
『わが谷は緑なりき』 (1941) HOW GREEN WAS MY VALLEY 118分 アメリカ
監督:ジョン・フォード 製作:ダリル・F・ザナック 原作:リチャード・リュウエリン 脚本:フィリップ・ダン 撮影:アーサー・C・ミラー 作曲:アルフレッド・ニューマン
出演:ウォルター・ピジョン、モーリン・オハラ、ドナルド・クリスプ、ロディ・マクドウォール、バリー・フィッツジェラルド、サラ・オールグッド、ジョン・ローダー、アンナ・リー、メエ・マーシュ、アン・E・トッド
・・・「私の名はジョン・フォード。西部劇を作っている」
ここで利用しているblogシステム「Movable Type 3.2」がRelease-2になったのでさっそくアップグレード作業を行った。まずは既存データのバックアップから始めるのが基本。メニューからデータを書き出したらテキストデータだけで3.4MBほどがあった。うむむ、フロッピーディスクには入らない。まぁ、もう何年もFDなんて使ってないが。
なんだかんだで1047エントリ。一行40文字表示にしたら65000行ほどあった。エントリごとの間に空白行や日付、タイトルなどで25行があるから、単純計算で65000-25×1027=39325行。一行40文字だから1,573,000文字。400字詰め原稿用紙で3932枚。なかなかな分量だ。
だが、これと同じだけの分量を使っても『わが谷は緑なりき』の魅力を伝えることはできない。オレに文章力がないせいもあるが、そもそも映画を言葉で表現しきることは本当に可能なのだろうか?
って、こんなことを言っているとリュミエール派みたいだが、オレはジョン・フォードの名は知っていても大学にはいるまではその名に大した意味は持っていなかった。
そんなオレや同期たちに、シネマ研究会のU谷先輩は学習会と称して視聴覚室に新入部員を連れ込んではあれこれと古い映画を観せた。
出席したオレたちの目の前に数週に一度のペースでプロジェクターで映し出されたのは
ニコラス・レイの『夜の人々』(1949)、アルフレッド・ヒッチコックの『見知らぬ乗客』(1951)、サミュエル・フラーの『最前線物語』(1980)、ロバート・アルドリッチの『特攻大作戦』(1967)、ラオール・ウォルシュの『ハイ・シェラ』(1941)、ジャン=リュック・ゴダールの『カルメンという名の女』(1983)、ハワード・ホークスの『赤ちゃん教育』(1938)、そしてジョン・フォードの『ドノヴァン珊瑚礁』などという今にして思えば錚々たる顔ぶれ。
当時は「なんでこんな古い映画を観されられなきゃいかんのだ」と思っていたが、3回目辺りから楽しくなっていって、そして、二年生になる頃には、古い映画も洋画も邦画も関係なく、興味を持ったら即観に行く映画野郎にバージョンアップしていた。
オレたちが入学してすぐにU谷先輩が撮った映画では、河原に座り込んだ主人公の横に謎の男O原氏が現れ「情報度が、情報度が」と繰り替え言う。最初は「ジョン・フォードが、ジョン・フォードが」だと言っているのに気付かなかった。映画について偉そうにあれこれ語ってはいるが、U谷先輩の学習会がなかったら「古い映画にも面白いのがあるんだ」「映画もちゃんと系統立てて数を観なきゃ駄目だな」ということに気付かないままだったろう。
学生時代にジョン・フォード作品もいくつか観たが、当時まだレンタルビデオが本格的に普及しだしたとはいえ、現在と比べてタイトル数は圧倒的に少なかった。これがまだ東京の学生だったらまだ残っていたはずの名画座で出会うこともあったかもしれないが、名古屋では事実上名画座は壊滅状態。
『わが谷は緑なりき』を観たいな~、観たいな~と熱望すること数年、就職で上京した東京の名画座で『わが谷は緑なりき』と『静かなる男』の二本立てで上映されているのを見つけてマッハ3.17で駆けつけた。ジョン・フォードのアイルランド作品特集といった企画なのだろう。
『静かなる男』はすでにビデオで観ていたが、スクリーンで観るとさらに面白かった。
そして『わが谷は緑なりき』は美しいアイルランドの風景の中(もっとも第二次世界大戦中のためロケではなくカリフォルニアに大セットを作って多くのシーンはそこで撮影されたそうだ)、ウェールズの貧しい大家族を主人公に、炭坑での仕事や労働争議、少年の成長などが描かれる。少年役を演じたロディ・マクドウォールは後に『フライトナイト』(1985~1988)シリーズで元B級恐怖映画のスターで現在は恐怖映画番組のホストを務める老人を演じていた。オレが観た順番が『フライトナイト』→『わが谷は緑なりき』だったので、えっあの爺さんはこんな可愛らしい少年だったのか、と驚いてしまった。
結局、就職で東京に2年間いた間に映画館で500本以上の作品を観ているんだよな。ああっ観たかったあの映画がなんてことはなしにやっていると週末どころか仕事をとっとと片付けて映画館に通っていたら、そりゃ人生も間違うわ。
オレが学生時代にあれほど切望した『わが谷は緑なりき』。こいつを学生時代に観ておくことが出来なかったのは今だに残念だと思っている。
その映画が今ではなんとDVDとして発売されていて気楽に買うことが出来るではないか。
売値は税込みで2,079円。映画館に映画を観に行った時よりもほんのちょっと高いが、映画館だとジュースが「なめとんのかぁ」と割高だったりするのでその分を差し引くと同じぐらいだろう。
オレがあれだけ観たくて「ぴあ」などを毎回隅々まで目を通してタイトルが載っていないか探した『わが谷は緑なりき』がたったの2,079円。
DVDは光学メディアだから丁寧に扱えば1万回ぐらいは観られるだろう。そうすると1回につき0.2円。くわっ、安すぎ。チロルチョコの欠片しか買えないぞ、そんな金額。
もしかすると10万回ぐらい大丈夫かもしれない。すると0.02円。もうデフレっすよデフレ。まぁ、メディアはもってもプレイヤーを何台か買い換えることになりそうだが。
とにかく『わが谷は緑なりき』は観とけ。依頼ではなく命令。
高校時代や大学に入ったばかりの頃はこんなことは思わなかった。「観たい作品を観ればいいじゃん」
うん、そうだ。オレもそう思う。それでもやっぱり、これは観ておくべきだというのはあるのだ。そういうのを経験することでより映画の階段を上がれるのかもしれない。
「西部劇の神様、ジョン・フォード」と呼ばれることがあるが、それは厳密ではない。
ジョン・フォードは「西部劇の神様」ではなく「映画の神様」だ。神様の作品をまったく観ていないのはやはり寂しい。
なんだかんだで『わが谷は緑なりき』の内容にはほとんど触れないまま終了。逃げたんじゃない、敵うはずもない相手からの戦略的撤退だ。