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『スウィングガールズ』 谷啓が唯一の良心

『スウィングガールズ』(2004)

監督:矢口史靖 製作:亀山千広/島谷能成/森隆一 プロデューサー:関口大輔/堀川慎太郎 エグゼクティブプロデューサー:桝井省志 企画:関一由/藤原正道/千野毅彦 脚本:矢口史靖 脚本協力:矢口純子 撮影:柴主高秀 美術:磯田典宏 編集:宮島竜治 音楽:ミッキー吉野/岸本ひろし 録音:郡弘道 照明:長田達也 助監督:片島章三
出演:上野樹里/貫地谷しほり/本仮屋ユイカ/豊島由佳梨/平岡祐太/あすか/中村知世/根本直枝/竹中直人/白石美帆/谷啓

『ウォーターボーイズ』(2001)はいわば周防正行の『シコふんじゃった。』のコピーである。
『シコふんじゃった。』の学生相撲を男子シンクロナイズドスイミングに置き換え、そこから“隅々にまでちりばめられた豊富なアイディア”と“魅力的な出演者”と“テンポのよいギャグによる笑い”などなどを引いた劣化コピーが『ウォーターボーイズ』の正体に他ならない。
もとより『シコふんじゃった。』が『がんばれベアーズ』をはじめとするハリウッド映画をオリジナルに持つことは百も承知しているが、それを取り込み咀嚼吸収して自らの物としてしまうところが周防正行のすごさである。
だが矢口史靖は新作『スウィングガールズ』(2004)で“男子シンクロナイズドスイミング”を“女子高生によるジャズバンド”に置き換え自らの作品を劣化コピーする。撮れば撮るほど悪くなっていく様は、アナログVHSビデオテープのダビングコピーで画質が加速度的に落ちていくかのようだ。
矢口には「ひょっとしたら傑作を撮ってやろうという野心」を見え見えにして持っている。だが、悲しいかな傑作を撮れるだけの才覚も度量も持ちあわせていない。
そして「娯楽作品として面白い映画・楽しい映画を作るために全力を尽くそう」という良心が徹底して欠けている。
どのみち、日本映画史の残るような作品を撮れる人物ではないのである。せめて矢口が才能のなさを自覚し「自分には傑作を撮ることなと到底かなわないのだ」という挫折感があればまだ映画の撮りようはあるのだが、この御仁は何を勘違いしたのだが自分には才能があると強く思いこんでいるものだから始末が悪い。
“自主映画”という閉鎖的な世界で監督として一度完結してしまい、商業用映画を撮ることになっても精神的にはその居心地の良い場所から出てこようとしないのだ。オリジナルを何一つ生み出すことなく、かといって優れた模倣も出来ず、深い自己満足の中で繰り返すのはただ劣化コピーのみ。

わたしがもっとも嫌悪する二流監督の一人がここにいる。

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コメント (2)

ネスカフェ:

ごもっともだと思います。この前、ウォーター
ボーイズをやっていたので一瞬見たのですが、あまりにもベタに笑いを取ろうとするシーンがあって、この監督の技量のなさにあきれました。こういう技量のなさを個性だとかスタイルだとかオリジナリティだとかいって、もてはやすのはエエかげんやめて欲しいですね。

東森時音:

ネスカフェさん

日本映画が好調で、才気溢れる監督が数多くいて面白い作品を沢山作っていてくれるのならば、
矢口みたいな監督がいて、この程度の作品が作られていても別に問題はないでしょう。
ただ、現在のあまりにもお寒い日本映画を考えると、この程度の監督のこの程度の作品が「傑作」としてもてはやされてしまうのはあまりにも悲しいところがあります。
傑作って言うのはもっと本当に面白い傑作なんだよ。
愛すべき小品ってのはもっと本当に愛すべき小品なんだよ。
そう叫びたくなります。

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