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2005年10月 アーカイブ

2005年10月01日

『星の王子さま-サン=テグジュペリ』 オレだってたまには泣く、その16

『星の王子さま』 サン=テグジュペリ 岩波書店

 小説編のために引っ張り出した資料本を本棚に戻している最中に、並んでいる本の中で明らかに浮いている一冊があった。それがこの『星の王子さま』だ。よりによってコリン・ウィルソンと並べとくことはないだろうに。あっ、そういう配置にしたのはオレか。
 別に深い意味があるわけではなく、この本はハードカバーなのでサイズが同じ本同士で揃えただけ。

 2,3年前のことですら大まかにしか憶えていないオレにとって、『星の王子さま』を始めて読んだ小学校3年生かひょっとしたら2年生の時分の出来事など、ティラノサウルスが大地を闊歩していた白亜紀とさして違いがない。
 だが、話の語り手である「ぼく」と「王子さま」の別れが近づいたシーンでその別れを予感して泣いてしまったことはかろうじて憶えている。さすがに今読み返してみても泣けなかったが大昔のオレは泣いた。そんな時代もあったのだ。

 最近では版権が終了したとかで他の出版社から新訳版も出ているがそちらは読んでいない。岩波書店の内藤濯翻訳版では1ページ目からいきなり「ウワバミ」という単語が出てきて、これに「大きなヘビ」とも何とも注釈がないために意味が分からなくて面食らってしまった。「ウワバミ?・・・校舎の中で履くヤツか。それはウワバキだな」と当時思ったのを憶えている。うむむ、基本的にオレってヤツは進歩してないな。
 山猫か何かを飲み込もうとしているウワバミの挿絵があるのだが、ヘビというよりも謎の怪奇生命体にしか見えない。新訳版での表記はどうなっているのだろうか。内藤訳版で満足しているので今さら他の翻訳で読む気はないがそれだけはいずれ確認しておきたい。

 子供の頃、母親が家の一室を利用して家庭文庫を開いていた。近所の子供を対象とした小型の私設図書館だと思ってもらえばさほど間違いはないだろう。
 そのおかげで、小学校に入る前から読む本がまわりに溢れかえっていた。『星の王子さま』もその中の一冊。小学校高学年ぐらいの子供に人気があって、何度もページが開かれたため痛んできたのを図書用テープで補修してあった。
 今手元にあるのは大学時代になんとなく買ったもの。何で買う気になったのは2,3年前のことですら大まかにしか憶えていないオレにとって、もはや思い出そうとしても思い出せやしない。

2005年10月02日

『インデペンデンス・デイ』 オレだってたまには泣く、その17

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『インデペンデンス・デイ』(1996) INDEPENDENCE DAY(ID4)145分 アメリカ
監督:ローランド・エメリッヒ 製作:ディーン・デヴリン 製作総指揮:ローランド・エメリッヒ、ウテ・エメリッヒ、ウィリアム・フェイ 脚本:ディーン・デヴリン、ローランド・エメリッヒ 撮影:カール・ウォルター・リンデンローブ 視覚効果:ヴォルカー・エンジェル、ダグラス・スミス 編集:デヴィッド・ブレナー 音楽:デヴィッド・アーノルド
出演:ジェフ・ゴールドブラム、ウィル・スミス、ビル・プルマン、メアリー・マクドネル、ジャド・ハーシュ、ロバート・ロジア、ランディ・クエイド

『オレだってたまには泣く 映画編』をどの作品でスタートするかはさんざん迷った。オレにとってのホームグラウンドはやはり映画なので、コミックや小説について書くときよりも肩に力が入ろうと言うものだ。いかにもな名作というのも芸がないし、かといって変化球過ぎるのも狙っているようで嫌だ。
 で、考えたあげくが『インデペンデンス・デイ』だ。
 何故?何故に?とは自分でも思うが、映画館で『インデペンデンス・デイ』を観たときに本当に泣いたのは事実。その後も観る度に泣いているのは事実。いつかは書かなければならないのならば、いっそのこと面倒くさいことは最初に片付けてしまう。おそらくはそんな理由だ。

『インデペンデンス・デイ』自体はところどころにバカ映画を感じさせつつもアホ映画にしかなっていない。まあ、不真面目に観ると楽しいが作品としての評価は高くないだろう。
 オレにとって基本的にどうでもいい作品なのだが、DVDまで買ってしまったのはある登場人物が様々なことにケリをつけるシーンのためだ。
 その人物とはベトナム戦争帰りの元空軍パイロットのラッセル・ケイス(ランディ・クエイド)だ。連れ子を持つ女性と結婚したがどうやら死別したらしく、義理の息子と娘、そして実の息子1人の父親である。現在は赤いレプシロ機で農薬散布の仕事などをやっているがアルコール依存症(アル中)を患っているようだ。
 ラッセル・ケイスは「宇宙人に誘拐(アブダクション)された」と主張している。周りの人間やマスコミは頭のおかしくなった男の妄言としか思っていなかったが、ある日地球に飛来した何隻もの巨大な宇宙船が人類に攻撃を仕掛けた。こうして宇宙からの侵略者と人類の絶望的とも思える戦いが始まったのである。

 ラスト近く、人類はある手段で宇宙人が船体に張り巡らせたバリヤーを短時間の間だけ無効にすることに成功し、ミサイルなどの物理攻撃が通用するようになる。円形をした巨大な宇宙船の底部にある破壊光線発射口が開く。ラッセル・ケイスはそこにミサイルを撃ち込もうとするが故障のためミサイルが不発。コックピットに挟んだ子供たちの写真を見たケイスはある決心をし、管制官へ子供たちに愛していたとの伝言を頼む。
 ここまでは「ああ、またかぁ」とオレはシラケきっていた。またぞろ安易な「自己犠牲」の出番ですか。ちょっとは工夫しろよ、とっくの昔に厭きてるっつーの。
 ところが、ケイスがヘルメットからエアマスクをもぎ取ったところから状況は一変する。マスクを外すと同時にケイスにとって子供たちのこともアメリカのことも人類のこともどこかに行ってしまう。ただ存在するのは自分の人生をメチャメチャにした宇宙人と自分だけ。
 宇宙人から借りを返してもらうため(paybackとのセリフがある)、ケイスは宇宙船へと乗り込んでいく。それは「命がけの特攻」などではなく、以前連れ去られた場所へと戻っていくだけ。(「Hello,boys! I'm back!」とのセリフあり)
 命を捨てるとかはもうどっかへ飛んでいってしまって、単に片を付けることしかもう頭にない。このアル中飛行機オヤジの自分勝手さに毎回泣いてしまうのだ。
 賭けても良いが、ケイスの頭の中には最後には自分のことだけで、子供のことも人類のこともないだろう。

 宇宙人はロズウェル事件などで以前から地球に目を付けて偵察隊を送り込んでいたということになっている。しかし、ラッセル・ケイスはその偵察隊にアブダクションされてはいないのかもしれない。
 ベトナム戦争で傷つき、負けた戦争ゆえに故郷に帰っても英雄どころかランボー(1作目)のような扱いを受け、愛し合って結婚した女性も死んでしまった。そんな彼が「俺の人生はこんなんじゃない。本当はもっと素晴らしいはずだ」というジレンマから逃避する手段として、宇宙人に誘拐されたという妄想を頭の中に作り出したのではないだろうか。その逆恨みの矛先にされたのでは宇宙人もたまったものではないだろうが、連中の狙いは人類滅亡・地球搾取だったので別に同情の必要はないだろう。
 本当のところはエメリッヒにでも聞かないと分からないが、映画を観てオレが感じた意見はそれだ。そしてその考えの方がオレとしては燃える。
 とにかく、ラッセル・ケイスの行動は特攻などではないし、ましてや自己犠牲ではないというのが個人的結論だ。

2005年10月04日

『アメリカの友人』 オレだってたまには泣く、その18

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『アメリカの友人』 (1977) DER AMERIKANISCHE FREUND 126分 西ドイツ・フランス
監督:ヴィム・ヴェンダース、製作:ミヒャエル・ヴィーデルマン、原作:パトリシア・ハイスミス 脚本:ヴィム・ヴェンダース 撮影:ロビー・ミューラー 音楽:ユルゲン・クニーパー
出演:デニス・ホッパー、ブルーノ・ガンツ、ジェラール・ブラン、ダニエル・シュミット、ニコラス・レイ、サミュエル・フラー

 制作されたのは1977年の作品だが、1987年の中頃にリバイバル公開された。当時、大学のシネマ研究会の1年生だったオレは、先輩たちが「『アメリカの友人』は面白いな」「すごいな、あれは」という話を耳にはさんで取りあえず映画館に向かった。ヴェンダースって誰?デニス・ホッパーは知ってるけど、ブルーノ・ガンツって誰?ロボコンの先生?それはガンツ先生か。
 今みたいにネットでちょちょちょいのちょいと調べることが出来ない時代だったので、先輩たちが話していた評価だけを材料に観に行った。オレもその頃はフットワークが軽かったのだ。
 さして下調べをしていなかったので、10年前の作品だとは知らず、映画が終わるまで最近の作品だとばかり思っていた。実際、古さを感じさせない画面だ。今にして思えば、「ブルーノ・ガンツ若いっ!」なのだがブルーノ・ガンツを知らなければ意味がない。デニス・ホッパーはあまり老けない人なので製作年度の参考にはならないし。
 冒頭でいきなり贋作画家として登場するのが傑作『夜の人々』や『大砂塵』のニコラ・レイで、結構セリフもあるのだがそれもちゃんとこなしていて味のある老人役を演じている。
 名監督の特別出演としては、主人公たちが狙う犯罪組織のボスを演ずるのがサミュエル・フラー。セリフはまったくなく(確か一言もしゃべらなかった記憶があるが間違いかも)、ただその存在感で画面を圧倒してくれる。白髪がカッコいい。他にはダニエル・シュミットも出ているようだが、どこでどの役かは不明。というより顔を知らん。

