『デイ・アフター・トゥモロー』(2004) THE DAY AFTER TOMORROW 124分 2004/6鑑賞
監督:ローランド・エメリッヒ 製作:ローランド・エメリッヒ、マーク・ゴードン 製作総指揮:ウテ・エメリッヒ、ステファニー・ジャーメイン 原作:ローランド・エメリッヒ 脚本:ローランド・エメリッヒ、ジェフリー・ナックマノフ 撮影:ウエリ・スタイガー 編集:デヴィッド・ブレナー 音楽:ハラルド・クローサー
出演:デニス・クエイド、ジェイク・ギレンホール、イアン・ホルム、エミー・ロッサム、ジェイ・O・サンダース、セーラ・ウォード、アージェイ・スミス
愛知県の武豊町では午後9時頃から雷音がドンゴロゴロゴロと時折鳴り響いている。
10月も終わりだというのに雷とは珍しい。記憶をたどってみても憶えがなくやはり異常気象なのだろうか。
と何かに付け「異常気象だ、異常気象だ。人類が傲慢に振る舞ってきたそのお返しが襲ってきたのだ」と騒ぐ人がいるが、地球の歴史を振り返れば酸素がまったくなく数百度の高温の時代もあったし、ほとんどが凍り付いていた氷の時代もあった。それに比べれば最近の気象の変化はまだまだ誤差の範囲。
もちろん、二酸化炭素の放出量を減らす、フロンの撤廃などやらねばならぬことは多いが、それらは「地球を守る」ためではなく「人類を守る」ためだろう。温室効果で人類が壊滅的打撃を受けたとしても、なに1万年もすれば地球はまた元気になっている。
二酸化炭素排出抑制に関する京都議定書への批准を拒むアメリカが『デイ・アフター・トゥモロー』を作るというのも皮肉でよい。冷気嵐に襲われたアメリカ国民がメキシコとの国境に張り巡らされたフェンスを乗り越えて温暖なメキシコへと大群で不法入国していくシーンは、メキシコからアメリカへの不法入国が絶えない現在の姿の裏返しである。
だが、劇場で観た時も「地球温暖化によって冷気嵐が襲ってくる」という理由がよく分からなかったのだが、今回DVDで観直してみてもやはり意味不明だ。大型台風や竜巻が起こるのは分かるんだが。
まあエメリッヒのやることだから深い意味はないのだろう。相変わらずの“何も考えていない”演出とストーリーだが、観客が“何も考えずに観られる”というのと作り手が“何も考えていない”というのは別なんだが。
ディザスター(災害)・ムービーとしては中途半端で、実際は父子物映画である。
ニューヨークの図書館に閉じこめられた息子を助けるために極地装備でワシントンを旅立つ主人公(デニス・クエイド)他二人。しかし、何故主人公が助けに行かなければいけないのかについて説得力に欠ける。
ニューヨークで生き残っているのがもはや息子たちだけならばともかく、どこか他の建物に避難している人たちもいるわけで、この災害を予知していた気象学者の主人公は息子の無事を祈りつつもっと大勢を考えてワシントンで他にやる仕事があるはずだ。大体、行ったはいいがそこからどうするつもりだったのだろうか。
そして、同行する二人は例によって自己犠牲でドラマを盛り上げるためだけに存在する。非常に安易なドラマ作りだ。
これだけの大災害を乗り切ることで、離れていた父と息子の心が結びつきましたよと言われてもそれがどうしたとしか思えない。脇役にもっと魅力があればもう少し面白い映画になったのかもしれないが。
監督の資質としてはまだディザスター・ムービーの方が向いていると思うので、二流の人間ドラマなど排除してしまえば良かったのに。
アメリカのために他国は我慢しろ、アメリカ人さえ助かればいいんだ、世界的災害なのにアメリカのことしかほとんど描かれないなど、全体的にアメリカ万歳な作りである。ひょっとしたらこの作品は壮大な皮肉なのだろうか。監督・原作・脚本のローランド・エメリッヒはドイツ人なのであり得ない話ではない。だが、エメリッヒがそんな難しいことを考えるとも思えず、やはり穿ちすぎた見方だろう。
DVDを日本語吹替版で観るとエンドクレジットに誰やらお姉ちゃんの歌う日本語の歌が流れる。興ざめで笑える。