『Mr.インクレディブル』(2004) THE INCREDIBLES アメリカ 115分 2005/01/23鑑賞
監督:ブラッド・バード 製作:ジョン・ウォーカー 製作総指揮:ジョン・ラセター 脚本:ブラッド・バード 音楽:マイケル・ジアッキノ
声の出演:クレイグ・T・ネルソン、ホリー・ハンター、サラ・ヴォーウェル、スペンサー・フォックス、エリザベス・ペーニャ、ブラッド・バード、サミュエル・L・ジャクソン、ジェイソン・リー
ピクサームービー第6弾はついに人間が主人公になった。人形や動物と比べると人間をCGで表現するのはずっと難しい。だが賢明なるピクサーのこと、どこぞの『FINAL FANTASY』の凡庸なる制作陣とは違い人間を緻密かつリアリティを持って描写しようなどとは決して思わず、適度にデフォルメ、適度にリアルな登場人物たちを作り上げている。CGなのだが、質感としては『ウォレスとグルミット』などのクレイ・アニメーションに近い。デジタルなCGでアナログなクレイ・アニメーションを再現するとは面白い。
主人公のMr.インクレディブルはタイツ姿のコスチュームを着たスーパーヒーロー。正確には元スーパーヒーローで現在は保険会社のサラリーマンとして日陰の人生を歩んでいる。飛び降り自殺した人を受け止めて助けたところ、「自殺する権利を侵害された。しかも首がむち打ち症になった」と訴えられ、他の件でも訴えられてついにアメリカではスーパーヒーロー禁止法が制定されてしまったからだ。
スーパーヒーローがテレビのニュースや新聞で弾劾されていくところやその後の落ちぶれた様子は、『キャプテン・ザ・ヒーロー 悪人は許さない』(1983)を思い出させる。考えてみれば警察や消防でもないのに悪人を捕まえたり災害を防いだり、スーパーヒーローは何の権利があってやっているのだろうか。キャプテン・アメリカは第二次大戦中のドイツ軍と戦っていたが、あれは軍人扱いなのだろうか、それともゲリラかパルチザンなのだろうか。前者ならばドイツ軍に捕まっても捕虜収容所行きですむが、後者ならば問答無用で銃殺だ。ずいぶんとした違いである。
そう、司法・行政・立法がちゃんと機能していて人心が穏やかならば、実のところスーパーヒーローは必要ではないのだ。理想とされる現代社会にスーパーヒーローは必要ではない、必要とするならばそれはその社会がまだ近代にとどまっている証拠である。もちろん、スーパーヒーローの不在=理想的現代社会ではない。そのことは今の日本を見れば分かる。
そんなMr.インクレディブルに政府の謎の組織からヒーロー復帰の依頼が来る。少々太ってしまったMr.インクレディブルがダイエットや鉄道貨物置き場でトレーニングして鍛え直すシーンが笑える。そういえば、あまりアメリカンコミックのヒーローが日常のトレーニングや特訓しているのを見たことがない。スーパーマンなんかクリプトン星生まれの異星人だから強いという理屈で、腕立てや腹筋の必要はないのだ。日本のコミックやアニメのヒーローは何かというと特訓や修行だが、ここら辺大きな違いである。今年公開予定の『バットマン ビギンズ』では若き日のバットマンがチベットかどこかでリーアム・ニーソンから武術の指導を受け修行するシーンに重点が置かれているそうでちょっと珍しい。
邦題では『Mr.インクレディブル』となっているが、原題は『THE INCREDIBLES』で『インクレディブル一家』とでもいったところか。実際、父親であるMr.インクレディブルの特殊能力は怪力だがあまり頭の回転は速くないようで、悪党シンドロームとその部下の美女にころっと騙されて捕まっておりあまり頼りにならない。それを助け支えるのが身体がゴムのように伸び縮みする奥さんのインクレディブル夫人(元イラスティ・ガール、子供が二人もいるのでさすがに“ガール”と名乗るのは止めたようだ)、透明になったりバリアを張ることの出来る娘のヴァイオレット、走ったりするスピードが超高速な息子のダッシュ、そしてまだ産まれたばかりの赤ん坊ジャック・ジャック。ジャック・ジャックの特殊能力は観てのお楽しみ。
スーパーヒーローシステムが崩壊したのは社会の変革だけでなくその敵である悪玉がいなくなってしまったことが大きい。ジャンルは違うが、ソビエト連邦の崩壊で007シリーズの最大の的KGBがいなくなってしまい、それ以降停滞しいまだ迷走中なのと似通っている。今作の敵はスーパーヒーローに憧れそしてついになれなかった一人の悲しい男。インクレディブル一家がやっつけた爽快感の中でどこか悲しい。
スーパーヒーロー御用達のコスチュームデザイナーの登場には笑った。そういえば、スーパーヒーローたちのあの衣装はどこから調達してくるのか案外謎だった。『スパイダーマン』のピーター・パーカーは器用にも手作りしていたようだが、その友人である『デアデビル』は目が見えないのにどうしているんだ?教会の神父に手伝ってもらってるんだっけか?
昔デザインした紺色のコスチュームを「嫌ね、古くさくて見たくもない」と焼き捨て、ポスターなどに登場する赤いコスチュームを作る。
「マントは?」と聞かれると「マントなんて駄目よ。格好良くないしそれに危険でしょ」と答える。
そう、これまでに何人ものスーパーヒーローがマントが絡まったり引っかかったり巻き込まれたりして非業の死を遂げているのだ。これえはひょっとしたら大物スーパーヒーロー“スーパーマン”へのくすぐりかも知れないし、それ以上にマントを付けてスーパーヒーローごっこをしたがる子供へのメッセージでもあるだろう。自分も子供の頃に風呂敷などの大きな布をマントにして遊んだが、よく考えるとあれは枝や手すりに引っかかって首つりになったりといかにも危なそうだ。
というわけで、小さなお子様よマントを付けてのヒーローごっこは禁止だ。もちろん大きなお子様もな。