2005年3月アーカイブ

 知り合いがlivedoorのオンラインDVDレンタルサービス「ぽすれん」のことを何度言っても「ぽすたる」と言い間違える。
そりゃ「郵便」を意味するポスタル(postal)は「ぽすたるがいど」などで一般的に知られている単語で、造語の「ぽすれん」よりも知名度は高い。
だが、「ポスタルのDVDレンタル」などと言われるとついつい次のような光景が頭に浮かんでしまう。

 男は会社を首になってしまった失業者。時間をもてあましてレンタルビデオで暴力的かつ下品な作品ばかり借りて観て過ごしている。
その日、うっかり返却しそこねたビデオについてビデオ屋の店員から催促の電話がかかってくる。年下と思われるフリーターから電話越しにさんざん罵られた男は返却のために家を出る。
そして、その道中に出会う様々なムカつく嫌な奴らを銃・バット・包丁・火炎瓶などで殺して殺して殺しまくるのだ。もちろん、返却手続きが終わった後は店員も虐殺だ。

 ということで『ポスタル2』だ。リンク先にはグロテスクな画像があるので気をつけるように。
こいつはWindows用パソコンゲームで、一度だけ人が持っているのをプレイさせてもらったことがあるが、上に書いたようなエピソードが満載の“お使い”ゲームだ。
クリアするための条件は「未払いの給料を取ってくること」や「図書館に本を返しに行くこと」なのだが、その途中でムカつく登場人物をどれだけ殺しても良いというさすがアメリカな内容である。
 2日目の途中までしかやらなかったが、これはえーとなんというかね、つまるところ面白かった。クリア条件は『ロッタちゃん はじめてのおつかい』(1993)の様で、ある意味では教育的と言える物なのに、その途中で繰り広げられることのひたすら非教育的なこと。
暴力も多いがヤバいネタも多い。教会に懺悔しに行くと、どこからか武装したアラビア服の男たちが「アッラーアクバル」などと叫びながら突撃してくるので片っ端からやっつける。ではイスラム教徒だけ殺してキリスト教徒は助けるかというとこれももちろんやっつける。
主人公はゲーム製作会社に勤めていたのだが、その会社の前には「ゲームをやると脳が溶けるぞ」とシュプレヒコールをあげるデモ隊が待ちかまえている。そして、「もうデモだけじゃ駄目だ。実力行使するぞ」といきなり銃を抜いて襲ってくるので当然のごとくやっつける。
そういえば日本にも「ゲームで脳がどうした。脳波がアルファ波でベータ波だ」とか意味不明な主張をしている学者がいるが、この人が『ポスタル2』に出演していたら何があろうとやっつけられ・・・いやいやいや。
主人公の銃口はゲーム反対派の様な保守派だけではなく改革派にも向けられる。人種や性別、国籍などは関係なく全ての人に平等にその怒りと憎しみをぶつける「負の平等主義」だ。

 FPS(一人称視点シューティングゲーム)はあまり好まないわたしが、「うーむ買っちゃおうか」と真剣に悩んだほどだ。FPSとしてハードの性能を求めないのでわたしのマシンでもそれなりに動きそうだ。
だが残念なことに店頭で見かけたことがないので買わずじまい。まだ流通しているのだろうか。いっそのこと『ポスタル3』が出るのを待つか。出るかどうか怪しいものだが。

『キング・アーサー』(2004) KING ARTHUR 126分 アメリカ 2005/03/28鑑賞

監督:アントワーン・フークア 製作:ジェリー・ブラッカイマー 製作総指揮:ネッド・ダウド、チャド・オマン、マイク・ステンソン 脚本:デヴィッド・フランゾーニ 撮影:スラヴォミール・イジャック 編集:コンラッド・バフ 音楽:ハンス・ジマー
出演:クライヴ・オーウェン、キーラ・ナイトレイ、ヨアン・グリフィズ、ステラン・スカルスガルド、スティーヴン・ディレイン

 このところちょっと流行っていた歴史大作物もそろそろ終わりだろうか。なにより大作に必要な手間暇と工夫が感じられず、全体的に安っぽいというかインチキ臭くて、合戦のシーンは適当な衣装を着たオッちゃんたちがそこらの空き地で合戦ごっこして遊んでいるようにしか見えない。
ほら、よくあるでしょ大きな戦があった地でその記念日になると地元の人々が仮装してその戦いを再現するって奴。あのレベルにしか見えないのだ。
 剣や槍の時代の戦いについてはピーター・ジャクソンが『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズで徹底してやってしまったため、あの後だと半端な合戦シーンはほんと見劣りがしてしまう。そこらの空き地だもんなぁ。

 人間ドラマとしてはそれなり。巨大な権力を持ち主人公たちを支配するローマに対して、従うべきかそれとも独立を求めて戦うべきかというアーサーの苦悩が良く描かれている。どちらかというと線の細いクライヴ・オーウェンも従来の自信に満ちあふれ力強いアーサーではなくローマとブリテンとの間で苦しみ揺れ動く青年には適役だ。
だけど、イヤだイヤだイヤだイヤだ、こんな奴はわたしのアーサー王じゃないやい。
アーサー王だっていうのなら、湖の精霊から聖剣エクスカリバーを授けられたり、役に立つんだか立たないんだかよく分からない聖杯を探すのに必死になったり、親友の騎士ランスロットルにカミさんを寝取られてしまったり、最後には殺人の罪で警察に逮捕されたりする、そんな立派だかどうだかよく分からない男じゃなきゃイヤだ。時にはアッシュと一緒に死霊と戦ってこそアーサー王じゃないのか?

