
『ホット・ショット』(1991) HOT SHOTS! 85分 アメリカ 1991/12/26鑑賞
監督:ジム・エイブラハムズ 製作:ビル・バダラート 製作総指揮:パット・プロフト 脚本:ジム・エイブラハムズ、パット・プロフト 撮影:ビル・バトラー 音楽:シルヴェスター・リヴェイ
出演:チャーリー・シーン、ケイリー・エルウィズ、ヴァレリア・ゴリノ、ロイド・ブリッジス、ケヴィン・ダン、ジョン・クライヤー
-いつだって能天気 その3-
『フライングハイ』や『トップシークレット』を手がけたコメディ集団ZAZの一員であるジム・エイブラハムズの単独監督作品。『トップガン』を中心に『風と共に去りぬ』や『ダンス・ウィズ・ウルブス』などのパロディと、次から次へと連打で来るしょーもないギャグが嬉しい。ジェット機が空母甲板上のスペースに縦列駐車で停めるシーンなど、わざわざ偽物のジェット戦闘機まで作ってまぁ。そこまで金かけてやるギャグか?とも思うが、そこで金をかけてくれないとやはりギャグ映画はなかなか面白くなってくれない。
私たち日本人は、笑いというとボケとツッコミがワンセットになっている物と考えている。これは主に漫才が広めたものではないかと思うのだが、この作品ではツッコミ役は一人もおらず、それぞれが好き勝手にボケまくっている。で、そのボケのギャグはそのままスルーされて、まるで何事もなかったかのように話は進む。
海軍提督役のロイド・ブリッジスがその筆頭だ。飛行機の搭乗口からは落ちるわ、人の話は聞かないわ、事故死したパイロットの葬式で弔砲の音を実際に銃で狙われてると思って拳銃を乱射し手榴弾は投げまくるわ、戦争で鼓膜は破れ左右に耳の穴にハンカチがそのまま通ってキュッキュッと掃除してるわ、頭蓋骨は鉄板か瀬戸物が入っているとか。
漫才なら、「んなアホな」「ないよ、そんなこと」「いーかげんにしろ」とツッこみが入るところだろうが、この『ホットショット』ワールドでは誰一人ツッこむことなく映画はそのまま進む。
ひたすらボケまくるロイド・ブリッジスはやはり最高である。『裸の銃』シリーズのレスリー・ニールセンの芸風と似ているが、そもそも俳優としての格はロイド・ブリッジスの方が数段上だけに、他の映画でのシリアス演技との格差がさらに笑いを増大する。ジェフ・ブリッジスら人気俳優であるブリッジス兄弟の父親でもある。DVDディスクのピクチャーレーベルで主役のチャーリー・シーンを差し置いてちゃっかり一人で映っているのも当然か。
事故死することになるパイロットが期待へと向かう途中に黒猫に前を横切られたり、梯子の下をくぐったり、鏡が割れたりと、欧米で縁起の悪いと言われる事象がどんどんかさなっていくシーンが好き。日本で言えば鼻緒が切れるとかその人の使っている茶碗が割れるとかか?でも、パイロットとその妻は幸せそうなのが、我ながらひねくれているなとは思うが笑える。
こういったボケのみで見事に成立された作品を観ると、果たしてツッコミというのは本当に必要なのかとも思ったりする。「よしなさい」「やめなさい」「いーかげんにしなさい」というのが典型的なツッコミだろうが、これ自体は何も面白くない。極論を言ってしまうと、ツッコミとは「今、ボケがぎゃぐをやりましたからね~」というのと確認させる役割に収まってはいないだろうか。ほとんどテレビは観ないのだが、バラエティ番組では何かというと出演者の発言をスーパーででかでかと表示する。これもつまり「この発言は笑えますね~、ギャグですね~」と言っているわけで、年始にちょっとだけ新人お笑いのコンテスト番組を観たが、どれもボケがギャグを言って、ツッコミがそれにつっこんで「これはギャグですよ」と確認しているだけ。
なんというか、そこまで観客や視聴者を信用できないのだろうか。いちいちツッコミや確認のテロップを入れなくてもギャグはギャグって分かるだろ。もちろん、ツッコミがあった方がリズムは作りやすいのだろうが、ひたすらボケたらボケっぱなしな世界観も楽しい。
ちなみに、登場するジェット戦闘機は『トップガン』よりも旧型だが、ドッグファイトのシーンの迫力はなかなか。