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『ニュー・シネマ・パラダイス』 限りなく-100

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『ニュー・シネマ・パラダイス』(1989) NUOVO CINEMA PARADISO 124 分(175分) イタリア/フランス 1989年鑑賞

監督:ジュゼッペ・トルナトーレ 製作:フランコ・クリスタルディ 脚本:ジュゼッペ・トルナトーレ 撮影:ブラスコ・ジュラート 編集:マリオ・モッラ 音楽:エンニオ・モリコーネ
出演:フィリップ・ノワレ、ジャック・ペラン、サルヴァトーレ・カシオ、マルコ・レオナルディ

-なんでも観るぞ、ガガガガガッ その2-
 オレにとって「20世紀最低最悪映画大賞」に燦然と輝く、あまりこの場合は燦然は使わないだろうが、2位以下を大きく引き離して燦然と輝く最悪映画。
 つまらない映画は限りなく0に近づいていくが、ひどい映画は限りなく-100に近づいていく。『死霊の盆踊り』が実質0点ならば、『ニューシネマ・パラダイス』は-100点満点。

 つまらない映画はほとんどの人にとってつまらないだろう。せいぜいつける点数が5点なのか1点なのかの違いで、その差は数点だけのことだ。
 ところがオレが-100点をつける『ニュー・シネマ・パラダイス』だが、人によっては100点をつける。その差はなんと200点近く。この違いは大きい。良くも悪くも『ニュー・シネマ・パラダイス』は観た人に感想を抱かせずにはいない。それが時にまったく正反対であっても。
 これを実証しているのが、1990年に名古屋の小映画館“シネマテーク”館内の床に貼り出された「1989年ベスト&ワーストテン」だ。ここでワーストワンになっていたのは『ニュー・シネマ・パラダイス』だったが、同時にベストワンも『ニュー・シネマ・パラダイス』だった。
 名古屋の映画好きならシネマテークのことは知っているだろうが、他地域の人のために簡単に説明しておく。いわるゆミニシアターに分類されるだろうが、その単語に感じられる「オシャレさ」とはかなり遠い存在だ。上映されている作品は確かにミニシアターで、古い映画のリバイバルを含め魅力的な作品が揃っていて、映画を観るという環境としては東京に大きく後れを取っていた名古屋に住む映画好きにとって実にうれしい存在だった。問題はその外観である。名古屋市内に今池という場所がある。繁華街である栄から地下鉄で3つめ。今池駅から歩いて数分、狭めな道を入っていった古びた雑居ビルの二階にシネマテークはある。
 この雑居ビルが古びた上にあまり清掃が行き届いていない感じで、2階に上がるには正面玄関から広い階段を上がっていくのだが、この入り口の中や階段の踊り場にホームレスが寝ていてもあまり不思議ではない雰囲気だ。しかもビル内が暗い。階段も2階の廊下も暗い。最近というかもう10年近く行っていないので環境が良くなっている可能性もある。しかし、今は愛知県在住ではないので確認しにいけないが、多分ほとんどそのままだろう。
 オレが初めてシネマテークに行ったのは、確か高校1年生の時だが、1人だったので怖い者知らずというかあまり何も考えていない男子高校生にとってすら、「本当にここに入っていっていいの?」と戸惑わせるものだった。ましてや女性だったらなおさらだろう。
 そのシネマテークへの道を乗り越えてきた映画好きたちが、『ニュー・シネマ・パラダイス』をワーストワンに挙げる人とベストワンに挙げる人それぞれに大きく二分されていたのは興味深い。
 シネマテーク館内はあまり金はかかっていないがちゃんと掃除され、まぁオシャレではないが居心地の良い空間だった。念のため。