 いっそのこと歴史“大作”ではなく“史劇”としてじっくり作り込めばよさそうなものだが、なぜか意味不明なアマゾネス軍団(アマゾンにいるわけじゃないから正確にはアマゾネスじゃないが。右乳もあるしな)を登場させたりとウケを狙っているのかどうか理解に苦しむシーンもある。
すでに神話と化しているアーサー王伝説を、現在分かっている範囲で現実の物として描いているのだが、そもそもわたしもそうだがあまり日本人にはアーサー王伝説に親しみがないためにインパクトが薄いのかも知れない。
 ちなみに、わたしにとってアーサー王に関する知識の原点は子供の頃に見たアニメ『円卓の騎士物語 燃えろアーサー』である。
このアニメは日本製で、物語の後半になるとアーサーが国王のくせに無責任にも国や家臣を放ったらかしにして唐突に城を飛び出し、水戸黄門のように身を隠したまま世直しの旅を始める。ただでさえ史実から比べて神話寄りになっているアーサー王伝説を、もはやオリジナルとは関係のないエンターテイメントにしてしまった快作である。
・・・・・・・・・こいつはイギリスをはじめとするヨーロッパでも放映されたのだろうか?

『スペースインベーダー』(1986) INVADERS FROM MARS アメリカ 101分 1986年鑑賞

監督:トビー・フーパー 製作:メナハム・ゴーラン、ヨーラン・グローバス 脚本:ダン・オバノン、ジョン・ジャコビー 撮影:ダニエル・パール 特撮:ジョン・ダイクストラ 音楽:クリストファー・ヤング
出演:カレン・ブラック、ハンター・カーソン、ルイーズ・フレッチャー、ティモシー・ボトムズ、ラレイン・ニューマン

 昨日から首の後ろ側のほぼ中心に直径が一円玉大の腫れ物ができている。中がしこりのように堅く、軽く押さえただけで痛い。虫に刺されたとかではないようだがさて原因にまるで心当たりがない。ひょっとしたら本人が気づかぬまま地球侵略を狙うインベーダーに体と心を乗っ取られたのか?そう、映画『スペースインベーダー』に登場する主人公の両親や学校の先生のように。

 ある夜、少年は丘の向こうに光り輝く物体が下りていくのを目撃するが、そのことを両親に話してもまともに相手にしてもらえない。様子を見に行った父親は戻ってきて何もなかったと告げるが、少年はそんな父親に奇妙な違和感を感じ、さらには父親の首筋に火傷の痕のような印を見つける。
 そして父親だけではなく母親、そして学校の先生の先生までどこか別人のように変わってしまい、その首筋には傷跡があった。街の人間がどんどんおかしくなっていく中、少年は数日前に見たあの夜空の光が遠い星から地球を侵略しにやって来た宇宙人の宇宙船だったことに気づく。
果たしてこのまま静かな侵略によって地球は乗っ取られてしまうのか?

 何故だかわからないが親がこれまでと別人のように感じられるというのは、思春期の不安定な青少年の心にありがちな動きを描いているのかもしれない。これは男の子よりも女の子の方が強いだろう。これまで仲が良かった父親のことを、ある日突然汚らしく思えてしまい、距離を置くようになってしまうという話は時々聞く。
 だが、オリジナルの『惑星アドベンチャー/スペース・モンスター襲来!』が作られたのは1953年だと聞くと、そこには“赤狩り”の姿も見えてくる。共産主義者あるいはそうだと思われる人物が告発され弾圧された赤狩りは1940年代に始まり1950年代後半まで続いている。自分の家族や親しい知人がある日気づくと共産主義者になっていたという恐怖を宇宙人に置き換えたのが『惑星アドベンチャー』の真の姿だろう。
同じような共産主義者を宇宙からの侵略者に置き換えた作品としてはドン・シーゲル監督の『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』(1956)がある。ロバート・ロドリゲスの『パラサイト』(1998)でSFマニアな少女がジャック・フィニイの『盗まれた街』やロバート・A・ハインラインの『人形使い』を引き合いに出して古典への敬意を表している。
『パラサイト』では他国、他民族などによる侵略といった裏の意味はほとんどなくなっているが、『スペースインベーダー』ではまだそれとなく残っている。なんと言っても製作が反共・反イスラムのイスラエル人メナハム・ゴーランだ。後半に登場する宇宙人がイスラム服を着ていないのが逆に驚きかもしれない。

 宇宙船内部のセットや、中に入っている人はかなり無茶な体勢だろうなという宇宙人の着ぐるみがなかなか良くできている。SFX担当がジョン・ダイクストラだけのことはある。
わたしとしては巨大な砂地で、上を歩く兵隊がくるくるっと回って地面に吸い込まれていくところが好きだ。あとはカエルの一気飲みとかかな。
行動を共にする保険医(カレン・ブラック)は当時美人だなと思っていたのだが、今見るとただのオバさんだ。

『ナショナル・トレジャー』 (2004) NATIONAL TREASURE 131分 アメリカ 2005/3/26鑑賞

監督:ジョン・タートルトーブ 製作:ジェリー・ブラッカイマー、ジョン・タートルトーブ 原案:ジム・カウフ、オーレン・アヴィヴ、チャールズ・シーガース 脚本:コーマック・ウィバーリー、マリアンヌ・ウィバーリー、ジム・カウフ 撮影:キャレブ・デシャネル 音楽:トレヴァー・ラビン
出演:ニコラス・ケイジ、ハーヴェイ・カイテル、ジョン・ヴォイト、ダイアン・クルーガー、ショーン・ビーン、ジャスティン・バーサ、クリストファー・プラマー

