『カンフーハッスル』(2004) 功夫 KUNG FU HUSTLE 中国(香港) 103分 2006/01/30鑑賞
監督:チャウ・シンチー 製作:チャウ・シンチー、ジェフ・ラウ、チェイ・ポーチュウ 脚本:チャウ・シンチー、ツァン・カンチョン、ローラ・フオ、チャン・マンキョン 撮影:プーン・ハンサン 音楽:レイモンド・ウォン
出演:チャウ・シンチー、ユン・チウ、ユン・ワー、ドン・ジーホワ、シン・ユー、ブルース・リャン
エブリバディ ワズ カンフーファイティングッ! ハッ!という例の曲を聴くと『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶジャングル』(2000)を思い出してしまうのだが、元々はカール・ダグラスという人が歌い70年代にヒットしたアメリカのディスコミュージックだそうだ。70年代、ディスコとくればなるほどファンキーでアフロでついでに『サタデー・ナイト・フィーバー』(1977)だ。すると『嵐を呼ぶジャングル』は1970年代対2000年代の戦いだったわけか。
それはともかく、ブルース・リーの熱狂的マニアとして知られるチャウ・シンチーがついに本格的カンフー映画を作り上げた。誰がなんと言おうと本格的だっ!ハッ!
チャウ・シンチー演ずるシンは相棒のデブと一緒にせこい詐欺や強盗で半端な暮らしをしている。だがそんな彼も子供時代は正義心が強い少年だった。あるルンペン(ユエン・チョンヤン、袁家の一人で『チャーリーズ・エンジェル』の武術指導を担当)から100年に一人の天才だと褒められ『如来神掌』という拳法の極意書を売りつけられる。それから彼は本を片手にクンフーの練習に明け暮れる毎日を過ごし、そしてある日、唖(おし)の少女が悪ガキたちにいじめられているのを見かけた彼は少女を助けようと悪ガキに立ち向かった。しかし、必殺であるはずの『如来神掌』はまったく通用せず、逆にこてんぱんに叩きのめされてしまった。そう、その極意書とはそこらの駄菓子屋で売っているインチキ本で、彼はルンペンにまんまと騙されたのだ。少女が奪われそうになった棒付きキャンディーをお礼にと差し出すが、彼はそれを振り払うと「正直者は馬鹿を見る。悪どく生きなければ」と悪の道へと入ってしまう。
それから月日が流れ、シンは悪党になったと言ったも大した悪事も出来ずチンピラのままなのだが、その地域一帯を支配しているギャング団斧頭会のメンバーになりたいと願っていた。その斧頭会は豚小屋砦というスラム街を乗っ取ろうと手下を送り込むが、住人の中に職人として平凡に暮らす三人のクンフーの達人がいて返り討ちにあってしまう。そこから斧頭会、豚小屋砦、そしてシンたちによる「ありえねー」争いと大騒動が始まるのだった。
とにかくね、「CGを使いすぎだ」とか「いくらなんでもあんなのはありえない」とか「痛い残虐なシーンが嫌だ」とか「ギャグがしょーもな」とか「下品だ」とか文句を言うな。CGをつかいすぎのありえないクンフーと残虐・下品なギャグがあるから面白いんだろうが、こら。「しょーもないけど笑える」とか言うな。しょーもないから笑えるんだ。分かってねーな、お前ら全員校庭10周!
それともなにか、チャウ・シンチーが金を出せとアイスキャンディー売りに詰め寄ったシーンで、カメラが引くと後ろの建物に貼られたロマンス映画(フレッド・アステア主演のミュージカル『オペラハット』)の巨大ポスターに写し出された男女が、チャウ・シンチーたちと同じポーズで熱く抱擁しあってるという構図に君らの映画的感性は揺り動かされなかったのか?
火雲邪神に瀕死の重傷を、いや凡人ならば間違いなく死んでいた傷を負わされ、軟膏や包帯でぐるぐる巻にされたチャウ・シンチーが、実は100年に一人どころか一万年に一人の才能の持ち主で驚異的な回復力によってバキッパシッと包帯にヒビが入り、続いてサナギから羽化した蝶が色鮮やかな羽を広げて空へと飛び立っていくシーンにつなげることで、チャウ・シンチーが再生し、生まれ変わり、ついに真の力を手に入れることを表現する、その手法の大胆さに胸は打たれなかったか?
そして、開店したばかりのキャンディー屋の前で向かい合う男女が、カメラが回り込んでいる間にあの時と同じ少年少女の姿になっているところで涙を流さなかったというのかっ!
