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ひょっとして遺言?

明日から白線ヘルニアの手術のため10日間ほど入院だ。
必要な物をバッグに詰めながら「わーいお泊まりだったらお泊まりだ」とふと口ずさんでいたがもちろんこれっぱかしもうれしいお泊まりではない。
CTスキャン初体験もあるし「ひょっとしたら副作用が出るかも知れませんがそれについては説明を聞きましたし承知しています」というヨード系造影剤説明書にもサインをした。副作用って・・・怖いな。今日の内にヨード卵光を山ほど食っておくというのじゃダメか?ダメだな。
そして10月8日には手術本番。なんたって全身麻酔だ。注射なのかガスを吸入するのかはまだ聞いていないが、絵的にはマスクで口を覆う吸入の方が『医者物』っぽくて良い。しかし、全身麻酔での医療事故の話は時折耳にするわけで、麻酔科がある大型市民病院だし医師の事ももちろん信頼しているが、よくよく考えるとその医師とはたった一回、それも10~15分ほど診察で会っただけで、本気で信頼できるか命賭けるかと言われるとう、「むむ」と悩まないでもない。初診で手術日程まで決めて帰ってくるわたしに問題がある気もするが。
ひょっとしたら手術中に状態が悪化して、あるいは術後に様態が急変してそのまま死んでしまう可能性だって0ではない。
するとこの文章がわたしの遺言となるわけだ。
葬式は出さないで欲しい主義だが、やるやらないの最終的決断は身内などの関係者に委ねようと思っているので、一応葬式はとりおこなわれるだろう。あまり多くはないであろう参列者が「それで東森さんが亡くなられた原因は?」と尋ねると喪主は「ええ、実は脱腸の手術が失敗して・・・」
うわっ、嫌な死因だな、おい。

死んでしまえば本人にはどんな死に方だろうがさして関係はないのだが、どうせ一度しか死ねないのならば自分の望む死に方をしたいところだ。
モンティ・パイソンの『人生狂騒曲』(1983)だったかで、死刑囚が望んだその死刑の方法が、トップレスにTバッグの若い美女軍団に追いかけられ、ついには断崖絶壁から落ちて死ぬというのがあった。なかなかうらやま、いやげふんげふん、即物的な死に方だ。
わたしとしては是非とも“爆死”を選択したい。なんたって派手でいいじゃないか。ドッカーンと爆炎と爆風が吹き荒れ死体は木っ端微塵。これなら火葬の手間もいらない。
ダイナマイトを山ほど頭に巻き付けて“ちゅどーん”とか、ガスタンクの頂上に登り「Top of the World!」と叫んで点火して“ボカーン”、タンクローリーでヤクザの事務所に突っ込んで“ドゴーン”などいいなと思う爆死はいくらでもある。爆発が大きくて意味がなければないほど良い。手榴弾を口にくわえさせられたままピンを抜かれ、頭が“ボン”は嫌だな。
もちろん、みんなも爆死するときは人の迷惑にならないよう“いつもの石切場”でやること。死ぬついでに主義主張を訴えようと自爆テロなんて格好悪いことはするなよ。

では無事帰れたら10月15日ごろより再開の予定。
再開されなかったら、明け方の空に昇っていった一つの星が東森時音だったと思ってくれ。

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