『ハリー奪還』(1986) LET'S GET HARRY 105分
監督:アラン・スミシーことスチュアート・ローゼンバーグ 製作:ダニエル・H・ブラット、ロバート・シンガー 原案:マーク・フェルドバーグ、サミュエル・フラー 脚本:チャールズ・ロバート・カーナー 撮影:ジェームズ・A・コントナー 音楽:ブラッド・フィーデル
出演:ゲイリー・ビューシイ、ロバート・デュヴァル、マイケル・シューフリング、ブルース・グレイ、マーク・ハーモン
ダムを建設するため南米コロンビアに派遣されていたアメリカ人建築技師ハリーが、完成式典のために訪れたアメリカ大使と共にコロンビアの麻薬テロリストに襲われる。大使には警備としてボディガードが数名同行していたがアサルトライフルなどで重武装した多数のテロリストに撃ち殺され、大使とそれのまきぞえでハリーも誘拐されてしまう。
テロリストの要求は人質とアメリカの刑務所に収容されている麻薬犯罪者との交換で、10日以内にそれが行われない場合人質を殺すと脅してくる。だが、テロリストとは一切交渉しないという暗黙的な国際ルールに従ってアメリカは犯罪者の釈放を拒む。しかし独立国家であるコロンビアに米国軍を派遣して救出活動を行うわけにもいかず、人質の運命はコロンビア政府とコロンビア警察にかかってくるのだが、腐敗したコロンビア政府はとてもあてに出来る状況ではなく、人質はすでに見捨てられたに同然だった。
そこで、政府に頼っても無駄だと考えたハリーの弟と友達たち4人は自分たちがコロンビアに乗り込んでハリーを救出することを決意する。
製鉄会社のパイプ工場の作業員である彼らに特殊任務ができるはずもないので元軍人のプロを募集する。広告を見て集まったのはほとんどが異常者か酔っぱらいだったのだが、その中に一人強面のする腕利きでさらに裏社会にも通じている元軍人(ロバート・デュヴァル)が現れる。名誉勲章を受けたこともある元軍人と、スポンサーとして資金を提供したハンティング好きの中古車ディーラーを交えた6人は空路でコロンビアへ向かった。果たして彼らはハリーを奪還(Let's get HARRY)することが出来るのだろうか。
ある事件でこの映画のことを思い出してしまった。だからといって、この時期にこの映画を取り上げることについてはなんら政治的意図はない。別にあると思ってもらってもそれはそれでかまわないが、わたしの政治的スタンスが『ハリー奪還』で決まってしまうというのはさすがにちょっとあれだ。いくらサミュエル・フラーが関わっているといっても、サミュエル・フラーの原案はどのようなものだったのか知らないのだが、実際の映画との間にどれだけ共通項があるのかは不明だ。とりあえずわたしにはフラーの匂いは感じられなかった。
誰も助けてくれないならば自分たちで助けに行くというシチュエーションは燃えるのだが、なにせ監督がごくまれに面白い映画もあるがほとんど駄作ばかり撮っているアラン・スミシー(*)なので例によって素材を生かし切れていない。弟たちが立ち上がり行動に移すまではまだいいのだが、コロンビアに着いてからはひたすらグダグダになっていって観るべき所は少ない。さらに金がかかっていないことが画面の隅々から感じられ、B級映画というよりむしろC級映画だろう。
そもそも、ただの工員であった主人公たちがこれといった訓練も受けていないのにサブマシンガンを手に持ってテロリストをバリバリと撃ち倒していくのには違和感を感じてしまう。
トニー・ケンリックの小説『バーニーよ銃をとれ』では、南米の某国から亡命してきた元独裁者がスイスの銀行に隠していた大金を、サラリーマン3人組ちょっとした手違いから盗んでしまい、1週間の猶予の間に退役した鬼軍曹の特訓を受けて即席の兵隊になって独裁者の手下である殺し屋集団と戦う羽目になる。まさに原題である『THE SEVEN DAYS SOLDIERS』の名前通りの佳作だ。
『ハリー奪還』の場合も、10日間という猶予があるのだから、まずはアメリカでロバート・デュヴァルから短期間で基礎軍事訓練を受け、それからコロンビアに乗り込んでいくといった方が主人公たちがそれなりに戦えることへの説得力も付くし訓練という見せ場も作れて良かったのではないだろうか。
コロンビア駐在米国大使はまだテロや誘拐に対する心構えもあったろうが、ごく普通の建築技師で一般人のハリーですらテロリストに監禁されているのに「国がなにもしてくれない。俺たちを見捨てたんだ」などとなげくことはない。一度は脱走も試みるが、建物を出てすぐのところで足下を銃で撃たれて脅される。そこでハリーは泣き叫んだか?いや、最後までプライドと希望を捨てずいかにして生き残るかに全力を尽くす。
タイトルロールの割にほとんど出番のないハリーにとって数少ない見せ場である。
*:アラン・スミシーとは監督と制作側とでトラブルが生じ、監督がその作品に自分の名前がクレジットされるのを拒んだ場合に一種の匿名として使われる名前。監督が署名を拒んだ作品なので当然面白いことがほとんどなく、駄作の代名詞でもある。そ
のアラン・スミシーを題材にした『アラン・スミシー・フィルム』(1998)は実にアラン・スミシーの名にふさわしい映画で、シルベスタ・スタローンやジャッキー・チェンなど妙にゲスト出演者が豪華なのが一層痛い。監督のアーサー・ヒラーはクレジットでアラン・スミシーになっているが、これはシャレなのか本当に拒否したのかどちらだろうと迷うぐらいのクソ映画だ。
デニス・ホッパーが監督・主演した『ハートに火をつけて』(1989)も編集権でもめたためアラン・スミシー名義となっており、後年同じ素材を使ってデニス・ホッパーが再編集した『バックトラック』(1995)が作られた。『ハートに火をつけて』も良いじゃないかと思っていたが、なるほど『バックトラック』の方が多少難解になっている部分もあるがより面白い。