 ある方向に強烈に偏っている作品は、ある人はものすごく好きになるだろうが、ある人は猛烈に嫌いになる。これは一言でいってしまえば観客それぞれの価値観の相違によるものだ。アメリカに行った日本人は「あっちは食べ物がまずい」というが、アメリカ人からしてみれば「日本の食い物はまずい」ということになるだろう。
 今でこそ寿司や刺身などで生の魚を食べることはアメリカでも知られるようになったが、それを知っていてもアメリカ人本来の食文化で考えればなんとも奇妙で気持ち悪いことだろう。『ホットショット2』でアメリカ大統領となったロイド・ブリッジスは訪米した日本の総理大臣と会食をするのだが、目の前に出された活け作りに気持ちが悪くなってついには吐いてしまう。ここでスクリーンに映し出された皿には確かに鯛とエビがあるのだが、それは日本食のパロディの様で確かにスクリーン越しに匂いを感じそうなほど生臭そうな料理だ。だが、アメリカ人の視点で見た鯛とエビの活け作りはなんと気持ち悪いかということを見事に表したシーンでもある。日本人というフィルターを外してみれば、確かに気持ち悪いだろう。田舎者旅館で出される舟作りなどは、日本人であるオレですら気持ち悪い。

 では、「日本食は気持ち悪くて、まずくてダメダメだ」ということか、なわけではない。
 寿司も旨いし刺身も旨い。だが、異なった文化で育ち異なった価値観を持つ人にとってはまずい場合もある。それを「わかってないね。しょせんアメリカ人は文化程度が低いね、教養がないね」という人の方がわかってないしダメダメだ。ということは同時に、「生魚を旨い旨いと食ったり、ハンバーガーやオレオクッキーを食べてまずいまずいというなんて、しょせん日本人は黄色い猿だね」というアメリカ人もわかってないしダメダメだ。
 ドッグフードは不味い。それは味がないからで、つまらないかひどいかでいえば「つまらない味」だ。誰が食っても同じような感想になる。うまいか嫌いな味かはおもしろいかひどいかだ。食べた人によって感想は異なるし、その味が強ければ強いほど異なる度合いは大きくなる。
 ある食べ物が自分にとって旨いかまずいかは重要だ。だが、自分と正反対に感じる人を否定することはできないし、自分と同じ味覚ではないということで他人を下に見る理由にもならない。
 映画も同じだ。ある作品を観て自分が何を感じたかということが一番重要だと思うが、自分と違う感想を持ったからといって、それがその相手を否定する理由にはならない。
『ニュー・シネマ・パラダイス』の感想として多いのが、そしてこれは『三丁目の夕日』にも多くてうんざりするのだが。
「『ニュー・シネマ・パラダイス』(『三丁目の夕日』)を見て感動した人は心がきれいな人だ。愛を知っている人だ。いい人だ。幸福な人だ。そして、嫌いな人は心が醜い人だ。愛を知らない人だ。悪い人だ。不幸な人だ」
 んなわけねぇだろ。

その映画が好き、あるいは嫌い→その人の人間性 という論理は成り立たない。
 というか、つまるところ「自分は心がきれいな人。純粋な人」と言いたいだけじゃないのか、これは。
 異なる価値観の存在を認めないことこそファシズムだと思う。世の中に『ニュー・シネマ・パラダイス』ファッショや『三丁目の夕日』の夕日ファッショがなんと多いことか。
 お前は『ニュー・シネマ・パラダイス』嫌いファッショなだけじゃないか、と言われるかも知れない。『ニュー・シネマ・パラダイス』に関してはシネマ研究会の仲間とあれこれ議論もしたが、『ニュー・シネマ・パラダイス』が好きという理由で相手の人間性を否定したことなどない。他のどんな作品であっても、自分が大好きな映画を貶されたとしても、そんなことで相手の人間性を決めつけるなんて頭の悪い真似はしたことがない。そして、そういう部員が多かったからこそシネマ研究会での論争はあれだけ激しく、そして楽しかったのだろう。ネット上での論争が激しいのにつまらないことが多いのは、作品の好き嫌いで論争相手の人間性まで決めてかかっているからだ。

