« 2005年05月 | メイン | 2005年07月 »

2005年06月 アーカイブ

2005年06月03日

アフリカの人は面白くないだろうな、これ。 『死のサハラを脱出せよ』(原作)

 『タイタニックを引き揚げろ(レイズ・ザ・タイタニック)』の映画化が悲惨な出来だったために、人気はありながらもずっと映像化されないでいたクライブ・カッスラーの『ダーク・ピット』シリーズ。それが25年の月日を経てついに久々の映画化。今回はニジェール川とサハラ砂漠が舞台の『死のサハラを脱出せよ』新潮文庫刊だ。
 ダーク・ピット物は6作ほど読んでいたが、『死のサハラ』はまだだったので映画の前に読んでおこうと購入した。もっとも、映画館まで観に行くかは未定なのだが。
 主人公ダーク・ピットの超人的活躍はいつものこと。地の文でやたらとダーク・ピットを始めとした主人公側の人物を褒め称えるのもいつものこと。クライブ・カッスラーという名の男がピットを助ける役回りとしてちょこっと登場するのもいつものこと。ちなみにクライブ・カッスラーとは作者と同じ名前で、どうやら本人をモデルにしているらしい。毎回役柄が違うので別人物ではあって一種のパラレルワールド的存在。あのなぁオッさんとツッコみたくなるが、まあ自分をおいしい役で作中に登場させてしまうその気持ちは分からなくもない。
 主なる舞台となるアフリカ北西部にあるマリ。このマリという国は政府は軍部によって操られている傀儡政権で、政治も軍も腐敗しきっており、軍を指揮する=国の最高権力者はフランスの大企業に買収されて地球を危機に陥れるような悪事を働いているという、ひたすらに堕落しきった最低な国として描かれている。
 でも、マリって実在の国じゃん・・・。そりゃ確かに色々と問題は抱えているようだが、この小説で書かれているようなある悪事はさすがにやってないだろ。フィクションだからといえばそれまでなんだが、せめて架空の国にするとかできなかったのだろうか。

2005年06月04日

『スウィート・ロード』 こっちにはパックス・パワーグローブがあるぜっ!

『スウィート・ロード』(1989) THE WIZARD 99分 アメリカ 1991/11/22鑑賞

監督:トッド・ホランド 製作:デヴィッド・チショルム、ケン・トポルスキー 製作総指揮:リンズレイ・パーソンズ・Jr 脚本:デヴィッド・チショルム 撮影:ロバート・イェーマン 音楽:J・ピーター・ロビンソン
出演:フレッド・サヴェージ、クリスチャン・スレイター、ボー・ブリッジス、ルーク・エドワーズ、ジェニー・ルイス

 『スウィート・ロード』なんて感傷的っぽいタイトルがついているが原題は『THE WIZARD』。ウィザード=魔法使いは主人公の一人で、自閉症児だがNES(ファミコンのアメリカにおける商品名)をやらせたら魔法のように華麗な技を見せる男の子ジミーのこと。ひたすらにカリフォルニアへと行きたがるジミーを見て兄のコーリーは「親たちは頼りにならない」と決意し、ジミーを連れて子供二人きりで西に向かって旅立つところから物語は動き出す。
 ゲームセンターでジミーがハスラーまがいに対戦して旅費を稼ぎ、途中で知り合った女の子が「ゲーム大会に出場しよう」といいだして旅に同行する。そんな彼らを、父(ボー・ブリッジス)と兄(クリスチャン・スレーター)が車で追いかる。
 何故ジミーはカリフォルニアに行きたがるのか。両親の離婚でばらばらになってしまった家族はこれからどうなるのか。お子様が主人公だが、なかなかに味わいのあるロードムービーである。

 ゲームを通してしか他人と触れ合えないジミーに対して「ゲームなんか下らない」とはねつけていた父親が、ついに頭に来たクリスチャン・スレーターから激しく非難される。そして次の朝、モーテルのベッドで目を覚ましたクリスチャン・スレーターはテレビの前に座ってNESのゲームに一晩熱中していた父を見つける。『ミュータント・ニンジャ・タートルズ』のゲームにハマった父は寝不足のため赤い目で「やった、竜巻の技を会得したぞ」とか喜んでいる。好きなシーンだ。
 旅を続ける三人の前に地元のゲーム名人と取り巻きのガキどもが立ちふさがる。有り金全部を賭けて勝負することになるが、顔にかかる前髪をフッと払うキザなゲーム名人が「オレは無敵さ!なんたってこいつがあるからな」とゲーム機を前に取り出したのが『パックス・パワーグローブ』だった。
 知っている人は知ってるが知らない人は知らないだろうから説明しておくと、『パワーグローブ』とは肘ぐらいまでの長さがある手袋状のデバイスで、腕の傾きや指の動作がファミコンのコントローラーにある十字ボタンやABボタンの役割を果たしてくれるという“画期的”な入力装置だった。あまりの画期的さ故にあまり売れなかったようだし、そのせいか製造先である『パックス』も倒産してしまった。しかし、後にモニターの前で剣を振り回したりサッカーボールを蹴る入力装置も登場している。ゲームセンターでヒットしたコナミの『ギターフリークス』なども変わり物系入力装置。『パワーグローブ』の理念は消え去ってはいないのだ。
 だが、ゲーム名人がプレイする様はどう見てもやりにくそうだった。しかも対戦するゲームがレースゲームときたもんだからハンドルを切るのもアクセルやブレーキも一苦労。それで敗れたりとはいえ接戦までもちこんだんだから、普通のコントローラーを使ってたら楽に勝ってたんじゃないか?ちなみにパワーグローブを使っているのを見たのは現実でもメディア上でもこのシーンしかない。

 『スウィート・ロード』には関係ないが、今度『スターウォーズ ジェダイの訓練キット』ともいうべきおもちゃが発売されるらしい。『スターウォーズ 新たなる希望』の中盤、ミレニアムファルコンの中でルークがやっていた訓練をモデルにしているそうで、ライトセーバーと映画では宙に浮かんでいた白球がセットになっており、それをテレビにつないで遊ぶそうだ。面白そうでちょっと欲しい。
 別にわたしは『スターウォーズ エピソード4~6』が嫌いなわけじゃないのだ。まるっきりダメな作品だといってるわけではなくそれなりに評価はしている・・・低いけど・・・特にエピソード4。ただ、公開時に見た人がかなり衝撃を受けたのかいまだにそこから抜け出せておらず、神格化して崇め奉っているのが嫌いなのだ。あれこれ言おうなものなら聖地に土足で入ってきた相手に対する「異教徒めっ!」といった目で見られるのが嫌だ。そこまでの作品じゃとうていないと思うんだがなぁ。それとエピソード1~2は意外性もないほどにクソ。『エピソード3 シスの復讐』もクソなんだろな。

 終盤のゲーム大会はなかなかに盛り上がる。そして、ジミーがなぜカリフォルニアに行きたがったのかもラストに分かり、ちょっとしんみり。 ほとんど知られていない作品だと思うが案外と良作だった。
 いかにも低予算っぽくて、ボー・ブリッジスが出演しているのはまあ分かるが、クリスチャン・スレーターは何故出ているのだろう。本格的に売り出す前ではあるか。

 だが物語においてテレビゲームが大きな意味を持つ映画はまず日本においてこそ先に作られるべきではなかったろうか。『ノーライフキング』(1989)があるといえばあるが、あれは原作小説の方がずっと面白いし、監督の市川準はビデオゲームのことなどほとんど理解していない。
 結局、日本映画の作り手のメインにいる人は年を食って頭が固いか、映画業界しか知らなくて視野が狭いかになっているのではないだろうか。テレビゲームもパソコンも知らない事、関係ない事という存在でありそうだ。そのくせ流行とか若い人にウケようとか考えているので寒くて痛い外し方をするのだ。若い監督はましになっているようだが、三十半ばにもなって“新人”扱いなのは映画業界ぐらいなものだろう。
 大体、『電車男』映画化ってなんね。あれはそれこそネットの即時性を活かしたイベント(?)であって、ほぼリアルタイムで出来事が進行していく、自分の書き込みが電車男の行動に影響して状態が変化していくのがおそらく面白かったのであって(ネットでの騒ぎを見ていないんで知りませんが)、それを小説にしたり、この間本屋で見かけたがマンガにしたり、この時点ですでにネタとしては古くなってとっくに過去になっているのにさらに映画化・・・寒いよ~痛いよ~
 時間の感覚が映画界とネット界では大幅に違うと思うんだけどね。

2007年12月12日 追記
 どうやら勝ったのはジミーじゃなくて、パックス・パワーグローブ使いの少年だったようだ。
 14年前に観たきりの私の穴だらけな記憶で書いたので間違ってしまった。やはり、可能な限り観直してから書くべきだった。申し訳ない。

2005年06月06日

『ガッチャ!』 サバイバルゲームテクニックで工作員に勝て

B0007IO1AA.jpg
『ガッチャ!』(1985) GOTCHA! 101分 アメリカ 1985/10鑑賞

監督:ジェフ・カニュー 製作:ポール・G・ヘンスラー 脚本:ダン・ゴードン、ポール・G・ヘンスラー 撮影:キング・バゴット 音楽:ビル・コンティ
出演:アンソニー・エドワーズ、リンダ・フィオレンティーノ、ニック・コッリ、アレックス・ロッコ、マーラ・アダムス