 映画はパトリシア・ハイスミス原作の映画化で、『太陽がいっぱい』や再映画化の『リプリー』の主人公トム・リプリーシリーズの一作になる。パトリシア・ハイスミスは同じ主人公によるシリーズ物が好きではなく、ただ一つの例外がこのトム・リプリーシリーズだそうだ。
『アメリカの友人』でトム・リプリーを演ずるのはカウボーイ・ハットをかぶったデニス・ホッパー。原作も 翻訳版で出版されているが、こちらだとあくまでもトム・リプリーが主人公。
 映画は原作通りではなく原案レベルに止めて、リプリーがオークションに出した贋作を偽物だと見抜いた額縁職人のヨナタンに焦点を当て、彼を主人公にしている。
 人を殺したことなど無い、それどころか前科もない殺し屋を捜していたリプリーは、白血病を患っているヨナタンに、このままでは死期が近いので高度な医療を受ける必要がある。そのためには大金が必要だが、ある男を殺してくれたら大金と与えさらに最高の医者を紹介しようと持ちかける。
 悩んだ末に(悪党側いわく)簡単な仕事を片付けたヨナタンは泥沼にはまっていく。リプリーとヨナタンはお互いに奇妙な友情を感じあっていたため、リプリーは彼を救おうとするが、すでに動き出した歯車は簡単には止まらなかった。

 ハリウッド映画ともフランス映画とも違うこの西ドイツ映画は淡々と、ひたすら淡々と進んでいく。列車での殺害シーンがスリリングではあるが、それもこの映画の静けさを乱すほどではない。

 終盤近くの、走行中の赤いフォルックスワーゲンビートル(旧型)の中でヨナタンとその妻が会話するシーンでなく。ヨナタンは間近に迫った死から逃れられないことを感じつつも嘆き悲しむでもなく喚き叫ぶでもなく、ただひたすらに静かだ。ヨナタンが殺しという仕事に手を染めたのも、自らを延命するよりも妻と子供のためだった。
 実に美しく、そして悲しい。

2005年10月05日

『デッドゾーン』 オレだってたまには泣く、その19

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『デッドゾーン』 (1983) THE DEAD ZONE 103分 カナダ
監督:デヴィッド・クローネンバーグ 製作:デブラ・ヒル 製作総指揮:ディノ・デ・ラウレンティス 原作:スティーヴン・キング 脚本:ジェフリー・ボーム 撮影:マーク・アーウィン 音楽:マイケル・ケイメン
出演:クリストファー・ウォーケン、ブルック・アダムス、マーティン・シーン、ニコラス・キャンベル、トム・スケリット

 スティーヴン・キングの同名原作ももちろん面白いが、キング作品の映像化としてはこのクローネンバーグ監督による『デッドゾーン』がベストだと考えて映画の方を取り上げた。ちなみにキング映像化作品のオレ的次点は『地獄のデビルトラック』だ。

 交通事故により昏睡状態に陥り、医者にも家族にも回復は不可能と思われていた男(クリストファー・ウォーケン)が5年の月日を経て目を覚ます。目覚めた彼は以前は持っていなかったある不思議な力を身につけていた。それは他人や物に触れることによって相手の過去や現在、そして未来が見える千里眼だった。
 彼は事件を解決したり予知で人の命を救うが、その力は人々を感謝させるよりも彼を怖れさせることとなった。
 そして男は家に閉じこもって外出もせず、世捨て人となってしまった。そんな彼がある野心的な政治家と握手したことで、その政治家が将来引き起こす災厄について知ってしまう。だが、そのことが分かるのは彼一人。人に言っても信用されるはずもない。そして男はある決断をするのだった。

 原作では他のキング小説と密接に関わる事件があり、他の小説の主人公が端役で登場したりその事件が語られるいわゆるキングワールドが展開されるが(キングが生み出した最大のキャラクターとも言える架空の街キャッスル・ロックが登場する)、映画ではその辺りをばっさりとカットしている。文庫本で上下巻計700ページ以上を103分の映画にしているのだから使うシーンとカットするシーン、そして使いたいのだが様々な事情によりカットするシーンがあるのが当然だ。原作から映画にふさわしいシーンを選び出す点においてこの映画の脚本は実に優れている。
 映画にとって原案は存在するが原作は存在しないというのが個人的考えだ。どれだけ忠実に映像化しても原作小説とは違う物になってしまうのだから、最初から原作は原作、映画は映画という考えで別物として作った方が良いだろう。

 平凡な国語教師(アメリカが舞台なのでこの場合の国語とは英語のこと。アメリカ文学の古典『スリーピー・ホロウ』について授業で教えているシーンが冒頭にある)が交通事故によって5年という歳月を失ってしまう。男にとってそれ以上に大きいショックは、愛し合っていた恋人が自分の元を離れて他の男と結婚して子供まで産んでいたということ。
 だが、それだけならばまた改めて人生の再スタートを切ることも出来ただろう。しかし、彼が身につけた千里眼の能力はその助けどころかむしろ妨げになってしまう。人を助ければ助けるほど人々から怖れられ疎まれる。そんな彼が、「自分にこの能力があるのは、近い将来に起こるこの災厄を防いで世界を救うためだったのだ」と気付くシーンで泣いてしまった。(『1+1=0 いちたすいちはれい』で主人公の石綿が心霊能力を持って生まれてきたことの意味を悟るシーンと少々似ている)勇壮な音楽が流れて盛り上がるシーンではなく、苦渋を噛みしめるクリストファー・ウォーケンのつらい表情が印象的だ。もしも他の人物が演じていたとしたら泣くほど心は打たれなかっただろう。キャスティングも見事だ。政治家役のマーティン・シーンも誠実そうな顔の裏に強い権力志向がにじみ出る好演をしている。マーティン・シーンはいくつものテレビシリーズで政治家役を演じているそうだ。『ホワイトハウス』(1999~)というシリーズでは大統領を演じて好評だとか。『デッドゾーン』を観た後だとなんかボタンを押しそうでちょっとイヤだ。

2005年10月06日

『浮き雲』 オレだってたまには泣く、その20

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『浮き雲』 (1996)  DRIFTING CLOUDS/KAUAS PILVET KARKAAVAT 96分 フィンランド
監督:アキ・カウリスマキ 製作:アキ・カウリスマキ 脚本:アキ・カウリスマキ 撮影:ティモ・サルミネン、エリヤ・ダンメリ 音楽:シェリー・フィッシャー
出演:カティ・オウティネン、カリ・ヴァーナネン、エリナ・サロ、サカリ・クオスマネン

 アキ・カウリスマキらしい淡々とした静かな作品。カウリスマキであってカルメン・マキではない。なんのこっちゃ。

 つつましやかに暮らすフィンランドの夫婦が、長年の夢であったレストラン開店に向けて様々な苦労をするといったお話。ハリウッド映画や日本映画(*)だとその苦労話が「これでもかぁぁ。これでもよぉぉ」とばかりに暑っ苦しく語られるのだろうが、カウリスマキの語り口はあくまでも静かだ。
 だからといって登場人物の感情が表現されていないわけではない。じっくり味わえば主人公だけではなく脇役までも心の中に秘めた熱い感情が見て取れるはずだ。
 そして常に登場人物を突き放している監督の視線が心地よい。それゆえにどんな不幸のどん底も一種のギャグになる。登場人物に入れ込まずに客観的に突き放して描くのはアキ・カウリスマキの作風において最も重要な点だろう。カウリスマキにとって、主人公が不幸の底の底まで落ちた『マッチ工場の少女』(1990)と、運に見放された主人公が自殺を計っても失敗続きでなかなか死ねないブラック・コメディ『コントラクト・キラー』(1990)は本質的に同じなのだ。
 だから、やっとのことでレストランをオープンしたのに閑古鳥が鳴いていて、それが何か特別な宣伝をしたわけでもないのに次第にお客が増えてきて最後は満員の盛況になる。夫婦は店の外へ出て、幸せを感じながら青い空を見上げているラストシーンは見た目ほど単純じゃない。まったく客が入らないまま閉店を余儀なくされて夫婦揃って首を吊るというラストが用意されていたとしてもカウリスマキの場合少しも不思議じゃないのだ。
 だからこそオレはこの作品のラストで泣いてしまうのだろう。感動とは少し違う、情感とでも言えばいいのであろうか、物語に役者の演技に、そしてなによりもカウリスマキの語り口に泣いているのだ。

*:これは「最近の日本映画」と言った方が正解に近いだろう。『浮き雲(DRIFTING CLOUDS)』というタイトルは成瀬巳喜男の『浮雲(英語タイトルはFLOATING CLOUDSだそうだ)』(1955)から取ったらしいし、アキ・カウリスマキ作品からは小津安二郎からの多大な影響が明らかに感じられる。成瀬の『浮雲』も話はベタなんだが圧倒的に美しい。それらの美しさや魅力はなぜ今の日本映画は作り出せないのだろうか?
 おそらく、昔の日本映画が優れていたのではなくて、小津や成瀬、溝口などの優れた映画監督がたまたま日本映画界にいただけなのだろう。ひょっとしたら「日本映画」という物は便宜上の言葉としてしか存在しないのかもしれない。

