『北京的西瓜』(1989) 135分 日本 1989/12鑑賞
監督:大林宣彦 製作:川鍋兼男、大林恭子 プロデューサー:森岡道夫 企画:川鍋大 原作:林小利、久我山通 脚本:石松愛弘 撮影:長野重一 音楽:根田哲雄
出演:ベンガル、もたいまさこ、林泰文、柄本明、天宮良
スイカ関連映画2本目。
でもまったく憶えていない。観終わると同時に完璧に忘れていた。いや、観ると同時に記憶から消去していった。
大林宣彦監督作品としては1983年に観た『時をかける少女』は好きだった。正確には当時の原田知世が好きだった。それ以外の大林宣彦作品は正直言ってどうでもいい。1980年代後半にはわたしにとってホントどうでもいい監督になり、以降そのままだ。
ロリコン野郎なんだから素直にロリコン嗜好全開の映画を撮ってればいいのだ、大林は。それを何をどう勘違いしたのか、自分には娯楽映画や文芸映画も撮れると思い込んでいるから始末に負えない。
『北京的西瓜』は日本に留学に来て苦しい生活の中がんばっている中国人留学生と、そんな彼らを見かねて援助を始めた八百屋夫婦についてのストーリー。全編を通して偽善や自己満足に満ちあふれていて観ていて苦痛だ。ラストには国に戻った留学生から八百屋夫婦連絡が来て・・・ってのはまったく何だよそれは。鶴の恩返しじゃねーっての。もしかして助けた亀に連れられてだったら延々帰ってこれないだろ。
夫婦が中国を訪れるシーンは天安門事件のため撮影できず、代わりに37秒間の何も映っていない映像が挿入されているが、んな中途半端なことをするな。中国当局から許可が下りなかったのなら機材を隠して持ち込みゲリラ撮影をしろ。それが当局に見つかり逮捕・秘密裏に殺害されても映画のためだ文句を言うな。それぐらいの覚悟もなしで映画を撮ってんじゃねぇぞ、この腑抜け野郎。それが出来ないってんなら未完成のままお蔵入りにしとけ。そっちの方がずっと世のためだ。
こんな河童に尻子玉を抜かれたような映画に騙されるな。感動なんかするな。と、今日は何だか機嫌が悪いわたしは怒ったりするわけだ。
中国を扱った映画なので文句を付けると妙なところからクレームがあるかも知れない。だが「中国を扱った」から貶しているわけではなく、単にクソつまらない上に社会派気取りで自己愛完結しているから文句を言っているのだ。仮にイラクからの留学生だったりジンバブエだったり、あるいはアメリカだったとしてもこの映画のひどさに変わりはない。