 大学のキャンパス内でサバイバルゲーム好きな学生たちがゲームを楽しんでいる。サバイバルゲームといっても迷彩服を着て河原や人のいない山の中でチームに分かれて戦うのではなく、普段の服装で他の学生たちに紛れてペイント弾で戦うバトルロイヤルな一種の鬼ごっこめいたゲームだ。
 主人公のジョナサンはゲームの名人。大きなゴミ箱に潜んで待ち伏せたり、車椅子の障害者に偽装したりして次々と対戦相手をやっつけ連戦連勝している。だが女の子をナンパしても「サバゲーオタクって最低」と失敗ばかり。そんな彼がヨーロッパ旅行の途中で知り合った謎の女性サーシャをベッドに連れ込むことに成功する。すっかり彼女にのぼせてしまったジョナサンは彼女を追いかけて東ベルリンに行くが、そのせいでスパイが暗躍する国家的陰謀に巻き込まれてしまうのだった。

 粗筋だけ読むとスパイアクション物に思えるかも知れないが、実際には冴えない男の子が美人と出会い様々な出来事の中で成長する青春映画。・・・んー、ラストになってもあまり成長してないか。
 主演のアンソニー・エドワーズが坊ちゃん風の頼りない大学生を好演している。その後『トップガン』で見たぐらいでどうしているのかなと思ったが、映画ではなくテレビムービーに活躍の場を移し、『ER』シリーズのメインキャストとして活躍しているらしい。
 青春映画に興味のないわたしにとってこの作品で一番好きなのが、本物の銃を持った敵側工作員に自分の大学のキャンパスに追いつめられ、ついに武器を手にとって反撃に出るシーンだ。武器といっても動物を眠らせるための麻酔銃だが、そのおかげで普通の大学生である主人公が戦いながらも人を殺さずにすみシチュエーションが重くならない。あくまでも「サバイバル“ゲーム”」を貫くのが面白い。
 ちなみにこの麻酔銃は前半に「いかにも」といった具合で登場し、「あー、これ絶対後で使うんだろうなぁ」と分かりやすい伏線が引かれている。アクションシーンとしてはそれほど見応えはないし時間も短いがまあよし。

 東ベルリンでロシア人たちに追われるジョナサンがたまたま道ばたに車を止めていた三人組に助けを求めるが、これがなんとヘヴィメタロックバンド。そうか、東ドイツにもロックはあったか。空港まで車に乗せていってもらうことになるが、その最中のやり取りや検問所通過のシーンが笑える。
 ペイント銃で弾を打ち出すために使っているのは炭酸ガスだそうだ。日本ではこいつは一般向けには許可されていないので、日本のトイガンメーカーは様々な工夫をしてきた。手動でコッキングして空気を圧縮するエアガンから、コッキングが不要になり連射も出来るようになったフロンガス利用のガスガン、そしてバッテリーを搭載して電気でモーターを回し空気を圧縮してBB弾を撃ち出す電動ガン。「電動ガンったっておもちゃでしょ」と思われるかもしれないが、これが外見もなかなかリアルで重量もずしりと重く、おもちゃはおもちゃでも一流品だ。様々な規制の中、日本のトイガンメーカーは工夫に工夫を重ねてこのクオリティまで積み上げてきたのだなとちょっと感激してしまう。逆に規制があったからこそ向上してきたのかも。とはいえ余分な規制はお断りだが。

 タイトルである「ガッチャ! GOTCHA!」とはGOT YOU!を省略した口語。「お前をやっつけた」とか「お前を手に入れた」とかいったところか。
 後に大学の映画サークルに入って『ガッチャ!』の話をしたところ、一人の先輩が「ガッチャ!とか言って相手を倒して女の子も手に入れるなんて許せない、許せませんですよ」となんか本気で怒っていた。そんなマジ怒りしなくてもと思ったが、まあいろいろあったのであろう。

2005年06月09日

『炎のストライカー』 ペレの下でサッカー修行

B000F6YSIO.jpg
『炎のストライカー』(1986) HOT SHOT 99分 アメリカ 1987/01鑑賞

監督:リック・キング 製作:スティーヴ・パパス 脚本:ジョー・ソウター、リック・キング 撮影:グレッグ・アンドラック、エドガー・モウラ 音楽:ウィリアム・オービット
出演:ジム・ヤングス、ペレ、ビリー・ワーロック、デヴィッド・グロー、マリオ・ヴァン・ピーブルズ

 日本が6月8日のワールドカップ予選で北朝鮮に勝ったことを今朝の新聞で知った。というか昨日が試合日だというのをようやく知った。ワールドカップにもサッカーにも興味がないとそんなものだろ。まあ野球にしろマラソンにしろスポーツ観戦自体に興味がないのだ。
 映画もあまりサッカーには興味がないようだ。アメリカではさほどサッカーに人気がないからだろう。それと野球やアメリカン・フットボールと違って選手の動きが止まっているシーンが少ないので映画にするのは難しいせいもあるだろう。
 サッカー映画としては『ミーン・マシーン』(2001)やロバート・カーライル出演の『リトル・ストライカー』(2000)、『ベッカムに恋して』(2002)などイギリス作品が多い。過去にイギリス領だったためか香港映画にも『チャンピオン鷹』(1981)などがある。えっ、日本映画の『シュート!』?SMAP主演でよりにもよって監督が大森一樹だって?知りませんなぁんなもんは。

 珍しくアメリカ映画なのがこの『炎のストライカー』である。予告編が格好良かったので観に行った。
サッカー好きな少年ジミーが念願のプロチームに入るが、はねっ返りで気の強い性格のため他の選手と衝突ばかりでチームにとけ込むことができない。そして一緒に入団した親友が試合中に大怪我をして、そのことで監督ともめてしまいジミーはチームから放り出されてしまう。
 悩んだジミーはブラジルへと向かい、伝説的名選手だったサントス(ペレ)に弟子入りを頼み込む。最初は断ったサントスだったが、ジミーのサッカーへの思いが本物だと知り彼を鍛えることにする。
 激しい特訓の末、伝説のスーパーシュートを身につけたジミーはアメリカへと帰り、人間的に成長したためチームメイトとも和解してチームに復帰した。そしてサントスの元で身につけたサッカーテクニックで大活躍を繰り広げるのだった。

 わたしの記憶ではペレはサントスではなくペレ本人役だとばかり思い込んでいた。18年を経てようやく間違いに気付いたわけだが、ペレを師匠として修行したというシチュエーションの方が燃えるので間違ったままにしておく。
 習得したスーパーシュートとはオーバーヘッドキックのこと。『勝利への脱出』ではペレがバイシクルシュートを決めていたが、それぞれの違いがよく分からない。ジミーのオーバーヘッドキックの方が高く飛んで身体も伸びており華麗だったが、まだ若いジミーと、『勝利への脱出』時にはすでに40歳だったペレを比べるのもちょっと酷だ。
 なんでもバク転した時に足が自転車のペダルをこぐように回転するのがバイシクルシュートで、左右の足の前後位置が変わらないのがオーバーヘッドキックだとか。どちらも派手だがあまり映画やコミックならともかく本物の試合ではあまり役に立たなそうな気がする。実際の試合でどれぐらい使われたとこがあって、成功したのは何回ぐらいなのだろうか。
 師匠の下で特訓をするシチュエーションが香港のカンフー映画に似ていて妙にうれしい。修行の結果、必殺技を習得するというのもそっくりだ。

 それにしても、この作品をわたしが劇場で観た1987年の1月といえば大学受験のまっただ中。「これはどうしても観ておかねばっ!」だったならともかく、どちらかというとどうでも良さそうな作品を観に行っているとは。しかも、予告編を見たってことはその少し前にも別の映画を観に行ってたってことだ。
 思いっきり受験をなめてるな。昔の話なんで憶えてないが、きっと勉強もまともにしてなかったんだろう。でもその時ちゃんと勉強をしておけばという後悔よりも、10代の感性を持っているうちに出会えた映画の本数が多かったことの方がわたしには重要だ。うん、そういうことにしておこう。

2005年06月10日

『チャンピオン鷹』 負けた奴の足を斬れ

B00005FXLG.jpg
『チャンピオン鷹』(1981) 波牛 THE CHAMPIONS 94分 香港 1985/02鑑賞

監督:ユン・シャンチャン 製作:ユエン・ウーピン 脚本:ユン・シャンチャン
出演:ユン・ピョウ、チャン・ユッキョン、ディック・ウェイ、ムーン・リー

 日本代表がワールドカップ出場を決めたという話をちょっと耳にはさんだ記念第二弾!サッカー映画特集
 というわけで今日は『チャンピオン鷹』(1981)を紹介する。だが、真面目すぎるサッカーファンには怒られるかも知れない。以前、「何か面白い映画はないか」と聞かれたので『少林サッカー』を勧めたところ、どうやらその相手が年に何度も試合を見に行くぐらいのサッカーファンで、「サッカーを馬鹿にしてるのか」と怒られました。
「美しいサッカーとはパスを繋げていくのが基本で、やたらと派手はシュートを出せばいいってもんじゃない」そうで。
 でも少林隊だって、ちゃんと眼鏡やデブがパスを繋いで鉄頭がヘディングを決めるシーンがちゃんとある。そもそも本気で怒ることはないわな。