『ニュー・シネマ・パラダイス』の一番ひどい点は、監督のジュゼッペ・トルナトーレが当時29歳という若さだったことだ。これが老い先短いよぼよぼのジジイ監督が撮ったのならば、「ああ、もう過去にすがるしかないのね」と見逃してやる。だが、29歳がこれ撮っちゃダメだろ。その恥の欠如と慎みの無さ大嫌いだ。
 そして『三丁目の夕日』の監督山崎貴は1964年生まれで、作品公開時は41歳。死にかけのジジイならばまだ見逃してやらんこともないが、41歳でこれ撮ってちゃダメだろ。その恥の欠如と慎みの無さが大嫌いだ。

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コメント (3)

私も『ニュー・シネマ・パラダイス』はそんなに称賛されるような映画なんだろうか・・・と密かに思っていたので、他にもそう思っている人がいてホッとしました(笑)。「この映画どこがどう良いの?」とは聞くに聞けない雰囲気といいますか・・・好きな人多いですよね。ある映画作品を批判することを言ったら、絶交状を突きつけられたことがあるので(そして本当に断絶)、こういうファンの多い映画はちょっと怖いです(^^;)

邪道斎:

>ネット上での論争が激しいのにつまらないことが多いのは、作品の好き嫌いで論争相手の人間性まで決めてかかっているからだ。
全くその通りで。それを理解してない人のなんと多い事か・・・リアルでなら勢いで言ってしまう場合もありますが、ネットなら書き込む前に考える時間はあるはずなんですけどねえ。

ニュー・シネマ・パラダイスは結局未だ観ていませんが、何処をダメと感じたのか、はっきりとは書いてませんが「多分こういうことなんだろうな」というのは滲み出てますね。はっきりと書くような野暮な事しなくても理解できますよ。

嫌いな作品を感情を排除して「どこがダメなのか」冷静に書く、というのは結構難しいものですよね・・・。大好きな作品も難しいですが(^^;

東森時音:

梅吉さん
このエントリを書いた後に自己嫌悪に陥って、「なかったことにしよう」と思っていたので返答が遅れてごめんなさい。
趣味の合う友人同士でも時には意見が食い違うことはあるわけで、それが理由で絶縁になってしまうのは悲しいですよね。
わたしもある知人に「これ面白いよ」と『少林サッカー』を薦めたところ、観終わった後に「こんなのサッカーじゃない」と言われケンカになりました。
相手がかなりのサッカー好きなんですよ。それは知っていましたが、そんな「格闘技好きに『ドラゴンボール』を見せたら、こんなの格闘技じゃない」みたいなことで頭に来られても困るんですが。つか、怒るこたぁないだろうに。
その後、かなり縁が遠くなりました。

邪道斎さん
調べ物などのためにたまに2ちゃんねるを閲覧することがありますが、あそこはすぐに個人攻撃になってしまって殺伐としすぎていて、書き込みに参加する気になりません。
しかし、mixiをちょっとやってみましたが、こちらは互いに傷つけ合わないようにというか嫌われないように変に気を遣いすぎていて、議論が発展せず面白くない。
両方とも極端すぎて、個人的には楽しくないですね。その中間のバランス感覚のある議論の場があれば、映画バカ黙示録で一方的に書くだけではなく、ネット上の多くの人と映画について語り合うこともできるんですが。
じゃあ、お前作れって感じですが、そこまでは無理っす。
映画バカ黙示録で取り上げる作品については書く前に可能な限り観直したり読み直しているのですが、『ニュー・シネマ・パラダイス』はもう一度観ると考えただけでイヤな汗が流れてきたので無理でした。
そのため内容に関しては何も書かずに、シネマテークの話や日本食の話などで比喩的表現を取りました。にっ、逃げたんじゃないやい。
1989年公開時に一度観たきりなので、ひょっとしたら感想が変わっているかもと思いましたが、先日観た『三丁目の夕日』で最大級に頭に来たので、多分変わっていません。

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