10月8日 - 13時過ぎ
麻酔医がわたしの口元に酸素マスクをあてた。すっきりとしているが乾いた感じの空気が流れ込む。
「ではこれから注射をします。ちょっとケッカン痛がしますよ」
この注射は直接されたのだったか、ひょっとするとすでに腕に刺さっていた点滴のチューブを通じてだったかも知れない。肩に痛みが走り「ああ、ケッカン痛とは“ケッカン痛”という意味か」と思ったので、たしか肩に注射をされたんだと思うが今一つはっきりしない。
そして、右の肩を軽くポンポンと叩かれた。
んー、次は何?と思ったら、
「終わりましたよ、東森さん」
えーっ、今なんと?
「ですから手術が終わりましたよ。ご苦労様でした」
えっー?えーっ?えーっ?えーっ?もう一個おまけに、えーっ?
なんかノドがイガイガする中、首を起こしてみてみると腹部にガーゼが当てられてはいる。
だけど、えーっ?一瞬しか経ってないじゃないですか。ひょっとしてただガーゼをあてただけで、手術をしたってわたし騙されてるのか?もちろん、そんなはずはなくちゃんと手術は行われていたのであって、時計の針は15時近くを指していた。約2時間が経過していることになる。
だが、わたしには注射を刺されてから肩を叩かれるまでの2時間がほんの一瞬にしか感じられなかった。注射が速効で効いて意識を失いそれきりだったのだろう。夢も見ないし時間が過ぎたという感覚もない。全身麻酔というのは眠るのではなく意識が止まってしまうものだったのだ。まるでミヒャエル・エンデ原作の『モモ』(1987)に登場する“時間泥棒”に出くわしてしまい2時間ほど盗まれた感じだ。
ひょっとすると麻酔で意識を失うまでもう少しあって、その間に医師たちの話を聞いたりしている時間もあったのかもしれないが、まるで記憶にない。だが、手術前や手術後のことはちゃんと憶えており身体のしびれなどはないので全身麻酔による後遺症というのはなく無事だったようだ。
ここから先は、わたしは意識を失っているので、術前術後の説明や資料を元に文章を書く。
意識を失ったわたしは全身の力が抜け、呼吸も正常に行われないのでそれを補助するために空気を通すチューブを口から気管へ入れる。手術に先立つ肺機能の検査はこれのためなどに行われたのだ。
尿失禁を防ぐため資料曰く“おしっこの管”、すなわち尿道カテーテルを入れられる。尿の出る先端部から入れて膀胱にまで達するというからかなり長い。しかも直径5ミリ以上はありそうな意外に太い管。意識を失ってからの処理で良かった。ただし、トイレに行かなくてもすむようにこの管は術後およそ18時間差しっぱなしで、下腹部にずしりとした違和感を与え続けた。
そしてついに腹の皮膚に鋭くとがったメスがあてられ、すーっと・・・以下省略。
うーん、時間泥棒の被害届は警察で受け付けてくれるのかな、などと思っていると、
「では、まばたきをしてください」との指示がでた。
意識がちゃんと回復しているか、身体はちゃんと動くかの確認だ。
手を握ったり、麻酔医が触れた足の指に感触はあるかなどいくつかの質問がある。
それでOKが出たので口から呼吸用チューブが抜き取られた。これのせいでノドがイガイガしていたのか。ちなみにこのイガイガは1日ほど続き、思わず咳が出ては傷口が痛んだりした。思いっきり大きな咳が出た時など、手術跡がパーンとはじけるんじゃないかと感じたほどだ。
10月8日 - 15時近く
ともあれ、全身麻酔からも復帰し、手術はひとまず無事終了となったのであった。