 昨日も言ったが、香港はイギリス領のためかサッカーが盛んだ。土地が狭いので子供たちが空き地などで遊べるのが野球ではなくサッカーだというのもあるだろう。日本でJリーグが発足するよりもずっと前からプロサッカーが存在している。
 最近では『インファナル・アフェア』三部作で強面なマフィアのボスを演じて役の幅を広げたエリック・ツァンだが、彼は映画界に入る前はプロのサッカー選手だったそうだ。
 以前の作品ではコミカルな役柄中心で、『アクシデンタル・スパイ』の探偵や『ジェネックス・コップ』の上司役といえば分かるだろうか。1980年代には監督としても活躍しており、中でも『悪漢探偵1、2』(1982、1983)は傑作だ。ジャッキー・チェン監督・主演の『サンダーアーム』も元々はエリック・ツァンが監督だった。しかし、冒頭のアフリカの遺跡(撮影はヨーロッパだが)のシーンでジャッキーが頭蓋骨骨折をして撮影が長期中断したためエリック・ツァンは降板し、再開後はジャッキーが監督も務めることになった。なるほど、それを聞いてから観てみるとたしかに冒頭のシーンとそれ以降は演出のタイプが違う。エリック・ツァン担当の部分はギャグも多く演出も軽快だがアクションがちょっと迫力に欠ける。
 爆笑問題の田中の身体に若き日の谷啓の頭をくっつけたようなエリック・ツァンは、背も低い上に太っていてずんぐりむっくりなのだが、さて一体どのポジションを担当していたのだろうか。足も短くあまり速くは走れなそうなので、オフェンスではなくディフェンスだと思うのだが。ゴールキーパーは身体が大きい方が有利だからこれもちがうだろう。
 現役時代の映像や写真は見たことがないが、ジャッキー・チェンやユン・ピョウなどの香港サッカーチームが日本に遠征してきた時にエリック・ツァンもその一員だった。対する日本チームには明石家さんまなどがいた記憶がある。ゲーム中に全然関係ないフィールドの隅で意味なくジャッキー・チェンがバク転していた。あの試合は一体何の企画だったのだろうか?

 だいぶと話がずれたが『チャンピオン鷹』である。監督・製作・脚本とユエン一族で固められている。ユンとユエンが混ざっているが漢字だと全員「袁」だ。製作のユエン・ウーピンはマトリックスのアクションコーディネーターをやった人だ。

 ストーリーとしては、田舎から出てきた青年が得意のカンフーのキックでサッカーボールを蹴ったらすごいシュートになって、それがきっかけで草サッカーチームに入る。そして、プロサッカーチームが入団テストを行うというので友人と一緒に受けに行くが、そのチームのキャプテンであるサッカー王は以前ユン・ピョウがちょっとしたはずみで大恥をかかせてしまった相手。
 手違いで合格してしまったユン・ピョウにサッカー王のイジメが襲いかかる。ついには選手から雑用係に格下げになってしまったユン・ピョウだが、それでもくじけずにサッカーの練習を続ける。選手のロッカーに洗濯したてのタオルと入れる時だって、手ではなくカゴから放り投げたタオルを足でシュートして入れる。
 なんだかんだあったあげく、チームを飛び出したユン・ピョウはライバルチームに移籍し活躍することになる。怒ったサッカー王はユン・ピョウと決着を付けるべく挑戦状を叩き付ける。そこには負けた方は足を斬られるとの条件が書かれていた。
 そしてついに試合がはじまった。

 ユン・ピョウが実際にサッカーが得意なのかは知らないが、練習シーンでのボールさばきを見ていると結構上手いんじゃないかという気がする。肉体的訓練は充分すぎるほどに受けているし、小道具の使い方にも長けているはず。
 ボールを片付けるときにも、コートに散らばったボールを蹴ってはダイレクトにボール入れにシュートする。中にはトリック撮影を使ったシーンもあるが(SFXや特撮とすら呼べない原始的なトリック撮影だ)、ほとんどはユン・ピョウ自身がやっているシーンがほとんど。
「そんなことをいっても、カンフーが得意だからってサッカーはまた別物。本当の試合ではそんなのは通用しない」と怒る人もいるだろうが、まあ細かいことを気にするなとだけ言っておく。

 最後には降ってきた雨でコートがドロドロになり選手たちが足を取られて転ぶ中、野生児ユン・ピョウだけは裸足になって自在に駆け回りゴールを決める。そして試合は終了。同点の場合はユン・ピョウチームが勝ちとの約束なためサッカー王は足を斬られることに。
 いくらなんでも本当には切らんだろうと思って観ていたら、巨大な刃物が登場。切れ味が鈍そうなのがさらに恐怖をそそる。逃げだそうとして取り押さえられるサッカー王。・・・おいおい。
 後日、ユン・ピョウと友人、そして友人の妹が街を歩いている。角を曲がると道ばたに“いざり”の乞食が座っている。
「右や左の旦那様~」と乞食が顔を上げると、これが両足を失った元サッカー王。
 ユン・ピョウと友人が「うひゃぁ」と飛び上がってそのままストップモーションになって「終劇」。ストップモーションで終わるのは香港映画ではありがちだが、どんな終わり方だそれは。後味が悪くて爽快感がないぞ~。香港の人にはこのラストはOKなのだろうか。やはり三国志や水滸伝、西遊記の国の人ってことか。

 ちなみに友人の妹はムーン・リーでかなり可愛い。1980年代のムーン・リーは良いね。しかも『天使行動』(1987)ラストでの女悪玉(香港で活躍する日本人アクション女優の大島由加里)との戦いでわかるけどアクションもかなり出来る。共演の西城秀樹(出てたんだよ)のへなちょこアクションが引き立て役になってよけいと強そうだ。

2005年06月13日

『バナナシュート裁判』 スナフキンの不在

『バナナシュート裁判』(1989) 82分 日本 1989年鑑賞

監督:佐藤闘介 脚本:佐藤闘介、伊藤暢幸 撮影:浜口知俊、林民夫 美術:古谷伸二 制作:宮川洋紀、伊藤正昭
出演:油井昌由樹、原浩之、河野牧子、入江達也、木下浩

 えーっと、何の記念だったか忘れてしまったが、とりあえずサッカー映画特集第三弾。といってもこの作品はサッカー映画じゃないし、まともなサッカーも登場しない。
 一応は商業映画なのだろうが、限りなく自主映画に近い。というか自主映画。わたしは自主映画って奴が嫌いで、やはりこの映画も嫌いだ。青春期のウダウダをそのままウダウダ描いているだけで最初っから最後までウダウダウダウダウダウダウダウダ。あーもうイライラするっ!もっとこうパーッと弾けたりズダダダっと突き抜けたりしないものかね。何が楽しくてこんな映画を撮ってるんだか。

 男二人女一人の平凡な高校生三人組が、自由気ままに生きる中年男に出会ってその生き方に感化される。そして自分たちも夢に生きようとするが現実の前にあえなく負けてしまう。そして、夢を追って南米に旅だったはずの中年男は本当は南米になど行っておらず日本にいただけだった。しかし、主人公の少年は嘘つきで現実から逃避する中年男の生き方を認め自分もそれに同調するのだった。

 って、何だよこのストーリー。結局現実逃避かよ。行けよ南米ぐらい。でコロンビアにでも行ってゲリラに捕まって殺されるぐらいしろよ。さらにすごい奴ならそこから脱出するってのが男だろ。海外に行ったと嘘ついて日本にいたって、あんた「ゴールデンウィークにハワイに行くって近所に嘘をついて、カーテンを閉めた家の中でひっそり隠れてる見栄張り家族」かよ。
 これといった夢や目標もなく、漠然とした不安が胸の奥にあったりする。確かにそういう青春もあるだろう。だが、それを映画にする意味がどこにある。鬱陶しいだけ。なんかむかつくだけ。文学ならまだしも、映像で見せられるときついぞそれは。ほんと、ウダウダウダウダウダウダウダウダウダウダだ。
 こういうのがリアルだとか、青少年が夢や希望を持てなくなった現代社会を描写しているだとかトンマな感想もあるがやかましい。これは単に監督の佐藤闘介がウダウダ野郎なだけだ。二作目の『曖・昧・Me』(1990)を観てもわかるだろう。まったく、男気俳優佐藤允の息子だというのにとんだヘコ虫マンだ。
 せめて中年男がスナフキンのような魅力的な人物だったら印象も変わっただろう。高山みなみではなく岸田今日子がムーミンを演じていた旧「ムーミン」版のスナフキンだ。ハーモニカではなくギターを弾いていたスナフキン。テント暮らしで冬になるとムーミン谷を離れて暖かい南へと旅に出る、自由人と言えば聞こえは良いが、今になって思うと彼は無職なホームレスであった。しかし、親友であるムーミンに人生の意義などを時に分かりやすく時には喩えて教えた導師でもある。
 せめて、本当にせめて中年男がただの情けない敗北者ではなく、同じ状況にあってもなお輝いて見える人物であったならば少年たちが魅せられるのも分かるし、化けの皮がはがれてその正体が露わになっても背を向けずに受け入れることの説得力も出ただろう。
 というわけで「クズ映画」の称号を与えて今日は終わる。