 『インディ・ジョーンズ』シリーズのようなトレジャーハント冒険物を期待していくと肩すかしを食うかもしれない。
オープニングの北極のシーンで200年前から氷の下に眠る一隻の木造船を発見する辺りはそれっぽいが、アメリカに戻ってからは遺跡などほとんど登場しない。目玉であるアメリカ独立宣言書を盗み出すシーンも近代的防犯設備が整ったアメリカ公文書館への侵入である。
うーん、この雰囲気はどっかで観たような・・・あーっ、ルパン三世だっ!間違いない、これはルパン三世だろ。
ニコラス・ケイジ演ずるゲイツはもちろんルパン三世、相棒で皮肉屋なハッカーは次元大介、最初は敵でも味方でもない美人博士アビゲイルは峰不二子、ゲイツを追いかけるFBIの捜査官ハーヴェイ・カイテルは銭形警部だ。おお、キャラクタがぴったり合致する。残念なことに五右衛門がいないが。
様々なハイテク機器を利用しての盗みのシーンや様々な謎解きなど、実にルパン三世劇場版ないしスペシャル版向けの素材である。脚本に少し手を加えるだけでそのままルパン三世で使えてしまうのではないだろうか。

 財宝の謎を解くためには独立宣言書を盗み出さねばならないとなったときに、ゲイツは強く反対して結果スポンサーであるイアン(ショーン・ビーン)に裏切られ殺されかかってしまう。相手がショーン・ビーンだから登場した時点で「ああ、こいつは裏切るんだろうな」と分かってしまうのはともかくとして、その後なんとか助かったゲイツが「独立宣言書が盗まれるのを防ぐには俺が先に盗むしかない」となってしまう思考パターンがよく分からない。
そりゃ、そうしないと物語が進んでいかないんだが、独立宣言書を盗み出しそこに隠された手がかり(clue)から次のアイテムを探して財宝に迫ろうというのならばイアン側とやろうとしていることは同じだ。そもそも仲違いして敵味方に分かれたのは、単純に「映画には敵役が必要だよね」というアイディアにすぎない気がする。

 公文書館に侵入するシーンでゲイツは閉ざされた扉とキーボードを前にアビゲイルが使っているパスワードの解明を試みる。結果、パスワードはアメリカ独立に関して大きな意味を持つ渓谷の名前だったのだが、そんなセキュリティ意識の低いパスワードを重要な所で使うべきではない。銀行の数字4桁のパスワードだって、生年月日や電話番号などの個人情報から推測できる数字にしないで、なるべくランダムな意味のない物にするのが当たり前だ。
パソコンやインターネットで使うパスワードだって例えば「EIGABAKA」なんてバレやすいのを使っていたらこれはクラックしてくれと言わんばかりではなはだセキュリティ意識が低いと言わざるを得ない。
セキュリティの担当者もそこら辺を利用者にちゃんと説明しないといけないと思うのだが。

 次の場所への手がかりとして「STOW」(だったかな)というキーワードが浮かぶ。ゲイツらはより詳しい情報を持っていたので先にその場所へ行ったが、イアンたちには決め手がない。そこでどうするかというとノートパソコンでインターネットに繋いでYahoo!で「STOW」を検索するのだ。うーん、便利な時代になったねぇ。
というか、そんな特殊かつ重要なデータがネット上にほいほいあるとも思えないし、そもそもYahoo!アメリカで「STOW」を検索してみたところ「Results 1 - 10 of about 1,770,000」となったんだが。検索結果が177万件って・・・君ら複合検索ぐらいしろよ。
これでどこをどうやったんだか知らないが、イアンたちはちゃんと次の自由の鐘のシーンに登場する。なんかもう、ゲイツが知力を振り絞って繰り広げる様々な謎解きも、Yahoo!とGoogleがあればネットで検索すれば案外簡単に解けるんじゃないだろうか。

 アメリカ独立宣言書が収められた公文書館にベンジャミン・フランクリンの手紙、自由の鐘などなどアメリカの歴史的事物を巡る観光映画でもある。
登場人物がしきりに「200年も前の物だ」「大変に古い」などと驚いているが、1000年以上前の木造建築物がしっかり残っている日本の人間からすると「たかだか200年前か」とちょっと思ってしまう。4000年の歴史を持つと言われる中国の人が見たらさらに「だから?」だろう。
メインのお宝であるソロモン王の秘宝にしても、アメリカが作り出したわけではなく、昔どこかから盗んできたのをまた盗んでさらに盗んできた物だ。元の持ち主に返せよって気もする。

 意味ありげにフリーメーソンの存在がちらつかされるが、それっぽさを出すための色づけにすぎないようで大して関係がない。
ただ、ハーヴェイ・カイテルが何故ラストにあのような行動に出たかは、彼がはめている指輪のアップで察することが出来る。それぐらいか。

 ディズニー映画だけあってか、ほとんど人が死なない。銃で撃たれるシーンもあるが人間には一発も当たらない。このままだと一人も死なないかと思っていたが後半で数人が死ぬ。それでも決して死体は見せない辺り、子供も見ることを考えに入れているのだろう。
傑作ではないしアクション大作でもないが、推理を中心として子供と一緒に楽しめる映画にはなっていると思う。

『下妻物語』(2004) 102分

監督:中島哲也 プロデューサー:石田雄治、平野隆、小椋悟 企画:宮下昌幸、濱名一哉 原作:嶽本野ばら 脚本:中島哲也 撮影:阿藤正一 美術:桑島十和子 編集:遠山千秋 音楽:菅野よう子 照明:木村太朗
出演:深田恭子、土屋アンナ、宮迫博之、篠原涼子、阿部サダヲ、岡田義徳、本田博太郎、樹木希林

 わたしの知人が「人から面白いよと勧められたんだけど、一人で観てもしクソだったら対処に困るんで一緒に観てくれ」と持ってきたのがこの『下妻物語』である。
えー?マジっすかー、じゃあこっちも『キューティーハニー』(2004)が怖くて観れないままになっているんで、交換条件としてそっちも一緒に観てくれってことでOKした。

