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『テルマ&ルイーズ』 ニューシネマの呪縛

『テルマ&ルイーズ』(1991) THELMA & LOUISE 128分 1991/11/9鑑賞

監督:リドリー・スコット 製作:リドリー・スコット/ミミ・ポーク 脚本:カーリー・クーリ 撮影:エイドリアン・ビドル 音楽:ハンス・ジマー
出演:スーザン・サランドン/ジーナ・デイヴィス/マイケル・マドセン/ブラッド・ピット/クリストファー・マクドナルド/ハーヴェイ・カイテル

今回は映画の結末について触れているので、未見の方で「知りたくない」という場合は読まないでください。
「ネタばれは絶対ダメだ」という方もいるが、わたしにとってラストに触れない事には『テルマ&ルイーズ』の一番重要だと思う事について語る事が出来ません。

テルマとルイーズという二人の女性がドライブに出かけ、その途中で犯罪に巻き込まれて護身用に持っていた銃で犯罪者を射殺してしまった事からニコラス・レイの『夜の人々』(1949)やエミリオ・エステヴェスの『ウィズダム』(1987)、そしてオマケで名前を挙げておくと『俺たちに明日はない』(1967)の様な逃避行に走ることになる。
道中、金に困った二人はスーパー強盗を働き、本格的に警察から追われる身になってしまう。
そして、ついに何台ものパトカーに追いつめられた二人は、投降をすすめるスピーカーの声に背を向けて車のアクセルを思いっきり踏み込むと断崖絶壁から飛び出し、遙か下の大地へと落ちていくのであった。

なんだ、せっかく女性を主役に骨太な逃避行物を撮っておきながら、ラストは結局男性的考え方、男性的文法にしてしまったのか。これはいかにももったいなく、納得できない。
公開時のコピーは「男たちよホールド・アップ!すべてが快感。女たちのルネッサンス!」だったそうだが、全然ルネッサンスじゃない。
ラストの二人は格好良かったがそれは男性的格好良さであって、女性映画として作ったのならば安易に死を選択させるのではなく、ケチなプライドやスタイルに縛られることなくしぶとく生き残らせないといけなかったはずだ。それでこそルネッサンスである。
つまるところ『テルマ&ルイーズ』は主役の二人を男にしてもほぼそのまま成立してしまうことと、“アメリカン・ニューシネマ”の呪縛に囚われているところが最大の欠点だ。

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コメント (4)

Kazu:

俺もラストシーンはイマイチ納得できません。それまでの展開をあっと言わせる手法で始末してほしかったなあ。

東森時音:

kazuさん

ラストを「死を選んだ」か「自由を選んだ」かのどちらと解釈するかで当時所属していた映画サークルでは議論になりました。もちろん正解はなくて観た人次第だとみんな分かっているのですが「あーだこーだ」と無意味に熱く語ったものです。
敵に突っ込んでいった『明日に向かって撃て』や『ドラゴン怒りの鉄拳』は「自由を選んだ、誇りを選んだ」だと個人的には解釈していて、それとは違って敵に背を向けたという意味では面白かったとのですが、それまでの二人のタフさしぶとさが活かされていなかったのが残念です。
死んだと思わせて実はちゃっかり生きていたなどというラストが観たかったなぁ。

@:

テルマ&ルイーズは女性脚本家が書いた脚本で、徹底的に女性を中心にして書いています。ラストも同じです。東森時音さんは、「男性的考え方」と読み違えているだけです。もうちょっと女性の立場から考える作業をできるようになるといいですね。

東森時音:

女性脚本家が書いた脚本だったら女性的作品ですか?それはちょっと短絡的でしょう。
だったら監督のリドリー・スコットは男性ですし、そもそもハリウッド映画というのは根っからの男性本位主義な案外閉鎖的な世界なのです。
捕まるよりかは自由を選んで崖からダイブというラストは、建物を取り囲んだ敵を相手に殺されるのが分かっていながら飛び出していくサンダンスとブッチ『明日に向かって撃て』と同じ
ですし、鉄砲隊に跳び蹴りを食らわせようとするブルース・リー『怒りの鉄拳』でもあります。
みじめに生きるより派手に死のうという一種の美学はいたって男性的考え方でしょう。
わたしはある意味で女性映画の見本は『エイリアン』シリーズだと思います。エイリアンとの戦いというのは男性的素材ではありますが、戦って戦って最後までしぶとく戦い抜いて生き残ることを決してあきらめないリプリーの徹底したタフさは実に女性らしいと思っています。
同じ物は『ターミネータ』シリーズのサラ・コナーにも感じますね。ジェームズ・キャメロンは案外、あなたがいうところの“女性的立場”で映画を撮っている人だと思います。
『テルマ&ルイーズ』のラストは、崖からのダイブではなく、もちろん警官隊との銃撃戦によって射殺されるでもなく、そして単に投降して逮捕されるでもない、これまでになかったような新しい結末、女性ならではの結末を用意すべきではなかったか。それでこそ女「たちのルネッサンス!」だろうということです。

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