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『天国は待ってくれる』 オレだってたまには泣く、その25

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『天国は待ってくれる』 (1943) HEAVEN CAN WAIT 112分 アメリカ 1992/3/29鑑賞

監督:エルンスト・ルビッチ 製作:エルンスト・ルビッチ 原作:ラズロ・ブッス=フェテケ 脚本:サムソン・ラファエルソン 撮影:エドワード・クロンジャガー 音楽:アルフレッド・ニューマン
出演:ドン・アメチー、ジーン・ティアニー、チャールズ・コバーン、マージョリー・メイン、レアード・クリーガー

 1943年の作品だが日本初公開は遅れに遅れて1990年8月だったようだ。オレが観たのはさらにそれから2年が過ぎた1992年3月29日のこと。池袋にあった名画座というかいわゆる二番館での鑑賞で、同時上映が同じルビッチ監督作品『生きるべきか死ぬべきか』(1942)という豪華二本立てだった。『生きるべきか死ぬべきか』がメインで観に行き、もちろん『生きるべきか死ぬべきか』は「映画を観続ける人生を選んで良かった」と強く思わせる傑作だったが、『天国は待ってくれる』もなかなかに素晴らしかった。入れ替え制ではなかったので結局それぞれ2回ずつ観てそれだけで一日が終わったが、実に有意義な一日の過ごし方だった。

『天国は待ってくれる』でまず一番に語られるべきは、名匠エルンスト・ルビッチ初のカラー作品だということだろう。時代的に考えてテクニカラーで撮影されたのは間違いないと思うがこの色彩の美しさは初めてカラーに挑戦したとは思えず、さすがルビッチとうならせる。
 テクニカラーとは撮影時に一本のフィルムにカラー映像を記録するのではなく、カメラのレンズ後部にセットされたプリズムで同じ映像が三つに分けられ、特殊なフィルターによってそれぞれR(RED:赤)、G(GREEN:緑)、B(BLUE:青)の光線だけが別々に3本のフィルムに記憶される。そして現像したフィルムを処理・加工してカラーのポジフィルムを作成する方法だ。同人誌なので印刷物を作ったことがある人なら、4色印刷の版下作成をイメージしてもらえば近いかも知れない。あれは光の三原色RGBじゃなくて色の三原色+黒のCMYKそれぞれで4枚の版下を作り、それぞれの版下を一枚の紙にそれぞれの色で都合4回印刷することでカラーの図版になる、んだったはず。
 現在のカラー映画フィルムはスチールカメラと同じように1本のフィルムでカラーが撮影できるようになっている。フィルムの使用量は1/3で済むしカメラの構造もより単純になって小型化も容易だ。テクニカラーだとレンズから入った光を三等分するのでどうしても光量不足という問題がついて回るがその点のシビアさも減る。
 では、現在のカラー撮影の方がテクニカラーよりも絶対的に優れているかというと、これがそうでもないから難しい。RGBそれぞれに分けて撮影されたテクニカラーはその色の鮮やかさ、特に原色系の鮮やかさと色の深みでは現行のカラーフィルム以上と言っていいのだ。
 もちろん、テクニカラーというのは技術でしかないからテクニカラー=美しいではなくて、美しい作品もあるし、さして美しくもないのもあるが、極論を言ってしまえばテクニカラーの方がゴージャスで鮮やかな奥行きのある映像になっている。それと比べると現在の映画の映像はやはりくすんでいる。
 テクニカラーの美しさを知りたければ、ビデオレンタル屋に置いてある率が比較的高い『オズの魔法使』(1939)を観てみると良い。魔法の国「オズ」のシーンはテクニカラーで撮影されているが、その美しさには息をのむはずだ。黄色いレンガの道(イエロー・ブリック・ロード)の鮮やかなこと。ジュディ・ガーランドの頬の肌色が瑞々しい若々しさを感じさせてくれる。
『天国は待ってくれる』はその『オズの魔法使』以上の、カラー映画最高の美しさだとオレは思っている。あまり画面の構図だとか光線の具合、そして色の美しさという画像・映像的な部分はまだまだピンとこないオレだが、そんなオレが映画が始まってすぐにその映像の美しさだけでゾゾゾッと来てしまった。二番館での上映だからフィルムの状態もそれなりに劣化していただろがまるで関係なかった。極端なことを言えば映像の美しさだけで感動したのは『天国は待ってくれる』を映画館のスクリーンで観たこの時だけ。
 後にNHKBSかWOWOWで放映されたのを観たが、映写機からの投射と画面自体が発光する映像の表示方法からして違うためかブラウン管で観た『天国は待ってくれる』ではそれほど感動しなかった。だが、東京ですら名画座が壊滅状態で、さらに田舎在住ときては過去の作品をスクリーンで観る機会などほとんどないから、テレビ放映にしろDVDにしろ「観れるだけでもありがたや」なわけだが。