 結論から言うと面白かった。
僕はCM出身ですと言わんばかりのいかにもな映像にはひたすらうんざりしたが、それを割り引いても主人公の二人の少女やその周りのちょっと奇妙な人々が繰り広げる物語が楽しい。セリフが多い映画だが、基本的に登場人物の行動によって進んでいくところが良い。日本映画はぐだぐだとセリフを並べ立てるだけでなかなか話が広がっていかない傾向があるが、人の行動(アクション)で展開させるというのはやはり重要である。。
だがしかし、ラスト近くでさてどうなるのかと思っていたら、自分という世界に篭もっていた少女桃子が他人に自らをさらけ出すことでお互いに理解し合い危機を乗り切ってしまった。これは観客の大多数が最も望む結末ではあるのだろうけれども、あまりにもこれまでのいわゆるスポコン的ドラマ作りの枠内に収まってはいまいか。
雨の中絶叫して抱き合ったり、殴り合ったあげくに「お前もなかなかやるな」と友情で結ばれるなどという汗くさい世界はあまりオタク的ではない。そして桃子はアニメやコミックこそ見ていないがゴシックロリータファッションが好きなオタクな少女だったはずだ。それがラストになっていきなり「ヤンキー的側面も持ってるんだぞ、おらおら?」と言われても、確かにヤクザを父に持つ関西生まれという設定はあるが少々しらけてしまう。オタクがオタクのままでヤンキーと友達になったり、他の人と楽しい人間関係を築くといった展開にはできなかったのだろうか。
 詰まるところ、オタク否定映画の域を脱していなかったなというのが感想である。別の肯定しろとも思わないが、世界に名だたるオタク大国日本でいまだにちゃんとオタクをエンターテインメントにした作品があまりないのは何故だろうか。『七人のおたく』じゃあなあ。『ギャラクシー・クエスト』(1999)とまでは言わないが物語はいかようにも作れると思う。
ロリータファッションブランドの社長や桃子の祖母である樹木希林など脇役も良かったので残念。
劇中でジャスコが何度も「田舎、ださい」の代名詞として登場するが、ちゃんとその名がエンドロールの協力企業に含まれている。これにOKを出したジャスコ側はなかなか洒落が分かってるじゃないか。

 そうそう、『キューティーハニー』は下着姿で街中を走り回るハニーがコンビニで飯を調達して変身するところまでは見ましたが、そこでお互いに「これは耐えられない」ということになって電源をオフにしました。始まっておよそ3分ほど。
もしかしたらそこを我慢すればメチャメチャ面白くなるのかも知れませんが、まあどうでもいいや。というか、どう考えても面白くなるとは考えられない。わたしはてっきり『月曜ドラマランド』かと思ったよ。

『トルク』(2003) TORQUE 84分 アメリカ 2005/03/21レンタルDVDにて鑑賞

監督:ジョセフ・カーン 製作:ブラッド・ラフ、ニール・H・モリッツ 製作総指揮:ブルース・バーマン、マイケル・I・ラックミル 脚本:マット・ジョンソン 撮影:ピーター・レヴィ 音楽:トレヴァー・ラビン
出演:マーティン・ヘンダーソン、アイス・キューブ、モネット・メイザー、ジェイ・ヘルナンデス、マックス・ビースレイ

 自動車によるカースタントがメインの映画は数多くあるが、バイクスタントは案外と珍しい。
あまり登場しない理由はフルフェイスヘルメットで運転するとあまりにもスタントだと丸分かりだし、だからといって『ペイ・チェック』のベン・アフレックみたいにジェットタイプヘルメットだと「オバさんが原付乗ってんのか?」てなことになってしまうからだろう。じゃあノーヘルで行くかというと今度は撮影時のスタントの安全性や観客への悪影響が心配だ。・・・ハーフヘルメットぉ?あんなものは論外だ、田舎のヤンキーじゃないんだから。

 予告編が面白そうだったのでわりと期待してみたのだが、なんというか頭の悪そうな連中が頭の悪そうな事件を起こすといった内容で、麻薬取引の冤罪を着せられる主人公やバイクの整備工場を経営するヒロイン、悪党に弟を殺されてしまうアイス・キューブなどの登場人物の誰にも感情移入することができなかった。そろいも揃って交通ルールを無視しまくっているのは映画の展開上仕方ないのだが、こいつらどう見ても30歳過ぎだろうに未だに暴走族をやっていてどうしようというのだろうか?さすがのわたしも「お前ら、少しは将来のこと考えろよ」と言いたくなってしまう。事件が終わった後、こいつらはちゃんと免停になったのだろうか。いや、そもそも運転免許を持っているかが怪しい。
アメリカの暴走族だとロジャー・コーマンの映画などでヘルズ・エンジェルが有名だが、あちらはアメリカンタイプのバイクで集団で群れて走る暴走族で、この映画のはヨーロピアンタイプのバイクで突っ走る走りやタイプの暴走族だ。ただ、舞台はカリフォルニア近辺のようなので、真っ直ぐな道がひたすら続くだけでカーブなどは少なく、あまりドライビングテクニックは必要ないんじゃないだろうか。
 FBIの捜査官が出てきた途端に「あっ、こいつは裏で悪投と通じてるな」と一瞬で分かるなどストーリー的に面白みは少ないが、バイクのスタントは売りにするだけのことはある。自動車同士のゼロヨンを後方からバイクが猛スピードで追い越していくオープニングが笑える。
わたしが一番燃えたのが、ヒロインと敵の女性によるバイクの格闘戦。それぞれペプシとマウンテンデューの看板を背負って登場し、巧みにバイクを操ってタイヤなどで相手を攻撃する。無茶だが格好いい。
それに比べると、ただスピードを競うだけの主人公と敵役の対決は工夫がないし、あまりにも映像がビデオゲームそのままだ。ナムコのリッジレーサー部門に発注した方がリアリティのある映像が出来たのではないだろうか。化け物バイクも、なんだそりゃというのが感想。いかにもミュージックビデオ出身という作風だがまあそれはいいや。

 アイス・キューブの愛銃としてまだまだスクリーンでは珍しいイスラエル製の拳銃“ジェリコ”が登場する。これでもかぁと言わんばかりのアップで、同じIMIのデザート・イーグルに似たフォルムが印象的だ。
うむむ、『ワイルドスピード』の車をバイクに置き換えただけかと思ったら製作が同じニール・H・モリッツだった。四輪、二輪と来たから次回作は一輪車だろうか?

