『ジャズ大名』(1986) 85分 1986/04鑑賞
監督:岡本喜八 製作:山本洋、小林正夫 原作:筒井康隆 脚本:岡本喜八、石堂淑朗 撮影:加藤雄大 美術:竹中和雄 編集:黒岩義民 音楽:筒井康隆、山下洋輔
出演:古谷一行、財津一郎、神崎愛、岡本真実、殿山泰司、本田博太郎、唐十郎、利重剛
写真は『ジャズ大名』のパンフレットである。わたしの宝物の一つだ。
1970年代から80年代の映画館やテレビで放送されていたハリウッド映画で育ったわたしにとって、日本映画とはあか抜けず古くさくテンポが悪いという「イカさない・野暮ったい」存在だった。そんな中、高校三年生になった時に筒井康隆の短編小説が映画化されたというので名古屋まで観に出かけた。住んでいた半田市から名古屋までは名鉄電車の急行で片道30分、往復の交通費で約1,000円かかり映画館の入場料を含めると結構大きな出費だった。だが、そこで出費を嫌がって観に行かなかったとしたらその後のわたしの人生は違っていた物になったかも知れない。
時はまさに幕末、幕府側と倒幕側がなにやらきな臭い動きを繰り広げている中、駿河の小藩である庵原藩の藩主(古谷一行)は口うるさい家老(財津一郎)の目を盗んでは篳篥(ヒチリキ、小さめな笛)を吹いているだけで天下大事の出来事にはまるで興味を示さない。
そこへ奴隷解放によってアメリカから貨物船でアフリカに帰ろうとした3人の黒人が、嵐の最中に船から逃げ出し庵原藩に流れ着く。面倒事を怖れた家老によって城の座敷牢に放り込まれた黒人たちだったが、こいつらは根っからの音楽好き。牢屋だからと大人しくしているはずもなく、船から持ち出した命の次に大切な楽器でさっそくアメリカ南部で流行中のリズムで演奏を始める。
これを聞きつけた藩主は地下牢へと行き、彼らから借りたクラリネットで演奏に加わる。そして地下牢では一大セッションが始まる。その間に、街道代わりにされた城内をええじゃないか騒動や幕府軍、官軍が通り過ぎ、ついにはラーメンの屋台を引いたタモリまでが通り過ぎ、いつしか徳川の世は終わり明治になっていたのであった。
ストーリーの無茶苦茶ぶりも嬉しいが、なにより「日本でもこんな映画が撮れるんだ」というのがわたしには衝撃的だった。それ以降、これまで観てこなかった過去の日本映画も積極的に観るようになり、そこで数多くの魅力的な作品に出会った。もしも『ジャズ大名』を観ていなければその出会いがあったとしても遅くなり、ひいては今の私のそれとは映画の見方が違っていたかもしれない。
音楽・ジャズについての知識はほとんどないが、「タラリタラリラタラッタ~」で始まるメロディが映画の全てを支配して、テーマや主張などがあるにしてもそれを吹き飛ばしている。
ジャズは実は日本で誕生していたとか、テキサスやルイジアナが舞台のシーンをどうしたって日本にしか見えないところで撮影してしまう太々しさ。細かい辻褄の穴を変に隠し立てせず勢いで押し通してしまう強引さ。これらパワー主体の演出が後半のジャズセッションで見事に爆発する。
まったく、日本という国が二つに割れての明治維新という戦争を、ジャズセッションで乗り切ってしまうとは反戦映画にもほどがある。
パンフレットの序文で岡本喜八監督の言葉として
「なにしろ/五年ぶりに撮る映画です/五年も間があくと/いま六十二歳ですが/二十六歳の新人監督の気分になります(以下略)」とある。
五年ぶりに映画を撮った六十二歳の監督はその後『大誘拐』(1991)、『EAST MEETS WEST』(1995)などを撮り、『助太刀屋助六』(2001)を遺作にこの19日午後0時半、食道ガンのため亡くなった。
新作の企画も進行中だったそうだ。『EAST MEETS WEST』以降は正直ちょっと・・・という作品だったが、最後まで現役であり続けた岡本喜八氏に敬意を表すると共につつしんでご冥福をお祈りする。
ともあれ、東宝にはとっとと『独立愚連隊、西へ』と『殺人狂時代』などをDVDで出してもらいたいものだ。若い人たちにとってこれらの作品を観る機会がほとんどないというのは日本映画にとってマイナスだと思う。