色々な物をはぎ取っていくと最後に残る一本の芯はこれがなかなかに映画している。そこをちゃんと感じなきゃ。考えるな、感じるんだbyブルース・リーだぞ。
「CGを使いすぎだ。CGは補完的に使うべきだろう」とか言うがな、そりゃ普通の映画の場合だろ。これはギャグ色の強いコメディ映画なのでとにかく派手にとにかくしつこくて当然。中途半端が一番いけないのであって、これだけ徹底させなければ本気で笑えるギャグ映画にはならなかった。ラストの斧頭会対チャウ・シンチーの戦いも、ブルース・リーばりにリアルに戦ったらそりゃ格好いいけど笑えないだろ。斧頭会のギャングがぽんぽん空をすっとんでいき、投げ飛ばされたギャングが壁を突き破って大きな穴を開けるから笑える。『マトリックス リローデッド』のネオ対100人スミスなんざ眼じゃないぞ、これは。それに、チャウ・シンチーら主要キャストがちゃんと身体が動く人だからこれだけのことだできるわけで、そこらの人を捕まえて同じ役をやらせたってとうてい画にならず無理だ。CGがあれば何でも出来るってわけじゃない。
例えばジャッキー・チェンみたいに生身の役者が命がけでやってるからスゴイというのもあるが、この作品の場合そもそも目指しているところが違う。だから特撮が役者のクンフーの魅力を薄めているという非難は的はずれだろう。普通のクンフー映画ではなく、「ありえねー」クンフー映画なのだ。わたしなんか逆に、「えーこんなもんなの?もっともっと無茶苦茶やってよ。出来る、あんたらなら出来るはずだ。本気でありえねーと叫ばせてくれ」と思ったぐらいだ。
痛いギャグは確かに好みがあるだろう。いかにも痛そうだからギャグになるんで嫌いな人はまあ我慢してくれ。豚小屋砦の大家夫婦にナイフを投げようとして、どういうわけか全部チャウ・シンチーの肩や腕に刺さってしまうギャグとか好きだけどね。しかも、その後のレースゲームの様なマンチェイスシーンでは肩に刺さったナイフをバックミラー代わりに後ろを見てるし。でも、わたしはテレビはほとんど見ないのだが、日本のバラエティ番組なんかもっと人を不快にさせるギャグをやってるとわたしは思うのだが。
同じチャウ・シンチー作品と言うことでどうしたって『少林サッカー』(2001)と比べてしまう。ストーリーや登場人物から言えば正直『少林サッカー』の方が上だ。『カンフーハッスル』には魅力的な登場人物がちょっと少ない。相棒のデブ(少林サッカーの空飛ぶ弟弟子)やアイスキャンディー売りの女性は大きな意味を持っている割にはあまり目立たない。斧頭会も物々しく登場し集団で踊ったりしていた割にはボスなどほんの脇役に過ぎない。死に方情けないしな。
その分を豚小屋砦の大家夫婦と火雲邪神が埋めてくれるがこれまたあまり日本の若い観客には受けなさそうなオジさんとオバさんだ。
大家は『サイクロンZ』で「香港のトニー谷」として有名になったユン・ワー。この人はジャッキー・チェンやサモ・ハン・キンポーらと同じ京劇学校出身でスタントマン経験もあって、ちゃんとしたアクションが出来る人。奥さんの方は知らないなと思っていたら28年振りの映画出演だそうだ。そりゃ知らんわ。こちらも京劇出身でスタントもこなす女優さんだったとか。
で火雲邪神はと・・・うわあああぁブルース・リャンでねーの。『帰って来たドラゴン』(1974)なんかのあのブルース・リャン?わたし『帰ってきたドラゴン』のDVD持ってるよ。なんというか、昔はいい男だったがだいぶと変わったねぇ、というか太ってぱっと見はただのオジさん。映画界を追われた後苦労したんだろうな。しかし、戦い始めると往年の輝きを取り戻すのはさすが。
わたしはそれほど香港映画の俳優について詳しいわけではないので分からないのだが、他の出演者も三職人などクンフー使いは実際にちゃんとしたクンフーとアクションが出来る役者を使っているそうだ。最初にも言ったがチャウ・シンチーはブルース・リーだけではなくクンフー映画そのものがかなり好きでマニアックなネタが仕込んであるらしい。『如来神掌』というのは香港のクンフーコミックに登場する必殺技だそうだ。日本で言うところの『かめはめ波』みたいな物か。
『少林サッカー』に作曲家になりたいと言って登場していた変な顔の兄ちゃんや筋肉男、小さいかと思ったら実は・・・な男などみょうちくりんな豚小屋砦の住人は愉快な連中なのだが、あまりの騒動を恐れて途中で逃げ出したのか後半はほとんど姿を見せない。そのためラストの戦いは「豚小屋砦を守ってみせる」「いや奪ってみせる」といった正義対悪という構図が薄くなっている。だがチャウ・シンチーはそもそも豚小屋砦側の人間ではないわけで、砦云々よりも達人同士が決着を付けるのが戦いの目的なのだろう。
「カンフーでの戦いでCGを使って相手を吹き飛ばしたら面白くね」「面白い、それいこうそれ」などと適当に作ったのではいわゆるおバカ映画にしかならない。
『カンフーハッスル』の素晴らしい点は「くだらねー」とか「しょーもなー」とか言った周りからの騒音に耳を貸さずに、こんな面白い映画を作りたいんだっ!こんな燃える映画を、笑える映画を作りたいんだっ!という貫いた意志のもとに一心不乱に作られているだろうことだ。映画作りに対するその熱き思いの真摯さにわたしは胸を打たれ感動が止まないのである。
劇場を後にしながら「あー、わたしも身体を鍛えなきゃなぁー」と思った。
EVERYBODY WAS KUNG-FU FIGHTING HAAAA!