2005年10月07日

『バニシング・ポイント』 オレだってたまには泣く、その21

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『バニシング・ポイント』 (1971) VANISHING POINT 106分 アメリカ
監督:リチャード・C・サラフィアン 製作:ノーマン・スペンサー 製作総指揮:マイケル・ピアソン 原案:マルコム・ハート 脚本:ギレルモ・ケイン 撮影:ジョン・A・アロンゾ 音楽監修:ジミー・ボーウェン
出演:バリー・ニューマン、クリーヴォン・リトル、ディーン・ジャガー、ポール・コスロ、ボブ・ドナー、ティモシー・スコット

 その昔、テレビの洋画劇場、それもゴールデンタイムではなく平日の昼間や深夜枠で年に一度は放映されていた定番作品。
 主人公コワルスキーは車の運び屋を職業にしている。ダッヂチャレンジャーをデンバーからサンフランシスコまで届ける仕事を受けた時に、15時間でサンフランシスコまで走りきれるかというちょっとした賭けを麻薬のディーラー相手にする。デンバーといえばアメリカ中西部にあるコロラド州の街。地図で調べてみると直線距離でおよそ1500km。こんなシチュエーションの映画を『キャノンボール1、2』や『激走!5000キロ』が大好きなガキだったオレが観ないはずがない。で、観終わった後は「?」マークが頭の上に浮かんでいた。『バニシング・ポイント』を面白く感じるようになったのは大学生になってからだった。

 オープニングの荒野の中を真っ直ぐに道路が伸びていて、そこですれ違った2台の車がストップモーションになり片方がゆっくりを消えていく。このシーンですでに泣きが入る。
 ダッヂを操って西部の道をひたすら走る内にスピード違反などで警察に追われ、ラジオ番組やテレビで取り上げられ、コワルスキーはちょっとした有名人になる。だがコワルスキーは何も語らない。ただ走るだけ。
 走り続けるコワルスキーの過去が回想シーンとして画面に登場する。その昔、車やバイクのプロレーサーだったこと、警官だった時期もあること、愛し合った恋人がいたこと、そしてベトナム戦争の勇士だったこと。そう、この作品はなによりもベトナム帰還兵映画なのだ。
 人生を失い行き場を失った男が目指すのはバニシング・ポイント、消失点だった。それは自殺に似ているが厳密には自殺とは違う。コワルスキーは死んでしまいたいとうよりも自分の人生と自分という存在を消したいのだろう。生きていることに意味が感じられないのならばそのまま消えてしまおう。そんな思いではないだろうか。
 いや。いやそれも違う。コワルスキーは単に走り続けたかっただけだろう。もしも道路が封鎖されずにサンフランシスコまで到達して、さらに太平洋を突っ切って道が伸び続けていれば、そしてどれだけ走っても燃料切れにならない魔法のガソリンタンクが搭載されていたら、コワルスキーとドッヂはどこまでも走り続けたに違いない。

 ブルドーザーなどで封鎖された道路とそれを目にしてもスピードを弛めないドッヂ。前を真っ直ぐに見つめるコワルスキー。もはや行き場のなくなった男が己に対しての決着の付け方にオレは泣く。

 砂漠で毒蛇を捕まえている老人、アメリカンバイク乗りとヌードのバイク娘などコワルスキーと関わる脇役たちがまた良い。登場シーンは少ないがその言動などが印象に残る。中でも盲目の黒人ラジオDJスーパーソウルは素晴らしいキャラクターだ。コワルスキーとは一度たりとも顔を合わせず、ラジオ放送を通じてスーパーソウルがコワルスキーに語りかけているだけなのだがそこに明らかな心の通じ合いが感じられる。

 批評や分類ではニューシネマとなっていることが多いが、1971年という製作年度や粗筋だけしか見ていないのではないだろうか。
 ニューシネマについてはいずれ書くこともあるだろうが、基本的にニューシネマとはハリウッド映画が迎えた反抗期にすぎない。それも金持ちで社会的地位もある名家のボンボンがいたとする。小学校の頃からいつも学級委員をやっていて勉強も出来る、そんなボンボンが中学校の上級学年か高校に入った辺りで社会や人生に疑問を感じてロックを聴いたり妙に小難しい本を読み始める。それでいてご飯はちゃんと家に帰って母親に作ってもらった物を食べ、CDや本を買うお金は親からもらったお小遣い。そんな居心地の良い場所を手放さずに安全圏に身を置いたままという虫の良い反抗期だ。
 ニューシネマといいながらハリウッド映画に保護された範疇で映画の革命を起こそうとしているのだから甘ったれにも程がある。だからこそ本当の意味でのアメリカン・ニューシネマは、ジョン・カサヴェテスがハリウッドという土地と資本を飛び出してニューヨークで撮った「ニューヨーク・インディペンデンス映画」が始まりとなるだろう。

 回想シーンの中でもコワルスキーは決して恨み言や不平不満、グチを口にしない。
 その点からも、この作品が「アメリカン・ニューシネマ」などではないことが分かる。
 アメリカン・ニューシネマとは『俺たちに明日はない』(1967)や『卒業』(1967)などの「うだうだぐだぐだとグチばっかり」な一連の玉なし映画のことであって、『ワイルド・バンチ』(1968)がアメリカン・ニューシネマではないのと同じく『バニシング・ポイント』も断じてアメリカン・ニューシネマなどではない。
 あえて言うなら男の映画だ。

2005年10月08日

『狼/男たちの挽歌・最終章』 オレだってたまには泣く、その22

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『狼/男たちの挽歌・最終章』 (1989) 喋地雙雄/THE KILLER 111分 香港
監督:ジョン・ウー 製作:ツイ・ハーク 脚本:ジョン・ウー 撮影:ウォン・ウィンハン、ピーター・パオ 音楽:ローウェル・ロー
出演:チョウ・ユンファ、ダニー・リー、サリー・イップ、ケネス・タン、チュウ・コン

 一流の殺し屋が殺しの現場に居合わせた女性歌手をかばいながら拳銃を発砲するが、彼女の顔が銃口近くにあったために目を傷つけて視力をほとんど失い失明状態になってしまう。
 彼女を影から見守っていた殺し屋は、チンピラがバッグを引ったくろうとしたところを助けたことで彼女と会話を交わすようになり、二人は次第に近づいていく。
 そんな殺し屋と歌姫の美しく悲しい愛の物語だ。

 港でボートレースが開催され、来賓として出席した要人を殺し屋が狙う。要人といっても裏ではあくどいことをしている影のボスだ。その要人を警護するのが腕利きだが独自先行とやり過ぎで警察上層部からの受けが悪い刑事だ。要人を狙撃して逃走した殺し屋を刑事は追いかけ、一度は追いつめる物の取り逃がしてしまう。刑事は執念で殺し屋を追い続ける。
 そんな殺し屋と刑事の奇妙で熱い絆の物語だ。

 殺し屋と刑事はそれぞれ相手のことを認め合ったプロ同士だ。
刑事「一緒に戦ったが君の名字も知らん」
殺し屋「友達に名前が必要か?」
の会話が泣ける(予告編がたしかこうだった)。
 ただし、現行のGeneon版DVDだと字幕が違っていて今一つ。英語なら繰り返し再生してなんとかヒヤリングもできるが広東語では手も足も出ない。どちらが正解なのだろうか。

 脚本段階では刑事も歌姫のことを好きになって三角関係の物語だったそうだ。しかし、歌姫役のサリー・イップのスケジュールが充分に取れなかったために映画のストーリーになったらしい。サリー・イップの都合が付かなかったのは偶然だが、そのアクシデントを活かしてより素晴らしいストーリーにしてしまうところにジョン・ウーのすごさと当時の香港映画の柔軟性を感じる。
 殺し屋と歌姫の愛、そして殺し屋と刑事の絆。これだけでかなりお腹一杯なのにさらに三角関係まであったとしたら映画としても観客も消化しきれない。

 犯罪組織のボスに歌姫を人質に取られてのにらみ合い。
 刑事が殺し屋に「忘れるな、友達はいつも後ろにいる」と告げる辺りで泣いてしまう。
 ラストの銃撃戦が改修中の教会で繰り広げられるという舞台設定、砕け散るマリア像、飛び交う白い鳩。その後ジョン・ウーのトレードマークとして記号化されてしまった白い鳩だがこの作品では演出上有用な意味を持っている。
 暑苦しいのは嫌いだがジョン・ウーの暑苦しさは何故か好きだ。チョウ・ユンファやダニー・リーがうぉぉぉと叫ぶのも好きだ。

 ジョン・ウー作品ではこの『狼/男たちの挽歌・最終章』がオレとしてはベストだ。ちなみに『ハードボイルド/新・男たちの挽歌』もベスト。ベストなのに2本あるが気にするな。

 最初のDVDはカルチャー・パブリッシャーから発売されていたがこれが画質がかなり悪い。後にGeneonから発売されて画質はかなり改善されたのだが、かわりにカルチャー・パブリッシャー版に収録されていた日本語吹替音声がなくなってしまった。広東語音声もこもったようなすっきりしない音になっている。画質でプラス、音質でマイナス。
 現状で一番良い鑑賞方法はDVDプレイヤーを2台用意して、Geneon版の画面を再生しながらもう一台でカルチャー・パブリッシャー版の音声を流すことだろうか。
 そういえば國村隼が『ハードボイルド/新・男たちの挽歌』に出演したときにもらったんだっていってジョン・ウーのサイン入り『狼/男たちの挽歌・最終章』のレーザーディスクを薬丸に見せびらかしてたな。マスター次第だろうけどLDの画質・音質はどうなんだろうか。ラストの銃撃戦はやっぱ迫力のある良い音で観たいよなぁ。まあ今さらLDのハードやソフトに手を出す気はないんで、DVDはもう現行のままだろうから、ブルーレイディスクなりHDDVDでソフト化されるのを待つか。