2005年06月14日

ご家庭の台所で亜鉛を壊そう

 真鍮について調べているうちに、その成分である銅と亜鉛の情報に行き当たった。
 亜鉛でネット検索すると金属的要素よりもサプリメントとしての情報の方が多かったりする。わたしはサプリメント(栄養補助食品)というものを重視していない。というよりもむしろ信用していない。あの手の錠剤を飲むよりも野菜・肉・魚をバランスよく食べてりゃ大丈夫だ、多分。
 まあサプリメントを飲みたい人は別に勝手に飲んでくれればいいのだが、それについての説明には「なんだこりゃ」というのがあったりする。
 亜鉛を検索して行き着いたそのサイトはサプリメントとしての亜鉛を紹介していた。食品にも亜鉛は含まれていますが、それでは必要量に足りないですよ。食品の成分に含まれていても、それが食べた時点では減っているのです。
「何故なら、亜鉛は熱で壊れてしまうからです」
 ・
 ・
 ・
 どんな調理器具だ、それは・・・
 亜鉛といえば元素記号Znの原子である。物を細かく細かく分けていって、もうこれ以上分けられないってのが原子。(電子とか陽子は今回はとりあえず無視)それをガスコンロで煮たり焼いたりしたぐらいで壊れてたらえらいことだ。そもそも金属として工業用品として使ってるんだからご家庭の調理器具とは比べものにならない高温で加工しているのだ。言っとくが電子レンジでも無理だぞ。
 というか、仮に亜鉛が調理の段階で壊れるのなら、ひょっとして核分裂とか核融合を起こしてるんじゃないのか?台所がメルトダウンだぞ。チャイナシンドロームだ。いや、ここは日本だからブラジルシンドロームだ。水気も多いから水蒸気爆発だ。
 多分、調理によってお湯に溶けでてしまうとかなんだろうけどね。人間には吸収できない亜鉛化合物になったりするのか?
 まあ、わたしの化学に関する知識なんかいい加減なものだが、亜鉛がご家庭レベルでは壊すことが出来ないのは間違いないと思う。あまりにトロくさいのですぐにページを閉じたが、サプリメントや健康食品の案内にはかなりすさまじいのが混ざってるんだろうなぁ。

2005年06月17日

『パニッシャー』2004年版 どっちも自業自得

B00068CAN6.jpg
『パニッシャー』(2004) THE PUNISHER 123分 アメリカ 2005/06/16レンタルDVDにて鑑賞

監督:ジョナサン・ヘンズリー 製作:アヴィ・アラッド、ゲイル・アン・ハード 脚本:ジョナサン・ヘンズリー、マイケル・フランス 撮影:コンラッド・W・ホール 音楽:カルロ・シリオット
出演:トム・ジェーン、ジョン・トラヴォルタ、ウィル・パットン、ジョン・ピネット、ロイ・シャイダー、レベッカ・ローミン=ステイモス、ローラ・ハリング、エドゥアルド・ヤネス、ベン・フォスター

 原作はマーベル社のアメリカンコミックで、すでに1989年にドルフ・ラングレン主演で映画化されているが、どうも1989年版はなかったことにさてれる感じがする。気持ちはわからないでもない。
 今回主人公のパニッシャーを演ずるのはトム・ジョーン(トーマス・ジョーン)。『ディープ・ブルー』や『ドリーム・キャッチャー』の時は気付かなかったのだがクリストファー・ランバートに見えてしょうがない。「いや違う、ランバートじゃないんだ」と思い込もうとすればするほど、馬面な長い顔とはれぼったいまぶたがランバートに見えてくる。いや、ひょっとしたらクレジットに嘘が書いてあって、実は本当にクリストファー・ランバートなのかもしれない。そういや最近見ないな、クリストファー・ランバート。

 主人公である潜入捜査官が担当していた事件で一人の若い犯罪者が射殺される。この犯罪者が単なるチンピラではなく犯罪組織のボスの息子であったために主人公の不幸は始まる。
 組織のボス(ジョン・トラヴォルタ)の妻は復讐のために主人公とその一族の皆殺しにするように指示する。そして、主人公の父親(ロイ・シャイダー)が住む海辺の家に一族がお祝いで集まっていたところを殺し屋の集団が襲撃する。
 主人公は特殊部隊でテロ対策の専門家などの経歴があるという設定にもかかわらず数人しか倒せなくて案外情けない。ここで敵を全滅させておけば映画はそこで終わってくれたのに。ランボーやジョン・マクレーンだったら絶対に勝ってたな。
 結局、女子供を含んだ一族は皆殺し。ロイ・シャイダーもあっけなく死ぬのでどうやら特別出演だったらしい。息子と妻も殺し屋の運転する車に轢き殺され、自分は銃で何発も撃たれたあげくに爆発で吹っ飛ぶ。
 ところがどういうわけか生き残っていて、謎の多い黒人に助けられ傷を癒やし体力を回復する。息子の贈り物であるドクロのマークが入ったTシャツを着てパニッシャーとなり帰ってくる。そして街は処刑場になった。
 ちなみに謎の黒人は最後まで謎のまま。

 元がアメコミで原作から大きく離れることが出来ないという制約もあるのだろうが、いくらなんでもありきたりで陳腐なストーリー。
 ジョン・トラヴォルタと息子の仇という組み合わせは『フェイス・オフ』があるし、ちょっとばかりチョウ・ユンファの『リプレイスメント・キラーズ』を思わせる。息子と妻が轢き殺されるシーンは、構図まで『マッドマックス』の一作目そのまま。というか、妻子を殺された警官が悪党どもにバイオレンスな復讐をしていくってのが、原作がそうなんだろうし、ありがちな設定だが『マッドマックス』だわな。
 ギターケースを抱えた黒いジャケットの殺し屋は『エル・マリアッチ』三部作(『デスペラード』『レジェンド・オブ・メキシコ』)のパクリだろ。オマージュだとは言わせねーぞ。
 パニッシャーの住処は下水道の奥だったはずだが、今回は安アパートに住んでいる。壁に大きな換気扇が付いていてこのファンがグルグル回っているのがかろうじて下水を思わせる。そのアパートには軽食堂で働く若い女性と顔中にピアスをした男、そしてアイス好きなデブが暮らしている。この三人との安っぽい友情がどうにもうっとおしくて必要を感じられない。復讐に生きるパニッシャーにも人間的な心が残っているとか言いたいのだろうが、だったらもっと脚本に頭を使ってくれ。
 アパートの庭で作り上げたパニッシャーカーはフロントやサイドに防弾シャッターがあり、エンジンも特製で馬力も速度もすごいのだが、ほとんど役に立たないまま壊れる。なんじゃそりゃ。防弾仕様は『ガントレット』のパクリか。

 その後、組織のチンピラの弱みを握って味方につけると、次々と組織の人間を処刑(殺して)いく。一族が襲われたときはへなちょこだったのに、パニッシャーに変身(いや、変身はしないが)してからはメチャメチャ強い。正面からぶつかるのではなく策略を張り巡らして、しかもそれがかなり卑怯で観ていて爽快感がない。アクションはあるのだが燃えない。おかげで観ているこっちは不完全燃焼。せっかくのジョン・トラヴォルタの悪役も魅力がなくてもったいない。というか、妻が浮気をしていると吹き込まれて苦しみ、騙されたまま妻とその浮気相手である信頼する部下を手にかけるシーンは可哀想なぐらいだ。

 ロシア人の殺し屋との格闘はギャグのつもりなんだろうか?シリアスな展開できていきなりあのシーンを入れる意味が分からん。『マッドマックス』を観ていたら、突然ジャッキー・チェンの『プロジェクトA2』が始まった感じで浮いているにもほどがある。しかも、隣人三人がオペラのレコードを流していて、その音楽がかぶってくるものだから、本当にわたしにどうしろっていうのっ?
 その後で拳銃を持った殺し屋たちがアパートに入ってくるが、その時の音声解説で監督?が「このシーンはサム・ペキンパーを意識したショットだ。スモークを焚いて広角で撮った」とか言ってるが、この映画のどこにサム・ペキンパーを感じろと言うのだ。あえていうなら、ショットガンでつま先が吹き飛ぶシーンが『わらの犬』っぽいがそれぐらいだろ。
 ラストの駐車場大爆発はどんなギャグだ、あれは。

 1989年版は劇場公開時に観たっきりでいろいろとトホホだった記憶があるが、それでもこの2004年版より面白いんじゃないだろうか?久しぶりに観てみるか・・・でもまだレンタルビデオ屋に残ってるかな。

2005年06月18日

『サッカー・ツインズ ただいま特訓中!』 双子だからってスカイラブアタックは使わないぞ

『サッカー・ツインズ ただいま特訓中!』(2003) JUST FOR KICKS 93分 2005/06/18スカパー!録画を鑑賞

監督:シドニー・J・バーソロミュー・Jr 製作:ダーレン・フォルデス、スティーヴン・ステイブラー 原案:シドニー・J・バーソロミュー・Jr、ロリ・セバーン=カーサート 脚本:シドニー・J・バーソロミュー・Jr、ダーレン・フォルデス、スージー・ランドルフィ  撮影:クリストファー・C・ピアソン 音楽:ウィリアム・グッドラム
出演:ディラン・スプラウス、コール・スプラウス、トム・アーノルド、ジェンナ・ゲリング、ロリ・セバーン=カーサート

 そういえばそんな企画もやってたよなぁ、もう何日もほったらかしだが。というわけで相変わらず思いつきだけで生きているわたしが贈るサッカー映画特集第四弾。厳密には映画じゃなくてテレビ作品らしいが、ま気にするな。

 アメリカ人のクセにサッカー好きな双子の少年は、父親が監督を務める少年サッカーチームに所属している。ところがその父親が出張に出かけてしまい、彼らの母親が臨時に監督になる。サッカーに関しては素人である母親に率いられたチームは試合でボロボロに負けてしまう。チームを抜ける子供が何人も出てきてこのままではチーム解散の危機。おや?近所をうろついている油で汚れた作業着姿の青年が転がってきたサッカーボールを蹴るが・・・

