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『生きる』 オレだってたまには泣く、その24

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『生きる』 (1952) 143分 日本
監督:黒澤明 製作:本木荘二郎 脚本:黒澤明、橋本忍、小国英雄 撮影:中井朝一 美術:松山崇 編集:岩下広一 音楽:早坂文雄
出演:志村喬、日守新一、田中春男、千秋実、小田切みき、左卜全、山田巳之助、藤原釜足

 中学時代に学校の講堂で『影武者』(1980)を観せられたオレにとって黒澤明とは予算や人は多く使っているが単に退屈な映画を撮る監督でしかなかった。
 高校時代にテレビで『生きる』が放映されているのをなんとなく観ていた。夜9時から映画劇場ではなく昼間の放映だった記憶がある。その日は家にいたのがオレ一人だったはず。でもって泣いた。

 志村喬演ずる市役所の課長が胃ガンに冒され余命わずかと宣告される。妻はすでに亡くしており同居している息子夫婦からも軽んじられている。色々あったあげくに課長は自らが生きた証として街の子供たちのために公園を作るべく尽力し、そして死ぬ。
 こういうことを言うと怒られるかも知れないが陳腐なストーリーだ。個人的には「だから?」という印象がぬぐえない。
 課長が雪の降る夜の公園でブランコに座りながら「いのち短し恋せよ乙女」を歌っているシーンは名シーンとして知られているが、なんというかオレとしてはシラけた。

 じゃあどこで泣いたのかというと、喫茶店の二階で課長が自分にはまだ出来ることがある、やるべきことがあると悟るシーンだ。席を立って駆け足気味で階段を下りていく課長と入れ違いで若い女性が入ってくる。彼女の誕生会なのだろう、先に席にいた友人たちが「ハッピーバースデー」の歌を歌い出す。この歌が死を間際にして課長が新しく生まれ変わったことを象徴していてつい泣いてしまった。
 このシーンの存在だけでオレは『生きる』を認める。というか、このシーンぐらいしか認めていない。いっそのことそのまま終わって欲しかったぐらいだ。続いて課長の通夜に場面は移って、訪れた弔問客の会話から課長が公園建設のために一心不乱に働いたことが語られるが、そんなことは喫茶店を出て行った時点で観客には分かっているはずだから蛇足と言ってしまってもいいだろう。
 もっとも、この時観たっきりで10数年前の記憶だから間違いもあるかも知れない。
 この「オレだってたまには泣く」シリーズでは各作品とも観返しや読み返しをしているが、『生きる』は観返してみたら泣けなかったになりそうな予感がちょっとしたのであえてしなかった。このまま高校時代の思い出のままとしておくことにする。

 その後、大学に入ってから『用心棒』(1961)や『椿三十郎』(1962)、『七人の侍』(1954)、『隠し砦の三悪人』(1958)などをリバイバルで観て面白がったり楽しんだりして、『夢』(1990)や『八月の狂詩曲』(1991)、『まあだだよ』(1993)を観て怒ったりした。
 『影武者』や『乱』(1985)も観直したが、やはり退屈なだけだった。
 前にもちょっと書いたが、黒澤明はB級映画監督として非凡な才能を持ちながら、A級映画監督になってしまったのが悲劇なのだろう。

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コメント (1)

Anonymous:

こんばんは。
大道芸観覧レポートという写真ブログをつくっています。
映画「生きる」もとりあげています。
よかったら、寄ってみてください。
http://blogs.yahoo.co.jp/kemukemu23611

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