 死後の世界の入り口で死者を天国行きか地獄行きかを決める担当者(閻魔大王みたいなものだ)の元に一人の老人がやってくる。主人公であるその老人を演ずるのはドン・アメチーだ。ジョン・ランディス監督、ダン・エイクロイド、エディ・マーフィー主演の『大逆転』(1983)でダン・エイクロイドたちの立場を入れ替えて賭けをする二人の老富豪のうち丸顔な方がドン・アメチーだ。1908年生まれのドン・アメチーはまだ35歳のため登場時点ではメイクで老人に扮しているのだが、これが見事に後のドン・アメチーそっくりなので笑える。
 担当者からどんな人生だったか話しなさいと言われて主人公は自らの生涯を語り始める。これが清廉潔白とは言えない女好きな好色一代記的な人生だった。しかし、男には妻がいて浮気などで色々と苦労をかけたが、最後には妻に対する愛と妻が自分を愛していることを気付き幸せな時を過ごした。その妻に先立たれた後はまたもや女性遍歴を続けた主人公もついに死んでこうして死後の世界の入り口に立っていた。だから主人公はすでに自分は地獄行きだと覚悟を決めている。
 だが担当者は主人公に意外な言葉をかける。
 ここでようやくタイトルの『天国は待ってくれる(HEAVEN CAN WAIT)』の意味が分かる。

 このラストで感極まって涙がこぼれてしまった。
 たしかに『天国は待ってくれる』はルビッチにとってベストの作品ではない。ルビッチタッチと言われる語り口にも多少精彩を欠いたところがある。
 だがそれがどうしたというのだ。なんと言われようとルビッチだぞ。DVDソフトにすらなっていないのに無理な注文だが、せめてスクリーンで観てから文句を言え。あのテクニカラーの美しさだけで充分おつりがくるぞ。

2006/10/19 追記
2007/02公開で『天国は待ってくれる』という日本映画が公開になるらしい。
「この世で2人が過ごせるのは30日」だとかいうコピーが付いているので、リメイクではないようだ。

人間としてやっていいことと悪いことはある。
そしてこれはやってはいけないことだ。

原作が岡田惠和(幻冬舎刊)という人になっている。調べてみると映画やTVドラマの脚本家なようだ。
amazonで検索したら作品としてはヒットしなかったんで、小説なのかはちょっと不明だがおそらくこれから発売されるのだろう。
ということは原作段階でこのタイトルなのか?小説専門の人ならまだしも、映画の脚本をやってる人間がやっちゃ駄目だろ。恥を知れ、恥を。
映画関係者が『天国は待ってくれる』やルビッチを知らないはずがない。知っててやってるんだからたちが悪い。
マンガ家が未来からネコ型ロボットが来るわけでもない『ドラえもん』というマンガを描いたり、ミュージシャンが落ち込むなよでもなんでもない『ヘイ、ジュード』って曲を作ったりしないだろ。
パロディにもオマージュにもなっていない、単なるパクリなんだろ、こらっ。
それでも、出来た映画が面白ければ許されるのが映画の世界。オレも許す。
監督の土岐善將は新人のようだから判断がつかないが、でもつまんねーんだろうなぁ。馬鹿野郎、あの日のオレは上野の映画館で泣いたんだよ。めったに泣かないオレのその涙を踏みにじって後足で砂をかけやがるんだろうなぁ・・・
 ちなみに『天国から来たチャンピオン』(1978)の原題は同じく『HEAVEN CAN WAIT』なんだが、内容はまったく関係なく、『幽霊紐育を歩く』HERE COMES MR. JORDAN(1941)のリメイク。タイトルもそのままにしとけよ。まっ、しょせんウォーレン・ビーティだしな。嫌いなんだあいつ。

