10月9日 - 17時
何回か取り替えられた点滴も今つながっている100mlの袋で最後となる。
ポタリポタリと落ちる水滴が止まったので、ナースコールのボタンを押した。数分後にやってきた看護師が点滴を外してくれた。左手首内側から思いの外長い3センチほどの針が出てくる。多少弾力性はあってある程度は曲がるようになっているようだ。そうだろう、何かの拍子に体内でポッキリと折れたんではたまらない。そういえば、たしか手塚治虫の『ブラック・ジャック』で“体内で折れて血管の中を迷走する注射針を取り出す”というエピソードがあった。意外なオチが付いていたはず。
これでようやく身体につながれていた三本の管がすべてなくなった。本を読むにも左手が不自由だったのでページを押さえにくかったがそれもなくなった。なにより点滴を吊したキャスターを引きずって歩かなくても良いので行動範囲が広がった。まずはそろりそろりと歩いてエレベーターに乗り1階の自販機まで行って、以前にも書いたがペプシ・コーラのラージコップを飲んだ。苦難の道のり(そんな大げさなことか)にたどり着いたペプシは最高だった!
傷口のガーゼが取られ、代わりにスプレーをかけられた。その液が薄い膜を作りガーゼの代わりになってくれるそうだ。ちょっと黄色がかったその透明な膜は、退院後シャワーを浴びたりするうちに段々とはがれていった。伸び縮みをする膜で、子供の頃に木工用ボンドを薄く皮膚に塗って乾かして作った膜に何となく似ている。ただ、木工用ボンドは空気を通さないだろうが、このガーゼスプレー(勝手に命名)は目に見えないような小さな穴が開いているようで通気性が良いらしい。最初は「こんなので大丈夫なのかな」と思ったが、出血が止まっていれば術後の経過にとって綿ガーゼよりも優れているらしい。やはり技術は進歩しているのだ。
傷口が化膿したり感染症に罹病することもなく、その後は回復一直線だった。
夕食は通常量のおかゆとおかず。そして夜は昨夜の分を取り戻すかのようにぐっすりと眠った。
10日の朝食から通常食に戻り、ベッドから出て歩いた時も昨日と違って足を踏み出しても痛みが生じない。まっすぐ立つと傷が引きつる感じなので猫背なのはそのままだが、かなり普通に歩くことができる。自分の好きなように歩くことができるとはなんと素晴らしいのだろうかと軽く感動したりする。もっとも、しばらくしたら当たり前になってその感動は薄くなっていったが。
10日の夕方に医師が診察に来て傷などを確認した。
「うん、順調ですね。では予定通り明日退院ということにしましょうか」
8日に手術をして11日に退院。手術前に聞いた時はちょっと早すぎるんじゃないかと思ったが、実際に10日になってみるとその日程でちょうど良いかなと思うようになっていた。ベッドにいるのも退屈だし回復のためには身体を動かした方が良いのだが、病院にいてはそんなにやることがない。持ち込んだノートパソコンもインターネットにつながっていない状態ではあまり魅力がなく、この入院記の草稿を書いた以外はほとんどmp3プレイヤーとしてしか使っていなかった。iPodあたりと比べるとずいぶんでかい上に重たいHDDポータブルプレイヤーだ。しかもHDDの容量は15GBしかないのでiPodの上位モデルよりも少ない。代わりに15インチの液晶でDVDビデオも観られるが、こちらは何枚か持って行ったものの、やはり病室はじっくり2時間映画に集中できる環境ではなかったので結局観ずじまいだった。
各ベッドに一つずつ14インチ程度の小型テレビがあり、1000円のテレビカードを購入することで何時間か見ることができるのだが、普段からテレビはほとんど見ないので買わなかった。別段不便にも感じない。
せめて携帯電話が使えればノートパソコンと接続してメールのチェックや簡単なサイト閲覧ぐらいはできるのだが、残念ながら病院内では携帯電話の使用を禁止されている。各階にある公衆電話はグレータイプと最近のICテレホンカードタイプで、モジュラージャックが付いているのだが残念ながら近くにコンセントがない。わたしのノートパソコンはもともとがコンセント電源での使用を前提にしたマルチメディアノートの上に、もう何年も使っているのでバッテリーも疲労し内部電源ではせいぜい5分しか動作しない。OSがWindows2000なので起動に時間がかかり、バッテリーの場合は起動したらすぐに終了作業を始めなければならない。ほとんど停電などの場合のUPS的役割しか果たしてくれないので公衆電話でインターネットというわけにもいかない。
どのみち、エレベーターホールの片隅にある公衆電話でノートパソコンをカチャカチャ操るつもりもないのだが。