 邦題や粗筋を読むと『がんばれ!ベアーズ』(1976)などを思い浮かべるが、作品の出来としてはかなり劣る。試合のシーンがそこらの公園の原っぱで撮影されているのはまあ予算的に厳しいテレビ用映画なので仕方ないが、だらだらとした演出はどうにかならないものだろうか。アメリカで放映されたときはCMが入ってたのが、スカパー!ではそれがないために逆にごまかしが効かないのだろう。
 フットボールで活躍しているが厳しい父親の抑圧下でプレッシャーを感じている友人や、作業着姿の謎の青年の正体が実は、などよくあるパターンだが面白い設定はされているのにそれを生かし切れていない。監督が原案や脚本にも携わっているのだがどういうわけだろうか。うーん、監督に向いてないのか?
 ちなみに劇中で登場するフットボールという単語はもちろんアメリカン・フットボールのこと。サッカーはサッカーって言ってる。当たり前だろと思われるかも知れないが、サッカーのことをサッカーって言っているのは日本とアメリカぐらいなものだそうだ。なんかややこしいが、世界の大半ではサッカーはフットボールと呼ばれている。足の球だからそりゃそうか。アメリカン・フットボールは蹴るシーンは少なくて抱えて走ったり手でパスしたりしてるんで、あれをフットボールと呼ぶことにそもそも無理がある。
 アメリカではサッカーはマイナースポーツだったのが、最近では人気が出てきているらしい。だからこの作品も作られたのだろう。

 知ってる顔の俳優は父親役のトム・アーノルドだけ。『トゥルーライズ』でシュワルツェネッガーの相棒役をやっていたり、『DENGEKI 電撃』『ブラック・ダイヤモンド』のエンドクレジットで延々しょうもない話をくっちゃべっていた男。
 この作品では冒頭で出張に出て、そのまま出張が長引いたあげくそのまま海外出張に言ってしまって姿を見せない。どうやら特別出演だったようだ。トム・アーノルドも特別出演するまで来たかと思うか、トム・アーノルドが特別出演かよと思うか、その判断は各自にお願いする。
 オープニングがサッカーコートの上をアニメの登場人物が駆け回るアニメーションなのだが、このアニメがしょぼい。動きが『サウスパーク』みたいで「お前、それ二枚の絵を繰り返し映してるだけだろ。ディズニーの1秒24コマのフルアニメとまではいかないが、日本のリミテッドアニメだって基本は1秒8コマだぞ。しかも背景のコートは固定でBGMはしょぼいじゃんか。1980年代前半のビデオゲームみたいだぞ」なので最初っから観る気をかなり削がれるのが痛い。

 そういえば『がんばれ!ベアーズ』もリメイクされてアメリカではそろそろ公開だとか。オリジナルでウォルター・マッソーが演じたダメ男な監督はビリー・ボブ・ソーントン。うわぁ本気で思いっきりダメそうで期待できる。問題はテイタム・オニールに匹敵する子役がいるかだが、さてどうなんだろ。
 ちゃんと2作目と3作目もリメイクしてくれるんだろうか。2作目はまあしなくてもいいが、3作目の『がんばれ!ベアーズ大旋風』こと『がんばれ!ベアーズ日本遠征』はぜひとも頼む。アントニオ猪木もまだ元気だしな。『家族対抗歌合戦』はとっくの昔に終了したしまったが、萩本欽一も元気だしおまけに野球チームまで持っている。そして欽ちゃん球団と対戦してくれ。

2005年06月19日

『勝利への脱出』 あいつが戻るまで10人で戦う

B0009Q0JBU.jpg
『勝利への脱出』(1980) VICTORY 116分

監督:ジョン・ヒューストン 製作:フレディ・フィールズ 原案:ジェフ・マグワイア、ジョルジェ・ミリチェヴィク、ヤボ・ヤブロンスキー 脚本:エヴァン・ジョーンズ、ヤボ・ヤブロンスキー 撮影:ジェリー・フィッシャー 音楽:ビル・コンティ
出演:マイケル・ケイン、シルヴェスター・スタローン、ペレ、マックス・フォン・シドー、カロル・ローレ
 
 
 サッカー映画特集第五弾。といっても、個人的にこの映画のジャンルをランク付けすると
1.捕虜収容所物
2.脱走物
3.マイケル・ケイン物
4.サッカー物
5.マックス・フォン・シドー物
6.スタローン物
ぐらいな順位になる。って、スタローン一番下かよ。

 昔は年に一度ぐらいの割合でテレビの洋画劇場で放映されていた。テレビを見なくなって久しいので分からないが、今でも放送されてるのだろうか。スタローンの声は佐々木功なのだろうか。あれ、羽佐間道夫だったか?まだ玄田哲章じゃない時代の吹替だったよな。
 ランク付けでは低くしたスタローンだが、時代的には『パラダイス・アレイ』(1978)と『ナイトホークス』(1981)の間に出演した作品で、この頃のスタローンは俳優業が調子に乗りつつある時期で決して悪くはない。というか、スタローンって結構好きなんだが、まあそれはそれとして、『大脱走』(1963)でスティーヴ・マックイーンが演じたヒルツ大佐的な人物をやっていて、そりゃマックイーンが相手では敵うはずもないのだが、何度も脱走を試みてはその度に捕まって収容所に連れ戻されるのだが全然懲りていない、というか懲りるってことを知らない基本的に単純なアメリカ軍人が似合っている。で、イギリス軍人のマイケル・ケインなどに「だからアメリカ人は」などと思われているのだがまるで気にしていない、というか多分気付いていない。

 ドイツ側の捕虜収容所に収容された連合国側軍人が、脱走を試みたりドイツ人チームとサッカーで対戦するというストーリーは『大脱走』(1963)+『ロンゲスト・ヤード』(1974)以外の何物でもないのだが、肩の力を抜いたジョン・ヒューストンの演出は楽しげで堂々としており、「そうか、パクリじゃなくてヒントにしただけだな」と妙に納得してしまう。
 マイケル・ケインがイギリスの元名サッカー選手という役柄だが、試合のシーンではあまりボールには近づかない。改めて思ったのだが、サッカーは野球などと比べると映画にするのが難しい。ずっと動きっぱなしで選手が止まっている瞬間が少なく構図が限られてくるし、引きの絵で長目のカットになるためサッカー技術のごまかしが効かないのだ。
 ちょっとやそっとの付け焼き刃では映画で使えないと考えたのだろう、だったら本物のサッカー選手を連れてくればいいんじゃない?と「サッカーの神様」ことペレや他にも何人かのサッカー選手が出演している。ロシア人捕虜のため英語がしゃべれず、飯を食っているかサッカーをしているかだけの連中がいるが、おそらく彼らがサッカー選手なのだろう。これならばセリフをしゃべって芝居する必要がないので違和感が少ない。
 彼らのサッカーテクニックで特にすごいなと思ったのが、相手側に向かってドリブルで進んでいた連合国選手の前にドイツ選手が立ちはだかったシーンだ。走ったままボールを踵で背中側から蹴り上げてそのまま山なりに前方へと送って相手をやり過ごしてパスをつなげる。これが1カットで描写されていて、これは確かにちょっと特訓したぐらいでどうなるもんじゃないだろうとサッカーに関しては全く知識がないわたしでも感じる。・・・この踵蹴り上げってなんて名前のテクニックなんだ?
 そして試合終盤のペレのバイシクルシュート!。前半でドイツ選手の反則的攻撃で怪我をして一度はコートを出ていたのにそれを押しての再出場。一度メンバーを外れたのになんでまた復帰できるんだと青少年だった頃から思っていたが、サッカー好きな知人に問い合わせたところ、ペレが外れた後に交代のメンバーを入れず10人で戦っていたのならば復帰できるんだそうだ。そういえばキャプテンのマイケル・ケインは交代を入れずにかなり長い時間を10人のままで戦っていたが、あれはペレが必ず復帰して活躍してくれるはずだと信じていたって事なのか。男だな二人とも。
 オーバーヘッドキックとバイシクルシュートの違いは先日の『炎のストライカー』の時に書いたが、知人にこれらのバク転系シュートって実際に試合で使われる事ってあるの?と尋ねたところ、「ごくたまにあるよ。生の試合でも見たことある。でもゴールが決まったのは見たことないな」とのことだった。知人は城とかいう選手のファンなので、その城がワールドカップのフランス大会かなにかの大きな試合でオーバーヘッドキックをやったが、当然のごとく外れて世間から非難を浴びたがあの状況では他に手段がなかったんだなんだと延々とサッカー話を聞かされた。だがそのおかげでちょっとばかりサッカーに詳しくなった。知ってますか、サッカーは11人でやるんですよ。
 スタローンがゴールキーパーというのも、実際にはサッカーの能力が高くないのにごまかしが効くポジションだからだろう。スタローンのエースストライカーってのはかなり無理がある。アメリカン・フットボールの選手だったら似合いそうだがな。

 元サッカー選手のドイツ人将校マックス・フォン・シドーが良い。ペレのバイシクルシュートに思わず席を立ち上がって、静まりかえったドイツ軍人の中で一人熱烈な拍手を送る。この人はエンドクレジット後のストーリーが描かれるとしたら、おそらくロシア戦線などの最前線に送られて激しい戦闘の中で命を落としたのではないだろうか。情報将校ではありドイツ人としての誇りは持っていてもナチスには内心で反感を抱いていたとわたしは思っている。割と勘違いされているんじゃないかと思うのは、ドイツ軍人の全てがナチスシンパではなかったということだ。ヒットラーやナチのことを嫌っていても、戦争になってしまった以上は国を守るために戦ったドイツ軍人も少なくなかったはずだ。『鷲は舞いおりた』のスタイナーの様な人物はいたはずである。
 マックス・フォン・シドーは何故だかスタローン主演のトンチキ映画『ジャッジ・ドレッド』に出演しているがこの作品の縁じゃないだろうな。

