
『静かなる男』 (1952) THE QUIET MAN 129分 アメリカ
監督:ジョン・フォード 製作:ジョン・フォード、メリアン・C・クーパー 原作:モーリス・ウォルッシュ 脚本:フランク・S・ニュージェント 撮影:ウィントン・C・ホック、アーチー・スタウト 音楽:ヴィクター・ヤング
出演:ジョン・ウェイン、モーリン・オハラ、ヴィクター・マクラグレン、ウォード・ボンド、フランシス・フォード、ミルドレッド・ナトウィック
-オレはいつでも燃えている その37-
いつでも燃えているシリーズも今回で最終回。正直言って苦労したシリーズだ。燃えた作品が少ないわけではない。むしろ多すぎて、作品の幅が広すぎて選ぶのが難しかったのだ。やはり制約が多い方が書くのはむしろ楽なのかも知れない。
最後を飾るのはジョン・フォード監督による『静かなる男』だ。とにかく傑作を数多く送り出しているジョン・フォードの数多い大傑作の一つにあげられる作品として間違いがないだろう。オレも大学の映画サークルに入った当初は先輩が「ジョン・フォード、ジョン・フォード」と言っているのを聞いて逆に反感を憶えたのだが、実際に観てしまうと『わが谷は緑なりき』でも書いたが「これはすごい。最高に映画で頭をぶちのめしてくれる。尾てい骨から背筋をゾクゾクさせ、大声で叫びながら駆け回りたくなる」という映画ばかりなのだ、正直言って。オレのひねくれた心など瞬時に解凍してさらに沸騰させる。他の映画を1000本観るよりもジョン・フォード作品を10本観た方が映画的に意味があるのだ、これが。ごめん、負けた負けました。単なる斜に構えた男の視線などバキバキにへし折っちまうのだ。
『静かなる男』は傑作中の傑作。まぁ、その傑作中の傑作が何本もあるのがジョン・フォードのすさまじさ。幼い頃にアメリカに移住したショーン(ジョン・ウェイン)が故郷アイルランドの田舎町に帰ってくるところから始まるちょっとした騒動。その騒動の中にアイルランドの特異性がびっちり書き込まれている。でもその問題意識がうっとおしさを感じさせずに登場人物たちの物語の中に巧妙に埋め込まれている。そもそもアイルランド系であるジョン・フォードとその弟子的存在で同じくアイルランド系のジョン・ウェインがアイルランドを舞台とした映画を撮るというのはすでに映画的必然だ。作られるべきして作られた映画だが、そんな運命論でおさまる連中じゃない。もうね、凄いぞ。
アイルランドというのはイングランドから侵略を受けて、それに対する抗争や文化的対立が遥か昔から続いている。文化の違い、宗教の違いなど様々な問題がある。宗教で言えば同じキリスト教ではあるが、イングランドの新教(プロテスタント)に対してアイルランドは旧教(カソリック)だ。アイルランドは男尊女卑な社会で、女性が嫁入りする際には持参金を持って行くのが当然で、持参金を用意できない女性は結婚することが出来ない。そこへ半ばヤンキーのショーンがやってくることによって図らずも揺さぶりをかけることになる。単なる牧歌的社会としてのアイルランド村ではなく、そこには様々なアイルランド問題が奥底に横たわっていることが視界に入らないままでは観た意味がない。そしてその問題が前面に押し出されるわけではなく、観客の洞察力によって始めて見いだされるという演出の意義が分からなければ意味がない。つまり、まずは呑気に楽しむべきだし、そしてその奥にある問題に気付くべきだし、そしてそれに気付きつつもそれはそれとしてさらに呑気に楽しむべきなのだ。ややこしいな。
また、アイルランド解放戦線ことIRAが活動しているし、主人公はアメリカでボクサーをやっていて対戦相手を殴り殺してしまった過去と心の傷がある。
そういったアイルランドが抱えるいくつもの問題を描きつつ、それに対して映画として答えられることには回答を出し、出せない部分についても問題提議を行う。だからといって辛気くさい文芸作品かというとそんなことはない。頭から尻尾まで徹底して楽しい娯楽映画に仕上がっている。
宮崎駿の作品に『紅の豚』(1992)というのがあるが、これが観るからに「ああ、宮崎はジョン・フォードがやりたいんだなぁ」という作品だった。『紅の豚』のラストでポルコとカーティスの殴り合いが延々と繰り広げられるが、あれの“最低”でも2391倍ぐらいすごいまさに“燃える”クインズベリー規則に則った殴り合いがこの作品のラストで繰り広げられる。野を越え山を越えるその殴り合いのすごさには死にかけのジジイですら本当に生き返るほどで、実に燃えてさらに実に愉快。それまでに登場した脇役たちがきっちり活かされているのがもう泣けてくる。無責任なアイルランドの観客たちが実に良い。
格闘技としての技術でいえばジェット・リーやジャッキー・チェンなどの香港映画人にはかなわないだろう。殴り合いの演出としては『ストリート・ファイター』や『マトリックス』にはかなわないだろう。だが、映画における殴り合いとしてこの映画を超える物はいまだ現れていないとオレは断言する。
「映画とはアクションだっっ!!」
そうそう、もちろんジョン・ウェインとモーリン・オハラが嵐の中の廃墟じみた建物で行う接吻のシーンの美しさときたらもう、背筋ゾクものだぁぁぁ!モーリン・オハラといえば赤毛、モーリン・オハラといえば強気。やっぱ強気な赤毛は最高っすよ!!
ああっ、持参金にこだわったモーリン・オハラがその持参金を兄からもらうとあっさりと火の中に投げ込んで家に帰っていくところや、プロテスタントの幹部が視察に来たときに住民たちがその時だけプロテスタント教徒の振りをしたり、オープニングでの親切だが見知らぬ物を警戒して詮索好きなところとか書きたいとこはいっぱいあるが、それこそ本気で書いていったらノベライズになってしまうだろうし、原稿用紙2000枚のノベライズでも映画本編にはかなわないので、書かない。
言えるのはただ一言、「お前ら、こんな文章を読んでいる暇があったらとっとと観ろ」なのだ。
だまされたと思って観ろ。オレも「だまされたと思って観ろ」と言われて観て、だまされないどころかぞっこんだから。
コメント (1)
東森時音さん、こんばんわ。
トラックバックいただきました。「静かなる男」良いですね。
大好きでございます。
Posted by: samurai-kyousuke | 2006年05月30日 22:40
日時: : 2006年05月30日 22:40