
『デッドゾーン』 (1983) THE DEAD ZONE 103分 カナダ
監督:デヴィッド・クローネンバーグ 製作:デブラ・ヒル 製作総指揮:ディノ・デ・ラウレンティス 原作:スティーヴン・キング 脚本:ジェフリー・ボーム 撮影:マーク・アーウィン 音楽:マイケル・ケイメン
出演:クリストファー・ウォーケン、ブルック・アダムス、マーティン・シーン、ニコラス・キャンベル、トム・スケリット
スティーヴン・キングの同名原作ももちろん面白いが、キング作品の映像化としてはこのクローネンバーグ監督による『デッドゾーン』がベストだと考えて映画の方を取り上げた。ちなみにキング映像化作品のオレ的次点は『地獄のデビルトラック』だ。
交通事故により昏睡状態に陥り、医者にも家族にも回復は不可能と思われていた男(クリストファー・ウォーケン)が5年の月日を経て目を覚ます。目覚めた彼は以前は持っていなかったある不思議な力を身につけていた。それは他人や物に触れることによって相手の過去や現在、そして未来が見える千里眼だった。
彼は事件を解決したり予知で人の命を救うが、その力は人々を感謝させるよりも彼を怖れさせることとなった。
そして男は家に閉じこもって外出もせず、世捨て人となってしまった。そんな彼がある野心的な政治家と握手したことで、その政治家が将来引き起こす災厄について知ってしまう。だが、そのことが分かるのは彼一人。人に言っても信用されるはずもない。そして男はある決断をするのだった。
原作では他のキング小説と密接に関わる事件があり、他の小説の主人公が端役で登場したりその事件が語られるいわゆるキングワールドが展開されるが(キングが生み出した最大のキャラクターとも言える架空の街キャッスル・ロックが登場する)、映画ではその辺りをばっさりとカットしている。文庫本で上下巻計700ページ以上を103分の映画にしているのだから使うシーンとカットするシーン、そして使いたいのだが様々な事情によりカットするシーンがあるのが当然だ。原作から映画にふさわしいシーンを選び出す点においてこの映画の脚本は実に優れている。
映画にとって原案は存在するが原作は存在しないというのが個人的考えだ。どれだけ忠実に映像化しても原作小説とは違う物になってしまうのだから、最初から原作は原作、映画は映画という考えで別物として作った方が良いだろう。
平凡な国語教師(アメリカが舞台なのでこの場合の国語とは英語のこと。アメリカ文学の古典『スリーピー・ホロウ』について授業で教えているシーンが冒頭にある)が交通事故によって5年という歳月を失ってしまう。男にとってそれ以上に大きいショックは、愛し合っていた恋人が自分の元を離れて他の男と結婚して子供まで産んでいたということ。
だが、それだけならばまた改めて人生の再スタートを切ることも出来ただろう。しかし、彼が身につけた千里眼の能力はその助けどころかむしろ妨げになってしまう。人を助ければ助けるほど人々から怖れられ疎まれる。そんな彼が、「自分にこの能力があるのは、近い将来に起こるこの災厄を防いで世界を救うためだったのだ」と気付くシーンで泣いてしまった。(『1+1=0 いちたすいちはれい』で主人公の石綿が心霊能力を持って生まれてきたことの意味を悟るシーンと少々似ている)勇壮な音楽が流れて盛り上がるシーンではなく、苦渋を噛みしめるクリストファー・ウォーケンのつらい表情が印象的だ。もしも他の人物が演じていたとしたら泣くほど心は打たれなかっただろう。キャスティングも見事だ。政治家役のマーティン・シーンも誠実そうな顔の裏に強い権力志向がにじみ出る好演をしている。マーティン・シーンはいくつものテレビシリーズで政治家役を演じているそうだ。『ホワイトハウス』(1999~)というシリーズでは大統領を演じて好評だとか。『デッドゾーン』を観た後だとなんかボタンを押しそうでちょっとイヤだ。
コメント (4)