 ついでに捕虜になった軍人の脱走義務について。
 捕らえられたら脱走しろというのは義務だそうだが、これは再び戦場に戻って戦力となるためでもあるが、敵に対する後方攪乱というのも大きいそうだ。捕虜が脱走計画を繰り返すと、その対策として捕虜収容所の看守として軍人を多目に配置せねばならないので相手側の戦力を減らせる。そして実際に脱走が成功するとそれを捕らえるためにさらに人員を割かねばならずまた混乱させることが出来る。なるほど、ヒルツ大佐があれほど脱走にこだわったのは暇だったからじゃないのか。
 それにしても、『勝利への脱出』、『大脱走』、『第十七捕虜収容所』のどれを見ても意外に待遇が良さそうで、案外楽な生活に見えるんだがなぁ。

 邦題は『勝利への脱出』で、DVDのパッケージに書かれている英語のタイトルは『ESCAPE TO VICTORY』。しかし、オープニングタイトルで表示されるのは単に『VICTORY』だけ。『VICTORY』が正式なタイトルなのか。

2005年06月21日

『がんばれ!!タブチくん!!』劇場版 「ちょっとそこに座りなさい」 「さっきから座ってるじゃないの」

『がんばれ!!タブチくん!!』(1979) 95分 日本 以前スカパー!で放送されたのを録画で2005/06/19鑑賞

監督:芝山努 製作:藤岡豊、山本又一朗 製作補:片山哲生 原作:いしいひさいち 脚本:辻真先、城山昇、出崎統、金春智子 撮影:高橋宏固 音楽:乾裕樹
出演:西田敏行、二木てるみ、肝付兼太、内海賢二、青野武、羽佐間道夫、富山敬

 子供の頃に大ヒットした映画だ。劇場では観なかったがテレビ放映で観て、当時からプロ野球に興味がなく選手の名前などもほとんど分からなかったが、それでも面白かった。原作は今や朝日新聞朝刊の4コマを手がけるようになった“いしいひさいち”の出世作の『がんばれ!!タブチくん』。原作はタブチがタイガースにいた頃のイメージだが、劇場版はトレードでライオンズに移籍した後になるので当然タブチは青と白のユニフォームを着ている。
 1979年から1980年の2年間に続編の『激闘ペナントレース』『ああツッパリ人生』を含む三本が立て続けに公開された。ヒットしたから続編を作ったというよりおそらくは最初から三部作構成として制作されたのだろう。
 さほど制作費がかかっていなそうな作画・動画ではあるが、スタッフの面子は豪華。監督は『ドラえもん』などの芝山努。そして4コマ漫画とオリジナルのアイディアを上手く繋げ合わせて、いくつかのパートには分かれているが一本のストーリーに仕上げた脚本陣はミステリ作家でもある辻真先、『あしたのジョー』などの演出で知られる出崎統など錚々たる顔ぶれ。金春智子と言う人も見たことがある名前だ。
 原作にしろアニメにしろ、タブチはタブタだの西武デパートのアドバルーンだの「タブラン」(タブチのランニングホームラン)=不可能を表す単語として国語辞典に載ってしまうなど徹底してひどい扱いをされている。田淵選手はこの作品に対してクレームは付けなかったのだろうか?洒落が分かる人だったのか?
 若い人には王、長嶋はともかく熱心なプロ野球ファンでなければ登場人物には知らない名前も多いだろう。だが、実際のモデルに頼り切ることなく映画の登場人物としてキャラクターを完成させているので充分に楽しめるはずだ。
 誘惑に弱くうぬぼれ屋でそれでいてすぐに落ち込むタブチと、しっかりもので愛嬌もあり意外と毒舌でいて実はタブチのことを誰よりも思っているミヨ子夫人とのやり取りが面白い。ミヨ子さんみたいな奥さんを持てたらいいなぁ。

 タブチがミヨ子に説教しようとして
タブチ「ちょっとそこ座りなさい」
ミヨ子「さっきから座ってるじゃないの」
の繰り返しギャクがシリーズを通して何度も使われている。人によっては「しつこい、くどい」とケチをつけるだろうが、わたしにとっては大好きなギャグだ。
 そもそも繰り返しのギャグというのは最低でも三度はやらないとダメだ。一度目は普通のギャグ、二度目で「あれ、繰り返しのギャグかな?」と観客に感じさせ、そして三度目で繰り返しは偶然ではなく意図したギャグであることが判明する。そして、ギャグとは笑わせるだけではなく観客のエモーションに動きをもたらすものなので、「なんだこりゃ、くどいな」とシラケるというエモーションを引き出したことはこれぞギャグの勝利の一つなのである。

 『がんばれ!!タブチくん!!』で生み出されたタブチや広岡などのキャラクターはいしいひさいちが現在発表している『ののちゃん』などの作品で先生や作家などになって登場し続けている。スポーツ4コマを描いている漫画家の中には実在の選手の存在感や知名度を利用しているだけの人もいるが、そういった凡庸な漫画家と天才いしいひさいちの差なのだろう。

2005年06月22日

『モーニングアフター』 朝起きて、ふと手を見ると血まみれ

『モーニングアフター』(1986) THE MORNING AFTER 103分(?) アメリカ 1987/04頃鑑賞

監督:シドニー・ルメット 製作:ブルース・ギルバート 脚本:ジェームズ・ヒックス 撮影:アンジェイ・バートコウィアク 音楽:ポール・チハラ
出演:ジェーン・フォンダ、ジェフ・ブリッジス、ラウル・ジュリア、ダイアン・サリンジャー、キャシー・ベイツ

 今朝起きて「ふわぁぁぁ」と大きなあくびをしたところ、口の前を覆った右の手の平が血まみれだった。うぎゃっ!とびっくりして辺りを見渡すと枕にもベットリと血の痕が残り、そしてベッドの隣側には刃物で喉をかっ斬られた若い美女の死体があり、床には血の手形がついた出刃包丁が転がっている。
 あっ、この女性は昨日の飲み屋で知り合った娘ではないか。妙に話があって意気投合し・・・俺の家で飲み直さないかと誘って上手く連れ込んだという記憶がかすかに残っているが、アルコールのため詳しいことを憶えていない。何かの拍子に口論になりカッとなった俺が包丁で刺し殺したのか?まさかそんな馬鹿な。でも記憶がないのも事実だ。
 ピンポーンと呼び鈴が鳴った。出るわけにもいかないのでそのまま無視しておく。すると呼び鈴は何度も何度もしつこく鳴り続ける。宅配便にしてはおかしいと思い始めたころにかわらけ声が響いた。
「東森さん開けてください、いるのはわかってますよ。わたしは○○警察署の吉田です。早く開けないと不利なことになるだけです」
 誰に連絡をしたわけでもないのに、何故こんなに早く警察がやってくるんだ。俺が殺したのか、あるいは誰かに罠に嵌められたのか。
 俺は窓を開けてベランダに出ると下を見渡した。制服姿の警官が玄関側の様子を気にしつつ見張りとして立っている。俺の部屋はアパートの3階なのであまり上は気にしていないようだ。慌てて服を着替えると財布をポケットに入れた。昨日着ていたスーツに入っているクレジットカードも持って行こうと思ったが、カードを使った時点で警察に居場所がばれるのに気づきジャケットはそのまま放り投げた。それはうつろな目を見開いたままの娘の顔に覆い被さった。そうだ、彼女が持っている現金を借りておこうとベッドサイド置かれた彼女のバッグを調べると財布とカード入れが出てきた。現金はさほど入っていなかったが免許証と学生証が見つかった。ようやくと知った彼女の名は日向暁美、なんとお嬢様学校として有名な女子大の2年生だ。住所も高級住宅地のど真ん中で、部屋番号などは書かれていないので一軒家だろう。
 俺は靴を履くとベランダへ出た。隣に立っている二階建ての民家まで距離にしておよそ3メートル。絶頂期のカール・ルイスならともかく、助走なしでこの距離を飛ぶのは難しい。ダイニングの椅子をベランダに置く。そして部屋の端から全力疾走で駆け出すと椅子を踏み切り台にして宙に舞った。10秒にも感じられた滞空時間を経て俺は隣家の瓦屋根に着地した。数枚の瓦が砕け俺も左足を軽く捻った。物音に気付いた警官がこちらを気にしているのが感じられた。1分ほどじっと気配を消してから屋根の反対側へ移り、壁づたいに地面に下りた。
 アパートの方はだんだんと騒がしくなっており、近所の人たちが何事かと様子を窺いに道ばたへと出てきている。俺はこの場から立ち去ることにした。
 まずは飲み屋のマスターに話を聞きに行こう。あまり上等とはいえないあの店にお嬢様学校の学生が来ていたというのはどこか不自然だ。彼女が来たのは始めてか、それとも前にも来たことがあったのか。一人で来たのか、連れと一緒だったのか。
 何かただ事ならぬ感じは受けていたが、俺はこれから4日間の間に警察と組織から執拗に追われ、危険と陰謀が渦巻く一世一代の危機が待ち受けているとはまだ夢にも思っていなかった。

