『エノケンの孫悟空』(1940) 140分
監督・脚本:山本嘉次郎 製作:滝村和男 原作:山形雄策 撮影:三村明 編集:岩下広一 音楽:鈴木静一、栗原重一 特殊技術撮影:円谷英二、奥野四郎
出演:榎本健一、岸井明、金井俊夫、柳田貞一、北村武夫、清川虹子、高峰秀子、中村メイ子、徳川夢声、李香蘭
日本が太平洋戦争前年である昭和15年(1940年)に製作された作品である。面白いと噂には聞いていた作品だが、なかなか観る機会を得られず、NHKBS2で先日放送されたのでやっと観ることができた。なるほど、歌あり踊りありで実に楽しい。
対象は子供向けで、『西遊記』をベースにはしているものの主要登場人物と天竺を目指すという目的以外はかなりアレンジが加えてある。すでに大陸では日中戦争が始まっている時勢もあってか孫悟空が乗るのは筋斗雲ではなく如意棒を「イー、リャン、サンッ」のかけ声で変化させた戦闘機になっている。ラスト近くには敵の戦闘機とのドッグファイトまで用意されている。
他にもSF的要素が満載で、はぐれてしまった猪八戒を捜すために三蔵法師が手鏡にえいっと念を送るとそこに捕らえられ縛られた猪八戒の姿が映し出され、孫悟空が「こりゃあ大した術ですね」と感心すると、沙悟浄は「兄貴、遅れてるなぁ。これはよぉテレビジョンっていうんだぜ」とからかう。1939年にNHKがテレビの実験放送公開を始めたそうだから、最先端のネタを盛り込んだようである。映画を観た子供のほとんどが実際のテレビを見たことはなかっただろうから、遠くの出来事をリアルタイムで見ることのできる“テレビジョン”というのは未来的に映ったことだろう。
後半の、スズメが化けた妖怪たちのお城には40インチクラスのモニターまで設置されており、城内の映像が映し出され監視に使われていた。もちろん当時そんなサイズのブラウン管があろうはずもなく、単なる合成なのだがその特撮を担当したのが後に日本特撮の大家となる円谷英二だけあって様々なアイディアが見て取れる。
エノケンこと榎本健一は歌劇出身のボードビリアンで、映画出演も多いが本来の活躍の場は舞台だった。自ら主催するエノケン一座での歌と踊りをふんだんに盛り込んだレビューで有名だった。
『エノケンの孫悟空』でもちょいとしわがれた感じの得意ののどを鳴らし、他の出演者も歌って踊る。セットや衣装も豪華で面白い。それと同時にこういった面白さはやはり過去の物だよなとも思う。いまだにこういった具合のをやっているのは『ムトゥ 踊るマハラジャ』(1995)のインド映画ぐらいではないだろうか。
歌われる歌には、『星に願いを』(ピノキオ)、『ハイホーハイホー 七人の小人の歌』(白雪姫)、『狼なんかこわくない』(三匹のこぶた)などディズニー映画の替え歌が何曲か登場する。『エノケン孫悟空』がこれまでDVDはおろかLDでもビデオでも出ていないようなのはこのせいだろうか。なんってったって著作権にはうるさいディズニーだ。当時は敵対国ということで著作権も何も関係なかったんだろう。1940年まだ真珠湾攻撃の一年前で敵性語の排斥などが行われておらず、ハリウッド映画も一般的に観られていたということでもあるだろう。
この作品は1940年に作られた過去のモノクロコメディー作品というスタンスで観て楽しめたが、劇中に替え歌が出てくるようにディズニーの『白雪姫』(1937)や『ピノキオ』(1940)は同時代の作品である。それを考えるとその国力の差が実感でき、そりゃ太平洋戦争は勝てなかったはずだ。
戦争中に国揚映画を撮るためにシンガポールに行った小津安二郎が当地で『風と共に去りぬ』(1939)を観て、そこに投入された物資や人の数そして膨大であろう予算から「この戦争は勝てないな」と感じたという話がある。もちろんこれは映画として『風と共に去りぬ』が優れているといった話ではないのだが。
作中には中国でロケしたと思われる広大な平原や巨大な断崖などが登場する。
そういえば、後に堺正章(孫悟空)・夏目雅子(三蔵法師)で1978~1979年にテレビドラマ化された『西遊記』でも日中国交回後ということで特別に許可されての中国ロケシーンがあった。
この二つの中国ロケの性質の差は時代の差でもある。