『80デイズ』(2004) AROUND THE WORLD IN 80 DAYS 121分 アメリカ 2005/03/21レンタルDVDにて鑑賞

監督:フランク・コラチ 製作:ビル・バダラート、ハル・リーバーマン 製作総指揮:ジャッキー・チェン、アレックス・シュワルツ、フィリス・アリア、ウィリー・チャン、ソロン・ソ 原作:ジュール・ヴェルヌ 脚本:デヴィッド・ティッチャー、デヴィッド・ベヌロ、デヴィッド・ゴールドスタイン 撮影:フィル・メヒュー 音楽:トレヴァー・ジョーンズ
出演:ジャッキー・チェン、スティーヴ・クーガン、セシル・ドゥ・フランス、ジム・ブロードベント、ユエン・ブレムナー、ロブ・シュナイダー、カレン・ジョイ・モリス、イアン・マクニース、キャシー・ベイツ、アーノルド・シュワルツェネッガー、ジョン・クリーズ、オーウェン・ウィルソン、ルーク・ウィルソン、マーク・アディ、サモ・ハン、ダニエル・ウー

 せっかくのジャッキー・チェン最新作だというのに映画館で観ずじまいだった。すまん、ジャッキー。
 ジュール・ヴェルヌの小説『80日間世界一周』が原作。1956年にデヴィッド・ニーヴン主演で映画化されているが、この時は80日間で世界一周を試みるフォッグ氏が主役だったのが、今回はフォッグ氏の召使いで自称フランス人のパスパルトゥーが主役になっている。パスパルトゥーはサーカスの軽業師や体育の教師という過去があるので中国人であることを除けばジャッキー・チェンに適役だろう。まあ、中国人って段階で無茶だろって気もするが。
ジャッキーは中国の村から盗まれた翡翠の像を取り返しすためにロンドンにやって来た。なんとか像を取り返した物の警戒網が引かれて国外へ脱出することができない。そこでフォッグ氏の召使いとなって世界一周の旅に乗じて中国へと戻ろうというわけ。おかげで一行は警察からも盗賊団からも狙われ危機また危機が襲いかかる。
ジャッキーのアクションに重さを感じてしまうことについてはあえて問うまい。だが、これだというアイディアが見られなかったのが残念だ。
 世界一周の途中である中国で物語がほぼ一段落してしまうのはちょっといただけない。もしかしてこのまま終わって、「中国?アメリカ?ロンドン編はパート2に続く」となるかと思ってしまった。アメリカではかなり興行成績が悪かったそうなので後半は永遠に幻のままになってしまう。
実際、アメリカ以降はかなりダレ気味であって、オーウェン・ウィルソンとルーク・ウィルソンのウィルソン兄弟がライト兄弟を演じても盛り返すことができない。ジョン・クリーズがスコットランドヤードの警官として登場するシーンはあまりの無意味さでちょっと盛り返した。
 筋骨隆々の偉丈夫でナルシスト、でも政治家としては有能だぞという中東の王様を演ずるのはアーノルド・シュワルツェネッガー。なんというかそのまんまな役だが、自分自身を戯画化した上にパロディとして笑っているとはやはりただ者ではない。ボディビル出身だけあってか、他人から自分がどのように見られているかに敏感でそれをどう生かすかにも長けているのだろう。
ジェームズ・キャメロンが自らの監督作品に出演を依頼するためようやくランチタイムにアポイントメントを取った時のこと。シュワルツェネッガーが未来から来た戦士役で殺人アンドロイドからある女性を守るというプロットを話したところ、「戦士よりもアンドロイドがやりたい」と返答したそうだ。自分の資質と映画の題材から、自分がどの役を演じたら一番見栄えがするかを瞬間的に判断したのだろう。シュワルツェネッガーがアンドロイドを演じた『ターミネーター』がどんな成績を収めたかは皆さんご存じの通り。
ちなみに、当初の案でのターミネーター役はジェームズ・キャメロンとは付き合いの長いランス・ヘンリクセンだったそうだ。主役・敵役の座は掴めなかったが、代わりに刑事の一人として登場している。

『マッスルモンク』 (2003) RUNNING ON KARMA 93分 香港 2005/03/20鑑賞

監督:ジョニー・トゥ、ワイ・カーファイ アクション監督:ユエン・ブン 脚本:ワイ・カーファイ、ヤウ・ナイホイ 音楽:キャシーヌ・ウォン
出演:アンディ・ラウ、セシリア・チャン、チョン・シウファイ、カレン・トン、ユエン・ブン

 鋼の筋肉を持った少林寺の坊主がクンフーで大活躍するか、身体を鍛え上げても煩悩を振り払えなかったボディビルダーが仏門にはいるのか、どちらにしてもアクションコメディだろうと思っていた。
なんと言ってもアンディ・ラウの着ぐるみ式筋肉肉襦袢が見るからに大笑いで、どう考えてもシリアスな映画だという印象を持つはずがない。
ところが、この映画はシリアスでしかも重い。アクションシーンはあるが、ほとんど爽快感を感じさせないまま“カルマ(業)”をテーマにして映画は進んでいく。

