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『浮き雲』 オレだってたまには泣く、その20

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『浮き雲』 (1996)  DRIFTING CLOUDS/KAUAS PILVET KARKAAVAT 96分 フィンランド
監督:アキ・カウリスマキ 製作:アキ・カウリスマキ 脚本:アキ・カウリスマキ 撮影:ティモ・サルミネン、エリヤ・ダンメリ 音楽:シェリー・フィッシャー
出演:カティ・オウティネン、カリ・ヴァーナネン、エリナ・サロ、サカリ・クオスマネン

 アキ・カウリスマキらしい淡々とした静かな作品。カウリスマキであってカルメン・マキではない。なんのこっちゃ。

 つつましやかに暮らすフィンランドの夫婦が、長年の夢であったレストラン開店に向けて様々な苦労をするといったお話。ハリウッド映画や日本映画(*)だとその苦労話が「これでもかぁぁ。これでもよぉぉ」とばかりに暑っ苦しく語られるのだろうが、カウリスマキの語り口はあくまでも静かだ。
 だからといって登場人物の感情が表現されていないわけではない。じっくり味わえば主人公だけではなく脇役までも心の中に秘めた熱い感情が見て取れるはずだ。
 そして常に登場人物を突き放している監督の視線が心地よい。それゆえにどんな不幸のどん底も一種のギャグになる。登場人物に入れ込まずに客観的に突き放して描くのはアキ・カウリスマキの作風において最も重要な点だろう。カウリスマキにとって、主人公が不幸の底の底まで落ちた『マッチ工場の少女』(1990)と、運に見放された主人公が自殺を計っても失敗続きでなかなか死ねないブラック・コメディ『コントラクト・キラー』(1990)は本質的に同じなのだ。
 だから、やっとのことでレストランをオープンしたのに閑古鳥が鳴いていて、それが何か特別な宣伝をしたわけでもないのに次第にお客が増えてきて最後は満員の盛況になる。夫婦は店の外へ出て、幸せを感じながら青い空を見上げているラストシーンは見た目ほど単純じゃない。まったく客が入らないまま閉店を余儀なくされて夫婦揃って首を吊るというラストが用意されていたとしてもカウリスマキの場合少しも不思議じゃないのだ。
 だからこそオレはこの作品のラストで泣いてしまうのだろう。感動とは少し違う、情感とでも言えばいいのであろうか、物語に役者の演技に、そしてなによりもカウリスマキの語り口に泣いているのだ。

*:これは「最近の日本映画」と言った方が正解に近いだろう。『浮き雲(DRIFTING CLOUDS)』というタイトルは成瀬巳喜男の『浮雲(英語タイトルはFLOATING CLOUDSだそうだ)』(1955)から取ったらしいし、アキ・カウリスマキ作品からは小津安二郎からの多大な影響が明らかに感じられる。成瀬の『浮雲』も話はベタなんだが圧倒的に美しい。それらの美しさや魅力はなぜ今の日本映画は作り出せないのだろうか?
 おそらく、昔の日本映画が優れていたのではなくて、小津や成瀬、溝口などの優れた映画監督がたまたま日本映画界にいただけなのだろう。ひょっとしたら「日本映画」という物は便宜上の言葉としてしか存在しないのかもしれない。

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コメント (2)

ネスカフェ:

おそらく小津作品などが描いていた「人生」
「日常」というような主題を描くことは、娯楽というものを追求してきた人間が手がけていたからこそ、面白く、かつ美しくなったのではないかと
思います。今じゃ、その二つの主題は娯楽映画もろくにつくれないような監督たちの自己顕示欲を満たすような主題にしかなっていないのが現状だと思います。

東森時音:

ネスカフェさんへ

アキ・カウリスマキについて語るには小津安二郎に触れないわけにはいかないので書きましたが、本当は小津についてはあまり書きたくないんですよね。
色々と怖い人がいるんですよ。いや、このサイトを見てケチをつけてくる人は別に怖くないですが、大学時代のサークルの先輩が何かの拍子で読みゃしないかと心配で。
「お前よぉ、なに偉そうに小津を語ってんだよ。10年早ええ」とか言ってきそうな人がいるんですよ。
でも学生時代にも10年早いと言われてましたが、考えてみればすでにそれから10年以上。語っても良いのかな?
まあ小津に関してはちゃんと観る前に先輩などから「すごいすごい」と色々聞いていて、いまだその先輩の意見から脱却できていないのは事実なのでなるべくノータッチ。
ただ、ドラマチックとは非日常だけではなく日常だって充分にドラマチックであるってのはありますね。

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