2005年10月11日

『センチメンタル・アドベンチャー』 オレだってたまには泣く、その23

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『センチメンタル・アドベンチャー』 (1982) HONKYTONK MAN 123分 アメリカ

監督:クリント・イーストウッド 製作:クリント・イーストウッド 原作:クランシー・カーライル 脚本:クランシー・カーライル 撮影:ブルース・サーティース 音楽:スティーヴ・ドーフ
出演:クリント・イーストウッド、カイル・イーストウッド、ジョン・マッキンタイア、ヴァーナ・ブルーム、マット・クラーク

 この文章を書くために『センチメンタル・アドベンチャー』を観直して気持ちがへこんだ。そこから復活するまで3日を要した。
 つらいよね、切ないよね、心の奥底を打ちのめされるよね。美しい映画だが鬱が入ってるときに観る作品ではないな。

 時は大恐慌時代のアメリカ。とある西部の農家に砂埃を巻き上げる強風が吹いてくる。そしてその風とともに自動車に乗って現れるのが各地を転々としながら流しのカントリー歌手(HONKYTONK MAN)として生きているレッドだ。このオープニングですでに背筋がゾクゾクしてくる。
 テネシー州にあるカントリー&ウエスタンの聖地ナッシュビルで開催される音楽の祭典「グランド・オールド・オープリー」のオーディションから声がかかったレッドは旅費を無心するために姉夫婦の元を訪れたのだ。
 肺を病んで調子の悪そうなレッドを心配した姉は息子の少年ホスを運転手も兼ねて同行させることにする。さらに姉夫婦の夫側の父親、つまりホスの祖父が「テネシーに戻って向こうで死にたい」と言い出したため3人を乗せた車はナッシュビルに向かって走り出す。

『センチメンタル・アドベンチャー』という甘甘なタイトルが付いているが、原題は『HONKYTONK MAN』だ。作中の歌詞では「しがない流し」と翻訳されている。Rolling Stonesに『HONKYTONK WOMEN』という1969年のヒット曲がある。タイトルを決める際にまったく無関係だったということもないだろう。何らかの影響はあったに違いない。『センチメンタル・アドベンチャー』には脚本も手がけたクランシー・カーライルの原作があるが、こちらもタイトルは『HONKYTONK MAN』なんだろうか?
 HONKYは黒人から白人に対する蔑称で、あえて訳すならば「白んぼ」だろうか。HONKYTONKで白人向けの安酒場の意味になり、そこから転じて安酒場で演奏されるような安っぽいジャズやカントリー音楽のことを指すそうだ。
 作品自体も「センチメンタル」という言葉から一般的に連想されるような甘ったるさはほとんどなく、むしろシビアでつらい。

 主人公はクリント・イーストウッド演ずるレッドではなく、実の息子カイル・イーストウッドが演ずるホスだ。西部の貧乏農家で生まれ育ったホスが荷物を下ろすためにレッドの自動車に乗り込み運転席に座って実に嬉しそうにハンドルを握ってみる。そして助手席に落ちていたレッドのカウボーイハットを頭に乗せ、後部座席にあるギターケースを開けて砂埃だらけの車の中で唯一きらきらと磨きがかかったギターの弦をつま弾く。この短いシーンの中に、少年が綿花詰みという地味な仕事をしている父親と比べて自由かつ華やかに生きている叔父のレッドに憧れていること、まだ見ぬ広い世界への思い、そして自らも貧乏農家を飛び出して歌手になりたいという夢が描かれている。それらの夢や思いがナッシュビルへの旅の中で現実とぶつかり、少年が男へと成長していく様子が描かれるのだ。

「テネシー州で死にたい」と言ったのはホスの祖父だが、これは根深い結核を病んだレッド自身のセリフでもあるだろう。
 オーディションに出てオープリーに出場するためにナッシュビルに来た。そのオーディションを聴いたレコード会社の人間から申し出があって念願のレコード録音を行った。しかし、何よりも死に場所を求めてレッドはナッシュビルに来たのではないか。
 レコーディングの最中にレッドが咳き込んで苦しむが、すかさずバックバンドのミュージシャンがヴォーカルを引き継いでレコーディングは途切れずに進められる。スタジオの隅で汗を流しながら苦しむレッドの姿と回り続ける録音用レコードの対比がなんとも怖ろしく、それゆえに素晴らしい。
 レッドの最後は何を格好いい事を言うでもなく、ありがちなメロドラマでもない。レッドたちにつきまとってきた娘マリーンに昔愛した女性メリーの幻を見て「メリー、愛してる」と告げそのままあっけなく息を引き取る。これがなんともドラマチック。
 金がないためにレッドの墓石も建てられずただ墓穴を掘って棺桶を埋めるだけ。この埋葬のシーンでホスがギターを弾いて追悼の歌を歌うところでオレは泣く。黒人の墓掘りが帽子を胸に当て、そしてホスと一緒に歌う。これで余計と泣く。墓掘りはこのシーンにしか登場しない通りすがり的人物だが、この墓掘りを始めとして端役の使い方が実に上手い。

 あちこちが故障してヘッドライトも一つしかなかった自動車はレッドの埋葬とともについに動かなくなった。
 レッドのギターだけを形見に、ホスは両親の待つカリフォルニアへと自分の足で歩き出す。
 その旅に付いてくることになったマリーンは酔っぱらったレッドと一夜を共にしているが、ひょっとしたらレッドの忘れ形見をお腹に宿しているのかもしれない。
 そして、若い男女が乗った車のカーラジオからレッドの歌が流れてくる。

 留置所からの脱獄シーンや警官とのやり取りなど中盤までは笑わせてくれるシーンもあるが、全体的に抑揚を抑えたイーストウッドの演出が逆に観客の心に強く訴えてくる。
 8~10日の3連休にオレの母親がやってきていて、DVDで韓国のドラマを見ているのが目に入った。頭から韓国ドラマを否定する気はないが(というかそもそもまったく興味がない)、ああいう「これでもかぁぁ。お前ら泣けぇぇ」という暑苦しいドラマ作りでは決して到達し得ない地点にイーストウッドはいるのだろう。
『センチメンタル・アドベンチャー』はイーストウッドが死ぬという珍しい作品でもある。他にはたしかもう一作あっただけ。そちらの死に方は『センチメンタル・アドベンチャー』以上に情けない。
 カイル・イーストウッドは俳優としては芽が出なかったがジャズ・プレイヤーとして活躍中だそうだ。ジャズファンとして有名なクリント・イーストウッドの趣味を受け継いだのだろう。『シークレットサービス』ではピアノを披露し、ジャズサックスプレイヤー、チャーリー・パーカー最後の数日間を描いた『バード』(1988)を撮った。ドキュメンタリー映画のの『ピアノ・ブルース』(2003)に至ってはイーストウッドが趣味全開で撮ったほぼ自主映画的作品だ。レイ・チャールズなどの有名プレイヤーに会ってはしゃいでいるイーストウッドジジイがかわいい。

 この作品には酒場やラジオ局で歌っている人々が何人も登場するが、なんでも有名ミュージシャンが顔を揃えていてファンにはそこも楽しみの一つらしい。墓掘りの黒人もそうなのだろうか?オレはそちらの方は全然分からないので残念といえば残念。

 この作品は「ロード・ムービー」としてジャンル分けされていることが多いが、個人的には「ロード・ムービー」ではないと思っている。そもそも旅映画や道中物ではなくロード・ムービーという呼び名が付いてしまうとどうもそこに叙情的というか感傷的というか一定の意味合いというか映画の存在が固定されてしまう。そこが嫌いだ。感傷的=センチメンタルだが、センチメンタルとタイトルに付いている物の感傷どころかすごくシビアな視点だぞこの映画は。
 少年が叔父と一緒にナッシュビルを目指して旅をするという粗筋だけを見て単純にロード・ムービーに分類されているようだが、だったら『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズもロード・ムービーか?フロドたちが滅びの山目指して旅するぞ、あれ。

2005年10月12日

『生きる』 オレだってたまには泣く、その24

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『生きる』 (1952) 143分 日本
監督:黒澤明 製作:本木荘二郎 脚本:黒澤明、橋本忍、小国英雄 撮影:中井朝一 美術:松山崇 編集:岩下広一 音楽:早坂文雄
出演:志村喬、日守新一、田中春男、千秋実、小田切みき、左卜全、山田巳之助、藤原釜足

 中学時代に学校の講堂で『影武者』(1980)を観せられたオレにとって黒澤明とは予算や人は多く使っているが単に退屈な映画を撮る監督でしかなかった。
 高校時代にテレビで『生きる』が放映されているのをなんとなく観ていた。夜9時から映画劇場ではなく昼間の放映だった記憶がある。その日は家にいたのがオレ一人だったはず。でもって泣いた。

 志村喬演ずる市役所の課長が胃ガンに冒され余命わずかと宣告される。妻はすでに亡くしており同居している息子夫婦からも軽んじられている。色々あったあげくに課長は自らが生きた証として街の子供たちのために公園を作るべく尽力し、そして死ぬ。
 こういうことを言うと怒られるかも知れないが陳腐なストーリーだ。個人的には「だから?」という印象がぬぐえない。
 課長が雪の降る夜の公園でブランコに座りながら「いのち短し恋せよ乙女」を歌っているシーンは名シーンとして知られているが、なんというかオレとしてはシラけた。

