
『エーミールと探偵たち』(2001) 映画・原作 EMIL UND DIE DETEKTIVE 90分 2005/01/05WOWOW放送録画で鑑賞
監督:フランツィスカ・ブッフ 製作:ウッシー・ライヒ、ペーター・ツェンク 原作:エーリッヒ・ケストナー 脚本:フランツィスカ・ブッフ 撮影:ハネス・フーバッハ 美術:アルブレヒト・コンラート 編集:パトリシア・ロンメル 音楽:ビーバー・ギュラッツ、エッケス・マルツ
出演:トビアス・レツラフ、アンニャ・ゾマヴィラ、ユーゲン・フォーゲル、マリア・シュラーダー、カイ・ヴィージンガー、ルドルフ・コヴァルスキー、タンド・ヴァルバウム
エーリヒ・ケストナーの『エーミールと探偵たち』(『エミールと探偵たち』と表記される場合もある)は1929年にドイツで出版された児童書である。
それまでの児童文学に登場する子供たちは「子供はこうであるべき」「良い子とはこういう子である」という大人から見ての良い子主義で描かれることが多かった。そんな中、『エーミールと探偵たち』は悪ガキだったり怠け者だったりと比較的等身大の子供の姿を登場させて、反面教師的役割ではなくその子たちを活躍させた点などで児童文学で大きな役割を果たした小説である。
子供たちの圧倒的な支持を受けた『エーミールと探偵たち』は1931年には『少年探偵団』のタイトルで本国ドイツで映画化され(脚本はなんと若き日のビリー・ワイルダーが担当した)、原作の解説によると1932年にはイギリスやスペインでも映画になったという。さらに第二次大戦後の1954年には『エミールと少年探偵団』として再度ドイツで映画化され、1964年には海を渡りアメリカで『エミールと探偵たち』のタイトルで映画になっている。この映画化の数からも『エーミールと探偵たち』の人気ぶりが分かるだろう。
2001年版は舞台をドイツに戻したが時代は原作の1920年代後半ではなく現在に変更されている。残念ではあるが街中を子供たちが飛び回るシーンが多くロケの困難さなどから考えると妥当な変更だろう。
それ以外にもかなりアレンジが加えてあり、途中では「こりゃ別物か」と思ったが最後まで観たら「いや、やっぱり同じだ」だった。
まずは主人公であるエーミールが、父親思い(原作の母子家庭から失業中の父子家庭へと変更されている)で頭は良い子ではあるけれど、父親の偽造免許証を手に入れようとしたり空腹に耐えかねて飲食店から食べ物を盗もうとしたりなど、少々素行が悪くなっている。いくら1929年当時には等身大に近い子供として描かれていたとしても、今となってエーミールは少々良い子すぎるのだ。
そして、女の子ポニーと男の子グスタフの役割が入れ替わっている。2001年版では女の子のポニーが仲間の悪ガキたちを集めて探偵となり、グスタフが眼鏡をかけた優等生として登場する。男の子のエーミールと女の子のポニーが中心となってストーリーが展開していくのは悪くはない。ただグスタフの警笛がなくなったのが残念か。
悪ガキの探偵たちは割と原作そのまま。エーミールのお金を盗んだ悪党を捕まえようという理由が、正義感と言うよりも映画やテレビみたいで格好いいとか単に騒ぎが好きだからといった具合だ。通りを歩くポニーの呼びかけで子供たちが段々と集まってくる様子が愉快で、ドイツ語ラップにちょっと「おいおい」と突っ込みたくなるが良いシーンだ。ホームレスの双子や様々な人種の子がいることから不況が続きEU市場統合で人々の入れ替わりがある現代のドイツの姿が見えたりもする。
原作ではいかにも紳士めいた男の正体が実は悪党だったが、そういう「人を見かけで判断してはいけない。油断大敵」といった教訓めいたことはきっぱり省かれ、いかのも悪そうなチンピラ風の男が実際に悪党なのは分かりやすいが「人は見かけで判断しろ」ってことだろうか。この日本の昨今は、「良さそうな外見の人だろうと悪そうな外見の人だろうと、とにかく知らない人には用心しろ。いや、知ってる人にも用心しろ。さらには親にだって用心しろ」という世の中だ。やれやれ、子供でいるのも大変だ。
ラストの山のような数の探偵たちによる大追跡は爆笑。チンピラもとんだ子から金を盗んでしまった。
「合い言葉は?」
「エーミール!」