 多少脚色してあるが、上記のようなことが今朝方起きた。どの辺りが脚色部分かといえば美女の死体を見つけたところから飲み屋のマスターに会いに行くところまでかな。
(つまりほとんど嘘ってことだろ)
 だって、わたしは酒をやめっちゃったんで飲み屋にはいかないもんなぁ。お姉ちゃんと意気投合して部屋に連れ込むのはいつものことだけど。
(それが一番の大嘘だろ)
 手の平と枕に血がついていたことは本当。すでに乾いてこすると粉状になった。どうやら寝ている間に鼻血が出たらしい。結構な量が流れたはずだ。
 朝起きたら手に血が付いていて、ベッドには刺し殺された死体があったというシチュエーションで始まるのが『モーニングアフター』だ。映画に話を持って行くまでがやたら長いが、『モーニングアフター』のことなんかこれっぱかしも憶えていないのだからしょうがない。比喩や冗談ではなく本気で憶えていない。かろうじてジェーン・フォンダオバサンの演技がクドかったような気がするぐらい。
 わたしがダメダメ監督シドニーコンビの片割れシドリー・ルメットの映画なんて好きこのんで観に行くはずがない。ちなみにコンビのもう一人はシドニー・ポラック。わたしが勝手にダメダメシドニーコンビと呼んでいるだけなのでそこら辺はちょっと注意。地元の古びた映画館で観ており、公開時期から考えて二本立てだったのは間違いないからもう一本の方を目当てで観に行ったに違いない。
 その頃はなにぶん呑気でお気楽な生活をしていた大学時代で、休日ではなく平日の日中から映画館に行った。その映画館は土・日は9時から上映がスタートし、平日は12時からというスタイルだった。
 休日は9:00~11:00(1本目)、11:00~13:00(2本目)というローテーションだった。映画の長さによって伸び縮みはするがこれが基本。
 すると平日は12:00~14:00(1本目)、14:00~16:00(2本目)というローテーションになると思うでしょ。ところがタイムテーブル(上映時刻表)は休日と同じ。これがどういうことかというと、
 平日の12:00に2本目の映画の途中から始まって時刻通りに13:00で終了、続いて13:00~15:00(1本目)、15:00~17:00(2本目)と続いていく。
 ・・・14時スタート分から入った人は良いが、12時に入ったわたしはいったいどうすればいいの?これがアクションやコメディならまだしも、『モーニングアフター』は一応サスペンス・ミステリな作品だ。上映が始まるなりジェーン・フォンダは逃げ回っているのだがその意味が分からないし、何とか多少は状況が理解できてきたところで真犯人が分かり対決があったりで終了。目当ての映画の方が終わると、ようやくさっきは上映されなかった前半部分を観ることができた。でも、謎とか犯人とか全部分かっちゃってるんだよね。ただでさえつまらない映画なのにおかげで果てしなくつまらねー。

 ただ、最近の映画館は入れ替え式の指定席があたりまえ。途中入場は出来ないことになっている。学生時代にバカのように映画を観ていたころは、名古屋ではまだ二本立てが中心だったのであれも観ておかなきゃこれも観ておかなきゃとかなり無理なスケジュールで映画館を回っていた。新聞の映画広告欄で映画館ごとの上映時間をチェックして、「シアターAの映画が終わった後、10分後のシアターBの上映を観たいが大きな道路をまたいでビルの上階まで移動しなければならない。果たして間に合うのか?この回に予告編が流れるかが鍵になるな」
とか
「うわー、この映画とこの映画とこの映画が観たいんだけど、どれも二本立てで上手く時間が合わないぞ。よし併映の作品Aには興味ないからAの途中から入ってBを見て、そしてAの頭からさっき見たところまでを頭の中でつなげてOKってことにしちゃえ」
なんてことをやっていた。
 途中入場も許されなくなったし、ましてや平気で映画の途中から上映を始める映画館なんてもう存在しないだろう。(映画を見せる場ではなくお客の目的は別という劇場もあるそうだから、そこら辺だとかなり無茶もありそうだが)そう考えるとちょっと懐かしい。
 現在の商業化されマニュアル通りのシネマコンプレックスことシネコンには昔の映画館が持っていた暖かさや人の触れ合いが感じられない。・・・なんてウスラ野郎みたいなことを言うと思ったら大間違いだぁ。

2005年06月23日

『ヴァージン・スーサイズ』 親の七光りがなきゃ誰がお前に映画なんか撮らせるかっ!

B00005HTH1.jpg
『ヴァージン・スーサイズ』(1999) THE VIRGIN SUICIDES 98分 アメリカ 2005/06/23スカパー!にて放映されたのを鑑賞

監督:ソフィア・コッポラ 製作:フランシス・フォード・コッポラ、ジュリー・コスタンゾ、ダン・ハルステッド、クリス・ハンレイ 製作総指揮:フレッド・フックス、ウィリ・バール 原作:ジェフリー・ユージェニデス 脚本:ソフィア・コッポラ 撮影:エドワード・ラックマン
出演:キルステン・ダンスト、ハンナ・ホール、ジェームズ・ウッズ、キャスリーン・ターナー、ジョナサン・タッカー、ダニー・デヴィート、マイケル・パレ

 『ロスト・イン・トランスレーション』を見た時点で、このソフィア・コッポラという親の七光りウーマンのことは気に入っていなかった。とにかく鼻についてうっとおしい。脚本はこれでもかというつまらなさ、演出は単調で役者の魅力をわずかにも引き出せていない。そして一番困ったことにソフィア・コッポラは自分に偉大な才能があると勘違いしている。お前がフランシス・フォード・コッポラの娘じゃなかったら誰も相手にせんわい!
 『ロスト・イン・トランスレーション』についてはそのうち気が向いたら書くが、わたしの手を煩わせる価値はないのでおそらく書かない。今回取り上げるのは初監督作品にして脚本も手がけた『ヴァージン・スーサイズ』である。

 要約すると、思春期の精神が不安定になる時期に5人の姉妹が自殺をして死んでしまった。ただそれだけのストーリーを単調にダラダラと描いているだけ。抑制のきいた演出と単調の区別もついていない。一瞬でクソ映画のAAAランクに認定した。
 『ロスト・イン・トランスレーション』でのビル・マーレーの使い方もひどかったが、この作品でもキャスリーン・ターナーやジェームズ・ウッズなど実力ある役者を登場させておきながらまったく使いこなせていない。姉妹の両親で狂信的なまでのキリスト教徒という面白い役柄なのにまるでつまらない。スクリーンにどう映すか、その感情をどう表現するかがまったく出来ていない。
 もう冒頭からラストまでひたすら頭に来ていた。青春時代にはっきりとしない不透明な理由で自殺をする姉妹のことはどこか幻想的に理想像のように描いている。んなわけねーじゃん。わたしにも思春期や青春時代はあった。かなり呑気であまり悩みとか自己の存在理由とか難しいことに関係ない青春だったが、それでも青春が絵空事ではなく様々な欲望や怒り、そねみ、ねたみなど負の感情を持ち合わせていたぐらいのことは分かる。
 自殺だってソフィア・コッポラは頭が悪いから何も考えずに一種ファンタジーぽく描いている。だがな、自殺ってのはそんな絵本や耽美小説に出てくるような理想化されたきれい事じゃないだろ。社会的や文学的な題材を持ち出しておきながら後は知らね、面倒くさいからこれで終わりね、じゃねーだろ。
 どうにも純文学臭いというか、小説でいうと芥川賞の選考にかかるような作品だ。さすがにアレな最近の芥川賞でも受賞することはないと思うがな。で、わたしは芥川賞を受賞するような作品は大抵嫌い。芥川賞を受賞したから嫌いなのではないが、受賞作を読んでみるとほとんどが「なんじゃあこりゃあ、なめとんのかぁあ」という感想になる。ウダウダウダウダ、人間は汚い、わたしはつらくて苦しい、欲望に溺れたりなんだかんだってのは嫌いだ。

 原作小説があるそうだが、どうせなら明らかに参考にしたというかパクリ元ネタの『五人少女天国行』(1991・中国)の足元に届く程度に美しければねぇ。少女たちの不安定な美しさなど多くの点で『ヴァージン・スーサイズ』はオリジナルを2000回ぐらいアナログコピー機でコピーのコピーを続けた感じだ。画像や文字がメチャメチャになってもはや何一つ判別できないレベル。
 まあ、どうせ数年後には映画業界から消えてるだろうから気にする必要もないか。

2005年06月25日

『ワイルドキャッツ』 やっぱゴールディ・ホーンでしょ

B00008OJS8.jpg
『ワイルドキャッツ』(1985) WILDCATS 105分 アメリカ 1986/04頃鑑賞

監督:マイケル・リッチー 製作:アンシア・シルバート 脚本:エズラ・サックス 撮影:ドナルド・E・ソーリン 音楽:ホーク・ウォリンスキー、ジェームズ・ニュートン・ハワード
出演:ゴールディ・ホーン、スウージー・カーツ、ロビン・ライヴリー、ジェームズ・キーチ、M・エメット・ウォルシュ、ウディ・ハレルソン、ウェズリー・スナイプス

 アメフトが大好きでアメフト部の監督になりたくてしょうがない高校の体育教師が、荒れ放題の三流学校に転勤になってしまう。そこのダメアメフト部の監督になった主人公は、まるでやる気のない選手たちに真剣に立ち向かいついには本気にさせてチームを選手に導いていくという、どうにもありがちな物語。
 ただ普通とちょっと違うのは、体育教師が男性ではなく割と美人な女性教師だったということ。主人公を演ずるのはコメディエンヌとして有名なゴールディ・ホーン。この作品の時点ですでに40歳ぐらいなのだが、鼻っ柱が強くてどうにも可愛らしい。
 彼女の父親が熱心なアメリカン・フットボールファンで、子供の頃からその影響を受けて女だてらにアメフトの監督を目指したという設定。オープニングクレジットで子供時代からの8ミリで撮影されたホームムービーが映し出され、誕生日のプレゼントとしてアメフトのヘルメットをもらって喜ぶ様子などが登場させることでその設定を説明するセンスの良さ。「フ・フ・フ・フットボール」というイマイチやる気のない主題歌?も良い。
 嫌味な他校の男性監督や、離婚した元夫とその新しい妻などに毅然と立ち向かう。大切な娘たちを深く愛し、だらけた上に頭も悪そうな選手から一目置かせるためにマラソン勝負を挑んで見事勝利する。少しずつまとまってきたアメフト部(チーム名:ワイルド・キャッツ)は試合にも勝てるようになっていき、ついには優勝の可能性も出てくるのだが・・・