 じゃあどこで泣いたのかというと、喫茶店の二階で課長が自分にはまだ出来ることがある、やるべきことがあると悟るシーンだ。席を立って駆け足気味で階段を下りていく課長と入れ違いで若い女性が入ってくる。彼女の誕生会なのだろう、先に席にいた友人たちが「ハッピーバースデー」の歌を歌い出す。この歌が死を間際にして課長が新しく生まれ変わったことを象徴していてつい泣いてしまった。
 このシーンの存在だけでオレは『生きる』を認める。というか、このシーンぐらいしか認めていない。いっそのことそのまま終わって欲しかったぐらいだ。続いて課長の通夜に場面は移って、訪れた弔問客の会話から課長が公園建設のために一心不乱に働いたことが語られるが、そんなことは喫茶店を出て行った時点で観客には分かっているはずだから蛇足と言ってしまってもいいだろう。
 もっとも、この時観たっきりで10数年前の記憶だから間違いもあるかも知れない。
 この「オレだってたまには泣く」シリーズでは各作品とも観返しや読み返しをしているが、『生きる』は観返してみたら泣けなかったになりそうな予感がちょっとしたのであえてしなかった。このまま高校時代の思い出のままとしておくことにする。

 その後、大学に入ってから『用心棒』(1961)や『椿三十郎』(1962)、『七人の侍』(1954)、『隠し砦の三悪人』(1958)などをリバイバルで観て面白がったり楽しんだりして、『夢』(1990)や『八月の狂詩曲』(1991)、『まあだだよ』(1993)を観て怒ったりした。
 『影武者』や『乱』(1985)も観直したが、やはり退屈なだけだった。
 前にもちょっと書いたが、黒澤明はB級映画監督として非凡な才能を持ちながら、A級映画監督になってしまったのが悲劇なのだろう。

2005年10月13日

『天国は待ってくれる』 オレだってたまには泣く、その25

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『天国は待ってくれる』 (1943) HEAVEN CAN WAIT 112分 アメリカ 1992/3/29鑑賞

監督:エルンスト・ルビッチ 製作:エルンスト・ルビッチ 原作:ラズロ・ブッス=フェテケ 脚本:サムソン・ラファエルソン 撮影:エドワード・クロンジャガー 音楽:アルフレッド・ニューマン
出演:ドン・アメチー、ジーン・ティアニー、チャールズ・コバーン、マージョリー・メイン、レアード・クリーガー

 1943年の作品だが日本初公開は遅れに遅れて1990年8月だったようだ。オレが観たのはさらにそれから2年が過ぎた1992年3月29日のこと。池袋にあった名画座というかいわゆる二番館での鑑賞で、同時上映が同じルビッチ監督作品『生きるべきか死ぬべきか』(1942)という豪華二本立てだった。『生きるべきか死ぬべきか』がメインで観に行き、もちろん『生きるべきか死ぬべきか』は「映画を観続ける人生を選んで良かった」と強く思わせる傑作だったが、『天国は待ってくれる』もなかなかに素晴らしかった。入れ替え制ではなかったので結局それぞれ2回ずつ観てそれだけで一日が終わったが、実に有意義な一日の過ごし方だった。

『天国は待ってくれる』でまず一番に語られるべきは、名匠エルンスト・ルビッチ初のカラー作品だということだろう。時代的に考えてテクニカラーで撮影されたのは間違いないと思うがこの色彩の美しさは初めてカラーに挑戦したとは思えず、さすがルビッチとうならせる。
 テクニカラーとは撮影時に一本のフィルムにカラー映像を記録するのではなく、カメラのレンズ後部にセットされたプリズムで同じ映像が三つに分けられ、特殊なフィルターによってそれぞれR(RED:赤)、G(GREEN:緑)、B(BLUE:青)の光線だけが別々に3本のフィルムに記憶される。そして現像したフィルムを処理・加工してカラーのポジフィルムを作成する方法だ。同人誌なので印刷物を作ったことがある人なら、4色印刷の版下作成をイメージしてもらえば近いかも知れない。あれは光の三原色RGBじゃなくて色の三原色+黒のCMYKそれぞれで4枚の版下を作り、それぞれの版下を一枚の紙にそれぞれの色で都合4回印刷することでカラーの図版になる、んだったはず。
 現在のカラー映画フィルムはスチールカメラと同じように1本のフィルムでカラーが撮影できるようになっている。フィルムの使用量は1/3で済むしカメラの構造もより単純になって小型化も容易だ。テクニカラーだとレンズから入った光を三等分するのでどうしても光量不足という問題がついて回るがその点のシビアさも減る。
 では、現在のカラー撮影の方がテクニカラーよりも絶対的に優れているかというと、これがそうでもないから難しい。RGBそれぞれに分けて撮影されたテクニカラーはその色の鮮やかさ、特に原色系の鮮やかさと色の深みでは現行のカラーフィルム以上と言っていいのだ。
 もちろん、テクニカラーというのは技術でしかないからテクニカラー=美しいではなくて、美しい作品もあるし、さして美しくもないのもあるが、極論を言ってしまえばテクニカラーの方がゴージャスで鮮やかな奥行きのある映像になっている。それと比べると現在の映画の映像はやはりくすんでいる。
 テクニカラーの美しさを知りたければ、ビデオレンタル屋に置いてある率が比較的高い『オズの魔法使』(1939)を観てみると良い。魔法の国「オズ」のシーンはテクニカラーで撮影されているが、その美しさには息をのむはずだ。黄色いレンガの道(イエロー・ブリック・ロード)の鮮やかなこと。ジュディ・ガーランドの頬の肌色が瑞々しい若々しさを感じさせてくれる。
『天国は待ってくれる』はその『オズの魔法使』以上の、カラー映画最高の美しさだとオレは思っている。あまり画面の構図だとか光線の具合、そして色の美しさという画像・映像的な部分はまだまだピンとこないオレだが、そんなオレが映画が始まってすぐにその映像の美しさだけでゾゾゾッと来てしまった。二番館での上映だからフィルムの状態もそれなりに劣化していただろがまるで関係なかった。極端なことを言えば映像の美しさだけで感動したのは『天国は待ってくれる』を映画館のスクリーンで観たこの時だけ。
 後にNHKBSかWOWOWで放映されたのを観たが、映写機からの投射と画面自体が発光する映像の表示方法からして違うためかブラウン管で観た『天国は待ってくれる』ではそれほど感動しなかった。だが、東京ですら名画座が壊滅状態で、さらに田舎在住ときては過去の作品をスクリーンで観る機会などほとんどないから、テレビ放映にしろDVDにしろ「観れるだけでもありがたや」なわけだが。

 死後の世界の入り口で死者を天国行きか地獄行きかを決める担当者(閻魔大王みたいなものだ)の元に一人の老人がやってくる。主人公であるその老人を演ずるのはドン・アメチーだ。ジョン・ランディス監督、ダン・エイクロイド、エディ・マーフィー主演の『大逆転』(1983)でダン・エイクロイドたちの立場を入れ替えて賭けをする二人の老富豪のうち丸顔な方がドン・アメチーだ。1908年生まれのドン・アメチーはまだ35歳のため登場時点ではメイクで老人に扮しているのだが、これが見事に後のドン・アメチーそっくりなので笑える。
 担当者からどんな人生だったか話しなさいと言われて主人公は自らの生涯を語り始める。これが清廉潔白とは言えない女好きな好色一代記的な人生だった。しかし、男には妻がいて浮気などで色々と苦労をかけたが、最後には妻に対する愛と妻が自分を愛していることを気付き幸せな時を過ごした。その妻に先立たれた後はまたもや女性遍歴を続けた主人公もついに死んでこうして死後の世界の入り口に立っていた。だから主人公はすでに自分は地獄行きだと覚悟を決めている。
 だが担当者は主人公に意外な言葉をかける。
 ここでようやくタイトルの『天国は待ってくれる(HEAVEN CAN WAIT)』の意味が分かる。

 このラストで感極まって涙がこぼれてしまった。
 たしかに『天国は待ってくれる』はルビッチにとってベストの作品ではない。ルビッチタッチと言われる語り口にも多少精彩を欠いたところがある。
 だがそれがどうしたというのだ。なんと言われようとルビッチだぞ。DVDソフトにすらなっていないのに無理な注文だが、せめてスクリーンで観てから文句を言え。あのテクニカラーの美しさだけで充分おつりがくるぞ。

2006/10/19 追記
2007/02公開で『天国は待ってくれる』という日本映画が公開になるらしい。
「この世で2人が過ごせるのは30日」だとかいうコピーが付いているので、リメイクではないようだ。

