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『バナナシュート裁判』 スナフキンの不在

『バナナシュート裁判』(1989) 82分 日本 1989年鑑賞

監督:佐藤闘介 脚本:佐藤闘介、伊藤暢幸 撮影:浜口知俊、林民夫 美術:古谷伸二 制作:宮川洋紀、伊藤正昭
出演:油井昌由樹、原浩之、河野牧子、入江達也、木下浩

 えーっと、何の記念だったか忘れてしまったが、とりあえずサッカー映画特集第三弾。といってもこの作品はサッカー映画じゃないし、まともなサッカーも登場しない。
 一応は商業映画なのだろうが、限りなく自主映画に近い。というか自主映画。わたしは自主映画って奴が嫌いで、やはりこの映画も嫌いだ。青春期のウダウダをそのままウダウダ描いているだけで最初っから最後までウダウダウダウダウダウダウダウダ。あーもうイライラするっ!もっとこうパーッと弾けたりズダダダっと突き抜けたりしないものかね。何が楽しくてこんな映画を撮ってるんだか。

 男二人女一人の平凡な高校生三人組が、自由気ままに生きる中年男に出会ってその生き方に感化される。そして自分たちも夢に生きようとするが現実の前にあえなく負けてしまう。そして、夢を追って南米に旅だったはずの中年男は本当は南米になど行っておらず日本にいただけだった。しかし、主人公の少年は嘘つきで現実から逃避する中年男の生き方を認め自分もそれに同調するのだった。

 って、何だよこのストーリー。結局現実逃避かよ。行けよ南米ぐらい。でコロンビアにでも行ってゲリラに捕まって殺されるぐらいしろよ。さらにすごい奴ならそこから脱出するってのが男だろ。海外に行ったと嘘ついて日本にいたって、あんた「ゴールデンウィークにハワイに行くって近所に嘘をついて、カーテンを閉めた家の中でひっそり隠れてる見栄張り家族」かよ。
 これといった夢や目標もなく、漠然とした不安が胸の奥にあったりする。確かにそういう青春もあるだろう。だが、それを映画にする意味がどこにある。鬱陶しいだけ。なんかむかつくだけ。文学ならまだしも、映像で見せられるときついぞそれは。ほんと、ウダウダウダウダウダウダウダウダウダウダだ。
 こういうのがリアルだとか、青少年が夢や希望を持てなくなった現代社会を描写しているだとかトンマな感想もあるがやかましい。これは単に監督の佐藤闘介がウダウダ野郎なだけだ。二作目の『曖・昧・Me』(1990)を観てもわかるだろう。まったく、男気俳優佐藤允の息子だというのにとんだヘコ虫マンだ。
 せめて中年男がスナフキンのような魅力的な人物だったら印象も変わっただろう。高山みなみではなく岸田今日子がムーミンを演じていた旧「ムーミン」版のスナフキンだ。ハーモニカではなくギターを弾いていたスナフキン。テント暮らしで冬になるとムーミン谷を離れて暖かい南へと旅に出る、自由人と言えば聞こえは良いが、今になって思うと彼は無職なホームレスであった。しかし、親友であるムーミンに人生の意義などを時に分かりやすく時には喩えて教えた導師でもある。
 せめて、本当にせめて中年男がただの情けない敗北者ではなく、同じ状況にあってもなお輝いて見える人物であったならば少年たちが魅せられるのも分かるし、化けの皮がはがれてその正体が露わになっても背を向けずに受け入れることの説得力も出ただろう。
 というわけで「クズ映画」の称号を与えて今日は終わる。

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