この作品の素晴らしいというか、映画化に成功していると思うのは、映像ということを最大限に
活用したというところではないでしょうか。特に
ラストシーンで、何ページもわたる顛末を脳裏の映像として要約していたところにはさすがに
うなりました。
そういえば、「ニック・オブ・タイム」ではウォー
ケンは暗殺するほうだったのですが、ジョニー
デップにやらせたのは、子の映画の失敗が
あったせいなんでしょうね。
Posted by: ネスカフェ | 2005年10月05日 20:58
日時: : 2005年10月05日 20:58
ネスカフェさんへ
主人公の行動によって未来がどう変わったのかを短いフラッシュバックの積み重ねで見せる映画版のラストはダラダラ引き伸ばしていないのに余韻を感じさせて良い出来ですね。
手紙や委員会における証人とのやり取りが「問」「答」形式で読者には全容が見える小説版のラストもキングらしくて良いんですが、この良さは映像化が出来ない、正確には映像化すると意味が限りなく薄れてしまうので、思い切って変更した映画版はやはりセンスを感じさせます。
『ニック・オブ・タイム』のクリストファー・ウォーケンは考えすぎて自滅してましたね。
自分か手下にやらせりゃいーじゃんかって感じで。
先日の選挙で候補者応援のために街頭演説をした各党の党首の姿を見る限りでは、日本において政治家の狙撃というのは比較的容易そうです。狙撃用のライフルをどこで入手するのかってのがありますが。
わざわざバンの上という目立つところに立って演説するんだから狙ってくれってなもんですよ。実際には事前に近隣にあるビルの屋上をチェックしたり人員を配置したりしているんでしょう。
アメリカ映画だと上院議員が来るというだけで警備の準備で大騒ぎしてますね。日本の参議院議員と比べると発言権や立場などが上院議員の方が上なんでしょうか。その議員の実力次第?
Posted by: 東森時音 | 2005年10月05日 22:25
日時: : 2005年10月05日 22:25
最近スカパーAXNで『デッドゾーン』のTVシリーズを放送していたのでそちらは見ていましたが、映画版はまだ見てないです。TV版を見る限り、そんな重い物語には思えなかったのですが(サイコメトラー◎IJIみたいだった・・・)、映画版は雰囲気が違いそうで見てみたくなりました(^^)
Posted by: 梅吉 | 2005年10月05日 22:31
日時: : 2005年10月05日 22:31
梅吉さんへ
AXNのサイトでTVシリーズ版『デッドゾーン』について読んでみましたが、確かにこれだとサイコメトラーっぽいですね。何でネイティブアメリカンのシャーマンと友達になってんだよって感じで。
スタッフの詳細が見つからなかったので脚本がキングなのか他の人なのかは分かりませんが、キング自身が脚本を担当したTVシリーズでも自ら作品を暴走させていますから毎度のことでしょう。
原作だとキャッスル・ロックでの連続殺人に主人公が関わって犯人を逮捕するエピソードが下巻の前半を使って繰り広げられます。
映画だとこのエピソードはごく短く仕上がっていますが、TV版は千里眼の能力で事件を解決するというシチュエーションをさらに広げて展開させたようですね。
原作から映画にする上で不要な物を削っていった映画版と、TVにする上で見せ場として必要な物を付け加えていったTV版といったところでしょうか。
映画版は全編を通して重苦しさに支配されているのですが、ラストにそれが取り除かれて、その心理的な隙をつかれて泣いてしまいます。
原作キング、監督デヴィッド・クローネンバーグという組み合わせですが、ホラー色やグロテスクなシーンはほとんどなく、そういったのが苦手な人にもお勧めです。
クリストファー・ウォーケンが渋くて情けなくてそしてカッコいいですよ。
Posted by: 東森時音 | 2005年10月06日 23:46
日時: : 2005年10月06日 23:46