人間としてやっていいことと悪いことはある。
そしてこれはやってはいけないことだ。

原作が岡田惠和(幻冬舎刊)という人になっている。調べてみると映画やTVドラマの脚本家なようだ。
amazonで検索したら作品としてはヒットしなかったんで、小説なのかはちょっと不明だがおそらくこれから発売されるのだろう。
ということは原作段階でこのタイトルなのか?小説専門の人ならまだしも、映画の脚本をやってる人間がやっちゃ駄目だろ。恥を知れ、恥を。
映画関係者が『天国は待ってくれる』やルビッチを知らないはずがない。知っててやってるんだからたちが悪い。
マンガ家が未来からネコ型ロボットが来るわけでもない『ドラえもん』というマンガを描いたり、ミュージシャンが落ち込むなよでもなんでもない『ヘイ、ジュード』って曲を作ったりしないだろ。
パロディにもオマージュにもなっていない、単なるパクリなんだろ、こらっ。
それでも、出来た映画が面白ければ許されるのが映画の世界。オレも許す。
監督の土岐善將は新人のようだから判断がつかないが、でもつまんねーんだろうなぁ。馬鹿野郎、あの日のオレは上野の映画館で泣いたんだよ。めったに泣かないオレのその涙を踏みにじって後足で砂をかけやがるんだろうなぁ・・・
 ちなみに『天国から来たチャンピオン』(1978)の原題は同じく『HEAVEN CAN WAIT』なんだが、内容はまったく関係なく、『幽霊紐育を歩く』HERE COMES MR. JORDAN(1941)のリメイク。タイトルもそのままにしとけよ。まっ、しょせんウォーレン・ビーティだしな。嫌いなんだあいつ。

2005年10月14日

『シコふんじゃった。』 オレだってたまには泣く、その26

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『シコふんじゃった。』 (1991) 103分 日本 1992/2/14鑑賞

監督:周防正行 製作:平明暘、山本洋 プロデューサー:桝井省志 脚本:周防正行 撮影:栢野直樹 美術:部谷京子 編集:菊池純一 音楽:周防義和
出演:本木雅弘、清水美砂、竹中直人、水島かおり、田口浩正、宝井誠明、梅本律子、柄本明

 三部リーグのビリッケツ。教立大学の相撲部は部員一人の貧弱で激弱な学生相撲最底辺のチームだ。
 部員不足で試合に出られないところを、相撲部の顧問で元学生相撲の学生横綱だった穴山教授(柄本明)が、卒業に必要な単位を餌にして主人公・秋平(本木雅弘)を「一試合限り」の約束で相撲部に入部させる。春秋テニス、夏サーフィン、冬はスキーの遊びサークル「シーズンスポーツ愛好会」所属の秋平にとって、ふんどし(ま・わ・し)を締めて人前に出るなど恥以外の何物でもないが、一流企業に内定も決まっており卒業のためにと我慢する。
 そして秋平の弟で貧弱な体付きの美少年春雄、肥満児で緊張すると右手と右足が一緒に出る田中、イギリスから来たラガーマン留学生スマイリー、そして唯一の正式部員で根っからの相撲好きだが極度の上がり症のため一度も勝ったことのない青木を合わせた5人の部員が取りあえず揃い、慣れないふんどし(ま・わ・し)を締めて土俵に上がる。しかし、見るからに弱そうなチームと対戦してもボロ負け。残念会の席でOBにボロクソにけなされてカッとなった秋平は
「勝ちゃいいんだ ろ!勝ちゃ!勝ってやろうじゃねぇか!勝ってやるよ!絶対に勝ってやる! なぁみんな!」
 と啖呵を切ってしまい、珍相撲部の珍スポ根が始まるのであった。

 というのが『シコふんじゃった。』について一般的に語られる物語だが、少し角度を変えてみると春雄に憧れてマネージャーとして入部した恋する肥満少女の正子と、穴山の助手で相撲部名誉マネージャー(自称)の夏子の二人が主役をつとめるもう一つの物語が見えてくる。

 大相撲の大阪場所で女性大阪知事が表彰式のためなのに土俵に上がらせてもらえないという出来事が続いている。
「女性は土俵に上がっちゃいけない。神聖なる土俵が汚れる」とかいったしきたりが理由らしい。
 大相撲協会側の言い分も理解できる。うん、しきたりじゃしょうがないよね。断固として拒み続けるわな。だって、一度でも土俵に女性を上がらせてしまったら、「しきたりなんて何の意味もない」というのがばれてしまうものな。
 しきたりに意味がないのがばれたら、ふんどし姿(まわしなんだけど・・・)に意味がないのも、ちょんまげに意味がないのもばれてしまい、大相撲そのものが崩壊するおそれがある。
 他の伝統芸能において一つのしきたりを破ることを許したために、結果ボロボロになって地に落ちてしまった例は幾つもあるから、それを知っている大相撲は決して女性が土俵に上がることは許さないだろう。
 でもね、女性本人にその気があったら実は土俵に上がるぐらいのことはひょいっとやってしまうのだ。その気っていうのは恋する想いと言い換えても良い。
 『シコふんじゃった。』とはそんなしきたりとかを平気で破ってしまう、実はパンクでアナーキーで過激な映画なのだ。

 正子を演ずる梅本律子は、明星かなにかの誌上で募集した「極度の肥満」が条件という異例なオーディションで、見事選ばれた素人だそうだ。当然セリフ回しも上手くない。選考基準通りの極度の肥満で愛嬌のある顔つきだがはっきりいってブスだ。そして、この正子こそ『シコふんじゃった。』のもう一人の主役である。
 春雄に心の底から惚れている正子は春雄のことしか見えていない。春雄のためならなんでもするぐらい一途でまっすぐな想いだ。
 春雄が強豪校相手の試合で負傷したときに、正子は「女性は土俵に上がってはいけない」という「しきたり」などまったく気にもせずドスドスと春雄の元に駆け寄る。口うるさい審判や関係者が文句を言ってくる暇も隙も与えないほどの本当にまっすぐな想い。
 そしてその翌日に待っていたのは二部リーグへの昇格を決める試合だった。春雄が腕を骨折して出場できないために人数不足で出場は辞退するしかないかと思われた。だが、正子は強い意志を秘めた眼で皆にこう告げる。

「あたし、出ます。春雄の代わりにあたしが戦う」

 部員たちの制止もふんどし姿になる(まわしだっつってんだろ!)ということも、正子の決意をくつがえすことは出来なかった。
 そして正子は土俵に上がった。長い髪はちょんまげに結ってごまかし、胸は肩を痛めたということにしてさらしで隠してはいるが、まわし姿の正子が土俵に立っている。
 このシーンの美しさに泣いた。
 単に絵だけを見ればブクブクに太った女の子がまわしを締めて土俵の上にいるだけだ。だがそのシーンに存在する正子の思いが圧倒的なまでに美しいではないか。恋する乙女という称号は美少女だけに与えられる物ではない。不細工な女の子だって恋する乙女になるのだ。でもって、恋する人間は普通なら無理だろということを、時に躊躇もなく軽々とやってしまうのだ。
 そして周防正行という監督の残酷さにも驚いてしまう。「太った」「醜い」「素人」の「女の子」をまわし姿でスクリーンに映し出す。よくもこんなシーンを思いついた。よくもこんなシーンを実際に撮った。いくら本人が納得しているとはいえ、鬼だこの人は。NHKBS2の小津安二郎特集で作品案内に登場して白髪混じりの頭で人の良さそうな口調で話していたが、本当はきっと嫌なヤツだ。そして嫌なヤツで鬼だからこんな美しいシーンが撮れるのだろう。そもそも良い映画を撮る監督ってのはたいがいひねくれ者で嫌なヤツなのだ、多分。
 映画のラストで正子と春雄はつきあい始めて一緒にロンドンに留学するべく旅立つが、脚本と同じく周防正行自身が書いた小説版のラストは大きく違う。春雄は正子の想いに心は打たれるものの、「正子もボクには向いていないと思うんだ」とその正子を受け入れることなくあっさり振ってしまうのだ。
 おそらく周防は映画では観客が望み歓迎するハッピーエンドを選んだが、本当にやりたかったのは小説版のラストだったに違いない。美しいまでに一途な想い、だがそれが相手に通じるか、通じたから結ばれるかは分からない。すごく残酷だよな。
 しかも小説版だと最後の試合で秋平負けてるし。

 そして、正子と対照的な存在の夏子。細身で美しく、おそらくは穴山に憧れており、ひょっとしたら男女の関係であるのかもしれない。だが、その点はあまり描写されないし、そもそも夏子自身の意見というか感情があまり表現されていない。ひたすら一途な想いが描かれていた正子と違い、どうにも何を考えているのか分からない。
 相撲部の名誉マネージャー的立場ではあるが、相撲に愛着がある様子でもなく、穴山が顧問を務めているという理由だけで消極的に相撲部と関わっている。
 自らの強い意志で土俵に上がった正子が対戦相手に負けて打ち倒されたときに、夏子は思わず土俵に駆け上がりそうになるが寸前で気付いて立ち止まる。そしてきちんと土俵を迂回して正子の元へと行く。やはり対照的だ。
 そんな相撲と距離を取っていた夏子が映画のラストでようやく土俵に上がる。土俵の手前で足を揃えて、一瞬止まった後で土俵に上がる。そして、たった一人の相撲部員となってしまった秋平と一緒にシコをふむのだ。
そして一言。
「ついにわたしも、シコふんじゃった。」

 穴山には妻がいて、夏子とは愛人関係。夏子はそれでもかまわないと思っていて、いわゆる日陰の女としてひっそりと暮らしてきた。それが正子や秋平たちの影響を受けて、自分の意志で動き始めた、と考えることも出来るが、そこら辺の描写は映画にないのでオレの憶測。

 とりあえず周防正行にはとっとと次回作を撮ってほしい。『Shall we ダンス?』のアメリカ公開やハリウッドリメイクなどで忙しかったようだがそちらの仕事ももう終わったはず。待たせすぎだぞ。体を悪くしたとかじゃないかと心配したんだから。何で親戚でもない人の健康を気遣わなきゃならんのだ。
 親戚といえば音楽を担当した周防義和とは従兄弟だそうだ。ちなみにオレは最初この「周防(すおう)」という苗字が読めませんでした。「しゅうぼう?すぼう?」てな感じで。