 主人公のアンディ・ラウは相手の背負ったカルマが見える特殊能力を持った坊主。撃ち殺された警察犬は前世で犬を打ち殺した子供だったためにそのカルマで死んだ、といったことが見えてしまう。ヒロインである女性刑事の前世は戦争中に中国人を日本刀などで虐殺した日本兵で、そのカルマによって何度も死の危険にあう。カルマを背負った人を助けても、いずれはまたそのカルマが死を呼び寄せてしまう。人はそのカルマから解き放たれることはないのか?坊主は苦悩する。
男の日本兵が女性中国人に生まれ変わるなど、前世は性別・国籍が関係ないようだ。ナチスドイツの将校が前世のユダヤ人とかもいるのだろう。あー、ユダヤ教やキリスト教には前世という考え方がないか。警察犬の前世は人間の子供だったが、ということは犬が前世の人間もいるのだろうか。わたしとしては前世ではなく来世は猫に生まれ変わりたい。もちろん飼い猫。あいつらぐらい将来の不安とか行く末を考えずに暮らしている連中はいないだろう。
映画のストーリーに筋肉はほとんど関係していない。あえていうなら男性ストリップとボディビルダーコンテストのシーンぐらいだが、なければないでかまわないシーンだ。何故アンディ・ラウを筋肉だるまにしなければならなかったのか、謎である。

香港アカデミー賞で作品賞ほかを受賞しているそうだがこれまた謎だ。仏教的観点から観ないとこの作品の良さが分からないのだろうか。うむむ、寺に入って修行するか。

 引っ越した際に、インターネットプロバイダを変更した。これまでは地元のケーブルテレビインターネットを利用しており、引っ越し先にもまた別のケーブルテレビ会社があるのだが、将来の光ファイバーへの移行も考えてocnに加入した。別段、ぷららでもniftyでも良かったのだが何故ocnにしたかと言うと・・・何でだろ?
ウェブホスティングサービスを利用しているのでocnのメールなどは使わずにインターネット接続サービスのみ使うことになる。会員専用のコンテンツもあるようなので暇をみて少しずつチェックしていこう。
電話回線を利用したプロパンガスの自動検針システムが付いていたのでガス会社に連絡をし、ADSLアダプターの取り付けを依頼した。自動検針システムをADSLスプリッタの後ろに来るように配線を変更した方がノイズ対策で有利そうだが工事だなんだで大げさになる。最初にも言ったがいずれは光に移行するつもりなのでもったいない。
IP電話は一般電話よりも若干音質が落ちているのが素人の耳にもはっきりわかる。大事な用件で使うのは少々ためらうが、親しい人との長電話用ならいいだろう。なによりもご存じの通り通話料が安い。わたしは普段あまり電話はしないのだが、話し出すと長いのだ、これが。

『クレヨンしんちゃん 電撃!ブタのヒヅメ大作戦』(1998) 99分 日本

監督:原恵一 演出:水島努 プロデューサー:茂木仁史、太田賢司、堀内孝 原作:臼井儀人 脚本:原恵一 撮影監督:梅田俊之 特殊効果:土井通明 美術監督:川井憲、古賀徹 音楽:荒川敏行、宮崎慎二

出演:矢島晶子、三石琴乃、玄田哲章、石田太郎、ならはしみき、藤原啓治、こおろぎさとみ、塩沢兼人、山寺宏一

 面白いと思うし、ラストのぶりぶりざえもんとの別れのシーンではつい泣いてしまったほどだ。ほかの人たちが喜ぶ中、後ろに立つしんのすけの頬をつつーと一筋流れる涙が良い。
だがしかし、『クレヨンしんちゃん』で本格的な銃撃戦をやる必要があるのだろうか。確かにそれで傷ついたりましてや死ぬ人は登場しないが、FA-MASやMP5など銃器の描写が妙にリアルで少々浮いているように感じてならない。
 野原一家としんのすけの友達たちの活躍はいつものことだが、今回は秘密組織のエージェントであるコードネーム『お色気』と『筋肉』の二人が加わる。何かにつけて口ケンカばかりしている二人だが、実は意外な(でもないか)関係だ。この部分は子供よりもむしろ付き添いの親にウケたのではないだろうか。
お色気のセリフ
 「あんた子供産んだことある?・・・わたしが勝つ!」
は凛々しく格好いい。
お色気が命がけで子供たちを守るのも、筋肉がしんのすけを心配する両親を駄目だ連れて行けないと断りながら結局は同行させるのは二人とも親だから。親ってすごいなと未だに子供の立場だけのわたしは思うんである。

 東京湾の屋形船から香港、中国(?)の山岳部とアジアを股にかけての大冒険だが、香港のシーンは少なくあまり意味を持っていないのが残念。
その分、敵の基地での大暴れが派手だしギャグがあって笑える。規模としてはほとんど『007』だ、アニメだけど。
原作は何度か読んだことがあるが、それほど面白い作品ではなかった。臼井儀人は優れたアニメ化で得してるな。

ADSL開通記念

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 嵐のような一週間が過ぎ去りようやくと一息つける状況となった。転入手続きや荷物の整理、挨拶回りに買い出しに雪かきと、もうなにがなにやら。
ちょっとした空き時間にネットをやろうにも自宅のADSL開通がまだだったため、ダイアルアップ接続でできるのはせいぜいメールのチェックぐらい。仕事場のPCはブロードバンド環境だが趣味のサイトを見ていては「引っ越してくるなり、なんだあいつは」てなことになってしまう。
だがそれも今日までの辛抱。ADSL開通工事が完了して使えるようになった・・・はず。まずは帰るなりあらかじめ届いていたルータータイプのADSLモデムSV3をモジュラージャックに接続する。ADSLランプとPPPランプが緑に点灯した。ネットワークの設定は先にやっておいたのであとはPCを立ち上げればインターネットにつながるはず。電源オン、Firefoxのアイコンをダブルクリック、いつものわたしならここらで失敗するはずが珍しく一発で成功しスタートページが表示された。OKだがもう一つネタにならない。

