
『ゆきゆきて、神軍』(1987) 122分 日本 1987/10名駅シネマスコーレにて鑑賞
監督:原一男 製作:小林佐智子 企画:今村昌平 撮影:原一男 編集:鍋島惇
出演:奥崎謙三
奥崎謙三が死んだそうだ。っつーか、まだ生きてたのか、あのおっさん。
小学校や中学校などで見せられたドキュメンタリー映画がどれもつまらなかったので、ドキュメンタリー映画はあまり好きではなかったわたしに、「ドキュメンタリー映画は嫌いじゃぁ」と確信させてくれたのが『ゆきゆきて、神軍』である。
1987年当時、大学の映画サークルに所属していたわたしは、「こいつはあれだね」「うんあれだな」という先輩たちの今一つはっきりしない感想を聞いてとりあえず名古屋駅裏側のミニシアターというか小劇場のシネマスコーレという映画館に行った。ちなみにシネマスコーレは映画監督の若松孝二がオーナーというちょっと変わった劇場だ。名古屋では有名な風俗ビルの通称「黄色いビル」などがある場所であまり雰囲気の良い場所ではなかった。最近ではその近くにアニメイトやメロンブックスが進出しており、雰囲気が・・・どうなったか言ってしまうといろいろ問題もありそうなのでご想像にお任せしよう。
元日本陸軍軍人でニューギニア戦線を生き残った奥崎謙三は、もはや戦後と呼ばれる時代においてなお戦争を引きずり続けて生きていた。ニューギニアで戦死した戦友たちのことを思い、また戦争中に軍内部で行われた悪事や、撤退してジャングルを逃げまどう内に食料がなくなり、ついには死んだ仲間の肉を食った人肉事件などを相手の意志などお構いなしに突撃取材して好き勝手に暴れ回る。
『ボーリング・フォー・コロンバイン』のマイケル・ムーアもよくよく嫌な奴だが、奥崎謙三と比べれば進学中学校の新聞部部員が取材してるようなもんだ。
新年の天皇祝賀かなにかで昭和天皇目がけてパチンコでパチンコ玉を発射したり、銀座だかのビルの屋上から皇族を登場人物にしたポルノ小説が書かれたビラをばらまいたり。ずいぶん変わったおっさんだとは思うが、一体何がやりたいんだか理解に苦しむ。
戦争責任を訴えるとかその悲惨さを語り継ぐなんてきれい事をお題目として唱えてはいるが、この奥崎謙三というひとは頭がいっちゃってるひと、ずばり言ってしまえば単に気違いなんじゃねーのか、おい。ってのが見終わってすぐの感想だった。
翌日、部室に行って「何なんですかあの映画はっ!まったく」と先輩に怒りをぶつけたところ、「だから“アレ”だよって言っただろ」とのこと。
「単に気違いが暴れる映画じゃないですか」とぼやいたところ、
「そう思うだろ。でも監督のインタビュー記事を読むと、あの奥崎ってのはちゃんと自分がどう映るかを計算してキャラクターを作ってるらしいぜ。なんでも原一男がそのシーンで表現しようとしたことが気に入らなくて、自分が監督として撮り直してそっちを使おうなんてこともあったらしい。つまり真の姿なんかじゃなくて基本的に演技だってことだな。まあ、その記事は監督側の意見でしかないわけだけど、奥崎が逮捕されて獄中に入った途端にそれまで大人しく静かだった奥さんがいきなり街宣カーを乗り回してスピーカーを使って世間に訴えかけ始めるなんてどう考えても嘘だよな。もともと奥崎に協力していろいろ活動したのを、ストーリー上のインパクトから突然変わったという演出にしたんでないの」と返された。
なるほど、結局のところ奥崎は自分を客観的な視点で捉えて、どのような言動をしたらインパクトがあるか計算して「気違いを演じてた」わけか。奥崎が気違いではなく単なる変わり者で自己顕示欲の強い目立ちたがり屋だと考えると、映画を観ていた最中の釈然としない違和感がパズルが解けるようにパチパチッと整理が付いた。
他の部員の意見もおおよそ同じようなもので、『ゆきゆきて、神軍』を観て「やっぱり戦争反対だ」と目覚めたり、「奥崎謙三さんは素晴らしい人だ、感動した」と感化される全共闘世代のような人は一人としていなかった。
これっぱかしも笑えない野暮なギャグ映画を見せられたかのようで、ひたすらにつまらなかっただけのわたしは、「あー、良いサークルに入ったなぁ」とそのバランス感覚がちょっとうれしかった。
結局、映されている側がカメラを意識したり、編集で監督がテーマや意味を勝手に演出できてしまう以上、真に「ドキュメンタリー」な映画なんか作れるはずはなく、実際に人物や場所が登場する「劇映画」にすぎないのであろう。
まあ、考えてみれば企画に今村昌平の名前がある時点でクズ決定だわな。