 ありがちなストーリーでそれ自体ははっきりいって凡作である。監督が『がんばれ!ベアーズ』(1976)などのマイケル・リッチーというのもほんとそのまんま。それを、まあまあ楽しめる娯楽作に変えてしまったのはひとえにゴールディ・ホーンの魅力だろう。彼女ほど女性からも男性からもウケの良い女優も珍しいのではないだろうか。基本的にはコメディエンヌだが『幸せの向う側』(1991)などシリアスな作品もこなす。ちょっと意外だがアカデミー助演女優賞も受賞している。

 アメフト部の部員の中で特にタチの悪い二人組がウディ・ハレルソンとウェズリー・スナイプスである。この二人は後に『ハード・プレイ』(1992)や『マネー・トレイン』(1995)でも白人・黒人コンビとして登場するが、この頃からの仲だったのか。

2005年06月26日

『ゆきゆきて、神軍』 勝手にどこへでも行ってなさい

B00005HPKO.jpg
『ゆきゆきて、神軍』(1987) 122分 日本 1987/10名駅シネマスコーレにて鑑賞

監督:原一男 製作:小林佐智子 企画:今村昌平 撮影:原一男 編集:鍋島惇
出演:奥崎謙三

 奥崎謙三が死んだそうだ。っつーか、まだ生きてたのか、あのおっさん。
 小学校や中学校などで見せられたドキュメンタリー映画がどれもつまらなかったので、ドキュメンタリー映画はあまり好きではなかったわたしに、「ドキュメンタリー映画は嫌いじゃぁ」と確信させてくれたのが『ゆきゆきて、神軍』である。
 1987年当時、大学の映画サークルに所属していたわたしは、「こいつはあれだね」「うんあれだな」という先輩たちの今一つはっきりしない感想を聞いてとりあえず名古屋駅裏側のミニシアターというか小劇場のシネマスコーレという映画館に行った。ちなみにシネマスコーレは映画監督の若松孝二がオーナーというちょっと変わった劇場だ。名古屋では有名な風俗ビルの通称「黄色いビル」などがある場所であまり雰囲気の良い場所ではなかった。最近ではその近くにアニメイトやメロンブックスが進出しており、雰囲気が・・・どうなったか言ってしまうといろいろ問題もありそうなのでご想像にお任せしよう。

 元日本陸軍軍人でニューギニア戦線を生き残った奥崎謙三は、もはや戦後と呼ばれる時代においてなお戦争を引きずり続けて生きていた。ニューギニアで戦死した戦友たちのことを思い、また戦争中に軍内部で行われた悪事や、撤退してジャングルを逃げまどう内に食料がなくなり、ついには死んだ仲間の肉を食った人肉事件などを相手の意志などお構いなしに突撃取材して好き勝手に暴れ回る。
 『ボーリング・フォー・コロンバイン』のマイケル・ムーアもよくよく嫌な奴だが、奥崎謙三と比べれば進学中学校の新聞部部員が取材してるようなもんだ。
 新年の天皇祝賀かなにかで昭和天皇目がけてパチンコでパチンコ玉を発射したり、銀座だかのビルの屋上から皇族を登場人物にしたポルノ小説が書かれたビラをばらまいたり。ずいぶん変わったおっさんだとは思うが、一体何がやりたいんだか理解に苦しむ。
 戦争責任を訴えるとかその悲惨さを語り継ぐなんてきれい事をお題目として唱えてはいるが、この奥崎謙三というひとは頭がいっちゃってるひと、ずばり言ってしまえば単に気違いなんじゃねーのか、おい。ってのが見終わってすぐの感想だった。

 翌日、部室に行って「何なんですかあの映画はっ!まったく」と先輩に怒りをぶつけたところ、「だから“アレ”だよって言っただろ」とのこと。
「単に気違いが暴れる映画じゃないですか」とぼやいたところ、
「そう思うだろ。でも監督のインタビュー記事を読むと、あの奥崎ってのはちゃんと自分がどう映るかを計算してキャラクターを作ってるらしいぜ。なんでも原一男がそのシーンで表現しようとしたことが気に入らなくて、自分が監督として撮り直してそっちを使おうなんてこともあったらしい。つまり真の姿なんかじゃなくて基本的に演技だってことだな。まあ、その記事は監督側の意見でしかないわけだけど、奥崎が逮捕されて獄中に入った途端にそれまで大人しく静かだった奥さんがいきなり街宣カーを乗り回してスピーカーを使って世間に訴えかけ始めるなんてどう考えても嘘だよな。もともと奥崎に協力していろいろ活動したのを、ストーリー上のインパクトから突然変わったという演出にしたんでないの」と返された。
 なるほど、結局のところ奥崎は自分を客観的な視点で捉えて、どのような言動をしたらインパクトがあるか計算して「気違いを演じてた」わけか。奥崎が気違いではなく単なる変わり者で自己顕示欲の強い目立ちたがり屋だと考えると、映画を観ていた最中の釈然としない違和感がパズルが解けるようにパチパチッと整理が付いた。
 他の部員の意見もおおよそ同じようなもので、『ゆきゆきて、神軍』を観て「やっぱり戦争反対だ」と目覚めたり、「奥崎謙三さんは素晴らしい人だ、感動した」と感化される全共闘世代のような人は一人としていなかった。
 これっぱかしも笑えない野暮なギャグ映画を見せられたかのようで、ひたすらにつまらなかっただけのわたしは、「あー、良いサークルに入ったなぁ」とそのバランス感覚がちょっとうれしかった。
 結局、映されている側がカメラを意識したり、編集で監督がテーマや意味を勝手に演出できてしまう以上、真に「ドキュメンタリー」な映画なんか作れるはずはなく、実際に人物や場所が登場する「劇映画」にすぎないのであろう。
 まあ、考えてみれば企画に今村昌平の名前がある時点でクズ決定だわな。

2005年06月27日

『バットマン ビギンズ』 ゴッサムシティには住みたくないな

B000B5M7R8.jpg
『バットマン ビギンズ』 (2005) BATMAN BEGINS 140分 アメリカ 2005/06/26鑑賞

監督:クリストファー・ノーラン 製作:ラリー・J・フランコ、チャールズ・ローヴェン、エマ・トーマス 製作総指揮:ベンジャミン・メルニカー、マイケル・E・ウスラン キャラクター創造:ボブ・ケイン 脚本:クリストファー・ノーラン、デヴィッド・S・ゴイヤー 撮影:ウォーリー・フィスター 衣装デザイン:リンディ・ヘミング 音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード、ハンス・ジマー
出演:クリスチャン・ベイル、リーアム・ニーソン、マイケル・ケイン、モーガン・フリーマン、ゲイリー・オールドマン、ルトガー・ハウアー、渡辺謙

 タイトルの通り、バットマンが誕生し最初の事件を解決するまでを映画いた作品。
 1989年のティム・バートン版『バットマン』でもそもそものきっかけは両親を強盗に射殺されたことだったというのは描かれていたが、その惨劇を目の当たりにしたブルース・ウェインがいかにして武術を身につけ、バットマンスーツやバットモービルなどの装備を手に入れていったかという過程が描かれているのがこの『バットマン ビギンズ』の見所の一つだ。
 少年時代から修行中の青年期を経て実業家兼バットマンになる時の流れを、そのままの順番ではなくパズル状に時間軸を入れ替えて構成した脚本は、なるほど『フォロウィング』(1998)や『メメント』(2000)の監督であるクリストファー・ノーランだけのことはあるが、「あんたはそれしか芸がないのか」とちょっとばかりツッコみたくもなる。
 多少デザインが変更されたバットスーツなどは格好いい。だが、四輪駆動のオフロード車風になりビルの屋上を飛び越えながら爆走するビギンズ版のバットモービルは確かに機能的には優れているだろうが、あのマイケル・ジャクソンが100万ドル払うから譲ってくれと頼んできたというティム・バートン版のバットモービルの方が明らかにクールでイカしている。

 バットマンはスパイダーマンやX-MENの連中のような超人的肉体能力は持っておらず、両親を殺された心の傷を成長しても引きずっていて、心に開いた空虚さを埋めるためにコスチュームを着て夜の街で悪投退治をしている、屈折したヒーローだ。クリスチャン・ベイルは神経質そうでその役柄に似合っている。
 執事であるアルフレッドはマイケル・ケイン。ちょっと皮肉屋なところがマイケル・ケインらしさが出ていて良い。世間では(ごく狭い世間だと思うが)メイドがやたらにもてはやされているが、わたしはメイドよりも執事の方が強いと確信している。まったく、なんでメイド喫茶はあるのに執事喫茶はないのであろうか。まぁ、仮にあったとしてもわたしは絶対に行かないが。
 モーガン・フリーマンはウェイン・コーポレーションの開発部門で防弾着や形状記憶布など様々な発明品を作ってきた人物。007シリーズにおけるQみたいなものか。だが、どれも商品として日の目を見ていないそ