『お引越し』(1993) 日本 124分 1993/4/23鑑賞

監督:相米慎二 製作:伊地智啓、安田匡裕 プロデューサー:椋樹弘尚、藤門浩之 原作:ひこ・田中 脚本:奥寺佐渡子、小此木聡 撮影:栗田豊通 美術:下石坂成典 編集:奥原好幸 音楽:三枝成章 照明:黒田紀彦
出演:田畑智子、中井貴一、桜田淳子、須藤真理子、田中太郎、茂山逸平

 ここ数日手抜き気味な映画バカ黙示録であるがそれには理由がある。3月9日・10日に引っ越しを控えているのだ。役所関係の手続きをしたり荷物を梱包したり、急に決まったわけではないのでスケジュールを組んで余裕を見てやっているのだが、やはりこれでなかなか忙しい。

 これまで8畳間で生活してそこに物がちゃんと収まっていたというのに、ダンボールに梱包すると部屋に収まり切らなくなるのは何故だろう?デジカメで撮ったjpeg画像を一ファイルにまとめようとzipにまとめた時に設定を、圧縮率0ではなく“圧縮する”にすると逆に元のファイルサイズ合計より大きくなってしまうのと同じ理屈か。・・・違うか。

 引っ越しというとそのまんま『お引越し』というタイトルの作品がある。1993年の故・相米慎二監督作品だ。
いい人ではあるのだがちょっと心のバランスを欠きつつある母親が桜田淳子で、これまたいい人ではあるのだがそんな妻や一人娘の存在を重荷に感じ“引越し”して家を出ていった責任感の薄い父親が中井喜一。その夫婦の間で何とかよりを戻そうと奮闘する少女レンコが田畑智子。
という粗筋を書くとなにやらコメディっぽいが、もちろん相米のことそういう娯楽映画にはしないわけで、例によってうだうだと自分の世界を展開するのである。
それでも、相米慎二作品としてはストーリーや観客を無視して突っ走ることもなく、比較的脚本を大事にして人の動きや感情のもつれなどを描いている。
しかし、ラスト近くの夏祭りのシーンでレンコが急にお腹を抱えてうずくまってからがいつもの相米になってしまって、わたしの方としてはお腹ではなくただ頭を抱えるだけである。どうやらお腹が痛くなったのは初潮を迎えたらしいからなのだが、そこから映画は唐突に現実を離れてしまいレンコは何故か山や草原をさまよい始める。これはもちろん実際に山で遭難したとかではなく心理描写としての幻想的シーンなのだが、はっきりきっぱり言って冒頭から細かく積み重ねてきた事柄をすべてぶち壊して監督の自己満足に走っているとしか思えない。
湖に腰までつかりながら「おめでとうございます。おめでとうございます」と連呼されちゃった日にはどうしようかと思った。だからお前は何が言いたいんだ、やりたいんだと隣に相米がいたら詰め寄りたいところだ。
もちろん、わたしだってこれらが自分の幼い少女期への決別・別れのシーンだということぐらいは分かる。というかいくらなんでも分かり易すぎ。幻想的なシーンを使うならもうちょっと捻れよというか、結局真っ正面からの演出をせずに逃げたって事だろう。

 死者の悪口を言ってはいけないということになっているようだが、わたしは相米慎二は嫌いだ。傑作だと言われている『台風クラブ』も見た時はどうしようかと思ってしまった。つまらんというか底が浅くないか、これはと。
相米慎二はおそらくロリータコンプレックスである。児童買春で逮捕された今関あきよしは少女を神格化するタイプのロリコンだとすれば、相米は少女の欲望など生臭いところに興奮するタイプ。どっちもどっちだ。

 相米と言えば長回しで知られている。『お引越し』でも坂を駈け降りていくレンコ(だったかな)をカメラをクレーンで上にグワッっと持ち上げての長回しなどがある。
しかし、この人の長回しは本当にすごいのだろうかと疑問に思っている。長回しというのは一つの技法で、そのシーン、そのカットで長回しを使うことで何を表現するか、何を観客に伝えるかというのが重要だと思うのだが、相米の長回しは自分が長回しが好きだからと長回しのために長回しを使っているようである。技法自体が目的になってしまうのは明らかに間違いだろう。
映画史に残る長回しの一つにオーソン・ウェルズの『黒い罠』(1958)の冒頭のシーンがある。町の中を自由に縦横無尽に駆け回ったカメラが様々な人を写し出し、そして一台の車に近づいていくとそれが突然爆発する。そこから始まっていくサスペンスへの期待を観客に存分に持たせるし、人物紹介や後の伏線も含まれている。もちろん、これに迫るような長回しを撮れといっても無理だろうが、もう少し工夫があっても良かっただろうにと思う。

 冬もそろそろ終わりだが必要があってタイヤチェーンを購入した。
チェーンを巻いたことがないので使う前に一度装着の練習をする。ジャッキを使わなくても出来るが、カー用品店の店員曰く「結局ジャッキを使った方が楽だし早いですよ」とのことなのでラゲッジルームからジャッキを取り出し作業に取りかかる。何度かパンクを経験しているのでジャッキ自体は使ったことがあるが、雪が降ったりする中での作業は全く違ったものだろう。
 ともかく、ああでもないこうでもないと説明書を読むうちに、チェーンのメーカー名が目に入った。
『オカモト株式会社』
オカモト・・・どこかで聞いたことがあるな。たしか“アレ”を作っていたメーカーがオカモトだったが関係あるのだろうか。
気になったので調べてみた。これがオカモトのサイト。ああ、やっぱりコンドームのオカモトだ。避妊具業界では大手だと思うが、自動車のチェーンまで作っているとは思わなかった。わたしが買ったのはラバータイプのチェーンなのでゴム用品という意味では共通している。しっかり装着できてずれたり外れたりしちゃ困るのも同じだ。
他にはスーパーなどで見かける除湿剤の『水とりぞうさん』もオカモトだったか。これはゴム製品ではないと思うが、溜めて漏らしちゃいけないのが同じか。
 中でも一番以外だったのがスニーカーの“PRO-Keds”を日本で販売しているのがオカモトだったということだ。なんでも1985年からライセンス生産をしているということらしい。学生時代に履いていたからあれがわたしにとっての初オカモト製品だったというわけだ。

