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『シンガポール・スリング』 外国のガソリンスタンドでは窓を拭いてくれない

『シンガポール・スリング』(1993) 104分 1993/09/18鑑賞

監督:若松孝二 製作:山科誠 プロデューサー:鍋島壽夫、小嶋敏治、川越和実 企画・原案:徳永英明 脚本:丸山敏治、上野火山、若松孝二 撮影:鈴木達夫 美術:デビット・コッピィング 編集:鈴木歓 音楽:徳永英明
出演:加藤雅也、秋吉満ちる、白竜、原田芳雄、デビッド・ハドソン、レイフ・チャールトン

近所にセルフ式ガソリンスタンドがオープンしたとのチラシが入っていた。
愛車のFUELメーターも半分を切っていたので様子見がてらガソリンを入れに出かけた。
地図に書かれた所在地にはただだだっぴろい更地があるだけで、「いらっしゃいませ」と出迎えた店員がわたしにツルハシとヘルメットを渡してきた。
「スタンドを建てるところからセルフでやれってか」
むっとしたわたしの問いに店員は笑顔のまま応えた。
「いいえ、油田を掘り当てるところからですよ」

・・・セルフ式ガソリンスタンドも軒数が増えかなり普及してきたようである。
だが1993年頃にはセルフ式ガソリンスタンドはまだ日本にはなく外国映画の中などでしか見かけない馴染みの薄い物だった。
加藤雅也と秋吉満ちるが演ずる若い男女は新婚旅行でオーストラリアを旅行中で、二人もまたセルフ式ガソリンスタンドなど知らなかった。
レンタカーでドライブ中にガソリンスタンドに入った二人は店員に窓を拭いてくれるよう「ウィンドウ、クリーン、クリーン」などと片言の英語で話しかけ窓を拭くジェスチャーをするが、店員からは「自分でやれ」と雑巾を投げ渡されるだけだった。
「なんだよ」「サービス悪いね」などと文句を言い合う二人だが、外国では窓を拭く無料サービスは一般的ではない。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』における1955年のシーンでは、ガソリンスタンドに入ってきた車に店員が4~5人がかりでよってたかってボンネットを開けて点検したり窓を拭いたりのサービスづくしをしているが、あれも景気の良い時代の象徴であって1985年から訪れたマイケル・J・フォックスには時代のギャップを感じされる物の一つだ。
このガソリンスタンドのシーンに象徴されるように主人公の二人はごく普通の日本人だった。その危機感の無さからボディガードに囲まれリムジンに乗った男を「あれ、有名人かな?」などとカメラを向けパシャパシャと写真を撮ってしまう。ところがその男が有名人どころか犯罪組織の幹部でオーストラリア政府高官との密談中の光景だったために、二人は犯罪組織に目を付けられることになる。
犯罪組織は当然カメラを奪いに来るが、そのカメラがあるトラブルでオーストラリア暮らしをしている原田芳雄に持ち去られていたために、代わりにホテルの部屋にコカインを置いて警察に密告し、結果加藤雅也は刑務所に入れられてしまう。そして秋吉満ちるは夫を助けるため日本大使館や弁護士などへと奔走する・・・

とりあえず監督が若松孝二なので劇場に行ったが、なんで『壊れかけのRADIO』の徳永英明が原案・企画の映画なんか観なきゃいかんのよと思っていた。だが、外国の生活習慣などを知らない平和慣れした日本人がそれゆえに事件に巻き込まれているとく導入部はなかなか面白い。
若松孝二とは縁の深い原田芳雄が過去を背負い放浪の果て異国で暮らす男を演じていて、日本映画ではなかなか描きにくいタイプのキャラクターに説得力を感じさせるのはさすがだ。
オープニングでは片言の英語しかしゃべれなかった二人が、いざ刑務所に放り込まれ片やオーストラリアで一人暮らしをして事件に挑んでいくととたんに英語がペラペラになるというのは事件の発端から考えると違和感があるが、英語をしゃべれないままだと話が進まないし、日常会話レベルで英語を話せても外国での危険な行動を知っているいないはまた別なので、二人とも実地レベルでの英語の上達がものすごく早かったということで納得しておこう。
オーストラリア原住民アボリジニの男やその仲間が関わってくるがこれは取って付けたようで少々蛇足だった。もう少し突っ込んで描くか、いっそのことない方が良かった。
脱獄から終盤にいたるアクションシーンは想像される製作予算から考えると悪くはない。
しかし、なんでオーストラリアを舞台にした映画のタイトルが『シンガポール・スリング』なのかは未だに謎のままだが。

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