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コメント (3)

 ルビッチの「天国は待ってくれる」を見てハマり、偶然ここにたどりついて見ています。コツコツ書き溜められて、見ごたえがありますし、いろいろ参考になりました。

 えー、少し前にお笑いに関するブログを立ち上げ、書いています。

 元々僕はコアな音楽ファンで、オールジャンルで聴きまくっていますが、ジャズやソウルが入り口、最近は前衛とワールドミュージック(アフリカ、ブラジル、キューバ他々)とエレクトロニカが多い、といったかんじ。なのですが、映画でも音楽でも文学でも繋がりや文脈でたどってより広く楽しむ楽しみ方は当たり前なのに、お笑いファンにはそういう接しかたの距離感がウマクない人が異常に多いことを最近知りました。
 元々ネットで発信することに興味はなかったのですが、そこで普段僕が見ているものであらゆるお笑い関連の感想を書くブログを作りました。評論や紹介というより”隣の部屋で兄貴がいっぱい音楽聴いてて、いつのまにか自分もいろいろ聴くようになった”効果をねらって、実際に広く多様に楽しむライヴ感を出せたらな、と思っています。
 こちらのブログと似た志向性も感じて、勝手にコメントをさせていただきました。迷惑でしたらスミマセン。宣伝ですが、興味があったらのぞきに来ていただけるとウレシイです。

http://blog.livedoor.jp/no_go_tabi/
「天国は待ってくれる」
http://blog.livedoor.jp/no_go_tabi/archives/51351956.html

東森時音:

行かない旅さん

『行かない旅』のエントリをいくつか読ませていただきました。
夏目房之助氏の著書を取り上げた回に、著者ご本人からコメントを頂いているのが、昔からの夏目房之助ファンである私にはうらやましくてたまりません。
ルビッチ作品に関しては、いつかまとめて書きたいなとは思っているのですが、レンタルになっているのがごくわずかなので、読んでくれた方が興味を持ってくれても、観ることが難しいのでは意味がないなと、ついついそのままになっています。

お返事ありがとうございます。

ルビッチ、これから年を追うようにどんどん見てゆくつもりです。早速1924年の「結婚哲学」を見ました。サイレントだけどスゴかった。「極楽特急」(1932年)「生活の設計」(1933年)がすでにスタンバイ、楽しみ。

夏目氏のコメントはブログ立ち上げて初めてついたものだったので、驚き100倍でした。意外にお笑いだと同類のブログってのがほとんどないのでなかなか宣伝もできないし、こんな全然人がいないところに一体どうやって引っ掛かってきたのか…。
僕はむしろブログを見た人にウソっぽく思われるンじゃないか、と気になってるくらいで。
でも、ちょっと自慢も込みですが、実は夏目氏のコメント同日、7月25日分の夏目氏本人のブログであのエントリの紹介記事も載っけてもらってます、エヘヘ。

それでは今後もよろしくお願いします。そちらのブログも楽しみにしています。この前もセガールの「DENGEKI」がテレビでやっていて、ここで紹介されていたキッカケで見ましたヨ。テレビの映画なんてCMやら編集やらで今はまず見なくなったけど、まあセガールならいいかな、と(笑)。
B級なりに楽しめました。この前映画館にタランティーノとロドリゲスの「グラインド・ハウス(USA版)」って映画を見にいったんですが、あれを思い出しました。

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