2005年10月15日

『ワイルドバンチ』 オレだってたまには泣く、その27

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『ワイルドバンチ』 (1969) 137分(オリジナル版)・146分(ディレクターズカット版) アメリカ

監督:サム・ペキンパー 製作:フィル・フェルドマン 原作:ウォロン・グリーン、ロイ・N・シックナー 脚本:サム・ペキンパー、ウォロン・グリーン 撮影:ルシアン・バラード 音楽:ソニー・バーク
出演:ウィリアム・ホールデン、アーネスト・ボーグナイン、ロバート・ライアン、ウォーレン・オーツ、ベン・ジョンソン

 時は1913年。20世紀になってすでに10年以上が過ぎ、アメリカが前近代から近代に移っていった、そんな時代の変わり目の物語だ。
 『明日に向って撃て!』の主人公ブッチ・キャシディとサンダンス・キッドが率いていた無法者の集団が「ワイルドバンチ」である。またの名を「壁の穴強盗団」といい、スパゲティが美味しいことでも有名だ。いや、それは「壁の穴」か。
 「壁の穴強盗団」とはワイオミング州にあるHoll in the Wallと呼ばれる岩の渓谷を根城としていたから付いた名だそうだ。スパゲティ屋の「壁の穴」はウィリアム・シェークスピアの『真夏の夜の夢』に登場する言葉から取ったそうなので両者には関係がない。最初に店名を聞いたときには明太子スパゲティを食っていると突然店内で銃撃戦でも始まるのかと期待したのだが、そういうハプニングないしアトラクションはないとのこと。残念である。

 ラストの銃撃戦の派手さは有名だが、この作品で最高のシーンはその直前にある。
 ワイルドバンチの残党であるパイク(ウィリアム・ホールデン)たちはアメリカ国内で銀行強盗を行い、賞金稼ぎなどに追われてメキシコまで流れ着く。メキシコでは『戦うパンチョビラ』(1968)のパンチョ・ビラなど革命軍が政府軍と戦っている。思想などに興味のないパイクたちは米軍から武器を奪いそれを政府軍、といっても実体は将軍の私立軍隊のようだがそちらに売り渡す。だが仲間の一人であるメキシコ人のエンジェルが、16箱あった武器のうち1箱をこっそり革命軍に渡していたのがばれエンジェルは将軍らに捕らえられリンチにあう。
 パイクたちは将軍からもらった金を持ってそのまま立ち去ることもできた。しかし、女郎屋でパイクはウォーレン・オーツらに言う。
「Let's go.」
 それに対してウォーレン・オーツの返答もたった一言。
「Why not.」
 女郎屋を出た三人。女に興味がないのか外で待っていたアーネスト・ボーグナインがすべて承知とばかりにニカッと笑う。四人は無言のまま馬から拳銃やショットガンなどの武器を取り出し、横一列になって将軍のところに向かって歩き出す。

 これは「命を捨ててでも仲間を救いに行った」という悪い意味での男の美学的なシーンではない。そんな神風特攻隊のような理由ではなく、ただやらなければならないことをやりに行っただけでのことだ。
 そもそも、パイクたちは自分たちの死期が近いことを悟っていた。将軍たちに殺されるからではなく、いわば生き方の末期ガン状態に陥っていたのだ。病気の末期ガンを患った『生きる』の志村喬は自分が存在した証として公園を作った。パイクたちはどうせ死ぬのならば仲間は見捨てないという、無法者なりの筋を通すことを選んだのだろう。

 西部劇に分類されていることがあるこの作品だが、断じて西部劇ではない。それはコルトオートマチック拳銃やブローニング機関銃が登場するからではなく舞台が近代であるからだ。
 西部劇の時代は同時に無法者の時代でもあった。駅馬車襲撃や銀行強盗をして金を奪い、その金で酒を飲んだり女を買い、保安官や賞金稼ぎに撃ち殺されたり捕らえられて縛り首になったりする。そんな牧歌的な(どこが牧歌的って気はするが)前近代の自由さが近代という新しい社会では許されず、パイクたちはアメリカから逃げ出した。だが、逃げ出した先のメキシコでも革命という近代の波が吹き荒れていた。新しい時代に合わせて生き方を変えるか、それとも無法者のままでいるか。だが無法者を選んだ場合には未来はなく、もはや死ぬ運命だったのだ。
 登場人物のほとんどが死んでしまった後で、ちゃっかり生き残った老人が「これまでの様にはいかないがな」と無法者から犯罪者へと生き方を変えることで近代に適応する。これを狡いと見る向きもあるかもしれないが、滅びの美学だなんだと言っても死んでしまっては意味がない。生き方を変えられるならば変えた方が賢くはある。映画のドラマ作りとしては前者の方が盛り上がるのだろうが。

 ちなみにワーナーから発売されているDVDは両面一層。映画の途中でA面からB面へとひっくり返さねばならない「お前はレーザーディスクかっ!」的仕様になっている。手間は大したことじゃないが、映画がそこで中断されるのはかなりイヤな感じだ。値段が変わったりキャンペーンなどで型番は何度か変わっているが同一マスターのままらしくおそらく現行のも両面一層だろう。片面二層で出してくれ。次世代メディアの登場も近いので今さらDVDに変更はないだろうがなぁ。

2005年10月16日

『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』 オレだってたまには泣く、その28

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『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』 (2002) 95分 日本 2002/05/03鑑賞

監督:原恵一 演出:水島努 チーフプロデューサー:茂木仁史、太田賢司、生田英隆 プロデューサー:山川順一、和田泰、福吉健 原作:臼井儀人 脚本:原恵一 音楽:荒川敏行、浜口史郎 絵コンテ:原恵一、水島努
出演:矢島晶子、ならはしみき、藤原啓治、こおろぎさとみ、屋良有作、小林愛、羽佐間道夫

 傑作であるのは認める。しかし『クレヨンしんちゃん』として作る意味があるのだろうか。キャラクター設定はきっちり活かしてあるし、『クレヨンしんちゃん』という場を利用して自分の撮りたい物を撮ってしまうというスタイルは好きだ。だが、やはりこれはもはや『クレヨンしんちゃん』じゃないよなぁというのがまず最初の感想だ。
 『ブタのヒヅメ大作戦』や『温泉わくわく大決戦』で人は死なないがリアルな銃撃戦が繰り広げられる。この部分についてどうにも違和感をぬぐいきれなかった。両作とも面白いのは間違いないのだが、『アクション仮面VSハイグレ魔王』から始まる初期の作品群こそ“子供たちが大好きな『クレヨンしんちゃん』”の映画として優れているのではないか。その意味ではシリーズ最高傑作は4作目の『クレヨンしんちゃん ヘンダーランドの大冒険』だろう。
 9作目の『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』は傑作として大人からの評価が高いが、果たして子供にとってはどうだったのだろうか。ガキってのは大人が思っている以上に理解力があったりするので、意外とちゃんと理解して楽しんでいるのかもしれないが、同時にガキってのは時に大人が思っている以上に理解力がない。核の部分は分かってねぇだろうなぁ。
 10作目の『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』(それにしても長いタイトルだ)は『オトナ帝国の逆襲』以上に観客対象を大人へとシフトしている。戦国時代での本気の合戦。槍や鉄砲で人が殺されるシーンは巧みに画面外に押しやられているが、劇中で多くの侍や足軽が死んでいる。『影武者』(1980)や『天と地と』(1990)の合戦シーン以上の迫力に驚いた。
 野原家の自家用車が合戦場を走り回って敵軍を蹴散らすシーンは実にうれしい。ひろしの給料から考えるとカローラクラスだろうが、その大衆車が『戦国自衛隊』(1979)における戦車やヘリコプター以上に有効に使われている。
 だが、果たして『クレヨンしんちゃん』に数多くのリアルな「人の死」が必要なのだろうかと、どこかで違和感を感じていた。その違和感も含めて傑作ではあるわけだが。

 時を超える手段はいくつもある。有名なのはタイムマシンを使った方法だ。H・G・ウェルズが生み出したタイムマシンは映画化され『タイムマシン』(1959)や再映画化の『タイムマシン』(2002)、『タイム・アフター・タイム』(1979)などで何度か時間の旅を行った。
 日本で一番有名なのはやはり『ドラえもん』のタイムマシンだろう。学習机の引き出しが入り口になっているそのタイムマシンは過去や未来へと旅していくつもの物語を生み出した。
 他には『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズのデロリアン(自動車)型タイムマシン、『ビルとテッドの大冒険』シリーズの電話ボックス型タイムマシン、『オースティン・パワーズ』シリーズの壁で渦巻きがグルグルしている渦巻き型タイムマシン(これは1960年代のTVシリーズ『タイムトンネル』のパロディだろう)、『ターミネーター』シリーズでのマシン自体は画面に登場しないが生身の物体だけを時空転送する転送型タイムマシンなどが有名だ。
 機械を使わない方法では時空転移の超能力を持つ人物が登場する作品や、薬品によって時間跳躍能力を得る『時をかける少女』、頭を殴られた事故で過去に跳ぶマーク・トウェインの『アーサー王宮廷のヤンキー』などがある。
 そして超能力など持たない普通の人間が意志の力だけで時を超える作品もある。クリストファー・リーヴ主演の『ある日どこかで』(1980)がそうだ。主人公は古くからあるホテルの展示室で肖像画に描かれた女性に恋をする。その肖像画が描かれたのはおよそ70年前だった。
 会いたいけれども会うことは出来ない。その女性への想いは強まるばかりで、ついにその想いが主人公に時を跳ばせ70年前の世界に送り込む。
 強い想いは時間の旅すら可能にする。悲しい映画だが美しくなかなかの佳作だ。