 あれやこれやで装着に30分以上かかって、寒い日だというのに汗までかいている状態で調べ始めるかね、しかし。
タイヤの裏側でパチリとフックをかけるのがなかなか難しくて。慣れてる人ならあっという間なんだろうけど。
そういえば“アレ”を初めて付けるときもあらかじめ練習しておいて、それでも実際の場で装着するのに一苦労だったんだよなぁ。
今日は最後まで下品ですまん。

 DIYショップに買い物に出かけた。テナントとして入っているお好み焼き屋から香りに、あと1時間もすれば昼食だというのにやられてしまい、つい「イカ玉一個」と財布を出してしまった。
デパートの屋上や高速道路のサービスエリアで売っているようなお好み焼きなので、もちろん自分で焼くわけはずがなくあらかじめ焼き上げられたのにラップがかけられて保温機に入っている。こだわりを持っている人からは「そんなもんお好み焼きとは呼ばれへん」と怒られてしまうだろうが、これはこれで食ってみると美味い。酸味のあるソースが口いっぱいに広がり、キャベツがしゃきしゃきと歯ごたえを感じさせる。高級品ではないイカの弾力が嬉しい。ブタ玉にしようか迷ったがイカ玉にして良かった。
ホットの缶緑茶をすすりながらしばしのんびり。イカ玉320円と緑茶120円、合計440円

『悪い奴ほどよく眠る』(1960) 日本 150分

監督:黒澤明 製作:黒澤明、田中友幸 脚本:小国英雄、久板栄二郎、黒澤明、菊島隆三、橋本忍 撮影:逢沢譲 美術:村木与四郎 音楽:佐藤勝
出演:三船敏郎、森雅之、香川京子、三橋達也、志村喬、西村晃、藤原釜足、笠智衆、宮口精二、菅井きん、田中邦衛

 先日、西武鉄道前社長小柳氏が首吊り自殺をした。
西武グループといえば大量の株売却や有価証券報告書への虚偽記載など会社ぐるみでの悪事に検察特捜部のメスが入っているところだ。当然、その西武事件における多くの事実を小柳氏は知っていたはずだ。氏が自ら命を絶ったことによって捜査のいくつかはそこで行き詰まってしまうのだろうか。
だとしたら、小柳氏は命を投げ打ってコクド会長の堤氏などを守ろうとしたのか。一種の生け贄にされたのか。もちろん、精神的に追いつめられて発作的に自殺したこともありえるが。
 企業や政治家などが悪事を働いた場合、そのトップに近い人物、例えば会長に対する社長とか代議士に対する秘書などが自殺し、そこで捜査が事実上ストップして事件がうやむやになってしまうことが時々ある。実に日本的構図で、しかも命を絶った人物を組織への忠義心が強かった様な表現をすることすらある。そんな馬鹿なことがあるはずがない。たかが会社、たかが政治家のために自殺するぐらいなら記者会見でも開いてすべてをしゃべりまくって必要なら刑務所にでも入る方がずっとましだ。

 土地開発公団が不正入札汚職で揺れ動く渦中に、ある課長補佐が飛び降り自殺をした。その死によって捜査はうやむやに終わってしまった。
それから数年後、一人の青年が公団副総裁の娘婿となり秘書として公団に潜り込む。青年の正体は自殺した課長補佐の息子で公団における汚職の全貌を調べ上げ世間にぶちまける腹づもりなのだ。
地道な調査で少しづつ明らかになっていく汚職の構造や公団と建設会社などのつながり。しかし、何者かが事件を調べていることに気付いた公団側も行動を起こし・・・

 社会派作品と思われているが実質的にはアクション映画だろう。分かりやすいストーリーに分かりやすい登場人物。志村喬や西村晃など公団側の悪党連中が会すると、現代劇というより時代劇の悪代官と廻船問屋の密会のようである。
青年(三船敏郎)の行動理由が社会正義ではなく父親の復讐であり、“仇討ち”という古典的テーマに則っている。これで、全ての証拠を手に「お前が父を殺したな」と公団副総裁の森雅之に詰め寄ったら、黒装束の森が「違う、わたしがお前の父だ(I am your father.)。コーホーコーホー」と言い出してラストのどんでん返しになったら大笑いだったのだがなぁ。
でもって実は今作のサブタイトルが『公団の逆襲』で次回作の『課長補佐の復讐(最近は“帰還”になったんだっけ?まあどうでもいいが)』へと続く。

 実際のラストは作品を観てもらうとして、結局何が言いたいのやら。実際の社会は活劇のように分かりやすくはなく複雑で理不尽だとでも言いたかったのか。しかし、逆にいかにもありがちなラストになっており、わたしとしては好みではない。1960年当時は衝撃的だったのだろうか。
ただ、『悪い奴こそよく眠る』につながっていく最後の締め方は上手い。
ふう、今夜も悪い奴らはよく眠っているのだろう。こちとら不眠症だというのに。コーホーコーホー、あー『スター・ウォーズ ダース・ベイダー ボイスチェンジャー』欲しいなぁ。

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