『プロデューサーズ』(1968) THE PRODUCERS アメリカ 88分
監督:メル・ブルックス 製作:シドニー・グラジエ 脚本:メル・ブルックス 撮影:ジョセフ・コフィ 音楽:ジョン・モリス
出演:ゼロ・モステル、ジーン・ワイルダー、ケネス・マース、ディック・ショーン、リー・メレディス
今年もアカデミー賞の季節が近づいてきた。受賞者の顔ぶれを見ては「うん、こいつが監督賞は当然だろう」とか「えーっ?こいつが脚本賞ってのは間違ってないか」など勝手な批評をするのも一つの楽しみである。
そうやって批評していくと、アカデミー賞の歴史の中で最大の間違いが『プロデューサーズ』へのアカデミー脚本賞の授与だろう。なんといっても脚本家はメル・ブルックス。泥臭いユダヤジュークで名を知られ、おバカ映画の元祖のようなことを言われている人物である。メル・ブルックスはバカ映画であっておバカ映画じゃないとは思うがしょーもないのは事実だ。『泥棒野郎』(1969)など初期のウディ・アレン作品から繊細さとリズムを抜いたような感じだろうか。この人にアカデミー賞をやっちゃいけないだろとわたしなんざ思うのである。
学生時代、ある下宿に集まって飲み会をやったことがある。その時に各自お勧めの映画を持ち寄ることになり、わたしが持参したのがメル・ブルックスの『サイレント・ムービー』(1976)だった。サイレント映画の形式で撮られていながら軽快さに欠け非常に野暮ったい映画だ。それは認める、認めるが先輩のC氏はなにも怒ることはないだろうに。うーん、『新・サイコ』(1977)にしておいたほうが良かったかな。
プロデューサーズはメル・ブルックスの監督デビュー作で、ギャグ映画である『サイレント・ムービー』や『スペース・ボール』(1987)と違い、ストーリー主題で笑わせるようになっている。ブロードウェイのパッとしない演劇プロデューサーが、いっそのことあまりにもひどい劇をプロデュースして大コケで赤字を出して出資者からの資金を頂戴したほうが儲かるという手段を思いつく。そこで、最低の脚本家、最低の役者、最低の演出家を集め最低な芝居を作り上げる。ナチス・ドイツのアドルフ・ヒットラーを主人公にしたその芝居はこれでもかという最低な出来に仕上がるのだが・・・
プロデューサーを演ずるゼロ・モステルの怪物ぶりが良い。巨体を揺らせてなにやらせこいことを考えているペテン師じみた人物の雰囲気が良く出ている。それに神経質で小心者なジーン・ワイルダーの会計士という組み合わせは笑える。他の登場人物もイカれた連中ばかりだが、後のメル・ブルックス作品ほど滅茶苦茶ではなく比較的受け入れられ易いというのはあるだろう。
ラストの“逆スティング”とでも呼ぶべき悲惨な大逆転は痛快で、この辺りも脚本賞において評価されたのだろう。
だがしかし、やはりメル・ブルックスにアカデミー賞を与えるべきではなかっただろう。このハリウッド映画のおける最高の栄誉を手にしたメル・ブルックスはその栄光をバックに『珍説世界史PART I』(1981)や『ロビン・フッド キング・オブ・タイツ』(1993)など好き放題な監督作品ばかりいくつも作っている。
いや、むしろアカデミー賞受賞者というプレッシャーなど微塵も匂わせずにしょうもない作品ばかり撮っていたのか。権威とか面子に囚われずに自由な映画人だったとも言えるな。しかもその裏で、『エレファントマン』(1980)や『ザ・フライ』(1986)などの製作総指揮も手がけているしな。
監督ではなく製作と出演のみとはいえエルンスト・ルビッチの『生きるべきか死ぬべきか』(1942)を『メル・ブルックスの大脱走』(1983)としてリメイクをしてしまったことだけは許せないが、監督作品としては三十年以上の間を首尾一貫してバカであり続ける根性は見習うべきだろう。
奥さんは『奇跡の人』(1962)でアカデミー主演女優賞を受賞したアン・バンクロフト。実力派女優の上に美人ときてる。いかにもオッサンくさく見えてメル・ブルックスは実はもてるのかも知れない。