビデオだった。当時としては廉価版デッキだった。廉価といっても10万円程度でしかも音声はモノラルでリモコンあったような無かったような。まだまだビデオデッキは値段が張って、それなりに高嶺の花だったのだ。
たしかこの商品はウルトラマンが出演するCMをやっていた。3分間しか録画できないんじゃないか?と思ったものだ。
親の友人が東芝系の家電屋で働いていたからなのだが、なぜ買う前に一言言ってくれなかったのか。もしも聞かれていたらVHSにしようよと答えていたのに。
当時はまだベータにも元気があったのは確かだ。ベータ方式を採用していたのはソニーだけではなく、家が買った東芝や三洋も当初はベータ陣営だった。
だが、時代は確実にVHSが勝利を収めつつあった。レンタルビデオ屋にもベータのソフトは置いてあったが、人気作中心で本数も同じタイトルでVHS3本に対しベータ1本ぐらいの割合だった。まだまだレンタルビデオが1泊2日で1000円ほどしたのであまり利用せず、テレビ録画中心だったが、VHSに比べると生テープも若干高めで不利だった。
なにより、友人と録画テープの貸し借りが出来なかったのが痛かった。テープも高いので、そうなんでもかんでも録画できるわけではない。そこで貸し借りをすることが多かったのだが、ベータはすでに少数派で、相手が少なかった。家のデッキがVHSだったら、もっと多くの映画が観られたはずだ。
大学に入ってビデオレンタル屋でバイトを始めるが、その店も途中からベータは仕入れなくなった。しょうがないのでオレはバイト料をつぎ込んで自分用にアイワの14インチテレビとビクターのVHSビデオデッキを買った。今ならば2~3万円で収まりそうだが、その頃は10万円近くかかった。
だが、それまでに録画したベータのテープもそれなりにあったので、その再生用に名古屋の金山駅近くにあるマクドナルドの隣の中古電気屋で、中古のSONYベータデッキを買った。
こうなると、ビデオデッキが2台になりダビングが出来る。そこでVHSのレンタルビデオを借りてくるとベータにダビングする。そしてさらにベータのテープが増え、余計とベータのデッキは手放せなくなった。
その内にベータのデッキが故障し、しょうがないので2台目を買ってきた。それもまた壊れ、当時アルバイトをしていた名古屋のNHKで使わないので廃棄されるベータデッキをもらってきた。
大学卒業時に、上京するため荷物を減らすことになり、ベータのデッキと映画が録画された大量のテープを後輩に1万円だかで譲り、ようやくベータの呪縛が解けた。
それもこれも、ビデオデッキを買う前に親が一言相談してくれなかったからだが、オレもビデオディスクはレーザーディスク(LD)ではなくVHDを買った口なので人のことは言えない。でも、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は最初VHDでしか出ていなかったんだよ・・・
MacからWindowsに乗り換えてるしなぁ・・・
だから、次世代DVDはブルーレイとHD DVDのどちらが勝つかある程度明らかになるまで手を出すつもりはない。というか、最初の段階で選ぶと、どうせオレが買った方が劣勢になるのだろう。
ちなみに8ミリフィルムはシングル派。デジカメは2台ともスマートメディア。ゲーム機はメガドライブとPCエンジンとドリームキャスト(ファミコンやスーファミ、PS2も結局買ったが)。マイコンはPC-8801ではなくFM-7、携帯電話は2年前までボーダフォン(現在使ってるのはDocomo)、MOではなくPD。ジャンプよりもサンデー。レイよりもアスカ。コカコーラじゃなくてペプシコーラ。