『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』 中島らも PHP研究所
(現在入手できるのは集英社から出ている文庫版。リンク先はその文庫本の方である)
2004年7月26日、泥酔状態で酒場から帰る途中の階段から転げ落ちて頭を打ち、脳挫傷となっていた中島らもが死亡した。
オレは追悼の意味で本棚に並ぶ中島らもの著作をエッセイ・小説を問わずに片っ端から読んでいき、この『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』でついに泣いてしまった。オレにとって中島らもは大好きな物書きだったのだ。
『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』は中島らも本人の高校時代から始まり大学時代の途中までを描いたエッセイである。少年期の終わりから青年期の始まりまでと言い換えても良いだろう。
始まってすぐに『O先生のこと』という文章がある。高校で漢文を教えていたO先生はどうやらアル中(アルコール依存症)らしく、いつも熟柿くさいにおいを漂わせている。
中島らもが「なんとなく好きだった」というこのO先生はその後「ガスのホースを踏んで火が消えたのに気づかず、亡くなられた。水に映った月をとろうとしておぼれた李白の死に、似ていなくもない。」そうだ。
ここを読んで悲しみと同時に悔しさがこみ上げてきて泣いた。
おい、中島らも。勝手に死んでんじゃねーよ。まだこれからもっと面白い物を書いてくれるはずだったんじゃないのか。オレに読ませてくれるはずだったんじゃないのか。
無頼な死に方だ、中島らもらしい最後だといった感想をいくつも目にしたがオレはそんなセンチメンタリズムやロマンなんか感じない。どんな死に方だろうと死とはただ単に死んだだけだ。他人のために命を投げ出した自己犠牲の死も、通り魔に刺された死も、病死も事故死もどれもこれも単に死だ。
中島らもの死も「李白に似ていなくもない」がそれがどうしたというのだ。
『O先生のこと』は中島らもの死がなければ泣かなかった文章だ。『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』でQ(デスモンド・リュウェリン)が床下に消えていくのを観て泣いてしまうのと一緒でその作品+その人物の死によって泣いているのだ。
そもそも泣くことは好きではないが、こういう泣くは特に嫌いだ。