 『戦国大合戦』でしんのすけを始めとする野原一家が天正2年(1574年)へと送り込むのも「強い想い」である。
 夢に見た綺麗なお姫様に会いたいというしんのすけの想い、過去に行ってしまったしんのすけを連れ返しに行きたいという両親の想い、そしてなにより春日の国のお姫様の強く美しくそして悲しくつらい恋への想い。
 時を超えるシーンでは異次元をくぐる抜ける描写やだんだんと身体が透けて消えていくなどの演出、現れる前に稲妻や炎が生じるなどの描写はない。ただカットが変わると消えていて違う時代の同じ場所、現代の野原家であり天正2年の美しい池の畔に現れる。あえてシンプルに描いたその理由は、映画のラストで野原一家を乗せた車が現代に帰って行くシーンではっきりする。カメラが切り返すと草原の上に車はなく、お姫様である廉の後ろ姿だけが画面に映っている。しんのすけは「帰ってもおらたちはここにいるよ」と言ったが、それでもやはり想い人を失った廉はもはや一人きりなのだ。

 本来は死ぬはずだった青空侍こと井尻又兵衛は時を超えてきたしんのすけによって命を救われる。だが運命は変えることは出来なかった。又兵衛の死は先送りにされただけで避け得ぬものだったのだ。しんのすけによって与えられた猶予期間によって又兵衛は自分にとって大切な国、大切な人々、そして大切な女性を守った。そのことをしんのすけに語って又兵衛は心安らかに死んでいく。
 だが、死んでいく人間はそれで良いだろうが、生きて残された相手はたまったもんじゃない。その相手とは春日城主の娘である廉だ。又兵衛とは幼なじみで、互いに恋心を抱きながらも、「身分が違うから」と又兵衛がある意味で逃げていたために言葉で確認しあったことはない。
 又兵衛は死んだがその想いは残る。その想いを廉は逃げずに背負うことを選ぶ。
「一生誰のもとへも嫁がぬ」という廉のセリフは美しいが、オレはどこかで又兵衛に腹が立ってしまう。死んだことに腹が立つのではない、それはしょうがない。だが、想いだけを残してその想いによって廉の心と人生を縛ってしまったことに腹が立つ。
 もちろん、『めぞん一刻』でもう誰も愛することがないと思い込んでいた響子さんが延々と色々あった後に五代君の愛を受け入れた様に、廉もいずれはまた誰かを愛するかもしれない。だが響子さんは惣一郎さんと互いに愛し合い、短い間とはいえ結婚生活も送った。言葉で確かめ合ったことも二人だけの生活もなかった分だけ響子さんよりも廉の心にかけられた枷の方が強いのではないだろうか。
 だがそんな考えも青空に浮かんだ小さな雲を見上げながら廉が呟く
「おい、青空侍」
 というセリフとラストカットで「もうどうでもいいや。とりあえず泣こ」と吹き飛んでしまう。

 ちなみに一番好きなシーンは殿様や家老がカレーを食っているシーンだ。このあとに戦が春日に襲いかかることを予感させる、いわゆる嵐の前の静けさが描かれた名シーンだ。

2005年10月17日

『大人は判ってくれない』 オレだってたまには泣く、その29

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『大人は判ってくれない』 (1959) LES QUATRE CENTS COUPS 97分 フランス

監督:フランソワ・トリュフォー 製作:フランソワ・トリュフォー 脚本:フランソワ・トリュフォー、マルセル・ムーシー 撮影:アンリ・ドカエ 音楽:ジャン・コンスタンタン
出演:ジャン=ピエール・レオ、クレール・モーリエ、アルベール・レミー、ジャン=クロード・ブリアリ、ギイ・ドゥコンブル

 親や学校などと衝突し悩み苦しむ少年が主人公だが、そこに登場するのはバイクを盗んだり校舎の窓ガラスを割るようなアホでも出来る凡庸な反逆ではない。時に冷淡でそれでいて常に少年の側に立って描かれる、つらくそして美しい物語だ。
 監督・脚本のフランソワ・トリュフォー自身の少年期がモデルだというが、作中の視点は少年ではなく、かといって理解者面をした大人からの視点でもなければ神の視点ともまた違う。作品を貫くその微妙な距離の視点がこの作品の大きなポイントだ。

 ヌーヴェル・ヴァーグの旗手の一人であるフランソワ・トリュフォーのデビュー作である。ヌーヴェル・ヴァーグ(新しい波)というと難解で小難しいイメージが強いが、トリュフォーの作品は観て頭を抱えるようなことはない。ゴダールのようにデタラメではなく、“普通”の映画っぽいのだ。
 ゴダールがヌーヴェル・ヴァーグ連の過激派だとしたら、トリュフォーは穏健派だ。ヌーヴェル・ヴァーグ自体が過激派の塊だから、そういった意味ではトリュフォーはヌーヴェル・ヴァーグの異端児なのかもしれない。
 もちろん『大人は判ってくれない』は随所に斬新な点があり充分に新しい映画であるのは確かだが。
 それからゴダールも別にデタラメをやっているのではなく、既存の映画文法を解体し再構築することによって“新しい映画”を作っているわけで、観客側に新しい観解力を求めてくるので難解な作品に感じられるだけだ。
 オレもゴダール作品には「ワケわかんねー」とさんざん苦しめられたが、今は難しいことは考えずに気楽に観るという方法で対処している。そうやって観ると案外楽しい。というかゴダールもバカだぞ、きっと。

 『大人は判ってくれない』を大きく支えているのが、主人公の少年アントワーヌを演ずるジャン=ピエール・レオの存在だ。
 当時13歳だったというジャン=ピエール・レオは演技も上手いのだろうが、ただ立っているだけ、ただ歩いているだけのシーンでも実に絵になっている。
 特徴的なのが何者も信用していない睨みつけるような醒めた目だ。この目を気に入ってトリュフォーはジャン=ピエール・レオを選んだのではないだろうか。
 ニヒルさを感じさせる美少年だったが、成長して大人になると割と普通のオッサンになってしまった。アキ・カウリスマキの『コントラクト・キラー』(1990)では徹底してついてない不運な男を演じていたが、これが実にハマっていた。

 とっさに付いた小さな嘘がきっかけとなって周りとの衝突がさらに激しくなり、小さな犯罪は大きな犯罪へと広がる。
 家庭からも学校からもはじき出されたアントワーヌは、ついにタイプライターを盗んだ罪で逮捕され少年鑑別所に入れられる。だが用意されているのは反省や改心といった安易な結末ではない。ぶった切られたような唐突な終わりは観客への問いかけでもあるだろう。
 観客からの同情を拒否するようなそのラストが泣ける。

2005年10月18日

『そして人生はつづく』 オレだってたまには泣く、その30

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『そして人生はつづく』 (1992) ZENDEGI EDAME DARAD(AND LIFE GOES ON) 91分 イラン

監督:アッバス・キアロスタミ 製作:アリ・レザ・ザリン 脚本:アッバス・キアロスタミ 撮影:ホマユン・パイヴァール 
出演:ファルハッド・ケラドマンド、プーヤ・パイヴァール

 パキスタンを襲った大地震に関する映像がテレビのニュースなどに映し出される。近隣国ということもあってかその光景は以前『そして人生はつづく』(1992)で観た物とどこか似ている。
 1990年、イラン北部で大地震が発生した。1987年に製作された『友だちのうちはどこ?』のロケ地も大きな被害を受けたと聞き、心配した監督やスタッフはオンボロ車でコケール村へと向かう。
 カメラは悲惨としか言いようのない光景を納めていく。倒壊した日焼きレンガの家、寸断された道路、崩壊した山肌。食料や水も乏しく人々は苦しんでいる。苦難の道のりを乗り越えてようやく村へと登場するが、主人公を演じた人々はなかなか見つからない。そして様々な人にその消息を尋ねる内に、それぞれの人々が肉体的にも精神的にも負った傷が浮き彫りになってくる。
 ようやく主人公たちがどちらに向かったかという情報を得た監督はオンボロ車の進路をそちらに向けて走り出す。

 被災地に機材を持ち込んで、被害の実態を撮影したり実際に被害にあった人々も登場してドキュメンタリー風味になっているが、脚本もあるし決められたセリフを演技で話す登場人物が中心で基本は劇映画である。いわゆるメタ映画ってやつだろうか。
 ドキュメンタリー映画はドキュメントで真実を描いたとか言いながら、実際には作り手の意見や思想が如実に表れているのでうさんくさくて好きではないが、『そして人生はつづく』は演出が行われているというのが前提で、その開き直りが良い。
 もしもこれが本物の「ドキュメンタリー映画」で、イラン北部地震の被害や人々の悲惨な光景を捉えただけの作品だったら正直オレは最後まで観れなかっただろう。つらい現実から目を逸らすというよりも、他人の不幸を楽しむ趣味はないからだと思う。
 この作品ではいくつもの不幸が描かれる。そんななかで身内の人間を何十人も失いながら、明日結婚式を行うというという男が登場する。これは不幸の中においても幸せは存在するということよりも、どんなつらい事態に陥っても苦しくて絶望しかなくても、それで人生が終わるわけではなく、震災という非日常からいずれはまた日常へと戻っていくということだろ